神逆のクラウン~運命を狂わせた神をぶっ殺す!~

夜月紅輝

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第9章 道化師は堕ちる

第197話 道化の原点#13

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「今日はここまでだな」

「はあはあはあ......ありがとうございました」

 仁はいつも通りに彰と模擬戦をして、いつも通りに負けた。最近はあと一歩というところで詰められずに終わっている。

 彰との戦闘のおかげで仁の対人戦闘に関してのバラエティはだいぶ増えた。それを幾多もの連携で駆使しているのが、どうにもこうにも最後には負けてしまう。

 息も絶え絶えと言った様子であちこちにかすり傷を残しながら地面に大の字に寝ている仁を見て、彰は疲れた表情で笑いながら告げる。

「いやー、強くなるのが早いね。呑み込みが早いって言うのかな? さすがに、本気は出すことないだろうなーとは思っていたけど、見事に裏切られたよ」

「でも、結局勝ってない」

「そりゃあ、勝てないようにしてるからね。俺にも意地ってものがあるし、そう簡単に目標が潰れてしまっても嫌だろう?」

 仁はその言葉に思わず不平を言いかけたが、のどまで来たところで飲み込んだ。別に言う必要も無いことだったからだ。

 それに彰の言う通りであり、別に漫画の熱血主人公というわけじゃないがそれでも目標は大きければ燃えるというものだ。にしても.......

「いたたたた」

「あー、ごめんね。俺の魔法は致死ダメージを一回だけ無効化できるけど、それ以外.......それまでの傷は普通にダメージとして残ってしまうんだ」

「なら、この魔法は失血死とかショック死だったらどうするんですか?」

「さあ、そうなったことはわからないけど、たぶん復活できると思うよ」

「わからないんですか?」

「わからないね。試したいと思うかい?」

 確かに、試したいとは微塵も思わない。そう考えると知らないのも当然か。そんなことを思うと仁は痛みに耐えながら、改めてお礼を言ってその場を去っていく。

「腹減った~」

「また言ってる」

 そして、仁が修練場から出ようとした時、丁度目の前から雪姫が現れたのだ。そのことに仁は驚く.......こともせずに、疲れた表情で「よお」とだけ告げた。

 すると、雪姫はまるで慣れたような感じで仁に食べ物と飲み物を渡すと背中を向けさせる。

「仁、お疲れ。ほら、買ってきたよ。それじゃあ、傷見せて」

「なんか最近、言葉の簡略化が激しいんだが。特に今話してねぇぞ?」

「文句あるならあげないし、怪我治さないよ」

「はい、ごめんなさい。痛いので傷を治してください」

「よろしい」

 最近は雪姫との会話は大体こんな感じだ。まるで世話焼きナースの如く傷に関して治療してくれるのだ。まあ、自分と雪姫の仲なので別に気を遣う必要も無いのだが。

 それから治療されている間、仁はいつもと同じように彰とどんなことがあったのか話した。その話を雪姫は嬉しそうに聞いていて、一通り話し終わると今度は雪姫の話を聞いていく。

「あ、そうそう、こんなの見つけてね。キレイだったから仁にあげるよ」

「これは?」

 仁が渡されたのはエメラルドが取り付けられたようなペンダントであった。そのペンダントは僅かな光で反射して、中まで透き通っていきながら美しく輝く。

「こんなものをどこで?」

「落ちてたのを拾った」

「いいのかよ。そんなのを俺に渡して」

「私達はこの国のために頑張ってるんだよ? 少しぐらいは良いんじゃないかな?」

「意外と良い性格しているよな」

「ふふん、それはどうも」

 そう言いつつも、雪姫の言葉に同意するように首元にペンダントのチェーンを通していく。上手くつけられなかったので、雪姫につけてもらった。

 そして、それからもしばらく話し続けた。まるで変わらないいつもの日々。変わることもないいつもの日々。それが当たり前だと思い、それが普通だと思っていた。

 ――――――あの時までは。

 仁は雪姫と解散すると一度城下町へと行って腹ごしらえ。それから、再び午後から彰と訓練してもらうつもりで修練場に向かうといつもより先に彰が物思いにふけった様子でぼーっと空を眺めていた。

「彰さん?」

「ああ、悪い。少し考え事があってな」

「僕の訓練に関してですか?」

「君のことなのは間違いないんだが.......うん、そろそろ潮時かもしれないかもな」

「?」

 彰はあごに手を当てながら考える素振りをし、何かを呟きながら最後にはそう告げた。仁が聞き取れたのは最初と最後だけだったが。雰囲気からいつもとはどこか違うように感じていた。

「どうかされ―――――」

「仁、君に大事な話がある。どうか聞いてくれないか?」

 仁が様子を伺おうとしたその時、彰はその言葉を遮るようにして決意を固めたような表情で告げてきた。そのほんの少しだけ威圧的に見える目に仁は驚きつつも、ゆっくりと頭を縦に振った。

 それから、周囲に誰かいるか確認するような不審とも思える行動をする彰に仁は怪訝に思いながらも、歩く後ろを追っていき、やがて教会に辿り着いた。

 そして、教会に入る時もまた同じ行動をして人がいないことを確かめると横に長い椅子の三つ列のあるうちの真ん中の最前に並んで座っていく。

 その場所は丁度正面の壁にこの世界を創造したとされる主神トウマの黄金像があり、その両サイドは鮮やかなステンドグラスが太陽の光を反射して、地面を色とりどりに染め上げている。

 そんな幻想的と思える空間に別々の感情を二人は抱いていた。仁はこの空間を少しだけたのしむように、彰はこの空間を酷く嫌うように。

 その表情はは自分と対照的であったためか、はたまたこの空間とミスマッチであったためかわからないが、かなり歪に見えたことは確かだった。

 すると、そんな仁の視線に気づいた彰は途端に表情を作り笑顔に戻していくと告げていく。

「ごめんごめん、呼び出しておいてほったらかしにして」

「いえ、別にそれは大丈夫なんですが.......大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫ダイジョーブ。それよりも、仁はずっと僕の正体を知りたいと思ってなかったかい?」

「.......!」

 彰の突然の質問に仁は思わず目を見開く。とはいえ、それはずっと前から気になっていたことだ。しかし、それをなぜこのタイミングで、しかも自分から聞いてくるのだろうか。

「僕の前の勇者ですよね?」

「それはそうなんだけど。ほら、どうして仁の名前を知っていたのかとかさ」

 それは確かに気になっていたことだ。自分の名前が公に公表される前から、この人は自分に会いたいと手紙まで送ってきた。

 最初は不審と思ったが、いまではこの世界で誰よりも長い付き合いをしている気がする。それに良き師であり、良き友でもある。

 だがそれでも、彰は何か深い事情があるのだろうと思って、今の今まで質問することは伏せてきた。しかし、聞いていいというのなら聞いてみようではないか。まずは――――――

「どうして一人なんですか?」

 前回の勇者がどのくらい召喚されたかは聞いていない。だが、風の噂によると自分達の時の召喚よりは少なかったらしい。

 とはいえ、いくら戦うのが嫌になったとして散り散りになったとしても、仲の良かった誰かとは一緒に行動してもおかしくない。

 それに召喚された時のステータスが自分達と近しいなら、大抵はチートレベルだろう。なら、簡単に殺される可能性も低い。

 そんなことを考えている仁に対し、彰は仁が予想していても確実に斜め上を超えていく回答をした。

「全員、記憶を消されたからだよ。いや、正確には思い出せないように封印された.......かな。その中で俺はある使命のためにその記憶の封印を解かれた」

「.......は?」

 仁は思わず声が漏れてしまった。決してバカにしているわけじゃないが、それでも突拍子もなく聞こえるその言葉に驚きが隠せない。

 そんな仁に彰はさらに言葉を続けていく。

「それから、俺達は魔王討伐を意図的に邪魔された。そのせいで失敗した。そして.......勇者が死んだ」

「.......っ!」

 彰は古い記憶の何かを思い出しているのか不倶戴天の敵へと見せるような醜悪な表情になっていた。その表情や言葉に仁は思わず息を飲む。

 どうしてそうなったのか知りたい気持ちもある。だが、彰がこのような表情ならばどこかで地雷を踏みかねない。

 となれば、ここで下手に質問して聞き出そうとするのは間違いなのか? だが、そもそもこの話は彰が「大事な話がある」と言ったからであるし.......。

 仁は混乱していた。これまでこんな経験をしたこともなければ、これから経験することも少なさそうな今の状況に完全に言うべき言葉を失っていた。

 こんなの時、何というのが正解なのか。何と言えば傷つけずに済むのだろうか。こんな時、響だったらどう答えるのだろうか。

「.......その話は本当に僕だけにする話なんですか?」

 何とか絞り出した声。少しだけ声のトーンがおかしかった。だが、この気持ちは本当だ。もっとも自分には背負いきれないから逃げたというのが先以上の本音だが。

 すると、その言葉に彰はゆっくりと顔を横に振っていく。何がそうさせるのかわからないが、少なからず全体に関わる話ではないらしい。

「俺は解放してもららった女性から解放した条件に一つだけ使命を託された。それが君と接触して、君を強くして、君にこれまでの真実を語ること」

「そこで僕を知ったんですね.......どうして僕なんですか?」

「わからない。ただその女性は『今見える数多くの世界線の中でこの未来がきっと希望に繋がっている』とだけ言っていた。その意味は未だに分かっていない。君に会えば何かわかるんじゃないかと思ったけど、結局何もわからずじまいだ」

「.......」

 仁は言葉が見つからなかった。わからないのはむしろこっちの方であった。ただ感覚としては開けてはいけないパンドラの箱を知らず知らずのうちに開けてしまっていた感じ。

 自分の足が未知というなにかに足元をすくわれ、その沼に引きずり込まれているみたいだ。

 しかし、彰の反応から見ると嘘とは思えない表情だ。だからこそ、先ほどから仁が抱え続けている疑念は晴れることがなかった。

 それは結局――――――何を知っているのかということだ。

 それが自分に関わることにしろ、関わらないことにしろ彰がずっと隠してきた話を聞いてみないことにはわからない。

 彰は何と戦って、何を恐怖し、何を憎んでいるのか。その全てが今のこの場で明らかになる。そう仁は確信していた。

 つまるところ、彰が仁に対して話したいことはそのことだったかもしれない。「大事な話がある」と言っただけで、それを自分のことだと勘違いしていただけかもしれない。

 まあ、なんとなくだがその予想はあまりにも低そうであるが。

「彰さん、彰さんの記憶の解放した女性のことや魔王討伐は誰に邪魔されたのかしっかりと話してください」

「......そうだな、一人で考えるよりもいいかもしれない」

 そう言って、彰は独白を始めた。
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