上 下
111 / 303
第9章 道化師は堕ちる

第193話 道化の原点#9

しおりを挟む
「ああああああ!」

「動きが単調だ。もっと自分のテンポを作って、相手を乱すように」

 仁は木で出来た短剣ではなく、本物の短剣で持って彰へと襲いかかる。だが、走り込んで突き出した短剣は簡単に避けられる。

 そこから、仁は横に大きく薙ぎ払う。しかし。彰に右手一本で難なく受け止められ、仁の短剣を持っていた右腕は捻るように背中へと曲げられ、関節技を決められる。

 するとすぐに、彰は仁の背中を押すようにして距離を取りながら解放すると「もう一度だ」と言って仁に自分を襲わせていく。

 仁の風切り音を立てながら素早く通り抜けていく短剣を彰は目線だけで追いながら避けていき、一瞬の隙に仁の横っ腹へと蹴りを入れていく。

 自分の勢いが入ったまさにカウンターとも言える一撃は即座に仁を地面に膝を崩れ落ちさせた。その様子に彰は少し思い詰めた顔で近づいていく。

「おいおい、大丈夫か? だが、そのままじゃ全然ダメだぞ。君が君の仲間とともにもとの世界へと帰りたいなら、この程度でへばってちゃダメだ」

「.......」

「う~む、どうしたもの――――――かっ!」

 彰は仁がお腹を押さえたままうずくまっている状態に何と言ったらいいかわからない表情で仁の目の前に立つ。するとその時、突然仁は左手で彰の足を掴むと立ち上がる勢いを利用して短剣を振った。

 しかし、その攻撃は驚きながらも彰に紙一重で避けられていく。さらに、がら空きの腹部に彰の咄嗟の腹パンが入り、仁は僅かなうめき声と共に再びその場で沈んでいく。今度の反応は異常なせき込み方をしているので、どうやら本気で痛たがっている様子だ。

「ごめんごめん、つい力入れて殴っちゃった。でも、今の攻撃は良かった.......途中までね」

「.......」

「どうして最後の最後で躊躇ったの?」

 彰が言おうとしているのは仁が彰へと襲いかかってから短剣を顔に向けて振るっていく刹那の時間に、仁がほんの少しだけ攻撃を躊躇ったのだ。

 その時間差は誤差とも言えよう。しかしそれは、対人戦においては違う。相手が強ければ強いほどその誤差がより致命的な隙を生み出す可能性がある。

 故に、対人戦において躊躇いなど以ての外。極端な言い方をすれば「自分を殺してください」と言っているようなものである。

「どうしてって.......なら、どうして僕だけ対人戦なんですか?」

 だが、それには前提がある。それはあくまでこの世界で生まれ、育ち、戦ってきた人の意見だ。もしくは、この世界に来てこの世界の常識に完全に適応した人か。

 つまりは召喚されてからやっと一か月あたりになる仁は一か月経ったとはいえこの世界に、特に戦闘という面に対しては圧倒的に慣れていないのだ。

 他の皆はもう魔物をほとんど感情を押し殺した状態で斬ることが出来る。だが、仁は体の影響か血を見ることを避けようとして、結果的に戦うこと自体を避け気味になっている。

 そのせいか魔物の戦闘においても他の人より遅れている。そんな仁が魔物と戦うよりも難易度が高い対人戦をやっているということにおかしいという気持ちが浮かんでもおかしくないことだ。

 しかも、初めからだ。「魔物はどうせやってけば慣れる」と言われ放っておかれ、今やみっちり押し込まれている。

 そんな仁の質問に対して彰は頬を少しかきながら答えていく。

「まあ、それは.......前にも言っただろ? 君が強くなることが勇者や賢者の支えになり、結果として皆を支えていくことになると」

「それって本当に僕なんですか? 確かに、僕は響や雪姫とは深いかかわりがありますけど、それでもあいつらは十分に強いです。でなきゃ、あんなに皆のために動けないでしょう?」

「逆だ。君がいるからあの二人は頑張れる。それはさっき言った言葉と同じだ。君が.......君がなんだ」

「.......」

 仁は反応しない。彰の言葉が間違っているとでも言うかのように。そのことに彰はため息を吐きながら「少し早すぎたかな」と呟くと今日の修練をここまでにした。

 仁は彰に俺を告げるととぼとぼと重たい足取りで歩いて行く。その姿を彰は少し心配そうな面持ちで見つめていた。

*****************************************************

 聖王国の城は広大でその一角にはちょっとした公園とも言えるスペースがある。その場所には巨大なご神木のような木が一本生えていて、すぐ近くの木陰にはベンチが設けられている。

 そして、そのベンチに仁は一人ぼんやりした顔で頭上にある木を眺めていた。その木は風に揺られてか、ザワザワと葉を擦り合わせたような音を立てていく。その音はまるで自分の今の心を表しているようにも感じた。

 頑張りたいけど、強くなりたいけど、それは果たして自分なのかという疑問。魔物や人とも戦わなくてはならなくなるという不安。自分の行動一つで仲間を失うかもしれないという恐怖。

 そのようなことを考えている時点で自分は確実に前に立つような人間ではないということがわかる。前に立つ存在はどんな時も強くあらねばいけないから。

 そう考えると響は誰よりも強く皆を率いるように立ってくれていると思う。前に「仁がこの世界に適応しようと頑張っているから」という風な言葉を聞いたが、それは本当ではない。

 そんな強い気持ちで持って前に進もうとしているわけじゃない。ふつふつと湧き上がる不安や恐怖によって逃げ道が前しかなくて、わき目も振らずに走っているだけのこと。

 それが結果として皆よりも少し前にいたというだけの話。方向や少し道がズレただけですぐにでも皆の姿を見失うほど、今は余裕がないのかもしれない。

 彰さんは自分がいるから響と雪姫はそれを支えにして前を向いている的なことを言っていたが、先の考えからすると別に自分の存在がなくても前を向いているんじゃないかすら思えてくる。

 きっとこういうネガティブな考えが良くないんだろうとわかっている。それに支えが欲しいのは自分こそなのだろうと。

「気分を変えよう」

 仁は独り言ちるとベンチから立ち上がって大きく伸びをする。いつまでもこの考えに浸っているのは不味い気がする。

 こういう時は運動だ。少しでも動けば気分は晴れるはず。そう思い込むと仁は手元であやとりを始めながらゆっくりといつもの森へと歩いて行く。

 それからしばらくして、仁は森に辿り着くとその辺に置きっぱなしになっているいつも使っている木を回収していく。

「ん? 随分と騒がしいな」

 その途中で、仁は森のある方向から魔物であろう複数体の声を聞いた。その声は威圧するように何度も吠えていて、少しうるさく感じるぐらい。

 とはいえ、ここま森の中、未だ戦闘に関して不得手の仁であっても、数回はここではぐれ魔物と戦ったことはある。もちろん、一対一の話だ。

 だが、基本的には牽制していたため、しっかりと戦っていたかと言われればうなづくことは出来ない。そもそも無理して戦うことはないので、来ても無視しながら速やかにその場を離れていくが多かった。

 だから、今回も仁は遠くにいるようなので無視しようと思っていたのだが、どうしてだろうか胸騒ぎがするのだ。虫の知らせというのだろうか。

 まるでそこに大切な人がいるかのようにドクンドクンと心臓がその鼓動の速さを徐々に上げていき、僅かに鳥肌が立っていく。

 冷汗らしき汗が額を流れ、まだ修練も始めていないのに呼吸が僅かに乱れ始める。手汗も感じ始め、この感覚は以上だとすぐに認識した。

 だからこそ、走った。その場で集めた木を投げ捨てると自分が恐怖を感じて立ち止まる前に足を動かした。

 体のこわばりを感じている。それはこの不可思議な現象に驚いているせいなのか、それともこれから起こり得ることに恐怖しているせいか。

 ともかく、仁は走ることを止めなかった。体が勝手に動いてしまったと言えば、そうなのかもしれない。気づいた時には走り出していたから。

 もう後戻りはできない。この異常な感覚に襲われる原因を探らなければ。それにその原因が危険なものだとして、自分の影響で間に合えば何か変わる可能性があるかも知れない。

 仁は生い茂る森の中を木を支えにして、音を頼りにしながら近づいていく。その方向は森の奥へと向かっている道だ。

 つまりは自分でも未知の魔物がそこに複数体いて、そこの場に恐らく自分の知り合いであろう人がいる可能性があるということ。

 その感覚は自分の直感からほぼ確信に近かった。どうしてここまで焦りを感じるのか、今割ける思考からすればそのぐらいしかないから。

 だが同時に、少なからずの疑問も感じていた。それは向かう先に知り合いがいるとして、どうしてその場にいるのかということ。

 今は修練時間だ。本来ここにはいるはずもないし、そもそもここらは自分ぐらいしか来ないはず。ということは、もしかすると逃げ出した仲間とかか?

 その考えはなくはない。自分と同じように魔物を倒すことに嫌気が刺している人もいるかもしれない。そのような噂もこれまでにたまたま聞いたことがあった。

 そして、正面から堂々と抜け出すことは難しい。となると、すぐ近くにある森から大回りして出ていった方が良いだろう。

 だが、それは危険だ。この森は危険な魔物が奥に行けば行くほどたくさんいると聞く。逃げ出す前に生きて帰れなく可能性の方が高い。

「皆で帰るんだ!」

 仁は襲われている人物を仲間だと思わず思い込んで、自分の願いを口に出しながら魔物の声がする最前線へと飛び出した。

 その場所は少し開けた場所だった。そして、その場所から続く道の遠くにはお墓のようなものが見えた。

 それから、その手前には.......

「仁さん!?」

 縦にすれば自分よりも大きく見える六体のクロアリに囲まれながら、恐怖と驚きが混じったようでありながら周囲に響き渡るように澄んだ声を出して、自分の名前を言う―――――――

「スティナ.......?」

 そこにいると考えすら及んでいなかった聖女の姿がそこにはあった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

【完結】異世界アイドル事務所〜アナタの才能、発掘します!〜

成瀬リヅ
ファンタジー
「願わくば、来世で彼女をトップアイドルに……」  そう思いながら死んだアイドルプロデューサーの俺・小野神太は、気付けば担当アイドルと共に多種族の住む異世界へ転生していた!  どうやら転生を担当した者によれば、異世界で”トップアイドルになれるだけの価値”を示すことができれば生き返らせてくれるらしい。  加えて”アイドル能力鑑定チート”なるものも手に入れていた俺は、出会う女性がアイドルに向いているかどうかもスグに分かる!なら異世界で優秀なアイドルでも集めて、大手異世界アイドル事務所でも作って成り上がるか! ———————— ・第1章(7万字弱程度)まで更新します。それ以降は未定です。 ・3/24〜HOT男性向けランキング30位以内ランクイン、ありがとうございます!

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...