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第9章 道化師は堕ちる

第186話 道化の原点#2

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「やっぱり全然違うんだな.......」

 仁は目の前に広がる現代的とは程遠い服を着た人達や武装した人達、レンガ造りのような家々に改めてここが別世界の場所なのだと認識することが出来た。

 現在、仁達は教皇に連れられ、森のある場所に向かっている最中である。その途中で案内がてらに城下町の方へと降りてきているのだ。

「そして、ここが冒険者ギルド。いずれ身分証明書やステータス表示のために登録させていただきます。その時に勇者様方の『適正』というのがわかります。その適正とはその方が前衛、中衛、後衛のどれに向いていて、それでいて魔法職なのか否かというのがわかります」

「魔法適正とかではないんですね」

 この世界をよくある異世界ファンタジーの一部と認識し始めた仁はふとよくある設定に対しての質問をする。すると、その答えに教皇は少し難しい顔をする。

「何と言いましょうか.......誰しもが使える魔法があったり、その人にしか使えない魔法とまちまちでして、それは先ほどの適正でわかります。その適正は魔法というよりも、どちらかというと役職という認識に近いですが。まあ何にせよ、魔法において確かに向き不向きはありますが、大半は練習すれば使えるようになりますので、そこに関してはご心配なさらず」

「そうですか」

 仁は済ましたように言うが、内心では喜びに溢れていた。最近では適正なしの追放系であったり、それの派生の復讐系であったりとそう言うファンタジーが多いので、見たり読んだりする分にはいいが、やはりどうせ来てしまったなら皆と協力して挑みたいものである。

 なので、魔法ではなく役職ならまだ自分にも幅広く活躍したり、助けになったりとするのではないかと思ったり思わなかったり。だが、先ほどよりも確実に浮かれている。

 そして、仁達はそのまま森へとやってくる。そこで行うのは簡単に使えて強力な魔法とのこと。

 どうしていきなりそのような魔法を教えてくれるかわからないが、恐らくこの世界に本当に魔法というものが存在することを証明したいのだろう。

「それでは皆様、魔法を扱う前に魔法を行使するための魔力という流れを知ってもらう必要があります。そのために全身をリラックスさせてください。そこに私の魔力を当てますので、それによって感じる揺らぎを確かに掴んでください」

「掴むとは?」

「意識して捕えるということです。まあ、簡単に言えば認識出来ればいいということですね」

 響の質問に教皇は丁寧に答えていく。すると、全員が一つ息を吐くようにして肩を落とし、リラックスした。

 そこへ教皇が魔力を放っていく。目には見えないが、わずかに肌に鳥肌が立つような感覚がする。その時、仁は体の中で揺らぐ何かを確かに感じた。

「それではそれを手のひらに流していくように意識してください。そうすれば、密度の濃くなった魔力が僅かに手のひらを纏っていることを確認できます」

 教皇の指示通り、感じた揺らぎを手のひらの方へと流すように意識していく。すると、少しずつ手を覆うような半透明な白い膜が見え始めた。

 そして、そのことに見えた人から驚いていくと教皇は察したように言葉を告げていく。

「どうやら見えてる人もいるようですね。さすが勇者の皆さまです。まさかこんな短時間で魔力の流れを習得するとは! ごほん、失礼しました。興奮のあまり.......ともあれ、それが魔力です。そして、それは使用者によって変幻自在に変わることが可能です。その一端をこれから体験していただきましょう」

 教皇は「私に続いてください」と言うとおもむろに向かい合っている仁達へと手のひらを向けた。その動きに合わせるように仁達も同じ行動をする。

「それでは魔法を体験してもらいます。まず手のひらに魔力を集中させてください。そして、それが出来れば手のひらに光輝く球体があるとイメージしてください。魔法を使うにおいてその事象を顕現させるためにはイメージは切っても切れない関係なのです。それ故に非常に大事であります」

 仁達は突き出した手のひらにイメージしていく。すると、ヲタク質であった仁や他の男子はすぐさま光の球体を出現させることが出来た。

 そのことに「すげー」と喜びの声を上げるとその光は段々と小さくなりやがて消えた。

「イメージし続けてください。意識が抜けてしまったようですから」

 怒られてしまった。いや、怒っている感じではないが、注意されたのは確かだ。なんとも恥ずかしい。とはいえ、意識するのは簡単だ。やはり伊達にヲタクはやってないらしい。

 そして、やがて全員の手に光の球体が現れたのを確認すると教皇は告げた。

「それでは、私に続いて詠唱してください―――――――天地神明の理において」

「「「「「天地神明の理において」」」」」

「我らが粛清すべきは確かな悪なり」

「「「「「我らが粛清すべきは確かな悪なり」」」」」

「自らの大義を持ってその悪を撃ち滅ぼさん」

「「「「「自らの大義を持ってその悪を撃ち滅ぼさん」」」」」

「悪しき罪に正義の鉄槌を。裁きの光で焼き付きたまえ――――――光罰」

「「「「「悪しき罪に正義の鉄槌を。裁きの光で焼き付きたまえ――――――光罰」」」」」」

 詠唱を終えた瞬間、光は急速に周囲へと先ほどとは比べ物にもならない光を放ち、正面の木々に向かって指向性のある砲撃を放った。

 そして、それはクラスメイトの人数分あり、その数は三十弱。その一つ一つが確かな強さを持って正面の木々を焼きつきしながら、どこまでも突き進んでいく。

 そのことに仁達は驚きのあまり固まった。だが、それは放っている砲撃を制御できないこともでもあり、動いてもいないのに体がだんだんと疲れてきた。

 まるで全力でグラウンドを連続で何本も走ったかのような疲労感。背中が少しずつ丸くなっていく。すると、砲撃にも変化が起こり、疲れが酷くなっていくと同時にその砲撃も少しずつ威力や射程距離を短くしていく。

 そして、砲撃が出来なくなると同時に誰しもが地面へと尻もちをつきながら、荒い呼吸を繰り返していく。

 すると、そんな様子の仁達に教皇は気さくに話しかけていく。

「先ほどはあえて申し上げませんでしたが、魔力は無限ではありません。そして、使えば倦怠感を感じます。時間が経てば復活するとはいえ、乱用はオススメしません。それから魔力の保有量は個人差があります。ですが、たとえ勇者様の中で魔力量が一番低い人がいたとしても、それはあくまで皆様の中でというだけです。あれほどの魔力の砲撃を放てる人は恐らく数える程度しかいないでしょう」

 仁達は肺を大きく上下に動かしながらも、その耳に傾けていく。「出来れば先にこうなることを教えて欲しかった」と恨みがましい気持ちがないわけでもない。

 ただこうして身をもって体験する偉大さはないだろう。こうなればこの世界にいるであろう魔物と対峙した時はまさに命取り。味方に迷惑かけずに動くにはしっかりと考えて魔法を使わなければいけないだろう。

 そんなことを頭の少し余裕が出来た部分で考えながら、続けて話す教皇の言葉に耳を傾ける。

「勇者の皆様は私達からすればこの世界に顕現する神にも等しい存在です。皆様の存在を知れば、街の人達は信仰心の念を送るでしょう。ですが、それは逆に言えば、脅威ということでもあります。謀反でも起こされれば私達に勝てる道理はありません。なので、もしをしたのであれば厳正な処罰をすることになるのでそのことだけはお忘れなきよう」

 教皇は少しだけ口調を強めていった。そして、その顔も先ほどよりも真剣な顔つきであった。この言葉はいわゆる警告というやつだろう。

 自分達は敵対している魔族にとって脅威的な存在であり、味方の教皇達からすればこれほどまでに頼もしい存在はいない。

 だが、それは一面性だけしか見ておらず、裏を返せば教皇達にも脅威的な存在であることには変わりない。

 そして、教皇達は自分達では扱いきれないし、下手に扱って癇癪を起されれば滅ぶのは確定的である。それ故の言葉である。

 その言葉は仁達に深く刺さった。それは恐らく先ほどの魔法を体験したこともあるからであろう。

 ずっと思っていた傷つける相手はなにも魔族だけではない。下手すれば教皇達味方もまた同じなのだ。

 仁はふと自分の手のひらを眺めた。先ほどまでちっぽけで見慣れた手であると思っていたが、魔法を行使したせいか普段よりも大きく、恐ろしく見える。

 強い力を持ったからといって偉いわけでもなければ、粗暴に振舞えばただの暴君と変わりない。

「全ては使い方次第.......か」

 仁は捨て台詞のように吐くとズボンについた砂を払いながら立ち上がる。そして、ふと青空を眺めた。

 その空は雲一つなくどこまでも澄みきっている。それでいて吹く風は実に心地よい。そんな風が頬を撫でていく。

 自分達はついさっきこの国へとやって来たばかりだ。文化や文明、常識、料理、道具に至るまで魔法以外でも知らないことばかりだ。

 それでもここに来てしまった以上、もとの世界にもどるためにも自分達はこの世界のことを知っていかなければいかない。

「仁.......」

 ふいに背後から声をかけられた。その弱弱しくも聞き慣れた声に仁はすぐに誰かわかり、一つ息を吐きながら普段と変わりない表情で振り返る。

「どうした? 雪姫」

「仁は.......仁は怖くないの?」

 仁の表情に思わず目を丸くした雪姫は思わず仁の表情を凝視しながら口からポロっと言葉を吐き出した。その言葉に「随分直球で来たな」と内心思いながらも変わらない表情で答えていく。

「怖くない......って言ったら嘘になるけど、なにも頼れる存在が俺だけじゃないだろ? 俺が落ち着いてられるのは雪姫がいて、響、弥人、橘、それから皆がいてくれるからさ。困った時に助けてくれる人がいて、こんな状況でも確かに信じられる人がいて.......それでも怯えてばかりはなんか馬鹿らしくないか?」

「......そうかもしれないね。私のそばには朱里ちゃんがいて、皆がいて.......そして、仁がいてくれる。うん、怯えてるばかりじゃ逆に迷惑かけちゃうかもね」

「まあ、そういうことだ。俺も雪姫がいてくれるから、こうしてしっかりと立っていれるかもな。まるで通学路みたいに」

「それは言い過ぎだよ」

 仁のボケに雪姫は笑いながらツッコんでいく。そんな二人の間に「恐怖」という二文字は微塵も感じられなかった。

 そして、教皇が「城へ戻りましょう」と言うので、立ち上がるとその後ろを全員がゾロゾロとついていく。だが、その時は最初に来た時よりもしゃべり声が溢れていて、雰囲気も楽しげであった。

 男子の中では魔法で盛り上がり、女子の方では護衛でついてきた聖騎士達のイケメン度について話したりと内容はそれぞれであったが、明るい話題であったことは確かなことだ。

 そして、仁と雪姫も笑いをこぼしながら歩いて行く。仁が言った「通学路みたい」と言った言葉もあながち間違いでもない様子であった。
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