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第9章 道化師は堕ちる

第185話 道化の原点#1

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 遡ること異世界召喚前、クラウンこと【海堂 仁】は幼馴染の雪姫とともにいつもと変わらない学校へと続く道を歩いていた。

「ふぁ~~~」

「朝から大きなあくびだね。でも、もう少し気を遣った方が良いと思うけど」

「大丈夫だよ。見てるのはどうせ雪姫だけだしね」

 仁は大きく腕を上げると気持ちよさそうに伸びをする。そんなある意味デリカシーのない行動に雪姫はため息を吐きながらも、その気を遣わない距離感が嬉しいのやら近すぎて気にしてもらえないのが悲しいやらで複雑な気分であった。

 とはいえ、どちらかと問われるならそれは嬉しいに決まっている。こうして変わらぬ毎日が少し物足りなく思うものの、喜びに満ち溢れている。

 そして、雪姫はこういう時に大体することがある。雪姫は学生バックから一つの一眼レフカメラを取り出すとそれを目元に合わせて仁へと向けた。

「はい、チーズ」

「ん」

 仁は言われた瞬間、疑問に思うこともなくピースサイン。この行動はほぼ毎日のことなので今更恥ずかしがることもない。とはいえ、気にならないといえば嘘になるが。

「もうそろそろ、そんなに僕の写真を撮っている理由を教えてくれてもいいんじゃないか?」

「だーめ、内緒だよ。ちなみに、仁のお母さんから成長アルバム作りの手伝いしてるわけじゃないからね」

「そんなことしてたら、すぐに卒倒するね」

 仁はそう言いつつ苦笑い。頭の中では母に屈服する自分しか見つからない。それから、妹にもこき使われる始末。どうやら海堂家の女は強いみたいだ。

 そうなると、雪姫はどうなのだろうか。これまでのところ数回ぐらいしかガチギレを見ていないので、そこまでとは思うが存外化けるかもしれない。

 そんなことを思うと思わず身震いがしてくる。自分はどうにも勝てない女が周りに多いらしい。

「それじゃあ、写真部での写りの練習か?」

「そんなところがほとんどかもね。今そこだけにしかないショットをいかに素早くブレずに撮れるかは練習が必要だから」

 雪姫はそう言うとふと何かを見つけてすぐにカメラを向ける。そこには塀の上を歩くキジトラの猫がいた。

 その猫に素早くアングルを合わせるとカシャカシャカシャと三枚連続で撮っていく。そして、その写りを確認しながら、仁にも見せた。

「ほら、ほんの少しだけブレがあるでしょ?」

「ほとんど誤差の範囲じゃないか」

「この誤差が大事なんだよ。確かに校内新聞とかだとあまり目立たないだろうけど。何回かある写真コンテストだとそれが大きく響いたりするの.......!」

 雪姫は少しだけムキなったように話しながら隣にいる仁を見た。すると、仁の顔はあと数センチで頬に唇が当たるかのような距離にいて、そのことに雪姫は思わず顔に熱を帯びていく。

 だが、雪姫が一方的にそう思っているだけであって、未だに撮った写真を見ている仁は気づく様子もない。そのことに少しだけムカッとするのは内緒の話だ。

 とはいえ、険悪な雰囲気になることもなく、二人は昨日あった学校での出来事やら見た番組やら他愛もない話を飽きることなく続け、歩いて行く。

 それから、二人は学校に着くとともに同じ教室へと向かって行く。そして、変わり映えのないドアをスライドさせていくと正面にいる人物に声をかけていく。

「おはよう」

「おはよー!」

「ああ、仁か。おはよう」

「相変わらず直しきれてねぇ寝ぐせだな」

「雪姫ー!」

 仁は響と弥人にあいさつしながら、握った拳を軽く小突き合わせていく。その一方で、飛び込むように抱きついてきた朱里に雪姫は優しく受け止めて、母のような慈愛で抱擁する。

 その朝一番の百合百合しく感じるその光景はもはやこの教室の日常茶飯事。なので、仁達は気にすることなく、一部の男子と女子からは信仰を集めている。

「そういえば、聞いたか? 数学の山田先生が風邪で休んだらしいんだ。だから、今日の三限は次週になるらしい」

「神か! テストも終わった今じゃ寝放題だな!」

「まだ寝るのかよ。つーか、早く寝ぐせ何とかしろ」

「気にするな。これは僕のアイデンティティさ」

「「何も恰好ついてない(よ/ぞ)」」

 仁が少しおどけたように言い、それに対して響と弥人が容赦なくツッコんでいく。これもいつも通り。特に何もない日々の何もない朝のひと時。

 故に、彼らは予知していなかった。これから起こり得る全ての出来事に。

 仁達は何気ない会話を続けていくと担任が教室へと入ってきた。そして、そこで朝のホームルームを終えると担任が出ていくのを見届けながら、一限の支度を始めていく。

 そして、必要な教材を机に置くとふと時計を見た。するとまだ始まるまでに時間がありそうだ。であれば、「響達と話して時間潰そうかな」と思っていた仁が机を立ち上がった瞬間――――――異変は起きた。

 それは突如として教室の床が眩い輝きを放ち始めたのだ。それも思わず目を瞑ってしまうかのような光量。

 仁は咄嗟に腕を覆いながらも、僅かな隙間から床を見る。すると、その床には何か文字が書かれ、模様が描かれていた。

 それから察することが出来るとすれば、異世界ファンタジーのゲームやラノベに現れるあの......

「魔法陣?」

 仁の呟きの声は周囲を白く覆いつくす光と共に包まれ、隠されていった。

「ここは.......?」

 そして、光が消えていった先で待ち受けていたのは周囲の白い壁、太陽が光指すことで鮮やかに地面を染めるステンドグラス。

 それから、目の前にある教壇のような机の後ろにいる神官のような恰好をした老人に、似たような恰好の男女といかつい鎧に身を包んだ騎士のような人達。

 仁達は咄嗟に警戒するも、すぐには声が出なかった。それは突然知らぬ場所に現れたこともそうであるし、剣を腰に下げている騎士達への恐怖でもあり。

 ただすぐに何もしないということと恐らくことと敵意のような威圧感がないことだけは少しだけ彼らを安心させていた。

 すると、教壇にいる老人は席を立ちあがるとゆっくりと仁達の方へと歩み寄っていく。そして、今近づけるギリギリのラインまでやってくると優しく声をかけた。

「お初にかかります、勇者の皆様。私はこの国で教皇を務めております、エイメス・リュートライザと申す者でございます。肩書は教皇ですが、イメージ的には王様のような立ち位置であると思っていただければよろしいかと」

 そのことに仁達の動きは再び固まる。その行動は単純で王様に対して恐怖心を覚えたからだ。いわば、不敬なことをして処罰されないかということ。

 もちろん、そんなことをしっかりと予想出来ている者ほど少ない。だが、周りにいる騎士達によってそう思わされているという節もある。

 ただ下手な真似はしない方が良い。それだけは全員で一致していた。そんな気持ちを教皇は汲み取ったのか慌てて言葉を付け加える。

「申し訳ございません。私達は勇者様に危害を加えようとは一切思っておりません。それどころか一人一人丁重に扱わせていただきます。言いたことがございましたら、何でも聞いて下さって結構です」

「なら、一つ聞いてもいいか?」

 恭しく頭を下げる教皇に、周囲の神官達や騎士達。その様子を響は「嘘はない」と受け取って、質問を投げかけた。

「僕達がいるのは僕達が先ほどいた場所とは全く別の場所。そして、その場所に強制的に連れてこられた。これはいわゆる異世界召喚というやつですよね?」

「おお! その言葉を知っておられるとは何とも素晴らしい御仁です! ええ、その通りです。これにはしっかりとしたわけがあり、私達でも苦肉の策としてさせてもらったものです」

 そして、教皇エイメスはこの世界の実情を話し始めた。

 それを簡単に言うとこの世界は「ジョア―」という剣と魔法によって出来た世界であり、多くの種族と国とでバランスを取って成り立っている。

 そして現在、人族の国であるこの国はあるところから襲撃を受けている。それが魔族によって統べられた国である魔王城。その魔王は領土拡大、世界を支配するために動いているとのこと。

 かれこれ何十年と人族と魔族で構想を続けている間に、魔族の別動隊によって落とされた国は数知れず。

 そのことに危機感を抱いた人族は今まで封印してきたある儀式に乗り出した。それが別の世界から優れた人達を呼び、救済者となってもらうというもの。これが異世界召喚だ。

 聞くところによるとこれは二回目らしく、前回呼んだ勇者は今回よりも小規模であり魔王をあと一歩のところで追い詰めたものの逃げられてしまったらしい。

 そして、魔王との戦闘で魔王と戦った何人かは戦死。生き残りは戦うことが嫌になって出ていってしまったらしい。

 勝手に呼び出しておきながら、飼い主になったかのように飼いならすことも出来なかったので、教皇達は泣く泣くその行動を受け入れたらしい。

 だが、生き残りが去ってから激しさはまず一方。それで呼ばれたのが仁達である。

「私達は二度もこんなことをしなくても済むように民衆に協力してもらい、必死の思いで聖騎士を育て、冒険者も雇って魔王への戦いへと挑みました。ですが、結果は御覧のとおりです。回復した魔王は凶悪な魔物を従えて日々近くの集落や村を襲っています。勇者様の力が必要なのです! どうか、どうかお願いします!」

 教皇達は再び頭を下げる。そんな必死の思いに仁達の心は揺らいでいく。だがその前に聞かなければいけないことが確実に一つあった。

「あのー、一つ聞いてもいいですか?」

 仁の言葉に教皇は思わず頭を上げる。

「先ほど前の生き残りは別々のところへ行ってしまったと言ってましたが、ここに呼び出された僕達は帰れないんですか?」

 もとの世界には家族や他のクラスの友達、それに限らず多くの人達が残っている。そんな人達とわけもわからずにさよならは嫌すぎるし、戻れるものならやはり戻りたい。

 すると、その言葉に教皇はすぐさま答える。

「ご安心ください。帰る方法はあります。ただその帰還の魔法陣に必要な素材である賢者の石が魔王によって独占されているのです。ですので、生き残りの方々は『帰らなかった』ではなく、『帰れなかった』になるわけです」

 その言葉に仁達は思わず押し黙る。どうやら帰るにしても、勝手に逃げて帰ることは出来ないようだ。

 そのことに意気消沈と言った雰囲気だ。すると、教皇は一つ手を叩くとあることを提案した。

「皆様、魔法を使ってみたくありませんか?」
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