上 下
124 / 303
第8章 道化師は移ろう

第180話 魔幻の地獄 ティデリストア#6

しおりを挟む
「現在の記憶.......」

 クラウンが危惧していたまさにのことが進むべき試練として現れた。そのことにクラウンは苦虫を噛みつぶしたような顔が隠しきれない。

 だが、「現在」とはどのことを指しているのか明確でない気がする。

 そもそも今のクラウンは精神体だ。とはいえ、もとに記憶を引き継いだまま他人の体に移っているわけでもあり、さらに雪姫の体から伝えられる記憶情報もあるわけであり、そのどちらかが良くわからない。

 恐らくこの体に乗り移ってその記憶の一部が流れてきたことを言うのが正解なのだろと思う。

 しかし、それが記憶を共有させるというためのただのブラフである可能性でないこともない。

 ただその場合の「罰が下る」という言葉がやたらと気がかりだ。内容も書かれずに「罰」の一言で済まされては二人を危険にさらす場合がある。

 いや、厳密には自分と雪姫か。自分の体に移っているリリスは毒ガス類なら体の体勢で耐えきれるはず。とはいえ、代わりに心が死んでしまう可能性もあるが。

 クラウンは苦悩する。この場合で自分の考えが正しいとすれば、ここで言うことは本人でも知り得なかった(正確には思い出さなかっただが)情報が共有されるということになる。

「誰から行く?」

 リリスはクラウンと雪姫を見ながら複雑な表情をして聞いてくる。恐らく自分の考えと近い所まで辿り着いているのだろう。

 またそれは雪姫も同じだ。雪姫は心配そうにクラウンを見つめてくる。その行動はつまり知られたくない記憶があるということなのだろう。

 だから、リリスの質問に対してすぐに二人は答えることが出来なかった。何と切り出せばいいのかもわからなかった。

 静寂な時間がこの場を支配していく。ここは外のような草原が広がっているが、中身は神殿そのもの。感じるはずのない風の、それも肌を突き刺すような寒さを感じてくる。

 僅かに感じてくる手足がかじかんでいく感覚は手の感覚を刻一刻と鈍らせていく。流れていく冷汗は止められず、「沈黙」の二文字が完全にこの場の状況を表している。

 ―――――パキッ

 何かが割れる音がした。それは少し丈夫な板を折った時の音で、感覚としては池に張った薄い氷を割った時の音に近い。

 その音はすぐ近くで聞こえてきた。そして、三人は思わず雪姫の足元を見る。すると、雪姫の足元は――――――僅かに凍り付いていた。

 そのことに驚いた三人は咄嗟に周囲を見渡す。そして、気づいたのは先ほどまで緑のじゅうたんのように一面に広がっていた芝生が白く凍っている光景であった。

 さらにその周囲のある木も雪が積もったような感じではなく、冷凍されているかのように若干薄い水色に近い色をしていた。

 となるろ、先ほど感じていた寒気は感覚ではなく本物。それもここまで何もなく、ここに来て起きたということは......

「制限時間か」

「え、嘘。だって、何も書かれてないわよ!」

「だが、現実に起こっていることが全てだ。早く答えないと氷漬けにされる」

 クラウンは全身に感じる寒気に思わず身震いする。そして、少しでも手の感覚は維持しようと左手拳を作り、さらに右手は杖をしっかりと握る。

 正直、久々の感覚でかなり堪えるがそれ以上に危険なのは雪姫だ。雪姫が移っているリリスの恰好はこの場の状況で一番相応しくないだろう。

 必死に寒さに耐えようとしているが、それでも限界は来る。するとその時、リリスは雪姫にあることを言う。

「雪姫、私の指輪からコートを取り出しなさい! そうすれば少しはマシになるはずよ!」

「だ.......だめ.......寒くて痛くてうまく集中できない......」

「なら、リリス。今のお前ならこの寒さに余裕のはずだ。それにここは魔法が制限されてるわけじゃない。周囲に一気に炎で薙ぎ払え!」

「わ、わかったわ」

 リリスは周囲に連続で<火炎弾>を放っていく。本当はそれよりももっといい魔法があるのだが、リリスに見せたことがないのでイメージがあまりないのだろう。

 もしその考えが本当ならば戦闘においてほとんど雪姫を知らない自分はあまり役に立てない可能性がある。

 とはいえ、その考えはともかく後だ。今はこの場を乗り切ることが最優先だ。

 リリスが放った炎の弾はだんだんと吹雪のように勢いを増してくる風に対してほとんど意味を成していなしていなかった。

 地面を溶かした個所は風によってすぐさま元通り。なら、この場の状況をどうにかするより、早く答る方が良い。

 しかし、自分はまだ根性で耐えれるが、雪姫はかなりグロッキーだ。顔が青白くなっており、小刻みに唇を震わせている。

 そんな雪姫に対して、クラウンは凍り付いたように動かない右腕を雪姫に向かって伸ばしていく。

「リリス、<火炎弾>を維持したまま近づけ」

 クラウンは雪姫の肩を抱くとそのまま体の横を密着させる様に押し付ける。そして、その意図を酌んだリリスが反対側から雪姫の肩を抱いて、右手の火の玉を雪姫に近づける。

 すると、雪姫の瞳に僅かに光が灯った。そ個を見逃さずクラウンは素早く聞いていく。

「雪姫、お前の記憶をすぐさま答えろ」

 その言葉に雪はポツリポツリと言葉を告げていく。

「私.......私はリリスちゃんが.......リゼリアさんという人と.......の記憶を見た」

 その言葉を聞いたクラウンはリリスへと視線を移していく。本当は何の記憶を見たか確かめたいが、そんな猶予は残されていない。

「私はクラウンと雪姫、それから多くの友達と楽しく過ごしている光景を見た」

 そして、バトンタッチするように視線を返していく。その視線を受け取ったクラウンはあらかじめ決めていた答えを告げた。



 その瞬間、目の前の結界は霧散して消えていき、背後から襲ってきていた凍える風も段々と勢いを無くしていく。

 そして、凍っていた服も温かさを取り戻すように溶けていき、芝生も周囲の木々も本来の緑溢れた色を取り戻し始めた。

 先ほどまで暑くもなく、寒くもない温度が体に体温が戻り始めたとともに異様に温かく感じてくる。

 その感覚が全身を襲うと三人は方を組んだままどっと疲れたように地面に座り込んだ。

 そして、クラウンと雪姫は特に心身ともに溜まった疲れを荒い呼吸と共に吐き出していた。またリリスは二人に難の異常がないことに安堵の息を吐いていた。

 そんな中、助かったとは別にもう一つ別のことで安堵している人物がいた。その人物であるクラウンはリリスの口に出した言葉に対して安堵の息を吐いた。

 それはリリスの言葉から自分の過去に関することが出なかったこと。正直、これは助かったことの次に喜ぶべきことだ。

 出来ればリリスには自分の過去を知って欲しくない。それは単純に知られたくないというのもそうだが、大切だからこそ隠したこともある。

 特に悲惨な過去の話とかは話したところでリリスの得になるわけでもないし、気分を害すだけだ。だったら、いっそのこと話さない方が良い。

 それに過去は自分だけの過去だ。その過去に決着をつけるのは自分だけでいい。知ってもらって慰めや同情が欲しいわけでもなければ、それ以上に巻き込みたくはない。

 もう既にこれ以上にないほどかかわってしまっているかもしれないが、少なくとも最終決戦だけは自分でケジメをつける必要がある。

「仁、リリスちゃん。ありがとう、もう大丈夫だよ」

 クラウンが別のことを考えていると耳元から雪姫の呟く声が聞こえてきた。その声にふと顔を見ると雪姫の顔は正常とまではいかないが、それでもかなり回復してきたように見える。

 クラウンは雪姫が回復したのがわかると回していた右腕を放して立ち上がる。そして、リリスは右手の炎の玉を消すと同じく立ち上がり、雪姫に手を差し伸べる。

 その手を戸惑いながらも握った雪姫はやや顔を火照らせて、リリスから顔を背けながら引っ張り上げてもらう。

「二人とも大丈夫か?」

「ええ、私はあんたの体で問題ないわよ。それよりも、雪姫はどう? 歩けそう?」

「うん、大丈夫だよ。もう迷惑かけないから」

「別に迷惑だなんて思ってないわよ」

 リリスは気さくに雪姫に返答していく。その一方で、クラウンは雪姫の顔を少しだけジッと見ると「行くぞ」とだけ告げて歩き始める。

 それからしばらく、また魔物一匹出てこない草原の上をクラウンを筆頭に歩いて行く。そして、その間にリリスの指示で雪姫はコートを取り出し、クラウンと雪姫はそれを身に纏った。

 すると、少しだけ余裕のあるリリスがふと呟いた。

「そういえば、ほぼ一本道のような場所を歩いてまだ次に進むべき洞窟が見えないということはまだあるのかしら?」

「恐らくあるだろうな。だから、今度は時間をかけずに答えていくぞ。もう見た記憶を言うことは躊躇うな。時間がかかればまたああなる」

「わかった。ごめんね、リリスちゃん」

「別にいいわよ。仕方ないことだからね。クラウンもそういう認識で良いわよね?」

「......ああ、構わない」

 そして進んでいくと、遠くの方からまたもや結界と祭壇が見えてくる。それから、その祭壇にはこう書かれてあった。

『本人の嫌な記憶を一つ晒せ。偽りは天罰が下る』

「「「!」」」

 クラウンはその言葉を見た瞬間、ついに来たかと思った。いや、来ないはずがないと思っていたが、まさかこんなに早く来るとは。

 ともあれ、この条件を飲まなければ前には進めないし、答えるほかない。ここまで来る途中に少しずつ流れた記憶を頼りにするべきか。

 だが正直、その見てしまった記憶の中には本人の嫌そうな記憶は特に当たらなかった。その間で思い出したことは全て言葉だけであり、何かの映像として見ていない。

 クラウンは二人に目配せしていくと順に答えていく。

「夜に菓子を食い過ぎて少し太ったこと」

「うぅ.......それを見たの? えーっと、性癖がバレたこと」

「ぐふっ、ま、まあいいわ。それじゃあ、死の森で死闘を繰り広げたこととか」

 クラウンはその言葉に思わずリリスを見る。すると、リリスは「わかってるわよ」とウィンクで返してきた。

 それは恐らくリリスと行動を共にした時の記憶だ。どういう意図でそれを言ったかわからないが、一先ずありがたかった。とはいえ、自分の体でウィンクはやめて欲しい。

 すると、スッと結界が霧散していく。どうやらあれでよかったらしい。ということは、リリスの言葉は偽りではないということか。

 まあ、「本人」という言葉何なのかはわからないが、ともかく嫌な記憶は確かに告げた。復讐の炎に身をやつし過ぎていた自分は確かに嫌いだ。

 そして、クラウン達が祭壇を通り抜けたその瞬間―――――――

「「「あああああ!」」」

 三人は激しい激痛に襲われた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼女エルフの自由旅

たまち。
ファンタジー
突然見知らぬ土地にいた私、生駒 縁-イコマ ユカリ- どうやら地球とは違う星にある地は身体に合わず、数日待たずして死んでしまった 自称神が言うにはエルフに生まれ変えてくれるらしいが…… 私の本当の記憶って? ちょっと言ってる意味が分からないんですけど 次々と湧いて出てくる問題をちょっぴり……だいぶ思考回路のズレた幼女エルフが何となく捌いていく ※題名、内容紹介変更しました 《旧題:エルフの虹人はGの価値を求む》 ※文章修正しています。

補助魔法しか使えない魔法使い、自らに補助魔法をかけて物理で戦い抜く

burazu
ファンタジー
冒険者に憧れる魔法使いのニラダは補助魔法しか使えず、どこのパーティーからも加入を断られていた、しかたなくソロ活動をしている中、モンスターとの戦いで自らに補助魔法をかける事でとんでもない力を発揮する。 最低限の身の守りの為に鍛えていた肉体が補助魔法によりとんでもなくなることを知ったニラダは剣、槍、弓を身につけ戦いの幅を広げる事を試みる。 更に攻撃魔法しか使えない天然魔法少女や、治癒魔法しか使えないヒーラー、更には対盗賊専門の盗賊と力を合わせてパーティーを組んでいき、前衛を一手に引き受ける。 「みんなは俺が守る、俺のこの力でこのパーティーを誰もが認める最強パーティーにしてみせる」 様々なクエストを乗り越え、彼らに待ち受けているものとは? ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも公開しています。

処理中です...