神逆のクラウン~運命を狂わせた神をぶっ殺す!~

夜月紅輝

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第8章 道化師は移ろう

第170話 滅びの記憶#2

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「リゼリアさんはどこから来たの?」

「とっても遠いところよ。今はわけがあってここに来ているんだけどね」

 リリスがリゼリアを助けてから数日、行く当てもないリゼリアはリリスの家へと居候させてもらっていた。

 その間は基本的に外のことが気になるリリスの質問攻めだ。他の同胞もほとんどが初めての客人であるからして少々臆しているにもかかわらず、リリスだけが積極的にかかわっていた。

 まあ、寝食を共にしているという時点で他の同胞よりも仲良くなるのが早かったとか、リリスの興味が外にあったからと理由は色々あるのだが、ともあれ仲良くなったのは確かだ。

「それにしても、良い村ね。誰もが恐怖を感じていないところとかね」

 リゼリアは外にあるベンチへと座るとそこから見える追いかけっこしている子供達を見て思わず呟く。

 その反応にリリスは怪訝な表情で聞いた。

「外って怖い場所なの?」

「え? いいえ、そういうわけじゃないわ。ただここは他の村に比べて平和ねってことよ。それはそうと、どうしてリリスちゃんは外へ行きたいのかしら?」

「この本を読んで旅がしてみたくなったのよ!」

 リリスは相変わらずお気に入りの物語本をリゼリアへと見せつける。それも渾身のドヤ顔をしながら。

 リゼリアはそんなリリスの姿を見て微笑みながら、リリスからその本を借りて中身を見た。

 その本の内容は至極単純な騎士が攫われた姫を助けに行くという話でテンプレ通りの王道の内容であった。

 その本を「読んだことあるのよ」とリリスに言いながらペラペラとページをめくっては流し読みしていく。

 すると、リゼリアはあるページで突然止まった。そして、その物語の地の文を指で追っていくようになぞると目を強く閉じ始めた。

「ミレイア様......」

 物語の見開かれたページに滴が落ちた。その滴はそのページに吸収されていくとその部分だけ色を変えさせていく。

 リリスはそのあまりの様子に思わず慌てた。「こういう時にどうすればいいのか」と。

 その本を読んで楽しそうな、面白そうな表情をするものはいれど、泣く人はいなかった。

 それ故に、リゼリアの行動はあまりにも予想外過ぎたのだ。とはいえ、同時に不思議に思うこともあった。

 それはリゼリアの表情だ。リゼリアの表情はまるで近親者を無くしたような深刻にも似た泣き方をしていた。

 正直、物語の登場人物にの名前を言って感情移入で泣いてしまうならまだわかる。

 しかし、その名は最高神の名前で要所要所で特に重要でもなければ、分かりやすいように名前が置かれているぐらいで全く感情移入する場面などないのだ。

 とはいえ、リゼリアはよそから来た人物だ。魔族でないことはなんとなくわかるので、この様子から言えば人族ということになるのだろうか。

 そう考えると人族は神を信仰していると聞くので納得もいく。ただ泣くほどまでの信仰心はさすがに引くのだが。

 リリスはそう思いつつも、突然リゼリアの手を引くとある場所へと連れ出していく。

「ちょ、リリスちゃん!?」

「良い場所教えてあげるわ。そこを見れば、少しはマシになるはずよ」

 リリスはそれだけ告げるとズカズカとエキドナの手を引きながら歩いて行く。

 周りの同胞はその様子を不思議がって見ていたが、リリスは特に気にする様子はなかった。

 そして、リリスが連れてきた場所は――――――

「キレイね.......」

「でしょ? ここは私のお気に入りなのよ。いいでしょ」

 目の前には鏡のように水面にさざ波一つ立っていない湖に、その湖を囲うようにある月光花のつぼみ。

 リリスがリゼリアを助けに行く前にいた場所だ。あいにく今はかなり曇っていてあまりいい景色というわけじゃないが、それでもリリスは自慢するように胸を張って言ってのけた。

 そんなリリスの様子を微笑ましく思いながら、リゼリアは湖を見つめていく。しかし、普通の人なら味気ないと思う湖でも、今のリゼリアには違うように映っていた。

 すると、リゼリアは突然湖に向かって歩き出す。そして、足を一歩踏み出すたびに衣服をその辺に脱ぐ散らかしていく。

「え? ええええええ!?」

「せいっ!」

 それから、最終的に全ての衣服を脱ぎ捨てる。目の前にある艶めかしい肢体にリリスは思わず顔尾を赤らめて叫んでいる間、リゼリアはキレイなフォームで湖へと入水していく。そして、思う存分泳いでいく。

「な、何してるの!?」

「何ってそうね.......少し頭を冷やしたかったのかしらね」

「頭どころか全身冷やしてるわよ!」

「ふふっ、ほとばしる熱量は頭を冷やすだけじゃ物足りないみたいね」

 リゼリアは仰向けになると背泳ぎで腕を大きく回しながら移動していく。そして、歩い程度まで進むと一度体勢を立て直してクロールを始める。

 そして、湖の岸までやってきてその岸に腕を置いて、さらにあごを乗っけながらリリスへと聞いた。

「リリスちゃんもどう?」

「私はいいわよ。なんか恥ずかしい」

「ふふっ、この村は基本女ばっかりだから恥ずかしがることないのに」

 リゼリアは陸へ上がると魔法で濡れていた体を乾かしていく。そして、手慣れたようにササッと衣服を着てもとのリゼリアへと戻った。

 すると、そのリゼリアの魔法を見ていたリリスは思わず瞳を輝かせてリゼリアへと尋ねていく。

「ねえねえ! それって魔法よね? どんな魔法なの?」

「ふふっ、気になる? なら、命の恩人さんには特別に教えてあげましょうかね」

 それから、リリスとリゼリアは特別な一週間を過ごした。

 リリスはリゼリアから外のことや魔法を教えてもらい、リゼリアは魔族のことやサキュバスのことに聞かせてもらったり。

 またリリスはリゼリアを他の同年齢の同胞に紹介したり、またリゼリアは別アクセスで仲良くなったサキュバスの奥様方とは卑猥な会話日常会話をして過ごしていた。

 その一日一日が過ぎるたびにリゼリアの顔には輝きが溢れていった。またリリスも未知との出会いを喜ばしく思っていた。

 そんなある日のこと――――――リゼリアは突然姿を消した。

 貸していた寝室はキレイに整えられていて、リビングにも、外にも姿がなかった。そのことにリリスは酷く悲しく感じた。

「どうせ帰るなら一言あってもいいんじゃないか」と.......いや、この場合悲しさというよりも寂しさといった方が近いだろうか。

 ともあれ、リリスがしばらくしょげていたことは事実。だがまだ、心の中では「少しどこかへ行ってるだけ。すぐに戻ってくる」とそう思い続けていた。

 それから数日、リリスは湖のほとりでお気に入りの本を読みながらリゼリアの戻りを待っていた。

 少し前からセレンが家族でどこかへと行ってしまったので、自分としっかり合う話し相手がいなくて少し寂しい。

 いつも楽しんで読んでいた物語の本が妙に飽きて感じてしまう。それも仕方ないことなのか、少し前までリゼリアとセレンと自分で談義していたのだから。

「つまんない......」

 リリスは本をそばに置くと近くにあった月光花の茎を千切った。そして、つぼみのある方を先に向けると茎を摘まんで放り投げる。

 その花は半円を描くようにキレイな軌道で重たいつぼみを下にして地面へと落ちていく。

 そして、そのつぼみが地面へと触れた瞬間――――――――ドゴオオオオオォォォォォンッッ!!

「ひっ!」

 背後から突然大きな爆発音がした。リリスは思わずその方向を見るとすぐ近くから大量の黒い煙がきのこ雲を作り出している。

 リリスは「まさか自分が投げた月光花が!?」と少しパニックを起こしながらも、心を落ち着けるために本を持って急いで村へと戻っていった。

 村に近づいていく度に臭う木々が焦げた臭いと熱波。途中からは火で作られた道を走っているようで全身にジリジリとした痛みを感じた。

 そして、リリスが村へと戻ってくると見てしまった。たくさんの見たことのない武装した人達を。

 誰も彼もが息が詰まりそうな強烈な殺気を放っていて、その人達の近くにいる年齢とはずの同胞の倒れている姿。

 だが、リリスにはそれよりも確かに目に焼き付いてしまった光景があった。

 それは黒い法衣を着た人物が母親の頭を左手で持ちながら、その胸を右腕で貫通させている光景だ。

 リリスは見たくなかった。「嘘だ」と言いたかった。だが、なぜかその光景から目が離せないし、恐怖で声も出ない。

 急速に感じる喉の渇きに、手先に感じる震えと痺れ、膝は小刻みに震え、左手に抱えていた本は地面へと音を立てて落ちていく。

 周囲からは森が、家々が火柱となって燃え盛っていて炙られているかのように痛みと大量の汗を感じる。

 リリスの思考回路は完全に停止していて、ただありのままの光景を記憶にこびりつくほどに焼き付けていた。

「ん? 誰かいるぞ? 子供だ!」

 すると、一人の兵士がリリスの存在に気付いて叫んだ。その瞬間、声に反応した兵士がリリスの方向へと全員ギロっとした目を向ける。

 その目を向けられた瞬間、リリスは心臓が止まりそうなほどのゾクッとした感覚に襲われた。そして同時に、背後から腕を掴まれた。

 リリスは未だ戻らぬ思考のまま背後へと振り返るとその手を掴んだのはリリスの父親であった。

「リリス、何も考えずに走れ!」

 リリスは父親に引かれるままに無理やり足を動かしていく。その速さは明らかに父親に合わせたような速さで完全にリリスの脚が追いついていないにもかかわらず、父親は走り続けた。

 リリスは「待って」と言いかけたがその前に父親の全身につけられた無数の傷に気付いてしまった。その傷はどこもそこも深そうで乾いてない血が流れている。

 さらに羽は完全に潰されていて右側の羽が存在していなかった。

「「「「「おおおおおおお!」」」」」

 背後から兵士達の血気盛んな声が聞こえてくる。その声に恐怖しながらリリスは乾ききった喉で呼吸を繰り返しながら足を動かしていく。

 どうして......どうしてこうなるのだろうか。何がどうしてあの人達は自分達を襲い来たのだろうか。

 わからない。全くわからない。ただ怖い、怖い怖い怖い。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!

「クソッ、ラチが開かねぇな!」

「.......父さん?」

 普段温厚な父親の今まで聞いたこともなかったイラ立った声に少し怯えていると突然リリスは掴まれていた手が離れていったのに気付いた。

 そのことにリリスは思わず止まって父親を見る。すると、父親は笑顔でリリスに告げる。

「リリス、今まで父親らしいことができたかわからないけどさ、これからはもっと頑張るから」

「父さん?」

「.......必ず追いつくから。リリスはとにかく遠くへ走れ」

「嫌だ.......い"や"た"よ".......」

「走れ!!!」

 リリスは父親の殺気にも似た感情の宿った目を見ると父親を背にして走り始める。そのことに安心したリリスの父親は告げた。

「さあ、俺の娘に手を出せると思うなよ?」
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