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第8章 道化師は移ろう

第168話 消えぬ恐怖

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「う、うぅ.......」

「あ、起きたみたいだね」

 リリスは目を覚ますとそのことに気付いた雪姫がリリスを杖を使って背負いながら、暗い道を杖の先を光らせて歩いている。

 時間はまだ真夜中になるまで時間はあるが、それでももとよりこの大陸が基本的に暗いので月が少しだけ顔を覗かせていても印象的には暗闇に近い感じだ。

 リリスは雪姫の肩に手を置くと辺りを見渡していく。それは今雪姫がどこら辺を歩いているのか確認するため。

 というのも、リリスは少し寄りたい場所があったのだ。

「雪姫、もう大丈夫よ。一人で歩ける」

「ダメだよ。何が起こったかわからないけど、倒れたことは確かなんだから。少し安静にしてて」

「.......意外と過保護よね」

「仁のせいかな」

 雪姫は軽く笑いながら済ませていく。しかし、リリスから見ればその笑顔は少し硬い印象に感じた。まだ完全にわだかまりが無くなっていない証拠なのだろうか。

「なら、雪姫。少し寄って欲しい場所があるんだけどいい? 少しだけ月明かりが見えている今ならいい感じにキレイだと思うの」

 雪姫はリリスに指さされた方向を歩いて行く。その道はリリスの家からクラウン達がいる村の方までの補正された道から外れた道なき道を歩いて行く。

 その道は一人で歩けば足がすくみそうな恐怖感を漂わせる道で、茂った木が月明かりを吸収していくように暗闇を作り出している。

 「肝試しでもこんな暗さ経験したことないよ」と少しだけ半べそをかきそうになる雪姫だが、それでも背中で背負っているリリスの温もりを感じるせいか存外落ち着いている。

 とはいえ、歩いている今に会話がないというのはなんとなく気まずい。なので、雪姫はリリスへと質問した。

「そういえば、最初の仁の様子ってどうだったの?」

 リリスはその質問に思わず目を見開く。「唐突に話しかけて質問の内容がそれか」と。そして、その話題に対して触れようかどう迷った。

 なぜなら、クラウンの最初の頃と言えば頭の天辺からつま先まで恨み、憎しみたっぷりといった感じなのだ。

 それを雪姫に話していいいものだろうか。それがたとえ本人が聞きたがっていることだとしても。今後の行動に影響を与えてしまうのではないかと心配になってしまうのだ。

 リリスがそのようなことで悩んでいると雪姫はなかなか返答しないリリスのことを察したのか言葉を付け足していく。

「あ、心配しなくても大丈夫だよ。私の中で仁はもう仁だから。たとえどんな仁であっても全て受け止めるつもりだから。私は仁のことを知る義務があると思うの」

「.......わかったわ」

 リリスは雪姫の覚悟をしっかりと受け取ると出会った当初のことを話し始めた。

 最初は憎くはなくとも嫌っていたということ、利害の一致で行動をともにしていたこと、自分と同じで人を恨んでいたこと、自分と同じで復讐が目的であること。

 その時のクラウンの行動もそうだが、主にその時の自分の印象を語っていった。というより、話しているうちにそのような感じになってしまった。

 その話を基本的に雪姫は静かに聞いていたが、時にクラウンのロキへの愛着が凄いという話題に入ると少しだけ笑ってみせた。

 どうやら雪姫が言っていたことは本当のようだ。しっかりと正面から受け止めようとしている。それに対して、自分は正面から受け止めるように見せかけて少しだけズレている。

 全てを正面から受け止める気になれないのだ。それは怖いという感情が常に存在しているから。それは今のクラウンがどこか消えてしまうような感じがして。

 だから、思い出語りしても自分の顔は晴れてはいなかった。雪姫に背負われているため顔が見えないのが幸いといったところか。

 リリスは雪姫の小さな背中を見ながら思わず呟いた。

「雪姫が羨ましいわ」

「え?」

 その言葉に雪姫はその場で止まると頭を横に向けて横目でリリスを見る。それは単純に理解できなかったからだ。

 どこに羨ましがる要素があるのだと。むしろ、「羨ましいのはこっちだ」と言いたげな顔で。しかし、その言葉はリリスの悲しそうな顔を確認するとすぐに霧散していく。

 そして、雪姫は深いことは聞かず再び歩き始める。すると、リリスもそのまま黙りこくった。

 静寂な時間が流れる。しばらく暗い道を歩いてしまったせいかだいぶ慣れてしまったし、鳥の鳴き声も聞こえないので恐怖感もそそられない。

 互いに互いの心中を推し量ってか会話のタネすら出てこない。むしろ、どう話しかければいいか迷っているような雰囲気さえある。

 なので、「こんな時に朱里がいればなぁ」と思わなくもない雪姫。「この場で召喚できないかな」すら思ってしまう。

 そんな時間がしばらく続いていくと正面の方にキラキラした何かが見えた。雪姫はその方向に少しだけ歩みを速める。

 リリスが指定した目的地なら何か話の話題があるかも知れない。この気まずい空気を何とか出来るかもしれない。

 そして、雪姫は森を抜けると目の前に広がる光景に思わず感嘆の声が漏れた。

「どうキレイでしょ?」

「うん、キレイ.......」

 二人の正面には水面に月を浮かび上がらせている巨大な湖にその周囲を埋め尽くすような淡い輝きを放つ月光花。

 それが僅かに吹く風で右左へと揺らめいて、鏡写しの月がある水面を波立たせていく。

 空と湖、それぞれに浮かぶ月と白い絨毯敷いたような月光花。それから、水面に浮かぶ蛍のような黄緑色をした光の集まりはこの空間を一枚の絵画のようにして幻想的な雰囲気を醸し出している。

 それに目を奪われている雪姫にリリスは微笑みながら、雪姫に降ろすように言う。そして、降ろしてもらうとその場で足を伸ばしながら座り込んだ。その隣に雪姫も座る。

「ここね、母さんが教えてくれた思い出の場所なの。月が現れている今だから見られる貴重な光景よ? しっかりと目に焼き付けておきなさい」

「うん、目だけじゃなくてしっかりと思い出にも残すよ」

 雪姫はその空間に吸い込まれるようにポケットからカメラを取り出すとスッと目元に合わせていく。そして、一枚、二枚と写真に撮るとカメラから出てきた二枚の写真を魔力を当てて現像していく。

「はい、これ」

「私にくれるの?」

「うん、これでもういつでも見れるね」

 雪姫は笑顔でリリスにそう言った。その笑顔に釣られるようにリリスも笑うと目の前に本物があるにもかかわらず、写真に映し出された方をまじまじと見つめる。

「それで、どうしてこんな所に?」

 雪姫はリリスのこわばりが取れたのをなんとなく感じるとリリスへと尋ねた。確かに、この光景が見られるからという理由で連れてきたようにも感じるが、雪姫には別の意図があるように感じたからだ。

 すると、リリスは写真を腰ポーチにしまうと少し陰った水面に浮かぶ月を眺めて告げる。

「雪姫と二人で話したかったからかもね」

「どんなことを?」

「例えば.......雪姫はどうしてそこまでクラウンのことを好きでいられるのか、とか」

 リリスは月明かりで照らされた紅の瞳で雪姫を見た。その質問に雪姫は即答する。

「ずっと昔から好きだったからだよ。頑固で意地っ張りな部分もあるけど、それでも優しくて頼りになる人だったから。それがたとえ仁の心が変化しようともそれだけで私の思いは揺らがない。それとこれとは別の話だからね」

「.......強いわね」

「リリスちゃんは違うの?」

 雪姫の言葉にリリスは重たい口を開くことが出来なかった。どうしてこんなにも重たいのかわからない。

 恥じらいがあるからというのもあるだろう。それでもこの口の重さはリリス自身でも異常だと思っている。

 きっと普通に話す時にはどんな内容でも変わらずに話し続けることが出来るだろう。しかし、クラウンに対する思いとなると別だ。

 月にかかる雲の陰りはその面積を大きくしていく。月明かりを浴びなくなった月光花からその輝きを失わせていく。

 自分はクラウンのことをどう思っているのだろうか。きっと好きなのだろうとは思っている。しかし、どうしてその好意をハッキリと伝えられないのかわからない。

 セレンにカッコつけたような言葉を吐いときながらこの体たらく。なんとも馬鹿馬鹿しく、自分が小さい存在のように感じてくる。

 いつまで経っても自分がクラウンに抱えている恐怖のようなものの解決策が見つからない。

 すると、暗い表情を見せるリリスに対して雪姫は尋ねてくる。

「リリスちゃんは何に悩んでるの? 良かったら聞かせて欲しいな。前に私も話を聞いて助けてもらったしね。それに私がそばにいなかった間、ずっと仁を支えれくれたんだもの。それぐらいはやってみせるよ」

「.......私は......私はね、失うことが怖いの。どれだけ長く、強く思い続けていたことも理不尽ですぐに壊れてしまう。頑張ってまた積み上げようとして、積み上げられてもまた壊れてしまうの。その積み上げた思いが強いほど、私の心にはポッカリと穴が開いたように感じるの」

 リリスはポツリポツリとか細いような声で弱音を吐いていく。その姿はいつも気丈に振舞っていたリリスの姿とは似ても似つかないような姿であった。

 恐らく同じ仲間でもこれほどまでに小さく丸まった背中を見せるリリスを見たものはいないだろう。逆に言えば、それだけ上手く隠していたということなのかもしれないが。

 雪姫はそんな三角座りになり小さくなれるだけ小さくなったリリスの姿を見て、仁を攻撃した日以降の自身の姿と重ねていた。

 だからこそ、その気持ちが痛いほどわかる。リリスの背中に触れた手から伝わる心音に同調するように胸が苦しく、息詰まっていくのを感じる。

「リリスちゃん、大丈夫だよ。私も自ら積み上げたものを一度全て壊した人の一人だから。思いが全く一緒わけじゃないけど、それでもその気持ちを理解してあげることは出来る。そして、今は私は壊したものをまた積み上げようと頑張っている。一人じゃないから安心して」

 リリスは少し体を小刻みに震わせながらゆっくりとうなづいていく。

「少し聞いてくれる?」

 そして、溜め込んだ辛さを吐き出すように過去を語りだした。
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