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第6章 道化師は惑う

第141話 男の約束

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 クラウンは気配を辿りながら王城の廊下を歩いていく。その横を多くの兵士やメイドが忙しなく通り過ぎていく。今は城の復興作業に明け暮れているようだ。

 今はどこもそこもそんな感じだ。人々からしてみれば、瞬きすれば音もなく城の王の間が崩壊しているという状況なのだ。誰も彼も状況を飲み込めないのは仕方ないのかもしれない。

 だが、それでも現実を受け止めてこういう作業をしているということは、前を向いているという証拠なのかもしれない。そうだとすれば、十分に心が強いということになる。

 しかし、その反対に現実をまだ受け止め切れてない者もいる。それは何もこの国の人々に限ったことではない。

 その人物はクラウンの身近にいて、仲間と言える存在の者だ。その者はあの時のレグリアとの戦闘において、だいぶ心にダメージを負っていた。

 たった少しのやり取りだったかもしれない。だが、その者にとっては魂捧げて刀を振るったのだ。それがたとえ激情に身を包まれようとも。

 それだけの感情で周囲がおろそかになるほどやわな鍛え方はしていない。にもかかわらず、助けてもらわなければ死んでいた。

「ここにいたか」

「よう、クラウン。調子は大丈夫そうだな」

 クラウンは城の外へと出ると門へと繋がる堀の上に架かっている一本橋へと歩いていく。すると、その一本橋の橋で腰をかけて座っているカムイの姿がそこにはあった。

 カムイはクラウンの存在に気づくとニコッとした笑顔で返答した。だが、その表情がいつもの楽観的にも見える態度のカムイの表情ではないことぐらいクラウンにはすぐに気づいた。

 だが、そこにすぐに触れることはせず、カムイの隣に座ると話しかけに行く。

「ああ、体も問題なく動く。やはりあの果実はなんでも効くようだな。目が見えるようになるとは思わなかった」

「本当に驚いたぜ? リリスがあんなひっでぇ顔になっていたからよ。絶対クラウンに何かあったと思えば、目が見えなくなっているなんて想像の斜め上をいっていたぜ」

「心配かけて悪かったな。だが、正直なところでは俺は一人で戦ってよかったと思っている」

「それはまたどうして?」

「自惚れではないが、あの時は俺だから良かったと思っている。明確な根拠はない。しかし、そうと思わせるほどの相手であったことは確かだ。だからこそ、逃したのはあまりにも痛すぎる」

 クラウンは少し睨んだような目付きでぼんやりと堀の透き通った水を見る。その水には光り輝く太陽が反射しており、さらにその光で二人の姿をも映し出している。

 すると、カムイは一旦話題を変えた。クラウンがどんな用で自身のもとへと来たかは何となく察しているが、それを触れるにしてもまだ早いような気がしたからだ。

 何より話す余裕をまだ作りきれていないから。

「そういえば、いつかお前さんなら辿り着くと思っていたが......まさかこんなにも早く気配の極地に辿り着くとはな。意外ではなかったが、それでも驚きはあるというもんだ」

「あれはあの時に死にものぐるいで掴んだ最後のだったに過ぎない。それこそ、俺はお前に出会っていなければ、勝てなかっただろうな」

「おいおい、やめてくれよ。どうした? お前さんらしくないじゃないか? なんだ今日は槍の雨でも降ってくるのか?」

「俺はそんなにおかしいことを言ったか? というか、お前は俺をなんだと思っている? 俺はまともだぞ」

「神殺しを謳っている時点で正気の沙汰じゃねぇと思うがな」

 カムイはカラカラと楽しそうに笑っていく。そんなカムイの様子にクラウンはなんとも言えない顔でため息を吐いた。

 すると、クラウンはカムイに思わず思ってしまったことを聞いた。

「......なあ、俺がお前に出会うことは定めだったと思うか?」

「......」

 カムイはその言葉にすぐには答えなかった。そして、水面に映る自分の顔を見つめながら、そっと言葉を告げていく。

「そうだな......どうなんだろうな。答えが分からないし、だからといって曖昧に答えるつもりもないが、俺は違うと思う」

「どうしてそう思う?」

「だってさ、そうなると今こうしている俺達を認めなきゃならないだろ?」

「!」

 クラウンはカムイの言葉に目を見開く。それはカムイの言葉があまりにも正しいことだと感じたから。

 自分の目的はこの世界の神を殺すこと。逆恨み上等で理不尽に抗うために行動を始めた。

 そして、それは――――神にもたらされる運命を壊すための行動でもあった。

 あの時にあんなことが起こらなければ、あの時もっと強ければ起こらなかったであろうことはいくらでもある。それらの中で一つでも運命を受け入れてしまえば、それら全てを肯定したことになる。

 あるがままの運命をそのまま受け取ったことになる。そうなれば、今までの行動は全てを無意味で、価値のないものへと変化してしまう。

 それだけは絶対にあってはいけないこと。目的そのものが崩壊する可能性だってあるから。

 すると、カムイは深刻そうにも見えるクラウンの様子を見て言葉を続けていく。

「こっからは俺の自論だがな、どうせ理不尽な世の中なら自分の考えだって理不尽でいいんじゃないかって思うぞ?」

「どういう意味だ?」

「お前さんは俺と出会ったことは定めと言った。なら、それでいいってことさ。そして、こんな理不尽なことをしている奴にはその定めを真っ向から否定して突き進む。要するに自分の好き勝手に定めかどうかを判断すればいいってことよ」

「ははは、なるほど、そういうことか。確かに理不尽な考えだ。そして、そっちの方がよっぽど俺らしくもある。まさに自分が神になったようなものだな」

「そういうことだ。理不尽には理不尽を。不条理には不条理を。全てが全てそう考えられるほど甘くはないと思うが、少なくともそっちの方が前向きでことが進む。それに目的も見失わない......そう、見失わないんだ......」

 カムイは両腕を背中の後ろへと下げて地面につける。そしてそのまま後ろに体重をかけながら、青々とした雲一つない空へと顔を上げた。そして、その空を睨むように目を細める。

 クラウンはカムイの最後の言葉を聞くと本題に入った。

「カムイ、お前はこれからどうするんだ?」

「どうするか......そうだな......」

 カムイはぼんやりとした声で呟きながら、少しだけ考える。そして、姿勢をもとに戻すと強い意志の宿った目で水面の自身の顔に目を合わせた。

「俺は戻るとするぜ......鬼ヶ島に。あのレグリアっていう奴の言葉からすれば、そこにいるということになる。もちろん、罠である可能性も承知の上だ。だが、愛する妹のためだ。俺には行かないなんて選択肢はない」

「そうか......まあ、わかっていたことだがな。お前ならたとえ死んでいようとも、現世に現れて妹を探していそうだ」

「ははは、返す言葉も見つからねぇや。全くもってその通りだからな」

 カムイはその言葉に思わず苦笑いする。死んでもなんて考えたこともなかったが、ふと考えてみれば容易に想像がついてしまう。まさかこんなにも単純だったとは。

 だからこそ、思うこともある。

「クラウン、あの時は止めてくれてありがとな。あの時に止めてくれなければ、きっと奴の攻撃には咄嗟に反応しきれなかった。剣士としては一生の不覚だが、生きているということはまたルナの頭を撫でてやれるからな」

「そこまで言われる筋合いはない。俺の考えよりも先に勝手に体が動いただけのことだ......だが、そのせいで最悪な状況にしてしまったがな」

「お前さんが戦っていた相手は殺しきれず、俺の妹は助けられなかったということか? 前者に関しては何かを言ってやれる言葉も見つからないが、後者の方ならそこまで気負う必要は無い。どっちにしろ厳しかった」

「厳しかったか......なら、お前はこれから一人で鬼ヶ島へと行くつもりなのか?」

「まあ、そうなるかもな。お前さん達にはお前さん達の目的がある。少なくとも、俺の目的とは明らかに外れている。だったら、無理強いするのはおかしいし、そもそも俺はそういう性分じゃねぇ」

「――――お前は俺達のことをどう認識していたか覚えているか?」

 クラウンは不意に妙なことを聞いてきた。そのことにカムイは思わず頭を傾げる。だが、ともかくその質問には一応答えてみる。

「仲間だ」

「なら、その仲間の定義は?」

「そりゃあ、助け合いの支え合いで......!」

「自分が自ら答えを言ったことに気づいたようだな」

 カムイは気づいてしまった。クラウンが何を言おうとしているのかを。だからこそ、思わず聞いてしまう。その言葉は正気なのかと。

「待て待て、俺とお前は明らかに目的が違う。それにその目的地も逆方向だ!」

「それがどうした? それに俺達はいずれは鬼ヶ島へと行く用事があるんだ。ただ行く先の変更をしただけのこと......まあ、エキドナには悪い話になってしまうけどな」

「だったら――――」

「だが、その答えはエキドナが決めることだ。俺個人の意見では次の行き先地は鬼ヶ島へと変わっただけのことだ」

「......」

「仲間......なんだろ?」

 クラウンはカムイへと不敵な笑みで尋ねた。その言葉に思わず感極まったカムイは右手で両目を覆う。そしてそのまま、頭を上に向けていく。

 口元は僅かに歪め、泣いているような様子は明らかだった。だが、カムイはその恥ずかしさを消すように気丈に振舞っていく。

「まさかルナ以外に泣かされる日が来るとはな......これこそ一生の不覚かもしれないな」

「勝手に言ってろ」

「ああ、是非ともそうさせてもらう」

 そして、クラウンはカムイが泣き止むまで静かに横で座り続けた。

 カムイのもとへと来た頃には忙しなく通っていた馬車や人の群れはいなくなり、僅かに風によって擦り合わされた葉音が聞こえてくるのみ。

 それから、カムイは袖で涙を拭うとクラウンへといい顔で告げる。

「クラウン、俺の妹を助けるのを手伝ってくれ」

「安心しろ、はなからそのつもりだ」
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