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第6章 道化師は惑う

第136話 絶望への復讐

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 ラズリはクラウンの言葉に思わず脚を一歩後ろへと下げた。だが、すぐにその行動に自信を叱責する。それは紛れもなくクラウンに恐怖しているということを表しているからだ。

 だからこそ、拳を強く握るとクラウンをギリッと睨み返す。そして、全身からクラウンの殺気に対抗するように殺気を盛れださせる。

「ああ、ウザい、ウザいネ! あの人族も! お前も! むしゃくしゃするネ! それで勝った気になっていることが甚だおかしいネ! それに俺っちの攻撃を見破っただと? ハッタリもいい加減にするネ!」

「ハッタリならそう思って黙っていればいいだろ? 口数が多くなるほど、お前は焦っているように感じるぞ?」

「人族風情が......調子に乗るなネ!」

「その調子に乗った人族に負けるのがお前だ、ラズリ」

 ラズリは顔を怒りで歪ませていく。そして、前のめりに腰を落とすと一気に走り出した。「あんな言葉は虚勢に過ぎない」そう思い込みながら。

 そして、先ほどと同じ通りにクラウンのすぐ眼前へと迫った。その時のクラウンは当然目が見えていない。自ら目を閉じているし、それ以前に失明しているから。

 クラウンはラズリが目の前に現れても動く気配がない。それは捉え方では先ほどの時と一緒でなんの問題もない。

 はずなのに......

 ラズリは嫌な予感が拭えなかった。クラウンが雪姫を抱えていた時に出た殺気が、近づけば近づくほど濃く感じていくことが分かる。

 だが、所詮は人族であることには変わりない。神に作られたものと異世界から呼ばれただけの人族が戦った時点で勝敗は明らか。

「お前っちはここで俺っちに殺されるだけ――――!」

 ラズリは見てしまった。クラウンの不敵な笑みを。先ほどは反応するできなかったというのに、今は笑っている。見間違えようもなく、凶悪に。

「遅せぇよ、のろま」

「がっ!」

 クラウンは上段に上げていた刀を中段へと下げた。そして、剣先はそのままにして軽く腕を引くと一気に突き出す。その攻撃はしっかりとラズリの左脇腹を抉った。

 ラズリは右足で上段蹴りをし始めたタイミングであったので、無理やり体を動かして致命傷を避けるのが精一杯であった。そして、クラウンの突きの勢いのまま吹き飛ばされ、床を転がっていく。

「ほら、自慢の速さはどうした?――――剛脚」

「がはっ!」

 クラウンはラズリが体勢を立て直す前に素早く接近した。そして、右足を大きく振りかぶるとラズリの顔面に向かって蹴り上げる。

 その攻撃に対して、ラズリは咄嗟に腕をクロスさせて防御体勢に入る。そして、直撃する前に後ろへと飛んだ。だが、それでも勢いを殺せたのは微々たるもので、床から勢いよく飛んでいくと壁に叩きつけられた。

 だが、すぐに体を起こすとクラウンに向かって飛んだ。そして、一時的に通り過ぎるとクラウンの背後に回り、逆手に持った短剣を裏拳をするように突き刺していく。

「なっ!」

「お前の攻撃はもう届かない」

 しかし、その攻撃はクラウンの刀の腹で受け止められた。そして、その時のクラウンは刀だけを背中の後ろで掲げるようにして。

 短剣と刀が勢いよくぶつかり、一瞬の火花を散らしていく。しかし、そんなことには目もくれず、ラズリは受け止められたことに驚いた。

 だが、すぐに目を細くさせる。そして、すぐに迫ってきたクラウンの左手の裏拳を後ろ下がることで避けていく。しかし、すぐに追いつかれた。否、

 ラズリは突然クラウンへと吸い寄せられる。そんなラズリにクラウンは左手を向けたまま、刀を突きの構えにした。

「お前なら知っていると思っていたがな。だが、知っていようといまいと関係ない。お前がここで死ぬだ」

 クラウンは間合いを計って一気に刀を突き出した。それに対し、ラズリは短剣で受け流していく。短剣と刀が擦り合わせあい、火花を散らしていく。

 そして、ラズリは半分ほど位置をズラすことに成功した。だが、もう半分は右肩を抉られた。しかし、すぐに動き始める。

「無影双」

 ラズリがそう言った瞬間、その体は霞むようにブレていく。そして、そのブレが収まってきた時にはラズリは二人存在していた。それから、その二体はクラウンを挟み込むように動き始める。

 それに対し、クラウンはすぐに動かなかった。そして、ラズリの攻撃が同時に襲いかかる直前に左側にいたラズリの胴体に拳を叩きつけ、〈極振〉を当てていく。

 体を揺さぶられるような感覚にラズリは初めての青色の吐血をしながら、吹き飛ばされていった。そして、その体を勢いのまま地面へと転がしていく。

「おか......しい、おかしいネ。どうして......俺っちの位置が分かる。どうして俺っちに恐怖しない!」

 ラズリは思わず混み上がる愚痴をクラウンにぶちまけた。そして、全身にくる初めての痛みを感じながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。

 一方、クラウンはその問いに対して答えを告げていた。

「お前の位置が分かるのはお前の気配を読んでいるからだ。お前がいくら上手く気配を隠そうとも、お前が動いている以上は生体エネルギーは隠すことは出来ない。そして、俺はそれを完全に読み取ることに成功した。それに俺は見ているわけじゃない。ただその気配のある方を捉えているだけ、故に死角はなく、お前がどれほど早く動こうとも意味は無い」

 すると、クラウンは自分の胸へと手を当てた。そして、その感情の中にある感情がないことを確認していく。

「そして、お前の魔法だが、カラクリがわかれば実にしょうもない魔法だな。お前は俺を、俺達を『遅い』と言っていた。確かに、俺達は遅くなっていた。だが、それは決してお前が

「......」

 ラズリは悔しそうに唇を噛む。そして、右手では人間であるかのように青い血を流した脇腹を抑えている。

 クラウンはそんなラズリの様子を見ながら、その魔法のタネを明かしていく。

「お前の魔法は対象者が抱いた恐怖を媒介としたスピードを殺すデバフ効果だ。しかも、米粒のような欠片の恐怖でもあれば、お前の魔法は発動する。ただそれだけのこと。だから、お前はあの時、あえて強い殺気を放ちつつ強襲した。それは潜在的な恐怖を引き出すために」

「本当に俺っちの魔法を見切っているようで心底ウザいネ。そう俺っちの魔法は恐怖が存在してこそ発動する。しかし、しょうもないと思うのはお前だけネ。恐怖はどんな形であれ、自分が生きるためには必ず持っていなければならない重要な感情ネ。でも、それを今現在持っていないお前っちはいつでも死ぬ――――」

「勘違いをしているようだから、訂正しておく。俺が恐怖を抱いていないのは死ぬことの恐怖を捨てたからじゃない。そんなことをしなくても俺が生きるため未来が定まっているだけだ。もちろん、その未来は俺が決めた」

「俺っちに勝てると本気で思っていると? それこそ勘違いネ! お前っちはただイカれているだけネ。生きるための最低限のリスクに対する恐怖は誰だって持っているはずネ。お前だけがおかしいネ」

「なら、おかしい俺に殺されるのがお前というだけだ。どうだ? 散々嫌っている人族が考えそうな姑息な手を使って、体力を回復させた人形よ?」

「殺すネ!――――神速」

 ラズリは苦悶の表情で脚部に魔力を溜め、一気に解き放った。その瞬間、床は大きく砕け散り、この空間の光景は高速で流れていき、目の前にいるクラウンには一秒もかからず接近した。

 そして、その右手に持った短剣でクラウンへと切りかかる。しかし、その攻撃はクラウンの振った刀に弾かれた。その事にラズリは思わず目を見開く。

 すると、不敵な笑みを浮かべたクラウンは告げた。

「今のお前の速さは単純に自分へとバフで上げたものだろう。だが、さっきの俺の話を理解できなかったか? 俺はお前を目で追っているわけじゃない、お前の生体エネルギーを追って読んでいるんだ」

「!」

「だから、お前がいくら速く動こうとももとより目で追っていない俺には関係ないことだ。タイミングを合わせればいいだけだしな。そして、その目にしたのは、俺を気配で読ませるようにしたのはお前自身だぞ? あの時の行動は今思えば完全な悪手であったということだな」

「ウザい、ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいネ!」

 ラズリはその顔をさらに怒りで歪ませながら、スピードに任せた攻撃を振るっていく。その攻撃は通常の人であれば、すぐさま体がサイコロ状に分解されている所だろう。

 だが、今ラズリが戦っているのは「神殺し」という目的のために動き出した道化師イカれた人間なのだ。もとより戦っている相手が普通じゃない。

 故に、ラズリがどんなに大気を切り裂くような、目には追えないような手さばきで攻撃したところで、クラウンには一切届かない。

 短剣と刀がぶつかり合う波動が周囲へと広がっていく。また、打ち合って弾ける火花が無数に飛んでいく。

 刀を避け、胴体を抉ろうと短剣を振るっていく。しかし、その攻撃は弾かれ、むしろラズリ自身の胴体が抉られていく。

 一方的に攻撃しているのはラズリの方なのに、その剣戟では何故かラズリの方が一方的にダメージを受けていく。

 腕、ふともも、脇腹、肩とどんどんとラズリの体に切り傷が増えていく。その事にラズリは怒りと恐怖に襲われた。それは気づいてしまったからだ。

 今の自分が一体どこにいるのか。

 それは一言で言えば、死神の鎌の内側。しかも、その鎌の刃はすぐ喉元へと迫っている。

「俺っちは我らが主のためにここで負けるにはいかない――――」

「うるせぇ、死ね。一刀流獅子の型――――爪天斬」

 クラウンは一瞬の隙を突いてラズリを前蹴りで蹴飛ばした。そして、瞬時に両手で頭上に掲げた刀を一気に振り下ろす。

 その瞬間現れた真空刃はラズリの胴体を切り裂くとそのまま通り抜けて、背後の壁にも大きく切込みを入れた。

 そして、ラズリは胴体から青い血を一気に吹き出させる。その血は噴水のように湧き上がり、そして雨のように床を青く染めていく。

 血を吐きながらラズリは切られた勢いのまま吹き飛ぶ。そして、そのまま地面へと叩きつけられ、動かなくなった。

 その光景をしっかりと見たクラウンは刀をゆっくりとしまう。そして、糸が切れた人形のように前のめりに床へ倒れた。

 その瞬間、両腕の凶悪な篭手は粉々に砕け散って宙に舞った。
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