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第6章 道化師は惑う

第131話 月が綺麗だね

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「なんというか朱里といい、雪姫といい『何があったの?』としか言いようがないわね。それに、何となくクラウンが変わってしまう原因も分かったような気がしたわ」

「私はその犯した罪に言い訳をする気は無いよ。でも、言ってもいいことがあるのなら、あれは私の本心じゃないってこと。どうしてああなったのかは私にも分からない」

「雪姫様......」

 雪姫は震えるように自身を抱きしめる。過去を話したせいか余計にその時のことを思い出しているのだろう。顔が青ざめている。

 そんな雪姫を心配そうに見つめるシュリエールはそっと雪姫に抱擁する。正直、雪姫の話したことには驚きが隠せないが、それでも自身以上に傷ついているのは雪姫だとわかっているから。

 それに、助けてくれた雪姫だ。そう簡単にその話が飲み込めるはずもないし、「本心ではない」という言葉にはどこか納得する節もある。

 だからこそ、今できる行動はこれしないのだ。余計な励ましはかえって毒になることだってある。それを理解しているシュリエールはただただ雪姫を抱きしめた。

 そんな様子を見ながらカムイは思わず呟く。

「本当にわけがわからないな。序盤までは仲違いすら考えられなかったってのによ。まあ、クラウンが昔から変わらずだったのは何となくよく思っちまうが」

「三つ子の魂百までという言葉があるぐらいだからね。そう簡単には変わらないはずよ......そう、変わらないはず。なのに、朱里ちゃんも、雪姫ちゃんも人が代わったように行動した」

「まさしく操られているようです。今のようにです」

「「「「「!!!」」」」」

 ベルの発言の直後、全員がハッとしたような顔をした。その考えは盲点であったとばかりに。確かにその話なら全ての筋道は通る。

 とはいえ、それに対する証拠は何も無い。何も無い以上、安易な期待は朱里と雪姫をただ苦しめるだけの結果になる。なので、全員が次の言葉を言えず、朱里と雪姫は暗い顔を浮かべる。

 そんな中、深い事情を知らないシュリエールが全員に告げた。

「私は皆様よりもクラウン様のことを知りません。そして、朱里様と雪姫様の間にも何があったのかは知る由もありません。ですが、それでも思うことはあります。その事柄が本当かどうかわからない気持ちが少しでも思うのなら、本当だと思えばいいのです」

 全員がシュリエールの言葉に耳を傾ける。何も知らないシュリエールの言葉こそがどこか自分達の本当の気持ちを代弁してくれているような気がしたから。

 主観的でもなく、楽観的でもなく。第三者から見た客観的なその話の全体像。それがこの話に対する答えなのかもしれないと感じたから。

「真実は誰にもわからない。わかる手がかりもない。だとしたら、信じたい方を信じることにしましょう。それが前を向くことでもあり、心の平穏を保つことでもあります」

「でも、それって考えることをやめたって言えるんじゃ......」

「確かに、朱里様の言う通りそのようにも捉えることは出来ますね。でしたら、余計にそう考えるより前向きに捉えた方がいいのではありませんか? そう思うことは真実から遠ざかる可能性もありますが、今この場で立ち止まるよりは余程マシかと思いますよ」
  
「確かに、あんたの言う通りね。この先悪い真実が待ち受けてようとしても、それはそれに直面してからでも遅くないわね」

「ふふっ、そうね。多少は考えておくことも必要だけど、それはこの場で足踏みしろという意味では無いはずだわ。私達には前に進まなければいけない理由がある。足を止める理由であってはいけないわ」

「それに過去は過去なのです。わりきってしまえとは言わないです。ですが、それをいつまでも後手に回るような戦い方をしてはいけないです。主様のように正面からぶつかっていく、そのほうが手っ取り早くもあるです」

「それにそのための仲間だしな。仲間は支え合いが基本で常だ。そこを怠っちゃ真の仲間とは言えねぇ。それにもう戻れねぇ道の上を走ってるかもしれねぇんだ。今更後悔するっていうのもおかしな話だろ」

「ありがとう、シュリちゃん。きっとシュリちゃんの言葉がなければもう少し悪い方向に考えていたよ。まだ少しでも時間はかかりそうだけど大丈夫。きっとなんとかしてみせるから」

 雪姫はシュリエールの手を取るとしっかりと目線を合わせて言った。その瞳には確かに多少の迷いがあったけど、それでもしっかりと現実を捉えようとしている目であった。

 その事が分かるとシュリエールは思わず微笑む。これこそ自分が知っている雪姫であると言わんばかりに。

 それから、全ての話が終わるとリリスがクラウンを呼び戻す。そして、隠れ家に入ったクラウンは全員のどこか炎を滾らせたような目を見て驚くが特に触れることはしなかった。

「話は終わったようだな。なら、別の話題......いや、この国についての本題に入るぞ。この国の現状をお前達は知っているか?」

「まあ、雪姫から多少はね。でも、そこからどうすればいいとかは全然聞いてないし、話してもいないわよ」

「そうか」

 クラウンは現在のリリス達の認識範囲を調べると次にシュリエールへと目配せした。要するに「助けて欲しければ、自分の口から全てを改めて説明しろ」という意味だ。

 それを理解したシュリエールはリリス達へとこの国の現状とこれからして欲しいことを話し始めた。そして、それを聞いたリリスはシュリエールに尋ねる。

「その男と人達が地下牢にいるっていうのは本当なの? 想像しできる限りだともう生きてないような気もするけど。そもそもどうして場所が地下牢だって分かるの?」

「それは逃げている最中にたまたま聞きまして。確かに生きている可能性の方が低いかと思われます。ですが、まだそれが断定的でない以上はこの国の王族として役目を果たさなければいけないと思うんです」

「立派なことね。その心意気はとても素敵だわ。でも、だとしたら、言うべきことはしっかりと言わないとね。これは命令ではなくて礼儀よ」

「そうですね......その通りです」

 シュリエールは一つ深呼吸すると丁寧に頭を下げた。そして、そのままの状態で全員に告げていく。

「この国を救うために力をお貸しいただけないでしょうか。私自身には何も力がないことを踏まえての失礼なお願いと思いますが、どうかお願いします!」

 シュリエールは胸に抱えた思いの丈を全て吐き出した。すると、全員がクラウンの方へと向く。このお願いに対する決定権はクラウンにあると思っているようだ。

 とはいえ、その顔には「もちろん受けるよな?」と主張しているので、一体どちらに決定権があるというのか。その事にため息を吐きつつも、クラウンは答える。

「はあ、ここまでかかわったんだ。やるだけのことはやってやる。それにこの国に現状に対しては俺も思うところがあるからな
 。お前らもそれでいいな?」

 クラウンが全員に問いかけると嬉しそうにうなづいた。これから面倒ごとが確実に待ち受けているというのに一体どうしてそんな顔になるのやら。

 クラウンには一切分からなかったが、不思議とそこまでの嫌悪感がわかない。しかし、めんどくさいと思ってしまうのは事実なので、仲間と若干の温度差を感じる。

「それじゃあ、今日はあえてこの辺にしておきましょう。城の中に入っていくのは明日から。特に雪姫、あんたはしっかりと寝ておくことわかった?」

「うん、そうさせてもらうよ。ここ最近まともな睡眠が取れてなかったしね」

「ふふっ、じゃあ、今日は腕によりをかけて作ろうかしら。こんなにも大所帯になったことだし」

「私も手伝うです」

「それじゃあ、朱里も」

「わ、私も......」

「「雪姫はステイ!」」

「......はい」

 リリスと朱里から強めに言われて思わず縮こまっていく雪姫。そんな雪姫に気にかけるのはシュリエールぐらいで、残りの女性陣は料理を手際よく作っていく。

 それから出来上がると食事を始めた。その食事は思いの外楽しく行われた。雪姫もあまり気負いせずに話すことができ、一言も発しなかったクラウンだが聞くことはしている様子であった。

 そして夜は更け皆が寝静まった頃、クラウンは隠れ家を出た。それから、すぐ近くの月明かりに照らされた階段に座ると夜空の月を眺め始める。

 すると、少しして雪姫も出てきた。どこかタイミングを測っていたようにも感じる。

 クラウンは雪姫の存在に気づきながらも何も言わなかった。すると、雪姫はクラウンと少し距離を開けて座り話しかけた。

「月が綺麗だね」

「......」

「仁は昔っから月を眺めるの好きだったもんね。私も好きだよ。ずっと昔から。仁に影響されたみたい」

「......俺は何もしていない」

「勝手に影響されただけ。でも、好きになってよかったと思ってる......私はね、仁に酷いことをした。そして、それを今も悔いている。こんな話を始めたけども、別に許して欲しいとは思ってない」

「じゃあ、何を思ってる?」

 クラウンは依然として月を眺めたまま聞いた。雪姫は横目クラウンの様子を見ながら話していたが、問いかけに対しては体をクラウンの方へと向けた。

「あの日の約束のことだよ。私が誓って、私が破ったあの約束。それをもう一度改めてここに誓いたい」

「......」

「よくそんな風に口が開けるなって思うかも知れないけど、私にもう一度チャンスを与えて欲しい。もう二度と違えない。私は――――仁の支えになるって決めたから」

「......好きにしろ。俺は自分の身は自分で護るつもりだ。だが、それでもというのなら雪姫がかってにやりたいようにやれ」

「うん、そうするよ」

 雪姫はクラウンへと笑顔で返事した。その言葉に突き放したような言い方をしたクラウンはどうにも対応に困った顔をする。そのためか思わずため息が漏れた。

 しかし、雪姫はそんなクラウンの態度に嫌な顔一つせずに、体を夜の月へと向けた。

 そして、改めて告げる。

「仁、月が綺麗だね」
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