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第6章 道化師は惑う

第126話 朱里のヒーロー

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「そう......リリスちゃん達が仁を助けてくれたんだね。仁のことを支えてくれてありがとう」

「別にいいわよ。それに仲違いの原因を作ったのは私にも責任があるわけだし、責められはされど感謝されることは無いわ。それに好きにやっていただけだしね」

「それでもだよ。少なくとも朱里ちゃんがこうして無事に入れる時点であの夜の時とは違ってるとわかるから。でも、仁のことだからまだ色々と迷っていたりするかもね」

 雪姫はリリスからあの襲撃の夜までの経緯を全て聞いた。そして、それに対するリリスの謝罪も。だが、それを聞いてもなお雪姫は怒るようなことはしなかった。

 それはそれ以前に根本的な原因を知っているから。あの忘れるはずもない過去を、仁を傷つけた事実をしっかりと覚えているから。

 なので、今言えることとすれば仁を一人のままにして置かなかったことに対する感謝の言葉。それが幼馴染としての贖罪の一つかもしれない。

 すると、そんなリリスと雪姫のやり取りを聞いていたエキドナとベルは思わず言葉を呟く。

「ふふっ、旦那様のことをよく知っているみたいね。なんだか羨ましく思ってしまうわ」

「私は人を信じられなかった時の主様を知ってるです。だから、あの時の冷たい態度はよく覚えてるです。ですが、それ以上に暖かい言葉や行動を持っていることも知ってるです。ですから、今の主様は良きです」

「私は幼馴染みだからね。仁の変化には一番敏感だと思うよ。それにまだ完全に心を失ってないなら良かった......ん? 旦那様に主様? どういうこと?」

 雪姫は二人の言葉に思わず安堵の息を吐いた。それは仁がまだ自身の知らない仁に完全に変わってないと分かったから。

 だがここで、二人の仁に対する名前呼びが違うことに気づく。そして、思わず二人の方へとジッと目を向ける。

 雪姫は仁の影響で少なからずのラノベ系の知識はある。それによって、ベルがなんとなく仁を主様呼びするのは理解出来た。

 だが、明らかに大人の女性の雰囲気を醸し出すエキドナの口から出た旦那様呼びはいかがなものか。それにリリスからの反応からしてもこれは......ハーレムではないか!?

 雪姫はその事実に驚いた。まさか仁がすけこましになっていようとは! ......って思える冗談はまだ本人に会っていない今のうちかもしれない。

 仁の周りに三人の素敵な女性がいるのはむしろその三人がいなければ、心が正常に保てなかったということなのかもしれない。そう思えることがある以上、そこに触れることはしてはいけないかもしれない。

 なんとなく三人が仁のことを好きなことは伝わってきた。なぜなら、仁の話題になると途端に表情と口調が柔らかくなるからだ。

 そして、仁はカッコよくて何より優しい。その事を一番わかっているのは自分自身。

 そう思うとなんだか自分の心の狭さが見えてくるようだ。けど、自分の気持ちが負けているわけでない。小さい頃からの仁を知っていて、その時から変わらぬ気持ちを持ち続けているのだから。

 そのためにもまずは仁と会うことから始めなければいけない。だが、その気持ちにどうしても踏ん切りがつかない。

「私はどうしたら仁と向かい合えるかな......今までならそんなこと考えることもしなかったのに。今はわからないよ。分からなくて、苦しくて、辛い......」

「分かるよ。その気持ちは朱里も散々苦しめられた気持だからね。でも、雪姫なら出来ると朱里は思うよ。今まで通りの気軽にという距離間では無理かもだけど、それでも声なら届いてくれる」

「朱里ちゃん......」

 雪姫の弱音を聞いた朱里は咄嗟に両肩へと手を置いて、目を合わせる。そして、その真っ直ぐ射抜いた瞳で、優しい表情で雪姫へと言葉を紡いでいく。

 そんな朱里の表情の変化に雪姫は静かに驚いていた。なぜなら、少なくとも知っている朱里はここまで強い瞳を持っていなかったからだ。

 自分と同じでやったことの罪を認めようという気持ちを抱いていたのは確か。だが、それでもどこかその罪から逃げたそうにしていたことを雪姫は知っていた。

 そして、その気持ちを自分に知られないように表情を作っていたことも。なんとなくだが気づいていた。

 だけど、それに対して言う言葉は何も無かった。いや、言ってやれる言葉も見つけられなかったという方が正しいのかもしれない。

 自分は自分のした事の罪で心が押しつぶされそうになっていたからだ。それなのに、朱里はずっと自分も辛いのにも関わらず、ずっと支えてくれた。

 その時に浮かべていた苦しそうな顔は朱里本人も知らない事だ。

 だが、今は違う。朱里はその事をしっかりと認め、受け入れるように努力しているような顔であった。少なからず、数日前の転移爆発が起こった時よりは良い表情をするようになっている。

 だから、自分もそうなりたくて思わず朱里へと尋ねる。

「朱里ちゃん、どうしたらそんなに強い目が出来るの? どうしたら、そんな暖かい言葉が口から出せるの? それが出来れば仁に会うことは出来るかな? 仁はどう思うかな?」

「雪姫、落ち着いて。雪姫ってば、他人にお節介なくせに自分のことになるととことん弱いよね。でも、そんなゆっくりだからこそ朱里は朱里でいられるんだよ」

「どういうこと?」

「雪姫は十分強い心を持ってるってことだよ......覚えてるかな? 私が中学二年の時に変な男子に絡まれたこと」

「......うん、覚えてるよ。私が初めて朱里ちゃんと出会った時の事だよね?」

「そうだよ。あの時の男子は本当にウザかった。無視して通り過ぎようとしても、通せんぼするように立ちはだかるし、それに何より怖かった」

「......」

「だから、私は咄嗟に声を出そうとしても恐怖で声が出なかった。その時だよ、朱里のヒーローが現れたのは。雪姫は後ろから走ってきて、朱里の手首を掴むとそのまま引っ張って行ったよね」

「それで私しか知らなかった裏道を通って行ったんだよね。それで逃げきれたんだよね」

「そうだよ。だから、私は思わず告白するように『友達になってください!』って言ったんだよね。あの時の行動は今思えばもう少しマシな言い方があったんじゃないかと恥ずかしく思うけど、後悔はしてないんだ」

「!」

 朱里は雪姫の首へとそっと腕を回していく。そして、抱きしめた。そのことに雪姫は思わず目を見開く。しかし、すぐにお返しするように抱きしめ返す。

 お互いの体温は同調するように熱を増していく。二人とも会えたことの喜びでまだ少しだけ熱が溜まっていたのか、やや熱い体温をお互いに感じていく。

「雪姫は知らないだろうけど、あの時から雪姫は変わらず朱里のヒーローなんだ。朱里が学年が変わってクラスに馴染めないでいる時も積極的に声をかけてきてくれたよね」

「友達なんだもん......声をかけるのは当然だよ......」

「その気持ちがとっても嬉しかったんだ。だから、誇れるよ。あの時起こったことは何も悪いことばかりじゃないって。雪姫と出会えるキッカケを作ってくれたんだから」

「私も......朱里ちゃんがいてくれたか今の私があるんだよ......」

 雪姫は涙を堪えきれなかった。熱くなった目頭をそのままに一筋の川のように涙は頬を伝っていく。そして、その細い川は大河になるように頬を濡らしていく。

 雪姫は鼻をすすり、思わずしゃっくりを繰り返すように呼吸をする。そして、朱里を抱きしめる腕も思わず強くなる。想いが伝わるように。

「私は仁に拒絶された時、本当に......本当にダメになりそうだった。もう優しかった仁はいなくなったって本気で思った。でも、そんな時に支えてくれたのは朱里ちゃんだった」

「私は恩返ししたに過ぎないよ。これでもまだ足りないぐらいに朱里は雪姫に感謝してる。そして、これからも雪姫が誇れる大切な一番の友達であることは変わらない」

「......朱里ちゃん」

「だから、戻ってきて朱里の大切な人ヒーロー。雪姫ならきっともう一度立ち上がれるって信じてる。だって、朱里の誇れる人なんだから」

 朱里は思わず抱きしめる手に力が入る。そして、目を少し赤くしながら、溜まった涙を解放していく。

「雪姫なら出来る。海堂君と会うことも、海堂君と話をすることも、そして海堂君の心に触れることも。だって、小さい頃からの幼馴染なんでしょ? 海堂君のことを一番知っているのは雪姫なんだよ。自然と言葉も出てくる」

「本当に......出来るかな?」

「出来る」

「本当に本当?」

「本当に本当に本当だよ」

「......わかった」

 雪姫は朱里の両肩に手を置くとそっと体を離していく。そして、光を反射する涙で濡れた頬をそのままに朱里へと告げる。

「朱里ちゃん、私、頑張るよ。朱里ちゃんが誇れる人と言ってくれるなら、朱里ちゃんが大丈夫と言ってくれるなら、私も大丈夫な気がする。それにいつまでも逃げていられない時が来ただけなんだと思う」

「そっか」

「仁にはなんて言われるかわからない。私はそれをずっと恐怖していて、今も変わらず怖いままだよ。でも、支えてくれる人がいる。だから、私は大丈夫だと思えてくる」

「朱里のヒーローだもん。大丈夫に決まってるじゃん」

   朱里はニカッと明るい笑みを見せる。その笑みに雪姫も思わず優しい笑みで返していく。

   そんな二人のやり取りをリリス達は優しい目付きで眺めていた。

「やっぱり、クラウンはどうにも一人にはなれない運命のようね」

「ふふっ、運命を狂わせた道化師もこの運命には逆らえなさそうね」

「これがきっといいです。これがあるべき主様の辿る道だと思うです」

 リリス達は少しだけ二人の関係が羨ましく感じた。それだけ、二人の友情が誰にも負けず強かったということ。それこそ、クラウンとリリス達に負けないくらいに。

 だから、リリスは雪姫へ質問していく。とはいえ、きっともう大丈夫だとわかるっている事だが。

「雪姫、これからクラウンに逢いに行くことになるけど覚悟はいいかしら?」

「もちろん! 私はいつでも大丈夫だよ!」

 雪姫は強い瞳でリリスへと返答した。
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