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第6章 道化師は惑う

第125話 追われ身の王女

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 クラウンは適当な太さの糸をカムイに渡すとそれで女兵士達を縛るよう指示した。その一方で、未だにジッと見つめてくるシュリエールへと質問した。

「シュリエール、まず聞きたいことがある。お前はなぜ俺達の居場所がわかった? このコートは完全でないとはいえ、普通の人間には感知できない認識阻害魔法を編み込んである。なのに気づいたということは、そのペンダントに何か仕掛けがあるのか?」

「はい。これには看破の魔法が付与してあります。簡単に言えば、隠れているものや嘘を見抜くという力です。それでもって見抜きました」

 そう言うとシュリエールは突然クラウンの胸辺りをペタペタと触り始める。その動きはまるで胸の柔らかい膨らみが僅かでも残ってないことを確かめるように。

 その行動にイラッとしたクラウンはシュリエールの頭にチョップの一撃。その痛みは脳まで響いたのか、痛みを堪えるようにシュリエールは手で押えながらしゃがみ込んだ。

 そんな様子のシュリエールにクラウンは呆れたため息を吐くとフードを外しながら答えた。

「で? 俺が男であることになんの関係があるんだ? この国に男が見てないのになにか関係があったりするのか?」

「この国では数日前から私の父による異常統治が始まったんです。これまで何も無かったのに突然に。あの姿はまるで人が変わったみたいでし」

「まあ、確かに人が変わらなければ、あんなことはしないだろうな」

「この国で起こっているのは女だけで統治された国にしようとしているのです。それは父様が現在も行っている精神魔法によって。男の人がいないのは全員が地下牢に閉じ込められているからです」

「なら、お前さんが効いてないのはどうしてだ?」

 女兵士達を縛り終えたカムイはシュリエールに近づいてくる。そして、思わず気になったことを聞いた。

 すると、シュリエールはクラウンから少しだけ距離を取ると胸元にあるペンダントを手に取った。それから、少しだけ哀愁を見せる顔で告げていく。

「これは今は亡き母様が渡してくれたま道具の一つです。この魔道具には看破の魔法だけではなく、自分に危害を加える精神魔法をレジストする効果もあるのです」

「大体のことは読めてきた。要するにお前は父親に抗議したというわけだな? だが、それは結果として逃亡しなければいけないことになった」

「気づいた時にはもうかなり遅かったんですけどね。そして、城を追われて彷徨いながら、男の人を探しながら......男の人には現在も発動している精神魔法は効かないですから」

「待てその話を詳しくしろ」

 クラウンはその言葉に思わず焦った。それはシュリエールの「現在も発動している」という発言から。

 その言葉が最悪であるとすれば今も何らかの干渉を受けているということになる。となれば、リリス達がもうすでにこの精神魔法にかかっている可能性も否定できない。

 そして、クラウンの言葉の意図を理解したシュリエールはクラウンへとその言葉に対しての答えを告げていく。

「あなた様方にもし女性の仲間がいたら警戒した方がいいかもしれません。この魔法は精神強度が低い人ほどかかりやすく、時間がかかれば比較的高い女性冒険者であっても例外ではありません。簡単にある対処法があるとすれば、心の中に異性の想いがあれば精神的支柱となって耐えれると思いますが......」

「なら、朱里は分からないがリリス達に限っては大丈夫そうだな。まあ、もしかかっていたとしても、リリスの魔法で何とかなりそうかもだし」

「確かに、あいつらのメンタルは並大抵じゃ折れそうにないな。少なくともそこら辺の女冒険者よりは格段に強い」

「いや、俺が言った意味はそういう意味じゃないんだが......」

 カムイは思わず言葉を漏らした。それは「リリス達にはもうクラウンという精神的支柱がある」と言いたかったのだが、それは言った相手には全然気づいてないようだ。

 そのことに思わずため息が漏れる。いつも通りと言えばいつも通りであるが、何となくリリス達に申し訳なさが立ち込める。

 すると、シュリエールは唐突に何かを思い出したかのようにクラウンへと尋ねた。

「あの! この路地裏へと来るまでに私と同い年ぐらいの少女を見かけませんでしたか?」

「少女? 少女なら少なからず見てきた。だから、その特徴を教えろ。それだけじゃ何も判断できない」

「黒髪で白い服を着て、杖を持った雪姫という名前の人物です」

「!」

 クラウンは思わず目を見開いた。それはここで雪姫と会うことになるということだからだ。

 朱里と出会ってからこの日が来ることはずっとわかっていた。それは朱里の行動に未だ不明点が見えることがあったからだ。

 だから、雪姫からもその取っ掛りが見えないかと思い、朱里との行動を許可した部分もある。

 しかし、わかっていたとはいえ、こうも早いと気持ちの整理はつけずらいものだ。朱里の件を若干引きずっている今に雪姫の登場はなんとも複雑な気持ちになってくる。

 すると、シュリエールの方でもクラウンの姿を見て何かを思い出したかのように呟く。

「その黒髪に左目の切り傷......もしかして、あなたが仁さんですか?」

「......ああ、そうだ」

 クラウンはごかます手段も考えていたが、それは咄嗟に思いやめた。その行動は捉え方によれば正面から雪姫と向かい合うのを避けている、言わば「逃げ」に当たるからだ。

 そして、逃げはクラウンにとって弱い者のする行動だと思っている。それに、もう一度逃げた以上、こんなところで逃げだしたくなかったのだ。

 だが、腹はくくれど心中は複雑なままだ。出来ることならばフラットに済ませたい。まあ、おそらく朱里とは違ってそう上手くはいかないだろうが。

 クラウンは左手でそっと左目を触れていく。そして、そこにある傷跡をゆっくりなぞっていく。その瞬間、あの時の光景が勝手に再生される。

 そのフラッシュバックに思わず歯を強く噛み締める。そんなクラウンの様子に咄嗟に声をかけようとしたシュリエールだが、その行動は肩を叩いてきたカムイによって止められた。

 そして、カムイはゆっくり頭を横に振っていく。それは「今は言葉をかけてやるな」という意味だ。その意味を理解したシュリエールは黙っていたが、心配そうにクラウンを見つめた。

「それで? お前は雪姫とはぐれたから再会したいと?」

「はい。雪姫さんは必死に私を助けようとしてくれました。そして、その時の顔は常に苦しそうな顔でした。だから、心配なんです。常に自分を叱責しているような感じで、心が壊れてしまわないかと」

「随分と思い入れが強いみたいだな......苦しそうな顔か......」

 クラウンは思わず呟いた。それはあの過去の雪姫の顔と襲撃の夜の時にしていた顔とはまるで違うからだ。

 その時の顔は、再び会えたことの喜びを噛み締めているような顔であった。だが、見捨てた時の雪姫は酷く冷たい顔をしていた。だからこそ、どっちが本物の雪姫の顔だったのかわからない。

 それを確かめる意味でも、ここからは逃げてはいけないのかもしれない。

 本来ならば、たとえ雪姫が危険な状態であっても、朱里に言った通り助けるのは朱里で、自分は助ける気などなかった。

 しかし、その気持ちは聖樹の神殿にてバラバラに崩された。まるで過去の思い出に想いをせているように。そして、幻影として現れた雪姫にもらしくないことを言ってしまった。

 つまりは自分は心のどこかでまだ汚しきれない心が残っているということかもしれない。

 クラウンは拳を軽く握りしめるとシュリエールへと告げた。

「いいだろう。俺達が雪姫の居場所を見つけ出してやる。お前は俺達から離れるな」

「!......分かりました」

 シュリエールはその言葉に喜ばしく返事した。また、そんなクラウンの行動にカムイもまた嬉しそうに表情を綻ばせていた。

 *****************************
「一先ずここなら大丈夫そうね。ベルも何か感じるかしら?」

「いいえ、近くには何も感じないです。ただ少し遠くでは騒がしい感じがするです」

「まあ、たとえ見つかったとしても、私たちなら問題ないわね。心配すべきことはこの精神魔法に私達もかからないことだけど」

 リリス達は爆発の現場から少し離れた路地裏にある誰のかわからない隠れ家に潜んでいた。そして、とりあえず追っ手から逃れられたことに全員が安堵の息を吐いた。

 そして、疲れたようにリリス達はその場に座り込む。いや、一番疲れたと感じているのは雪姫のみかもしれない。

 するとここで、雪姫が朱里へと話しかける。

「朱里ちゃん、この人達は?」

「ああ、そうだったね。左の人からリリス、エキドナ、ベルだよ。とても親切な人達」

「ふふっ、初めましてエキドナと言うわ。こう見えて竜人族よ。歳もあなた達よりはるか上。でも、堅苦しいのは苦手なのよ。だから、朱里と同じようにラフな口調の方がありがたいわ」

「ベルです。筋肉を愛し、筋肉に愛される者です。人は私を筋肉マイスターと呼ぶです」

「誰も呼んだことないでしょ......はあ、ベルがすっかりボケ担当になってしまったわ。とまあ、それに触れるのはここぐらいにして、私は実は2回目なのよ。おそらく一方的に認知してるだけでしょうけどね」

「?」

 雪姫はリリスの言っている意味が分からなかった。だから、隣にいる朱里に声をかけようとすると朱里ら少しだけ暗い顔をしている。その表情もわけが分からなかった。

 だが、朱里の時と同様にある物を見せられて、襲撃の記憶が蘇る。

「これは......仮面? しかも、この仮面って......それにその赤い髪......まさか!?」

「そうよ。私があの夜にクラウンと行動を共にしていた女。それも魔族のね」

「!?」

 雪姫は思わず口を左手で覆う。その言葉をすぐに飲み込んで理解は出来なかった。

 何故なら魔族はバリエルートで戦った相手だ。そして、仲間共々皆殺しにしようとした人達と同族。

 雪姫はそっと右手を床に置いてある杖へと手にかけた。だがすぐに、その手は朱里の手によって重ねられる。

 その事に思わず顔を向けた雪姫に朱里は優しく、心強い笑みで告げた。

「雪姫、大丈夫だよ。それは私が保証する。だから、一緒に話を聞こ?」
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