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第6章 道化師は惑う

第123話 リリスの特性

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「お前さん、随分とあっさり引いたと思ったら何してんだ?」

「これから使うものの手入れを進めてるんだ」

 クラウンは門前から離れた所で黒色のコートを実に慣れた感じで縫っていた。そして、そのコートの右袖に円に収まった六芒星をステッチしていく。

 そして、それが縫えると素早く玉止めして、余った糸は歯で噛みちぎる。それから、簡単にほつれやぬい直しがないかを確認するとカムイに渡した。

「これは?」

「それには魔力を流すと認識阻害をする魔法がかけられている。それさえあれば、触れさえしなければバレることは無い」

「いやいや、俺が聞きたいのは性能の事じゃなくて、どうしてこれが必要なのかということだ。それを前々から縫っていたことは知っていたが、本当に何に使うつもりなんだ?」

「本当はどこかで隠密行動をしなければいけないような神殿にであった時だったり、面倒事を避けやすくするために作ったものだが、どうにも今がもってこいだったから、優先して作っただけだ」

「オーケー、理解した。つまりは、お前さんはあのハザドールへと侵入するつもりだろ? だから、まず人の提案には乗らないお前さんがリリスの言葉にあっさり身を引いた」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ? だがまあ、その通りだ。こんな所でただで油を売るつもりは無い。それにあの女兵士達はどこか様子がおかしかったからな」

「きな臭いことがあると?」

「ああ、俺の直感ではあるがな。恐らく、俺に関わることだ」

 そう言うとクラウンは口をニヤッとさせる。その顔はまさに邪悪そのもの......よりはまだマシな顔であるが、少なくてもいいことでは無い顔だ。

 カムイはそんなクラウンの様子を見ると思わずため息を吐いた。それはもう面倒臭いことにしかならなさそうだから。

 とはいえ、カムイ自身も人探しの身である。なので、クラウンの公道に渋々了承した。そして、クラウンの後に続き馬車を降りていく。

「ロキ、馬車は任せた。また留守番になるがよろしくな」

「ウォン!」

 クラウンとロキは互いの額を付けるようにして絆を深めていく。その時の目はクラウンらしくない程優しい目付きをしていた。

 そして、クラウンはロキのあご下を一撫でするとカムイとともにハザドールの外壁へと歩き出した。

 **********************************************

「本当に女ばっかね。ここは森から抜けてきたアマゾネスの国とでも言うのかしら?」

 リリスは門を通ってすぐの光景に思わずそう言葉を吐いていく。そして、その言葉はリリスに限らず、ベル、エキドナ、朱里の心の内でも同じであった。

 なぜなら、目の前に移る人は女女女......どこもそこも女ばかりで男を全く見かけない。だが、そんな異常な光景をその国の女達は気にする様子もない。

 街並みは至って普通だ。にもかかわらず、子連れも、商人も、大工も全て女。だが、子連れがいるということは、少なくともこの国には男がいる(もしくは、いた)という証明になる。

 また、気になるところはそれだけでは無い。

「ここに老人が居ないです。全て比較的歳が近そうな女性ばかりです」

「なんというか気味が悪いね。これってまるで......」

「ハーレム王の国ね。男がいるとしたら、若しかしたらこの国の王様ぐらいかもね」

 ベル達が言う通り、この場にいるのは全て女であるが、それも10代後半から1番歳を取っていても40代前半というところか。まさしくハーレムのための、ハーレムによる国とも捉えかねない。

 リリス達は一先ず周囲を軽快しながら歩いていく。それは、異常な光景を目にしたこともあるが、リリスが門番の様子を見て分かったことがあるからだ。

「やはりそうね。今周りにいる女性の少なくとも大人は全員、正気の状態じゃないわね。それを受け入れさせられている様な感じ」

「ということは、この女性達は誰かによって操られているということかしら? 確かに目元は虚ろっているけど」

「でも、ただ操られているにしては感情が豊かすぎるです。これは操られてるって言えるです?」

 ベルは言っていることは確かだ。操られたとなれば、まさしく感情もない人形となると考えられる。

 だが、それにしては自然とした笑みを浮かべる人もいれば、楽しそうだったり、嫉妬したり、怒ったりと実に豊かだ。これでは操られているという判断は難しい可能性もある。

 しかし、リリスにはこれが操られているような感じであることが分かるとっておきがあった。それはサキュバスであるリリスだから出来ること。

「残念ながら、今の状況な立派に操られているのよ。それは私のサキュバスの特性による好感度ゲージが示してくれた」

「好感度ゲージ? それってなに?」

「朱里は知らなかったわね。これは私がサキュバスの特性を使った時に見えて目が紅くなるのが特徴よ......あら、朱里ったら私のことをそんなに信用してくれているのね」

「!」

 リリスはその場で立ち止まると朱里の方を向いて、目を紅く輝かせた。すると、リリスの目から通して朱里体からはピンク色の靄が発生していた。

 これはリリスが度々クラウンに使っていた特性である。他にも挙げるならば、エルフの森で朱里にも一度使ったことのある、リリスが最もよく使う特性である。

 そして、リリスが言った言葉に朱里は思わず反応した。それは意外に図星であったからだ。

 エルフの森で色々と助けて貰っていたので、朱里にはリリスに恩があったりする。その分が蓄積した信頼がリリスの目からはピンク色の靄として現れるのだ。

 基本的には男女によってプラスの方向のピンクの靄とマイナスの方向の黒い靄によって意味が異なってくるし、それにも様々な意味がある。

 だが、主には相手に対する好意、または信用のどちらかで捉えることが多い。なので、ピンク色の靄を出す朱里はリリスを信用しているということになる。

「はあ......」

「ど、どうしたの? 私なにかした?」

「いや、そういうことじゃないわよ。ただ苦労したなーってことを思い出しただけよ」

 そうリリスが思う人物は一人しかいない。もちろん、クラウンのことだ。

 初め見た時は「不信」を表す黒い靄しかなく、そばに居るだけでも精神が磨耗と実に困った人物であった。

 だが、旅の同行による信用とクラウンの支え、助けになるような信用のおかげで今はなんと黒い靄がひとつも無いのだ。このことにどれほどリリスが歓喜したかは言うまでもない。

 なので、今は「信用」されているということ。だが、リリス的には少しぐらいは好意のようなものがあって欲しいと思うばかりだ。高望みの可能性もあるが。

 というわけで、今は精神的支柱となっているこは内緒の話だ。

 リリスは朱里に簡単にその特性について教えていく。そしてまた、その特性でプラス条件下のみで発動できることも教えた。

「私の特性でピンク色の靄がある一定値まで超えるともう一つサキュバスの特性が使えるの。それは簡単に言えば相手を催眠状態にして操るという能力よ」

「ということは、やろうと思えば今のような状況も作り出せるということ?」

「こればっかりは無理ね。これは操られているもの。私に出来るとすれば刷り込んで似せるというぐらいね」

「なら、この国に術者がいるということでいいです?」

「相手がクラウン以上の化け物でなければこの国で留まっているでしょうね。操作系魔法は燃費が悪いもの。大規模にやればやるだけ魔力は多大に消費することになる」

 リリス「よくやるわ」と呆れたため息を泣きながら、そのようなジェスチャーも取っていく。すると、リリスの話を聞いていた朱里が思わずつっ込んだ。

「あのー、それだとこれだけの人々を魔力消費させながらも維持している時点で海堂君を超えていたりするんじゃ......」

「「「......」」」

 リリス、ベル、エキドナは思わず顔を合わせた。言われてみれば確かにそうだ。一体いつからかは分からないが、少なくとも数日前からは行われてそうな感じだ。

 本来やるとすれば、この国の全ての人に同じ魔法を掛けたとして数秒と持たなくなるはずだ。なので、魔力という観点からすれば確かにクラウン以上の化け物がいるかもしれない。

 しかし、リリス達からすればそれまでだ。いくら魔力がすごくて、どんな魔法が使えてもその魔法を無効化出来る何かがあればそれまで。

 戦闘中ならば、残りは肉体だけで戦うということになる。となれば、リリス達はクラウン以上に凄い存在を知らない。もちろん、神の使いについては除いて。

「大丈夫よ。そんなに心配そうな顔しなくても。それに私達だって負けてはいないのよ? いや、もう負けられない」

「主様に鍛えてもらったこの身。もう敗北は許されないです」

「今度はしっかりと大切な仲間を守るために。旦那様が化け物であるならば、私達は化け物を継ぐ者でなければならないわ」

 リリス達は各々の言葉を述べていく。そして、その言葉にはどれも確かな重みがあった。ただの見栄やハッタリではなく、心の底から出たような言葉。

 その言葉は朱里にはしっかりと伝わってきた。だからこそ、クラウンのそばにいられるのだと。

 だとすれば、雪姫に会った時はこの覚悟を持たなければならないことをしっかりと伝えなければならない。この覚悟が雪姫にとってクラウンとの関係の境目になりそうな気がしたから。

 そして、朱里が思わず「凄い......」と感嘆の声を漏らしかけたその時、遠くの方で爆発音が鳴り響いた。それから、その方向には黒い煙も上がっている。

「全くきな臭い国に、きな臭い出来事。まるで踊らされているような気分だわ」

「ふふっ、まあそう言わないの。とにかく急ぎましょ。もしかしたら、知り合いがいるかもしれないわよ」

「!」

「臭いを追って最短で行くです。ついてくるです」

「わかったわ。なら、もし邪魔するやつが出てきた時は言いなさい。私が遠慮なくぶっ飛ばすから」

「もしその相手が黒髪であったら控えてください......」

 そして、ベルの先導のもとリリス達は爆発のあった方向へと走り出した。
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