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第5章 道化師は憎む

第116話 亡者の楽園 クレイロータス#3

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「く、クラウン!」

「主様!」

「旦那様!」

「クラウン!?」

「ウォン!」

  クラウンが横になると全員がそのことに反応する。そして、リリスはクラウンを抱えるようにして、膝へと頭を乗せた。しかし、クラウンはその反応に少しだけ呆れたような口調で告げた。

「大丈夫だ。ただ魔力を吸われ過ぎて一時的に体を横にしたかっただけだ。だが、まさかそこまで心配するとは思わなかった」

「心配するわよ......ったく。まあ、あんたのことだものね。丈夫なあんたを心配する方が間違っているような気もしてきたわ」

「といいつつも、一番に主様に駆け寄ったのはリリス様です。もう行動で矛盾が生じてるです。ただ愛に溢れた心配になっていたです」

「ふふっ、『クラウン!』だもね。切羽詰まったその顔は全力で心配していた表れだったもの。そんな言葉を今更言ったところで意味ないわよ」

「べ、別にいいでしょ! それで! そういうことにしておいて! 触れないで!」

「お前さん、それは遠回しに認めていることになるけどな......」

 クラウンはそんなリリス達のいつも通りのやり取りにため息を吐きつつも、思わず笑みがこぼれている。

 それがもうクラウンにとって日常になっているということなのか。なんだか始まりの時と随分と関係が変わってしまっているが。

 すると、クラウンはリリスに膝枕されている影響でふと上の光景が見えた。その瞬間、思わず目を見開いた。

 それは元の世界にいた時のことを思い出させるような桜の木。鮮やかなピンク色をしていて、宙に花びらを散らしていく。

 この空間を照らしている光輝く石はその散りゆく花を美しく見せている。そして、クラウンが腕を伸ばすと丁度手のひらに花びらが落ちてくる。

「きれいね......」

「これは初めて見るわね......」

「ひらひらと幻想的です」

「これは俺の国にもねぇな」

 リリス達はその光景を見て各々感想を口にしていく。そして、その表情には美しさに魅了された笑みを浮かべている。

 すると、リリスはクラウンが花びらをジロジロと眺めているのに気付いた。そして、擦るようにして感触を確かめながら、何かを確認していく。

「何か知ってるの?」

「ああ、知っている。これは桜だ。俺の世界にあふれていた植物の一つ。どうしてこんな所にあるのかわからないが、見ていて穏やかになるのは今も昔も変わらないんだな」

「そうなのね。これが旦那様の世界にあった景色......美しい場所ね」

「主様の世界......行ってみたいです」

「どうだろうな。行けるかもしれないし、行けないかもしれない。だが、それには全てを狂わせた神を殺す目的を果たした後だ」

 そう言うとクラウンはリリスから魔力ポーションを出すよう指示した。そして、そのポーションを飲むと立ち上がる。

 それから、「早く終わらせるぞ」と言ってこの場を後にした。ただその時、クラウン達は気づいていなかった。

 その桜の木が

 クラウン達が再び暗い道を通り抜けていく。そして、通り抜けた先を見てクラウンは思わず目を見開いた。

 それはこの場所が―――――もとの世界で、いつも暮らしていた家の前であったからだ。そのことにクラウンは思わず愕然となって仕方がない。

 思わず手元を見る。その手はずっと殴ってきたり、刀を握ってきたりしてきた筋肉質でゴツゴツしていた手ではなく、柔らかい見忘れていた手であった。

 そして、手首に映るのは藍色のブレザーの袖の部分。胴体を見ても、ワイシャツにネクタイとありふれていた日常の姿であった。

 そのことに気を取られれていると後ろから背中を叩かれる。クラウンは後ろを咄嗟に振り向くとそこには同じく制服姿の響が。

『何、呆けた顔してんだよ。って、お前、鞄は?』

「......鞄?」

『仁、どうした? 今日は普通に学校だぞ?』

「......ああ」

 クラウンは一先ず響の言葉に同意した。まるで甘ったるく、薄っぺらいようにも感じるが、このやり取りは普段の響との距離の話し方であったからだ。

 ともかく、クラウンは家の設計も、内装も、家具の位置も全て同じ自宅に入っていくと鞄を持って、響と学校へと歩いて行く。

『どうしたんだ? 今日の朝からおかしいぞ? 登校中なのに周囲を探るような目をしてるし』

「俺が個人的に確かめたいことがあるだけだ」

『一人称も俺になってるし、話し方は雄々しいし......まあ、深くは追及しないけど』

「響、俺の左目に傷はあるか?」

『いや、ないよ』

「そうか......」

「?」

 それから、学校に着いて、いつもの授業を受ける。自分達がここに来る前に受けた最後の授業だった。

 そして、何事もなく放課後になり、下校する。まるで今までが全て夢だったかのように。

 違う。俺はこんな世界にはいない。

 現存していた世界ではあった。だが、同時に失われた過去の世界だ。

「響、この世界は本物か?」

『ん? 急に何言ってんだよ。本物に決まってるじゃないか。それ以外にあるはずがない』

「......なるほど。やはりお前は響に似た別人みたいだな。あいつも曲がりなりにもオタクの端くれだ。空想ぐらいする。そして、少しはこの世界から離れた別の世界に憧れ程度は持っていた。そこまで現実を直視してはいない」

『現実ぐらい見るさ。結局はその世界に行けないんだからね』

「もういい。お前を見ていると今の響より虫唾が走る。消えろ」

 その瞬間、クラウンは空間を歪めるような鋭い殺気を放った。すると、その殺気は空間に干渉し、本当に歪め始める。

 その時、クラウンの目の前にいた響はニヤリと笑い始めた。

『ああ、バレちゃったんだね。なら、仕方ないや。実力行使といこうか』

 その言葉を聞いた瞬間、まるで鏡を叩き割ったかのように空間にヒビが入って、広がっていく。そして、一気に割れた瞬間、蔦が壁に張っている大きな空間へと現れた。

 それから、目の前には大きな口で今にも食べようとしている巨大生物が迫っていた。そして、一気に口を閉じようとしたところをクラウンは後ろに下がって避ける。

 クラウンは咄嗟に目の前と周囲へと目線を向ける。すると、目の前にはカメレオンのような巨大生物と未だ呆然と立ち尽くしている仲間達の姿。

 どうやら食われた奴はいないようだ。

「シュル!」

「チッ」

 カメレオンは舌をクラウンに向かって伸ばしていく。それをクラウンは<天翔>を使って空中へと回避した。

 また同時に仲間達に向かって糸を飛ばして括り付けていき、魔力を流していく。すると、リリス達は一瞬痺れたようにビクッと反応する。そして、目を覚まし始めた。

「く、クラウンがあ、あんな積極的だなんて////」

「ふふっ、私のリビドーは最高潮よ!」

「主様のマッスルオブザワールドです!」

「る、ルナが振り向いてくれたぁ~~~~」

「ウァフ?」

「お前ら! 正気に戻りやがれ! ここは敵陣の中だ!」

 顔を熟れたリンゴのようにしてクネクネするリリス。今にも性欲のままに真っ裸になりそうなエキドナ。

 目が完全に逝っているベル。泣き崩れるカムイ。何がどうなっているのかわかっていないロキ。

 全員がおそらくクラウンの見たような夢を見ていたのだろう。そして、その夢はどうやら各々の願望を夢にした感じのようだ。

 すると、カメレオンの魔物は壁をよじ登っていき、天井まで至る。そして、そこから口を大きく開けるとキラキラした紫色の煙を散布していった。

 その煙はやがて空間全体に広がるように下りていき、その煙はその途中で透明へと変わっていく。そのことにクラウンは思わず叫んだ。

「空気を吸うな!」

『もう遅いよ。仁』

「!」

 クラウンはその聞き覚えのある声に咄嗟に横を向いた。すると、そこにはやや半透明の雪姫の姿があった。

 そして、その雪姫はクラウンの行動を諫めるようにそっと腕に触れた。

『もう楽になろうよ。そんなに肩ひじ張ってると疲れちゃうよ?』

「うるせぇ! お前は雪姫の姿を借りんじゃねぇ! 誰がその姿になることを許可した!」

『それは仁が私に対して思うところがあるからだよ?』

「!」

 クラウンはその言葉に対して思わず目を見開いた。その言葉は図星であったからだ。

 クラウンの夢の中では主に響との会話がメインだった。だが、その中で幼馴染である雪姫との会話がまるでなかった。

 そのことにクラウンはずっと疑問を抱いていたのだが、それがまさかここでの伏線の罠であったとは。

 すると、雪姫はクラウンの顔へとそっと両手を触れさせる。そして、前まで見てきた優しい笑みでクラウンに問いかける。

『もういいんんだよ。こんな所でわざわざ死ぬような真似はしなくていいんだよ。ここは『亡者の楽園』たとえ死んだとしても、そのことに気付かず楽しく暮らしていける。それがここ』

「......」

『いつまでも、いつまでも夢を見続けよ? もう頑張らなくたっていいんだよ。もう疲れなくていいんだよ。私は仁ともっとずっと一緒にいたい。だから、ここで果てよう?』

「......黙れ」

 クラウンはそう呟くと魔力を纏った手で、雪姫の顔面を鷲掴みにする。すると、その雪姫は驚いたような表情をした。

「お前も偽物らしいな」

『何を急に......』

「俺の知っている雪姫はな。人の努力や目的のために頑張ってる人を諦めさせるようなことは言わない。もとより、お前が敵だとわかってる以上の発言だろうことは理解している」

『い、痛い......』

「だがな、その顔で! その姿で! その声で! 俺に気安く話しかけてくるんじゃねぇ! もう俺の心をかき乱すんじゃねぇ! その時の雪姫が本物なのか、あの時の雪姫が本物なのかわからなくなるじゃねぇか!」

『や、やめて......』

「だがな、お前が偽物ぐらいはわかってる。それ以上、俺に話しかけるな。気が狂いそうだ。だから―――――――」

『いやああああ!』

「――――――死ね」

 クラウンは雪姫の顔面を握り潰した。その瞬間、その雪姫は煙のように霧散していった。

 またその時のクラウンの表情はまさに狂気に満ちたような顔であった。漏れ出る殺気も周囲の空気を物理的に押していくように広がっている。

 そして、その殺気は同じく幻想に捕らわれていたリリス達も強制的に現実へと戻らせた。それから、その殺気で咄嗟に戦闘態勢を取らせる。

「さあ、さんざん舐めたことしてくれたな。ここからはもう俺達のターンだ」
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