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第5章 道化師は憎む

第110話 交錯する過去の二人

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「朱里と海堂君の過去......か」

 朱里はその言葉を聞いた瞬間、暗い顔をした。その表情が意味するところは、何かがあったということの裏付け。

 まあ、リリスは大まかな流れを知っているのだが。

「クラウンはね、あんた達にああは言っていても、実際は苦しんでるのよ。おそらく、あんた達は本当はしてないんじゃないかってね。でも、そのことでクラウンに直接触れることは危険。とはいえ、そのままにしてしまうのはクラウンの心が壊れてしまうかもなの」

「......」

「だから、私達がクラウンの過去を知った上で配慮の言葉をかけるのよ。本当はクラウン自身から話してもらうのが一番だけど、現状そのことは厳しいからね。それで教えてくれないかしら?」

 リリスは頭を下げる。すると、リリスの動きに合わせてエキドナとベルも頭を下げていく。そのことに朱里は思わず目を見開いた。

 なぜなら、リリスが朱里に言っていた時の目はまるで―――――――――雪姫のようであったから。

 その時、朱里はあの爆発に巻き込まれる直前の雪姫を思い出した。

 あの時、朱里は爆風に吹き飛ばされ、それ以上吹き飛ばされないように地面へと伏せていた。そしてまた、雪姫も同じような状況であった。

 白い爆発はすぐさま朱里と雪姫を飲み込もうと迫ってくる。その速さは到底逃げ切れる速さではなかった。

 だから、どこか死を意識しつつも、必死に横にいる雪姫へと手を伸ばした。また、雪姫も同じように朱里へと手を伸ばす。

 そして、互いの中指が触れ合う直前に、朱里は飲み込まれた。それから今は、運良く生きている。だから、雪姫も生きているかもしれない。

 だから、朱里はリリス達に頭を上げるように言う。それから、告げた。

「わかった。私が夢の中で見たことなら、伝えられることが出来るよ。でも、一つ条件があるの。言うのはその結果を聞いてから」

「条件というのは?」

「私と同じようにどこかへと飛ばされた雪姫という大切な友達を探して欲しい。雪姫は海堂君にとって、光坂君......勇者と同等以上の深い関係があるの」

 朱里は最後の一文をあえて付け足した。それはリリス達の選択をより一択へと搾るため。最初は成功する可能性は低いと思われたが、先ほどの反応を見る限りおそらく成功する。

 そう朱里が思っているとリリスは答えた。

「.....分かったわ。でも、それはあくまで私達の内でよ。クラウンにも頼みたいなら、それは直接本人に伝えるしかないわ」

「ど、どうして?」

「それは自分で考えなさい。でも、強いて言うならクラウンは弱い人が嫌いなのよ。それじゃあ、条件は飲んだわ。だから、教えてくれないかしら?」

「!......わかった。私はあの時――――――――――」

 「騙された」と朱里は心中複雑な気持ちを抱えながらも、リリスの言葉に従った。そして、夢の内容を忠実に話し始めた。

**********************************************
 朱里はあの時、何もない日常を何の不安もなく過ごしていた。

 青が見える空は心を大きくし、その空から降り注ぐ日射しは体を温かくさせる。心地よい風は頬を撫でて通り抜け、城のすぐ近くを流れる大きな川はキラキラと水面を輝かせる。

 本当に何もなかった日だ。いずれ戦う事になる魔王は当分先のことだし、今日は久々の修練オフの日であった。

 こういう日は大概雪姫と城下町を歩いて行くのだが、その日は気分を変えて様々な場所を転々として行った。

 中央通りから香る匂いは食欲をそそり、道脇で人々を魅了しながら大道芸する人には心を躍らせた。また、この国ならではの商品は購買欲を増進させる。

 そんな穏やかな午前中を朱里は楽しんでいた。

 それから、残りの時間はのんびりしようと城へと戻っていく。その時、仁は彰という人物と話しているところを目撃した。

 その時の仁は実に楽しそうだった。それは当然、彰が仁の良き理解者であったからだ。なので、朱里は邪魔をしないようにそっと通り抜けていく。

 そして、自室で本を読んだり、少し眠ったりした後、朱里はふとスティナと話したくなり大教会へと向かった。

 特に理由はない。でも、仁に対するスティナの様子が気になったので、雪姫がいない今を使って聞き出せないかと考えたくらいだ。

 それから、大教会に向かって朱里は足を進めていき、入り口まで来たところで話し声が聞こえ――――――いや、あれは話し声なんかじゃない。

 朱里は急激に襲いかかる寒気のような感覚に襲われた。しかし、勇気を振り絞って大教会を覗いた。きっとその選択が間違っていたと思われる。

 そして、朱里が目にしたのは―――――――神の像の前で、胸に短剣が刺さり、倒れている彰と彼を支える仁の姿。それから、隣には教皇が立っている。

 その光景はあまりに情報量が多かった。一目で見れば状況は理解できる。だが、それを理解しきれるかと言われれば別だ。

 朱里は思わず手で口を覆う。言葉が出てこない。なんと声をかけてやればいいかわからない。

 とにかく「どうしてこうなったのか?」「誰がこんなことをしたのか? 」そんな言葉が脳裏を過っていく。

 すると、朱里に気付いた仁は朱里へと咄嗟に声をかけた。

「橘! これは......」

「これは何なの......海堂君?」

 静寂に重たく、冷たい空気が充満している。まるでここだけ他の場所から切り取られたみたいに他の場所と温度差が違う。

 血の臭いが漂ってくる。鮮血が発する独特の臭いだ。その臭いに朱里は思わず気分を悪くするが、なんとか堪えて言葉を絞り出す。

 すると、仁から帰ってきた言葉は震えていた。

「違う......これは違うんだ。俺じゃない」

 仁は瞳を怯えさせ、体は小刻みに震えさせていた。その様子から、仁が咄嗟に何かを言おうとして、その結果保身の言葉を言ったことは、朱里には理解できた。

 しかし、すぐに言葉が出なかった。やはり、なんと声をかけたらいいかわからなかったのだ。

 人を殺された場面など見たことないし、その場面に自分が立ち会っている。そして、殺された人は知り合い。殺された人の近くには友達が。そんな状況でどうしてすぐに落ち着けようか。

 ふと仁を見てみると「どうしてなにも答えてくれないんだ」と伝わってくるような悲しさに歪んだ顔をしている。

 そのことが朱里の言いづらさをより上げていった。

 するとその時、教皇が言葉を発した。

「こ、これは海堂様が突然に......あまりの行動に私も動けなくて......ただ

「え、嘘......」

「違う! 俺はやっていない! 信じてくれ!」

 朱里はそれなりに教皇と親しくなっていたため、思わず一瞬その言葉を真に受けた。だが、すぐにそれはおかしいと判断する。

 だがその瞬間、朱里は全身が金縛りにあうように硬直した。呼吸も目も動く。しかし、体は動かせず、声を出すことが出来ない。

 とはいえ、それからはすぐに解放された。強張っていた体はすぐさま楽になり、肩の力が楽になる。「今の感覚はなんだったんだろう」と朱里は思うが、その考えはすぐに払拭し、仁へと声をかける。

 しかし、言っている言葉と言おうとした言葉はまるで違った。

「殺したんだ......どうして殺したの?」

「!......だから、殺してないって言ってるだろ!」

「殺した人は大抵そう言うんだよ。それで、どうして殺したの?」

「......っ!」

 仁は朱里の突然の裏切りのような言いよう思わず驚く。そして、怒りに顔を滲ませていく。その表情からも「どうして信じてくれないんだ!」と伝えているようだ。

 一方で、朱里自身も動揺が出ていた。だが、それはあくまで内面だけで、表面では仁に対して冷たい目で見下ろしている。

 まるで仁を軽蔑しているような目だ。同時に思ってもいない言葉が口から出たことにも驚きが隠せなかった。

 どうして!? 何がどうなって!? わからない! なんにもわからない! どうしてあんな言葉を送ってしまったの!?

 朱里は激しく動揺した。しかし、朱里の思いと裏腹に口は勝手に動いていく。

『答えられないんだね。それはそうだよね。だって、殺したんだもの。その事実を変えることは出来ないんだよね』

『だ、だから......ちが......』

『何が違うの? 私は知っているよ? その短剣は海堂君が持っていたものだって』

『そ、それは......』

 仁は先ほどの怒りを沈下させていき、ますます怯えたような表情をした。もうその時の仁の顔は見ていて胸が痛くなるものがあった。

 仁はその言葉に思わず抱いている彰の―――――――胸に刺さった短剣を見る。そして、ますますその手をガタガタと震えさせる。

 この場の空気は息苦しいほどに重たかった。同時に凍り付くような空気が朱里の肌を刺していく。

 朱里の手には汗が大量に噴き出している。にもかかわらず、朱里の表情だけは涼し気なものであった。

 そして、朱里は告げる。

「皆にも教えてあげなくちゃね」

「ふざけるな! 俺はやってないって言ってるだろ! どうして信じてくれないんだ!」

 仁は半狂乱になりながら、朱里の言葉に反発した。だが、朱里は眉をピクリとも変えず、仁のもとへと歩き出す。

 すると、その行動に仁はビクッとした反応をさせる。しかし、怯えているせいもあり、彰を抱えているせいもありで動くことはなかった。いや、動けなかったのだろう。

「『どうして信じてくれない』って? それは簡単だよ。海堂君が人殺しであるから。それも恩人殺しという大罪を犯したからだよ」

「やってないって......言ってるのに......」

「朱里にはその言葉を判断する材料があまりにも少ないんだよ。だから、現状から判断するしかない。そして判断した結果、朱里は海堂君が殺したと判断した。それだけのことだよ。これを知った雪姫や光坂君、須藤君、クラスの皆はどう思うんだろうね?」

 仁は思わず唇を噛みしめる。だが、すぐに朱里へと言い返した。

「あいつらならきっと信じてくれるはずだ! お前とは違う!」

「それはどうでしょうか。皆様は正直者です。そして、穢れなき光を纏う者。海堂様のような心が汚れてないのですよ。少なくとも人を殺したあなたが」

「教皇! お前ええええええ!」

 仁の言葉は教皇によってなじられ、踏みつけられて言い返された。その言葉を聞いた瞬間、仁は修羅にも似たような表情を見せた。

 この場に一瞬にして、殺気というまた違う息苦しさが充満する。正常な人がその瘴気に当てられれば、確実に気持ち悪さで吐くだろう空気。

 だが、この場において

 そんな怒りを見せている仁に朱里は冷静に言葉を浴びせる。

「またそうやって人を殺すの?」

「!」

「もうこれ以上、罪を重ねない方が良いよ。今ならまだ戻れると思うから」

「......」

 朱里がそう言うと仁はそれ以上言葉を発することはなかった。そして、絶望の表情を見せながら、俯き、ジッと死に絶えた彰の顔を眺めている。

 朱里はその姿を尻目に見ながら、大教会を去っていく。その際、目の端で捉えた教皇の口元は笑っていたような気がした。気のせいだったのだろうか。

 それから、朱里が解放されたのは仁が処刑された後であった。
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