209 / 303
間章 勇者の絶望
第95話 響の選択
しおりを挟む
現在、響はガルドとともに弥人の後ろを追って走っている。大通りの人達は「何事か」といった様子で見ている。
だが、弥人は気にすることもなく歩く人を避けながら走っていく。響とガルドは一度顔を見合わせると弥人の隣へと並ぶようにペースを上げた。
「弥人、何があった? そもそもどうして僕達の場所を知ってる?」
「ああ、それか。それは俺も一度団長に連れて行ってもらったことがあっただけだ。そして、いつもいるはずの場所に響がいなく、城に団長がいないとなるとそこにいるのかもなと思っただけだ。それと詳しいことは俺もわからん。ただ神官が慌ただしく勇者を探していたから呼びに来ただけだ。」
響は弥人に並ぶとすぐに質問した。すると、弥人は特に焦った様子もなく淡々と答えていく。
そんな弥人の様子を見て響は一先ず安堵の息を吐く。あの時の弥人の言葉で城に何かが起こったのかと思ってしまった。しかし、そんな様子ではないので少しは心が落ち着くというものだ。
「それなら、もっと言い方があっただろ。俺達はかなり焦ったぞ」
「すんませんした。とにかく急ぎを優先した方がいいのかと思って」
「まあ、何もなかったんだ。そこまで気にすることはない」
ガルドは思わず俯いている弥人の背中に軽く手を当てた。それでも、弥人の体が軽く揺さぶられるほどの強さだったが、弥人は元気が注入されたように良い顔に変わる。
するとここで、響が先ほどの弥人の言葉に言及する。
「弥人、神官が慌ただしかったって言ってたけど、本当にその様子を見ただけか? 弥人は時折、聞いていたはずなのに忘れてる時があるからさ」
「そうだな......あ、そういえば、神官の一人が『神からの神託ではないのか!?』って言ってたな。その言葉で他の神官も反応して、大騒ぎってところだな。そして、その神託として落ちていたとされる一枚の神々しい紙の文面を見て、勇者を呼んだ方がいいのではと」
「お前.....そこそこ詳しく知ってるじゃねぇか」
ガルドは思ったよりも神官の様子をがっつり見たり、聞いていたりしていた弥人に呆れたため息を吐く。
しかし、同時に疑問に思うこともある。それはその紙を一番に見つけたのが神官であるということ。本来なら朝の祈りをしているはずのスティナが見つけるのが当然だ。
だが、結果は違う。スティナが仕事をさぼることが珍しいからこそ、疑問に思うこと。
とはいえ、教皇が亡くなってから、聖王国の跡継ぎはスティナしか存在していない。なので、スティナが必然的に王となる。
そして、スティナは王の仕事だけでさえ激務なのに聖女の仕事と並立して行っている。それに加え、民に対しても配慮を怠ってない。それはかなりの善王と呼べるだろう。
だからこそ、これまで積み上げてきた信頼もあってスティナが王となっても民衆からの反発は起きていない。
とはいえ、良識的に考えればスティナはまだ少女だ。15歳から成人して少しばかりで体はまだ子供であると言っても過言ではない。
なら、どのみち遅かれ早かれどこかのタイミングで体調を崩すのは当然なのかもしれない。
ガルドは思った疑問に自己完結させると「とにかく急ごう」と声をかけて、さらに走るペースを上げた。
そして、響達が教会にやってくる。すると、神様の像の近くに大勢の神官とスティナ、雪姫、朱里の姿があった。
響は少しだけ息を整えるとスティナ達のもとへと向かって行く。スティナは例の紙を持っているので、もうすでに目を通してある様子だ。
「スティナ、弥人から大体の流れは聞いた。それでなんて書いてあったんだ?」
「簡単に言ってしまうと響さん達は勇者であり、言い換えればもうすでに神の使いという扱いになっていますが、どうやら響さんは創造主トウマ様から直々に神の使いとして選ばれたといいますか......」
「つまり、どういうこと?」
「トウマ様から神としての力の付与がなされるということです」
「「「!?」」」
響達は思わず驚きで言葉を失った。というより、思考回路が正常に機能しなかったのだ。しかし、それは響と弥人にとっては当然かもしれない。
なぜなら、もとより神という存在が実在していることを認識していなかったのだ。もとの世界にもいなかったので、この世界でも神という存在は想像上の人物であると考えていたからだ。
ガルドの場合は別の意味での驚きであった。ガルドは聖騎士団長、つまりは多少なりとも神に関することは知識の一つと知っているのだ。
そして、ガルドの認識の中では神が神託として聖女に助言を渡すことはあっても、直接干渉することはないと思っていたのだ。前例は一つとしてない。
しかし、たった今この場においては違う。「これは魔王の戦いに神が味方しているのか?」とガルドが考えてもおかしくない。
すると、響が若干震えた声でスティナに聞いた。
「神の力というのはどういう感じなんだ?」
「わかりません。過去の聖書にもこういったことはないので。しかし、それがたとえ力が上がるだけの付与であったとしても、化けることには変わりません。となれば、準神格化......受け取ることが出来れば、半分人間を止めることになるかもしれません」
スティナは響の問いに自分の予想を交えながら、正確に答えた。
しかし、その表情は悲しく見えるような表情でもあった。それにはしっかりと理由がある。それはスティナの目の前にいる響の表情を見たからだ。
今の響は驚きが半分と嬉しさ半分といった感じの表情をしている。口角が僅かに歪に上がっている。
だからこそ、スティナには嫌な予感が拭えなかった。まるであの襲撃の夜に見た仁の目に似た狂気が宿っているような感じがして。
そんな思いを抱き、スティナはそっと両手を祈るように握り合わせる。
「僕に神の力が.......」
一方、響は小さく言葉を呟く。そして、開いた手をぼんやり見つめながらも、思考だけを巡らせていた。
それはその力が受け取れるとして、受け取るか、否か。正直な話、響の中にも恐怖というのは存在している。当たり前のことだ、未知なる力に関しては誰だってリスクを考える。
響でも、スティナの予想が当たったとして、その神の力を受け取って肉体がどうなってしまうかもわからないのだ。
しかし、今の響の中では受け取るという方向に考えが傾き始めている。それは仁との関係のこと。
あの夜以前から響はずっと修練を続けている。そして、勇者という職業が持つもともとのスペックにより今はもうあの襲撃の夜の時でも勇者に勝てる存在はいなくなっていた......たった一人の例外を除いて。
それが仁である。仁は最強と呼ばれる勇者である響を赤子の手をひねるように簡単にあしらった。響の攻撃は一つとしてまともに与えることが出来ず、仁の一撃でダウンした。最強の勇者の力で歯が立たなかったのだ。
これを一言で済ませるなら、それほどまでに力の差があったということ。修練で仁と戦った時のイメージをしても、勝てるビジョンが全く浮かばないのだ。
そんな状態でどうして勝てようと思うのか。そして、今や仁はさらに強くなっている可能性があるだろう。
「僕は力が欲しい.......」
この願いは切実であった。それはひとえに仁を止めて、仲直りしたいため。そのためには仁を止めるための力が必要なのだ。
いや、きっと止めるだけじゃ足りない。超えるほどの力が必要だろう。そして、それを手に入れるためのことが目の前にある。あとは受け取るか、受け取らないかだ。
「でも......」
響は思わず考えが煮え詰まる。そして、思わず歯を噛みしめ、開いていた拳を握る。もうほとんどは受け取る方向に指針が傾いている。
しかし、残り僅かが強固にその指針の動きを止めている。それじゃあ、何がそれほどまでに止めているのか。
それは心である。
響は力を得たいというしっかりとした理由あったとしても、それはほとんど欲で動いている。
その力があれば、仁を止めることが出来て、魔王すらも簡単に殺すことが出来るだろう。しかし、それでいいのかと思ってしまう。それでしっかりと仁に自分の気持ちが伝わるのかと。
正直、バカな思考なのかもしてないことは響もわかっている。しかし、その気持ちを本当にないがしろにしていいのかと思うと悩んでしまう。
その欲で仁を止め、和解し、魔王を殺したとして、変わってしまった自分を見て仁はどう思うのだろうかと。
仁を止めるために人間を半分辞めた。もちろん、あくまでスティナの予想の範疇だ。しかし、起こらないとも限らない。
そして、もし起こってしまったなら、仁は自責の念にかられてしまうのではないか? そう考えが一部でも過ってしまって、もう動かないのだ。
それに「剣は心を映し出す」という。欲まみれでの剣を振るって、仁に気持ちがしっかりと伝わるのだろうか。
それは「もとの世界に帰りたい」という気持ちが伝わってしまうのではなかろうか。わからない。考えがまとまらない。
力を受け取るべきか、受け取らざるべきか。
響は思わず強く拳を握らせる。そして、その拳は何かに耐えるように小刻みに震えだす。
視界が狭くなっていく。まるで思考がドロッとした何かに段々と包み込まれていくような感じだ。
それは堪えていた何かを溶かしていくようで.......もう無理するのは良くないのかもしれない......それに早く楽になりたい.......
響がそのような気持ちを抱え始めた時、一人の白い修道服を着た少女は歩き出した。
誰よりも清楚に、美しく、柔らかに響へと真っ直ぐ迫っていく。
そして、響の目の前に立とそっと響の拳をしたから添えるように握った。すると、段々と響の小刻みに震えていた拳は動きをさらに小さくしていき、やがて止まる。
その瞬間、響は目の前にスティナがいることを認識した。
その時のスティナの表情はまさに聖母といった感じの優しい微笑みで、穢れのない瞳で、とてもとても美しかった。
それによって、響の体の熱は上がっていき、暗い思考を取り除いていく。
「響さん、一人で抱え込まないでください。あなたには私が、私達がいます。支える人もいて、支えてくれる人もいます。一人ではないのです。だから、あなたが選びたい方を選んでください。私達はその行動を支援しますよ」
「スティナ......」
響はその言葉を告げられている間、スティナから目を話すことが出来なかった。
そして、思わず言葉が漏れる。すると、両肩から重みを感じた。思わず顔だけ振り返ってみるとガルドと弥人が良い顔でサムズアップしている。
また、弥人に指を指された方向を見てみると雪姫と朱里が力強く頷いていた。
仲間がいる。
それだけで、目頭が熱くなってくる。一人で考え、行動しようとしていて大事なことを忘れていた。
だからこそ、スティナから手を放してもらうと自分への罰として、頬をパシンと叩く。
「もう大丈夫だ。スティナも、弥人も、ガルドさんも、倉科も、橘もありがとう。俺は受け取らない」
「わかりました」
響がそういうとスティナは嬉しそうに笑った。それから、響は「神の使い」という称号だけを得て、一人の神官が例の紙を預かるということになり、その場は解散した。
***********************************************
「はあ、僕もしくじったみたいだね。これはラズリのことは何も言えないや」
一人の神官は周囲に誰もいないことを確認すると例の紙をビリビリに破いて、燃やした。そして、疲れたように壁に寄り掛かる。
「クソ~、思ったよりも邪魔が多いな。聖女はまだなんとかなるとしても、勇者の心を動かす存在が多すぎる。まあ、もとのシナリオから大きく外れてないからいいものの、これは少し強引になってしまうかもしれない」
神官は大きくため息を吐くと霊山のある方向へと顔を向けた。
「それじゃあ、邪魔者排除よろしくね。あちらの僕」
だが、弥人は気にすることもなく歩く人を避けながら走っていく。響とガルドは一度顔を見合わせると弥人の隣へと並ぶようにペースを上げた。
「弥人、何があった? そもそもどうして僕達の場所を知ってる?」
「ああ、それか。それは俺も一度団長に連れて行ってもらったことがあっただけだ。そして、いつもいるはずの場所に響がいなく、城に団長がいないとなるとそこにいるのかもなと思っただけだ。それと詳しいことは俺もわからん。ただ神官が慌ただしく勇者を探していたから呼びに来ただけだ。」
響は弥人に並ぶとすぐに質問した。すると、弥人は特に焦った様子もなく淡々と答えていく。
そんな弥人の様子を見て響は一先ず安堵の息を吐く。あの時の弥人の言葉で城に何かが起こったのかと思ってしまった。しかし、そんな様子ではないので少しは心が落ち着くというものだ。
「それなら、もっと言い方があっただろ。俺達はかなり焦ったぞ」
「すんませんした。とにかく急ぎを優先した方がいいのかと思って」
「まあ、何もなかったんだ。そこまで気にすることはない」
ガルドは思わず俯いている弥人の背中に軽く手を当てた。それでも、弥人の体が軽く揺さぶられるほどの強さだったが、弥人は元気が注入されたように良い顔に変わる。
するとここで、響が先ほどの弥人の言葉に言及する。
「弥人、神官が慌ただしかったって言ってたけど、本当にその様子を見ただけか? 弥人は時折、聞いていたはずなのに忘れてる時があるからさ」
「そうだな......あ、そういえば、神官の一人が『神からの神託ではないのか!?』って言ってたな。その言葉で他の神官も反応して、大騒ぎってところだな。そして、その神託として落ちていたとされる一枚の神々しい紙の文面を見て、勇者を呼んだ方がいいのではと」
「お前.....そこそこ詳しく知ってるじゃねぇか」
ガルドは思ったよりも神官の様子をがっつり見たり、聞いていたりしていた弥人に呆れたため息を吐く。
しかし、同時に疑問に思うこともある。それはその紙を一番に見つけたのが神官であるということ。本来なら朝の祈りをしているはずのスティナが見つけるのが当然だ。
だが、結果は違う。スティナが仕事をさぼることが珍しいからこそ、疑問に思うこと。
とはいえ、教皇が亡くなってから、聖王国の跡継ぎはスティナしか存在していない。なので、スティナが必然的に王となる。
そして、スティナは王の仕事だけでさえ激務なのに聖女の仕事と並立して行っている。それに加え、民に対しても配慮を怠ってない。それはかなりの善王と呼べるだろう。
だからこそ、これまで積み上げてきた信頼もあってスティナが王となっても民衆からの反発は起きていない。
とはいえ、良識的に考えればスティナはまだ少女だ。15歳から成人して少しばかりで体はまだ子供であると言っても過言ではない。
なら、どのみち遅かれ早かれどこかのタイミングで体調を崩すのは当然なのかもしれない。
ガルドは思った疑問に自己完結させると「とにかく急ごう」と声をかけて、さらに走るペースを上げた。
そして、響達が教会にやってくる。すると、神様の像の近くに大勢の神官とスティナ、雪姫、朱里の姿があった。
響は少しだけ息を整えるとスティナ達のもとへと向かって行く。スティナは例の紙を持っているので、もうすでに目を通してある様子だ。
「スティナ、弥人から大体の流れは聞いた。それでなんて書いてあったんだ?」
「簡単に言ってしまうと響さん達は勇者であり、言い換えればもうすでに神の使いという扱いになっていますが、どうやら響さんは創造主トウマ様から直々に神の使いとして選ばれたといいますか......」
「つまり、どういうこと?」
「トウマ様から神としての力の付与がなされるということです」
「「「!?」」」
響達は思わず驚きで言葉を失った。というより、思考回路が正常に機能しなかったのだ。しかし、それは響と弥人にとっては当然かもしれない。
なぜなら、もとより神という存在が実在していることを認識していなかったのだ。もとの世界にもいなかったので、この世界でも神という存在は想像上の人物であると考えていたからだ。
ガルドの場合は別の意味での驚きであった。ガルドは聖騎士団長、つまりは多少なりとも神に関することは知識の一つと知っているのだ。
そして、ガルドの認識の中では神が神託として聖女に助言を渡すことはあっても、直接干渉することはないと思っていたのだ。前例は一つとしてない。
しかし、たった今この場においては違う。「これは魔王の戦いに神が味方しているのか?」とガルドが考えてもおかしくない。
すると、響が若干震えた声でスティナに聞いた。
「神の力というのはどういう感じなんだ?」
「わかりません。過去の聖書にもこういったことはないので。しかし、それがたとえ力が上がるだけの付与であったとしても、化けることには変わりません。となれば、準神格化......受け取ることが出来れば、半分人間を止めることになるかもしれません」
スティナは響の問いに自分の予想を交えながら、正確に答えた。
しかし、その表情は悲しく見えるような表情でもあった。それにはしっかりと理由がある。それはスティナの目の前にいる響の表情を見たからだ。
今の響は驚きが半分と嬉しさ半分といった感じの表情をしている。口角が僅かに歪に上がっている。
だからこそ、スティナには嫌な予感が拭えなかった。まるであの襲撃の夜に見た仁の目に似た狂気が宿っているような感じがして。
そんな思いを抱き、スティナはそっと両手を祈るように握り合わせる。
「僕に神の力が.......」
一方、響は小さく言葉を呟く。そして、開いた手をぼんやり見つめながらも、思考だけを巡らせていた。
それはその力が受け取れるとして、受け取るか、否か。正直な話、響の中にも恐怖というのは存在している。当たり前のことだ、未知なる力に関しては誰だってリスクを考える。
響でも、スティナの予想が当たったとして、その神の力を受け取って肉体がどうなってしまうかもわからないのだ。
しかし、今の響の中では受け取るという方向に考えが傾き始めている。それは仁との関係のこと。
あの夜以前から響はずっと修練を続けている。そして、勇者という職業が持つもともとのスペックにより今はもうあの襲撃の夜の時でも勇者に勝てる存在はいなくなっていた......たった一人の例外を除いて。
それが仁である。仁は最強と呼ばれる勇者である響を赤子の手をひねるように簡単にあしらった。響の攻撃は一つとしてまともに与えることが出来ず、仁の一撃でダウンした。最強の勇者の力で歯が立たなかったのだ。
これを一言で済ませるなら、それほどまでに力の差があったということ。修練で仁と戦った時のイメージをしても、勝てるビジョンが全く浮かばないのだ。
そんな状態でどうして勝てようと思うのか。そして、今や仁はさらに強くなっている可能性があるだろう。
「僕は力が欲しい.......」
この願いは切実であった。それはひとえに仁を止めて、仲直りしたいため。そのためには仁を止めるための力が必要なのだ。
いや、きっと止めるだけじゃ足りない。超えるほどの力が必要だろう。そして、それを手に入れるためのことが目の前にある。あとは受け取るか、受け取らないかだ。
「でも......」
響は思わず考えが煮え詰まる。そして、思わず歯を噛みしめ、開いていた拳を握る。もうほとんどは受け取る方向に指針が傾いている。
しかし、残り僅かが強固にその指針の動きを止めている。それじゃあ、何がそれほどまでに止めているのか。
それは心である。
響は力を得たいというしっかりとした理由あったとしても、それはほとんど欲で動いている。
その力があれば、仁を止めることが出来て、魔王すらも簡単に殺すことが出来るだろう。しかし、それでいいのかと思ってしまう。それでしっかりと仁に自分の気持ちが伝わるのかと。
正直、バカな思考なのかもしてないことは響もわかっている。しかし、その気持ちを本当にないがしろにしていいのかと思うと悩んでしまう。
その欲で仁を止め、和解し、魔王を殺したとして、変わってしまった自分を見て仁はどう思うのだろうかと。
仁を止めるために人間を半分辞めた。もちろん、あくまでスティナの予想の範疇だ。しかし、起こらないとも限らない。
そして、もし起こってしまったなら、仁は自責の念にかられてしまうのではないか? そう考えが一部でも過ってしまって、もう動かないのだ。
それに「剣は心を映し出す」という。欲まみれでの剣を振るって、仁に気持ちがしっかりと伝わるのだろうか。
それは「もとの世界に帰りたい」という気持ちが伝わってしまうのではなかろうか。わからない。考えがまとまらない。
力を受け取るべきか、受け取らざるべきか。
響は思わず強く拳を握らせる。そして、その拳は何かに耐えるように小刻みに震えだす。
視界が狭くなっていく。まるで思考がドロッとした何かに段々と包み込まれていくような感じだ。
それは堪えていた何かを溶かしていくようで.......もう無理するのは良くないのかもしれない......それに早く楽になりたい.......
響がそのような気持ちを抱え始めた時、一人の白い修道服を着た少女は歩き出した。
誰よりも清楚に、美しく、柔らかに響へと真っ直ぐ迫っていく。
そして、響の目の前に立とそっと響の拳をしたから添えるように握った。すると、段々と響の小刻みに震えていた拳は動きをさらに小さくしていき、やがて止まる。
その瞬間、響は目の前にスティナがいることを認識した。
その時のスティナの表情はまさに聖母といった感じの優しい微笑みで、穢れのない瞳で、とてもとても美しかった。
それによって、響の体の熱は上がっていき、暗い思考を取り除いていく。
「響さん、一人で抱え込まないでください。あなたには私が、私達がいます。支える人もいて、支えてくれる人もいます。一人ではないのです。だから、あなたが選びたい方を選んでください。私達はその行動を支援しますよ」
「スティナ......」
響はその言葉を告げられている間、スティナから目を話すことが出来なかった。
そして、思わず言葉が漏れる。すると、両肩から重みを感じた。思わず顔だけ振り返ってみるとガルドと弥人が良い顔でサムズアップしている。
また、弥人に指を指された方向を見てみると雪姫と朱里が力強く頷いていた。
仲間がいる。
それだけで、目頭が熱くなってくる。一人で考え、行動しようとしていて大事なことを忘れていた。
だからこそ、スティナから手を放してもらうと自分への罰として、頬をパシンと叩く。
「もう大丈夫だ。スティナも、弥人も、ガルドさんも、倉科も、橘もありがとう。俺は受け取らない」
「わかりました」
響がそういうとスティナは嬉しそうに笑った。それから、響は「神の使い」という称号だけを得て、一人の神官が例の紙を預かるということになり、その場は解散した。
***********************************************
「はあ、僕もしくじったみたいだね。これはラズリのことは何も言えないや」
一人の神官は周囲に誰もいないことを確認すると例の紙をビリビリに破いて、燃やした。そして、疲れたように壁に寄り掛かる。
「クソ~、思ったよりも邪魔が多いな。聖女はまだなんとかなるとしても、勇者の心を動かす存在が多すぎる。まあ、もとのシナリオから大きく外れてないからいいものの、これは少し強引になってしまうかもしれない」
神官は大きくため息を吐くと霊山のある方向へと顔を向けた。
「それじゃあ、邪魔者排除よろしくね。あちらの僕」
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
失われた愛と偽りの婚約〜復讐の令嬢が選ぶのは冷酷な隣国王子か?
マミナ
恋愛
あらすじ:
伯爵令嬢リリーは、婚約者に裏切られた挙句、平民の少女にその座を奪われる。怒りに燃えるリリーは、隣国の冷酷な王子ゼロスに助けを求め、偽りの婚約を結ぶことに。彼女の目的は復讐、そして失った地位と名誉を取り戻すこと。しかし、ゼロスはリリーの計画に興味を持ち、次第に彼女との距離を縮める。偽りから始まった関係が本物の愛へと変わるのか、それとも復讐の道を突き進むのか、リリーの運命は二つの選択肢に揺れる。
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
【完結】神様と呼ばれた医師の異世界転生物語 ~胸を張って彼女と再会するために自分磨きの旅へ!~
川原源明
ファンタジー
秋津直人、85歳。
50年前に彼女の進藤茜を亡くして以来ずっと独身を貫いてきた。彼の傍らには彼女がなくなった日に出会った白い小さな子犬?の、ちび助がいた。
嘗ては、救命救急センターや外科で医師として活動し、多くの命を救って来た直人、人々に神様と呼ばれるようになっていたが、定年を迎えると同時に山を買いプライベートキャンプ場をつくり余生はほとんどここで過ごしていた。
彼女がなくなって50年目の命日の夜ちび助とキャンプを楽しんでいると意識が遠のき、気づけば辺りが真っ白な空間にいた。
白い空間では、創造神を名乗るネアという女性と、今までずっとそばに居たちび助が人の子の姿で土下座していた。ちび助の不注意で茜君が命を落とし、謝罪の意味を込めて、創造神ネアの創る世界に、茜君がすでに転移していることを教えてくれた。そして自分もその世界に転生させてもらえることになった。
胸を張って彼女と再会できるようにと、彼女が降り立つより30年前に転生するように創造神ネアに願った。
そして転生した直人は、新しい家庭でナットという名前を与えられ、ネア様と、阿修羅様から貰った加護と学生時代からやっていた格闘技や、仕事にしていた医術、そして趣味の物作りやサバイバル技術を活かし冒険者兼医師として旅にでるのであった。
まずは最強の称号を得よう!
地球では神様と呼ばれた医師の異世界転生物語
※元ヤンナース異世界生活 ヒロイン茜ちゃんの彼氏編
※医療現場の恋物語 馴れ初め編
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
王都を逃げ出した没落貴族、【農地再生】スキルで領地を黄金に変える
昼から山猫
ファンタジー
没落寸前の貴族家に生まれ、親族の遺産争いに嫌気が差して王都から逃げ出した主人公ゼフィル。辿り着いたのは荒地ばかりの辺境領だった。地位も金も名誉も無い状態でなぜか発現した彼のスキルは「農地再生」。痩せた大地を肥沃に蘇らせ、作物を驚くほど成長させる力があった。周囲から集まる貧困民や廃村を引き受けて復興に乗り出し、気づけば辺境が豊作溢れる“黄金郷”へ。王都で彼を見下していた連中も注目せざるを得なくなる。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる