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第4章 道化師は知る

第84話 意見が聞きたい

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「俺とサシで話したいこととはな。お前さんに関しては個人的にも興味がある。だから、是非とも聞きたい」

「お前の意見を率直に聞きたいだけだ」

 カムイはクラウンの言葉を聞くと不意にベルへと視線を投げかけた。

 すると、ベルはカムイの言葉とその視線で言いたいことを理解するとこの場から立ち去るように歩き始めた。そして、ベルが遠くへ行ったことをクラウンが目の端で確認すると話し始めた。

「俺が話すことは過去のことだ」

「おいおい、お前さんに何かはあるだろうと思っていたが、それを俺に言うのか?まずリリス達は知っているのか?」

「ほとんど知らない」

「なら、まずリリス達に言うはずだろ?」

 カムイはクラウンの言葉に思わず困惑した。過去のこと、それはクラウンが最初に言った「世界を壊す者」となった出来事のことだろう。

 だが、普通はまだ会って数日の自分に言うのはおかしい。それもまだ、ちゃんとした話を仲間にも言ってないというのに。

 そんな考えが表情へと現れていたのか、カムイはクラウンに呆れられたようなため息を吐かれた。そして、クラウンは告げた。

「さっき言っただろ『意見を率直に聞きたいだけだ』と。お前に話すのは俺の過去の一部でしかない。そして、リリス達に話さないのはあいつらが感情的になり過ぎるからだ。まともな意見が聞ける気がしない。それを踏まえるとお前は好都合だっただけだ」

「なるほどな。だったら、聞かせてくれよ」

 カムイは立てていた膝そ降ろして、あぐらの姿勢へと直すと近くの枯れ木を手に取って、クラウンとの間でたき火をし始めた。火を囲むと人は自然とリラックスする。そのことを利用した粋な計らいであった。

「俺はまずこの世界の者ではない。聖王国で勇者の一人として呼び出された何の能力もなかった人間だ。勝手に呼び出されて、もとの世界に戻るためには『魔王を倒せ』という無謀なお願いという名の命令を受けた......な」

「お前さんが噂に聞く聖王国の召喚されし者とはな。その者達は世界を渡って来るときに、呼び出したお詫びのようなものとして、その者に最適な能力が与えられる......とかだっけっか?」

「まあ、そんなものだ。俺の適正能力、この場合は役職だが、俺は【糸繰士】という魔力を使って自在に糸を作り出せる能力だ。その魔力次第で糸を細くしたり、太くしたり、強度をつよくしたり、伸縮性を持たせたり、粘着性を持たせることも出来る」

「まあ、なんというか。罠には幅広く使えそうだが、直接戦闘ではまず役に立たなそうだな」

「ああ、実際役に立たなかった。俺は唯一特殊な役職で誰にも俺の力を理解してくれる仲間はいなく、全ては独学だ。それに、俺には魔力値や器用さは高かったが、他のパラメーターは軒並み他の勇者達の平均以下だ」

 クラウンはその頃を思い出してなんとも言えない顔をする。その時の自分はあまりにも無力に近かった。それだけの力しかなかった。

 けど、それが不幸であったかと問われればそれは違う。仲間がいた。ただそれだけで良かった。

 クラウン、否、仁は異世界というものに少なからずの憧れがあった。しかし、それ以上のことは望んでいなかった。普通なら異世界に来れば、どんなに望みが望みが薄くとも勇者や誰よりも強いチートの能力を望むはずだ。

 だが、仁はそれを望まなかった。自分には不相応だということを自分でわかっていたからだ。それにそうなったとして、一人になることがことが怖かったのだ。それで自分が良い気になっているうちに、仲間達から疎遠していくことが。

 故に、力を持たず、(能力やステータスが弱かったのは残念だが)仲間達と協力できることが嬉しかったのだ。そんな日常はある時を境に狂い始めた。

「けど、一人だけ俺を支えてくれる人がいた。その人は俺の能力について聞くと自分のことのように一生懸命に考えてくれた。俺が仲間から見放されずに助け合ってくれた人はその人のおかげなんだ。それに、俺のレベルアップや特訓にも付き合ってくれた。まさに俺の恩人だ」

「お前さんにも道しるべを示してくれた師匠がいたんだな。俺だって同じだ。俺はスラム街の出身でよ、しょっちゅう棒っきれを振り回して日々生きる食料を集めていたもんだ。そして、俺の妹は美しかった。俺のひいき目を抜いても周りからの評価がそうだったからな。まさにゴミ溜まりに生えた百合の花って感じでな」

「その時に師匠に出会ったのか?」

 「ああ、そうさ。それは俺がいつも通り食料を集めていた時に、お前さんが持っているその刀の男が、要するに俺の友が妹が悪漢に狙われたことを教えてくれた。俺は当然助けに行って、見事に返り討ちさ。そのスラム街では俺は強かった。だが、それは俺が知っている範囲の場所でしかない。たまたまやって来た災害に俺は太刀打ちすらできなかった。その時に現れたんだ、俺の師匠がな。その時に俺は思ったんだ『強くなりてぇ』って。だから、その時点で弟子入りした。打算的な考えは何もなかったがな」

 ここでカムイは思わず自分語りしていたことに気付く。そして、それを詫びるように言葉を告げようとすると先にクラウンが口火を切った。

「お前の師匠はまだ生きてるか?」

「いや、とっくの昔に死んだ。出会った頃から老いぼれてたからな。出来れば、光の道しるべを与えてもらって生まれ変わった自分を見て欲しかったが......お前さんは?」

「俺が殺した―――――――――――」

「え?」

「―――――――という濡れ衣を着せられた」

「おい、ビビらせんな」

 カムイはクラウンの言葉に思わず安堵の息を吐いた。鬼族の国は基本的に「義」を大切にする種族だ。簡単に言えば、どんなに敵対していようと借りを作ったなら、必ず返しに行くということ。そして、それが出来れば国の恥とまでレッテルを張られることもある。

 そして、「師匠」という存在はその最高位に位置する「義」だと思ってもいい。なぜなら、その指南期間は常に恩を与えてもらっているということだからだ。

 だからこそ、返しても返しきれないほどの存在を殺めたとなれば、さすがのカムイでも一発で軽蔑、酷ければ切りかかることでもあった。

 故に、クラウンの言葉は実に冷や冷やしたもので、聞いた瞬間は思考が一度停止した。

「それで、誰に濡れ衣を着せられた。というか、殺したのは誰だ?」

「殺したのは俺達を呼び出した聖王国の教皇。そして、濡れ衣もそいつに被らされた」

「は?そのお前さんの恩人は何かしたのか?」

「さあな。ただ俺の目の前で殺された。そして、俺はその教皇に殺人犯であると仕立て上げられ。そのまま罪を被って、処刑された」

「待て待て待て、お前さんの仲間はどうした?お前が人を殺すなんて思わない仲間ぐらいはいるはずだろ?」

「ああ、いたな。俺の特に大事な二人の友が。だが、その二人を含め、誰も俺を擁護してくれるような言葉をかけてくれる人はいなかった。慈悲・慈愛の精神をモットーに掲げている聖女すらな」

 カムイは思わず言葉を失った。クラウンはまず仲間とともに召喚された。なら、その時点でその仲間たちと確かな繋がりを持っていたはず。そしてそれは、たとえ数ヶ月経とうともこの世界で仲良くなった人達よりは強い絆があるはずだ。

 なら、まさかその絆が人を殺したなどの突拍子もない話を信じたというのだろうか。ずっと別の世界で過ごしてきた絆が、経った数ヶ月だけの人との絆に敗れたとでも言うのか。それはあまりにも酷過ぎる。

「それじゃあ、お前さんの目的はその仲間達に対する報復とこの世界を破壊するってことか?......確かに、お前さんが世界を壊したくなる気持ちもわからんでもない。こんな運命は憎んでも当然だと思うからな。だが、この世界を壊すはさすがにやり過ぎだったりするんじゃないか?」

「まずお前の言葉には一つ間違いがあるが、その前になぜ俺が初めに自分を『世界を壊す者』と言ったか教えてやろう。まず初めに俺の言った言葉は正確じゃない。あの言葉はお前がどういう反応をするか確かめるものだった」

「なら、お前の正確な言葉は?」

「神殺しだ」

 この時静かだった森に音を立てて風が横切った。それはまるでカムイの衝撃を現わしているかのようであった。

「バカ言っちゃいけねぇ。この世界に神なんざ――――――――――」

「いる。それは俺が良く知っている」

「.......」

「この世界はもうとっくに狂ってんだ。俺達が来た時からおそらくな。そして、おそらく俺の今までの行動もこれからの行動も神の手のひらの上の可能性が高い。だが、そんなことは関係ない。この世界がやつのおもちゃ箱だとすれば、それを内側から狂わす壊すだけだ」

「なあ、まさかお前さんの恩人って......」

「......」

「わりぃ、これは失言だったな」

 カムイは思わず口を塞ぐ。それは、思わずクラウンを煽るような言葉を言いかけたからだ。カムイ自身は当然その気はない。しかし、それをクラウンがどうと耐えるかは別問題だ。だからこそ、本題が口から出る前に踏みとどまった。

「どの世界もままならないままだな。俺が鬼族でスラム街に生まれたのも、友を失ったのも、そして妹が連れ去られたのも全て神の仕業だとしたら、腹立つどころじゃないな。そのツケは払わせに行く。つまり、そう言う気持ちなんだろ?お前さんの『世界を壊す』って言葉は」

「そうだ。神という存在も概念的なものだったら、普通に『世界を壊す』とでも言っていただろう。だが、その世界を創造した神がいる。なら、もう二度とこんな世界を作らせないように神を殺しに行く」

「......お前さんは随分と優しいみたいだな」

「は?」

「だって、そうだろ。結局お前さんの目的は神だけで、この世界を壊すこと自体はセットじゃない。つまり、この狂った世界でそれでも生きている人達のために居場所は残してあげようとしているんだからな」

「......買いかぶりすぎだ。神を殺した時点で世界が崩壊し始めたらどうするんだ」

「さあな」

「おい......」

 クラウンの質問にカムイは爽やかな笑みを浮かべて返した。その表情に思わずクラウンは力が抜ける。

 しかし、そんなカムイが眩しく見えた。カムイはたまに意味わからないことを言いつつも、その瞳には妹を助けるというしっかりと光を残している。

 だが、自分のはどうか。「神殺し」という時点で薄暗く汚れている。いや、そもそも光ですらないかもしれない。

 もう既に濁りきっている瞳にメッキをしただけもしれない。いわば、光と闇。まるで、現状の俺と響を現わしているようだ。

 その時、クラウンはふとカムイの姿が召喚されて来た頃の響きと重なり、思わず目を逸らした。眩し過ぎた。

 そして、クラウンは話を続けた。
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