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第4章 道化師は知る

第79話 鬼族の英雄

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「エキドナ、何か収穫はあったか?」

「なかったわ。まあ、もともと望み薄で聞いていたようなものだし。当然といえば、当然ね」

「そうか。で、その手土産はなんだ?」

「貢いでくれたのよ。私はただ楽しくお酒を飲みましょうと言っただけなのにね」

 クラウンはそんな言葉を言うエキドナに思わずジトっとした目を向けた。だが、エキドナは微笑むのみ。そして、ふとクラウンはエキドナの背後にある家へと目を向ける。そこは大衆食堂なのだろうが、なぜかその入り口には顔を真っ赤にした男達が寝転がっている。貢いでくれたというのは、そういうことらしい。

「そういえば、この村って不自然だと思わない。外見は自給自足の生活をしているように見えて、中は随分と発展している。数年前はそうじゃなかったらしいのよ」

「ということは、この村は意図的に開発されたということか?誰によって?」

「わからないわ。私が情報をもらったアルドレアさんって方からは、霊山へと修行のために向かっているしがない賢者がこの村に助言を残してくれたらしいのよ。なにやら親切にしてくれたお礼という形でね。それに、この村一帯に充満していた瘴気を取り除いて、さらには病気の人を治療したらしいわ」

「まさに聖人君子のような働きっぷりだな。逆にうさんくせぇ」

「ふふっ、そんなことを言ったら可哀そうよ......と言いたいところだけど、私も職業柄そう思ってしまうわ。いけないわね、心が狭いのかしら」

「そんなことで狭いなら、俺はお前とは比べ物にならない。気にする必要などない」

「それは私のために言ってくれるなんて......もう外でいいから――――――――」

「その卑猥な口を閉じろ、欲情竜が」

 クラウンはエキドナの口をガシッと鷲掴みにすると冷たい視線を向けた。だが、エキドナには逆効果だったらしくその目は完全に逝っている。そのことにため息が絶えない。もう少し距離を置くべきなのだろうか。まあ、もう手遅れな所までいるのだが。

「あんた達、先に来てたのね。ベルはちゃんと楽しめた?」

「はいです。ナイス大臀筋の中臀筋です!」

「まさにお尻追っかけてるだけね。まあ、本人が楽しそうならそれでいいのだけど」

 リリスは相変わらずの筋肉フェチのベルに何とも言えないため息を吐くとすぐに移動するよう促した。そして、ロキが待つ馬車へと乗り込むとさらに森の奥深くへと突入していく。しかし、森の奥へ奥へと行くほど道は狭く、険しくなっていき、とうとう馬車での移動限界が訪れてしまった。

 仕方ないとはいえ、めんどくさいというのが本音。ロキに乗って進むのも限界があるし、急かされているわけでもないので、普通に歩いて進んでいこうということになった。

「ん~、やっぱ良いわね。こういう空気は。空気が美味しいというのかしら」

「ウォン」

「ロキ様も心なしか生き生きしているように見えるです」

 ベルが言うように、現在ロキはこの森をあっちこっちへと走り回っている。その表情......というより、尻尾が楽しさを爆発させたかのように振っている。ロキはもともと森に住んでいた。しかし、これまでは森とは無縁の場所にいた。それによって、少なからずのストレスが溜まっていた。だからこそ、ロキにとって森は心安らぐ場所なのだ。はしゃいでしまうのも当然。

 そしてしばらくしていると、ロキがある一点を見つめて止まった。それからすぐに、クラウン達を一瞥して、また先ほどの方向へ顔を向ける。あれは「こっちに来い」という意味だろう。その意味がクラウンにはわかる。

 そして、クラウンはリリス達に声をかけるとロキのもとへと向かって行く。それから、ロキの所へと辿り着くとそのロキを見てみる。すると、そこには滝があり、そこで滝行をしている一人の角の生えた男がいた。

「魔族か?」

「あれは違うわね。確かに魔族には有角種もいるけど、あの角の形状は鬼族かしら?」

「そうね。しかも、あの人はとんでもなく大物よ」

「大物です?」

「まあ、会ってみればわかるわよ」

 エキドナは品定めするような目というよりも、一種の尊敬の目でその男を見ていた。クラウンはその視線に気づくと笑みを浮かべる。今は戦力的に少しでも増えた方がいい。見てわかるが、あの男は強い。だからこそ、仲間にすれば今後に有利になるかもしれない。

 そう考えたクラウンは堂々とその男がいる滝壺の傍へと近づいていく。そして、その男に声をかけようとするとその前に声をかけられた。

「こんなところに人が来るなんて珍しいな。それも数は5か。4人に一匹といったところか」

「!......お前は気配を感じれるようだな」

「違うな。気配をんだ。まあ、それは置いといて、お前さんらは誰だ?」

 男は依然として滝に打たれながらそう答える。しかし、存外そこには隙がない。近くに脱ぎ捨てられた和服のような衣装と刀があるが、それが無くても初撃は避けられるだろうという確信。それは俺達を目視せずに、人数を把握した時点で明らかだ。

「俺は用があってこの場所に来ていた。そして、ロキがお前の居場所を教えてくれたんだ。まあ、お前ほどの奴がなぜここにるのかも気になるしな」

「へぇ~、俺が強いとわかるかい。なら、お前さんも強いみたいだな。こりゃあ、助かるってもんだな」

 その男は滝から出てくるとそう言いながら、濡れた髪をかき上げた。見た目の年齢からしてみれば、自分より年上の青年といった感じだろう。見た目の感じだけで言えば、19、20ぐらいでろうか。

「あー、ふんどしが濡れちまったな。一回、脱いで絞るか」

 そして、その男は警戒もせず、普通にその場で着替えながら声をかけてくる。もちろん、教育上に良くないので、リリスはベルの目を覆い、自身も顔を背ける。まあ、若干一名は変態なので仕方がないし、今この瞬間においては他人だ。

「で、俺はカムイだ。お前さんは.......!」

 カムイは着替え終わるとクラウンの方を向いた。その瞬間、言いかけた言葉は詰まるように驚きの表情を見せた。すると、先ほどとは一転して警戒心を剥き出しにした目でクラウンに尋ねる。

「お前さんは誰だ?随分と多種多様な種族を従えているようだが?」

「俺はクラウン。この世界を壊す者だ」

「......冗談かと思ったが、正気みたいだな。気が合いそうなだけに実に残念だ。お前がそれを持っているなんてな」

 カムイはその言葉を体現するように悔しそうな顔をしながら、頭を抱えた。そして、残念そうにため息を吐く。すると、そこに割ってい入ったのはエキドナであった。

「こちらこそ聞きたいことがあるのだけどいい?」

「構わないぜ」

「どうしてここに鬼族の英雄と呼ばれたあなたがいるのかしら?そもそも鬼族は数十年前から鎖国状態のはず外に出られるはずもない。英雄のあなたなら尚のことね」

「俺のことをそこまで知ってくれているのか。ファンってわけじゃなさそうだな、その目は。なるほど、情報屋か。しかも、竜人族の。やはり、外に出ないとわからん事ばかりだな」

「すぐに見抜くとはさすがね」

「若干種族ごとに魔力が違うからな」

 カムイの言葉にエキドナは警戒した。相手の魔力で種族を判別できる。それは並みの人物では到底辿り着くことは出来ない領域。それをあの若さで成し遂げている。それだけで、畏怖するには十分な内容である。

「それも気配を見るなのか?」

「まあ、そうだな。だが、俺もまだ発展途上だ。こういう止まって冷静な状態でないと見ることは出来ないからな。それにそもそも気配がちゃんと読めることが出来て初めて踏み込める領域だからな......と余計なことを話し過ぎたな」

「それは無機物の気配を読んだ先にあるものか?」

「ノーコメントだな。それを聞きたいなら、俺から聞き出してみろ。それよりも、問題なのはその刀だ。お前さんがなぜその刀を持っている?それに限っては嘘を許すほど優しくはねぇぞ」

 その言葉を告げた瞬間、カムイは殺気を溢れ出した。それは膨れ上がる魔力と共にこの場を一方的に支配していく。その空気に当てられ、ラズリの時とは別のように周囲の草花が生気を持ったまま委縮していく。カムイが英雄と呼ばれるのも納得がいく威圧感だ。

 それに対し、クラウンも殺気を溢れ出す。その殺気は刺々しく周囲の草花を物理的干渉を持ったように押し潰していく。そのことにカムイは思わず舌を巻いた。カムイの算段であれば、この殺気を出した時点で勝敗が決まると思っていたからだ。それに、クラウンだけではなく、その周りにいる仲間も耐えれていることが驚きであった。

 だが、想像以上に手を出した相手が間違った。いや、もとより選択肢がなかったとはいえ、アプローチ仕方を間違えたかもしれない。「もう少し穏便に事を済ませればよかったな」というのが、カムイが少し後悔していることだ。

 その殺気と殺気のぶつかり合いは、緑あふれたこの場所を少しずつ変えていく。それだけの殺気を二人は放っている。その光景を見ていたリリスは思わず悲しそうな表情でクラウンの背中を見つめていた。それは心を開いたからこそ現れた禍々しい悪意の殺気。

 それは日を増すごとに大きくなっているような気がする。いや、気がするじゃない。増している。それはこの殺気に触れていれば気づくこと。感覚としては、神の使いであるラズリの殺気に似てきているだろうか。リリス自身はあのラズリのようになっていくような気がしてあまり出してほしくないのだが、その部分はクラウンにとって危険な領域だ。下手に干渉して、発現させるのは避けた方がいい。リリスはそう思うとそっと目を背けた。

 すると、カムイがクラウンに向かって腰にさしてある鞘から白き刀を抜き、その先をクラウンへと向けた。

「いいか、よく聞け。お前が持っているその刀の名は『守狩』。『るべきもののために、敵をる』という意味だ。そして、それは俺の死んだ親友が持っていた刀だ!どういう経緯でお前さんが持っているかは知らないがな、お前さんが白だというなら、刀を交えて証明してみせろ!......それが鬼族流のやり方だ」

「......いいだろう。お前が納得するまで好きなだけ付き合ってやる。だがな、その殺気を向けた以上、死ぬ覚悟ぐらいは持っておけよ?」

「当たり前だ。行くぞ」

 その時、カムイは白き刀身を横なぎに振るった。
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