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第4章 道化師は知る

第73話 必然

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――――――――数時間前

クラウンとエキドナの2人から離れたリリス達は、ここらで足りなくなった食料や衣服の買い足しに向かっていた。正直な話、リリスはかなり安堵していた。それはエキドナの行動を自分が抑制する必要がないことに関して。

もちろん、クラウンに押し付けるような感じで、申し訳なさはあるが、あの状況ではしかたないだろう。それに、ベルをエキドナに染まらせないためにも、この選択は最善だったと自分でも思う。

「さて、どこから回ろうかしら?」

「まずは宿を探すのが先決だと思うです。それから近くにあったのを回ればいいです」

「......そうね。長らく野宿生活を続けていたせいで、完全に忘れていたわ」

この発言もリリスの中ではある意味仕方の無いことであった。この町まで至るためにリリス達はずっと歩いてきた。それは、神の使いであるラズリに愛用していた馬車が真っ二つにされたため。

それに、兵長の件もあり、今に至るまでこの先の大まかな予定しか立てていたかったのだ。その大まかとは、この先旅に必要な食料、服、そして馬車。なので、宿に泊まることは一切考えていなかった。

これらは全てにおいて、それなりのお金がかかるが、獣王国や砂漠の国からもらったお金が多すぎるためなんの問題もないことが幸いであるだろう。ただ、その原因を作ったラズリには腹が立つ。これは逆恨みではない、正当な怒りだ。

だがまあ、いない人物にえげつない憎みはすれど、この場で怒ったところで意味はない。それに現状では会いたくもない。なので、ずっとなんとも言えない気持ちが渦巻いているのはリリスの内緒の話だ。

そして、近くの宿に入るとそこでいつも通りに店主を操ってからの一番いい部屋の値下げからの強奪。その場にいた女性たちからは奇異な目で見られたが、それは男どもが守ってくれるので問題なし。こういう時は本当に便利なのだ。サキュバスの特性

というのは。

「ベルもやってみたいです。楽しそうです」

「止めた方がいいわよ。使って楽しいのは1,2回だけ。後は人形を操っているようなものだもの。それがいつまででも楽しいと思えれば別だけど、この特性だって使い方を誤れば襲われるのはこっちよ?」

「どういうことです?」

「私が操れているのは、相手を催淫して理性のタカを外すという行為なの。つまりはどうなるかっていうと相手は本能的に動き出し、男が女を本能的に求める理由といえば一つしかないでしょ?」

「なるほどです」

 ベルはその言葉の意味を理解した。それは自分を攫った帝国の人間にも同じようなことが言えたからだ。あの時も、途中で捕まえた女性を性欲処理の道具として使っていた。その時の悦に浸った顔はまさに本能のままの笑みだった。つまりはそういうことなのだろう。力の使い過ぎは身を亡ぼす。故にリリスは加減を知らない自分に浸かって欲しくないのだと。

「それじゃあ、次は馬車ね。これはロキちゃんサイズをオーダーメイドした方がいいかもね」

「です。また、ロキ様の元気な姿が見たいです......ん?」

「どうしたの?」

 すると、ふとベルが耳をピコッとさせて辺りを見回し始めた。その行動をリリスは怪訝そうな表情を浮かべて見つめている。しかし、ベルはリリスの言葉に反応せずに、ちょっとした路地へと吸い寄せられるように歩いていく。そんなベルにリリスはついて行く。

「リリス様、見るです。あの女性を」

「男達に囲まれているわね。あれはめんどくさそう......で、助ければいいの?」

「いいえ、見てるです」

 リリスはベルの不審とも言える行動に思わず頭を傾げた。それは普段のベルならありえない反応だったからだ。これまで訪れた街でも時折、こういう輩はいたものだ。そして、ベルはそれを見かけると助けに入ることがあった。それはおそらく自分が同じ体験をした故の行動だったことはリリスも知っているし、ベルの好きにさせようとも思っていた。

 だからこそ、ここでベルが動かないのは予想外だった。だが逆に言えば、ベルが目を付けた女性は何かあるということだ。そして、ベルが見つけた女性をリリスが見てみるとリリスは思わず「ん?」と唸った。それはその女性の後ろ姿がなんとも見覚えのある姿だったからだ。

 そして、その女性は周りにいる男達から何かイチャモンをつけられている感じだ。だが、その女性は相手にしている様子はなく、むしろその行動を手玉にとってさえいる。すると、その女性が手を挙げると指をパチンと鳴らした瞬間、男達は電池が切れたかのように地面へと倒れ伏した。

 そのことにリリス達は思わず驚く。なぜなら、本当に何もしていないからだ。意味ありげな行動をして相手の視線を誘導するというのは、ブラフという感じで戦いにおいても多々あったりする。だが、女性は純粋に何もしていない。ということは、魔法を使ったと考えられるが、それにしても限りなく動作が少ない......

「あ!」

「どうしたです?」

 ベルが思わず不思議がる中、リリスはさらに思考の中へと没頭していた。あれが魔法でなくても一つだけ、御する方法を知っている。それは夢魔の能力、つまりはサキュバスの特性である。そして、その中でその特性を使えるのは一人しかいない。自分が忘れるはずもない人物。

「か、母さん!?」

「え?母さんなのです?」

「あら、こんな所で会うなんてまるで運命かしら」

 リリスは思わず叫んでしまった。すると、その女性は優しい笑みを見せながら、リリスの方へ振り返るとそのまま向かって来る。ベルはそんな二人を思わず見比べていた。全然似ていないと。そして、その女性はリリスを優しく抱きしめ始めた。それから、ゆっくりと頭を撫で始める。

「良かったわ、無事のようで」

「当たり前でしょ。私はまだ生きなければならない理由があるのだから。それに母さんならこのくらいわかっていたことじゃない?」

「ふふっ、そうね。でも、この喜びが得られているのは、今こうしているからよ。それだけは変わらないわ。だから、もっとよく感じさせて。よく顔を見せて」

「......仕方ないわね」

 そうは言いつつもリリスもとても嬉しそうに笑みを浮かべている。声と動きが伴っていないくらいに、強く抱きついている。そんなリリスをリリスの母親もまた返すように強く抱きしめている。また、そのような光景をベルは感動したような瞳で見ていた。自分もまた兵長に会えた時の喜びを知っているから、その気持ちがダイレクトに伝わってくるのだ。

 だが、忘れてはいけないことがある。リリスがサキュバスであるといことは、またリリスの母親もサキュバスであるということに。

 リリスの母親は抱きついているリリスへの腹部へとそっと手を突っ込ませるとそこからリリスの短パンへと手を潜り込ませた。そして、リリスの下腹部を撫でるように触っていく。

「ちょ、母さん!?何して.......ん////」

「あら、まだ熱を感じないわね。ということは、まだヤっていないのかしら?まあ、薬を発注するぐらいだから一朝一夕にはいかないと思っていたけど......残念ね」

「や、や、やめなさい!」

「痛たぁ!?」

 リリスは母親の言っている言葉の意味がわかっていた。母親が確かめたのは、サキュバスの下腹部に現れる淫紋というやつだ。それはサキュバスとして一人前になったかどうかを示す証。

 また、それは発現すると微熱を帯びていて、触ればヤったかどうか確かめることが出来るのだ。それで、リリスの母親は確かめたのだが、そんなことを理解していようとも再会して数分もなっていな内に、娘の貞操事情を確認するとはなんたることか。これはチョップされても文句は言えまい。

「母に向かって何するの。ただヤったかどうか確かめただけじゃない」

「それがおかしいのよ!会ってすぐに喪失してるかどうか確かめられた私の気持ちを考えなさいよ!」

「『実はもうないんだけど、恥ずかしくて言えない。だから、ごまかしちゃえ!』って感じかしら」

「私をここまで育ててきておいて、一体私の何を見てきたのよ」

 リリスは思わずそんな能天気な母に呆れたため息を吐く。というか、あれだ。エキドナがなんで苦手意識を持っているのかわかった。母に似ているからだ。これは本当に、出来れば、エキドナと自分の母を会わせたくない。混ぜるな危険ってやつだ。具体的なことは言わなくてもわかるだろう。

「それで、母さんがここにいるってことは、私達になにか用があるからじゃないの?」

「ふふっ、察しが良くなったわね。そうよ、あなた達に大切なことを話すためにこの街で待っていたの。それはあなた達に関することよ」

「「!」」

 そのことにリリスとベルは思わず目を見開いた。それは「神」に関することと言っているようなものだからだ。だが、リリスの母親は予知したようなことを言うだけで、実際に自分達が求めている情報とは限らない―――――――――

「あなた達はこれから過酷な運命に遭うわ。それは必ずと言っていいほどに。沿

「え?......どうしてそこで、神が出てくるのよ......」

「それは知っているからよ。ずっと見守って来たもの」

 リリスは自分の母ながら思わず怯えた。それは圧倒的説得力による恐怖。理屈じゃない。本能が嘘をついていないと告げているのだ。だからこそ、同時に理解できなかった。それはリリスの母親が言っている言葉に対して。

 リリスの母親は明らかにリリス達が知らないことを知っていて、知りえるはずもないことまで知っている。しかも、それが嘘じゃないとなると一体どういうわけなのか。わからない。ただ今の母親からは畏怖しか感じられない。

 すると、リリスの母親は二人に話しかけた。

「安心して、そのことに関してはちゃんと話してあげるから。ただ二人だけに話してもあれだから、少して来てくれる?」

「ええ、わかったわ」

「はいです」

 そして、三人は移動し始めた。リリスの母親は治安の悪い路地へと進んでいき、スラム化している場所までやってきた。当然、女三人ということで周りの男達が飢えて、濁ったような瞳を向けてくるが、リリスの母親の指パッチンで即座に眠りに倒れていく。

 それからやって来たのは、そこにある唯一の酒場。その中に入っていくと血気盛んだった男達の声は即座に静まる。それは先ほどの男達の瞳ではなく、恐怖によって怯えた瞳。そんな男達の様子を見てリリスは思わず怪訝な顔をした。

「それじゃあ、降ろして」

 三人はある小部屋に入るとリリスの母親の声で、近くにいた男が小部屋の傍にあったレバーを降ろす。すると、その小部屋は入り口を閉じて下へと落下していった。そして、その小部屋が開くころには真っ暗な場所に辿り着いた。

 だが、リリスもベルも夜目や嗅覚が優れているので、大体の場所は把握できる。

「主様とエキドナ様の匂いがするです」

「え?そうなの?」

「ふふっ、さあ、会いに行きましょ」

 そして、リリスの母親が近くにある扉を開くとソファに座っているクラウンとそのそばで立っているエキドナの姿を見つけた。
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