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第3章 道化師は嘆く

第66話 矜持

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「お前、随分とめんどくさいネ。これだから、有限の時を生きる者は嫌いネ」

「フォフォフォ、そんなに嫌わんでも良かろう。お主とはもちろん、考えも作りも違う。じゃが、お主の神が作り出した人間と別の世界から召喚された儂とでは価値観はだいぶ違うはずじゃ。じゃから、ちょっと腰を据えて話し合わんかね?」

「お前と話すことなどないネ。それに、時間を稼ごうとしているのがバレバレネ」

「フォフォフォ、さすがにベタ過ぎたかの」

 兵長は恐怖など微塵も見せずに上機嫌に笑った。そんな兵長にラズリは次第にイラ立ちを感じ始めたのか、つま先で何度も地面を叩いている。そして、短剣を構えると兵長を睨みつけるように言った。

「お前を殺して、あいつらも殺す」

「それをさせんために儂がこの場にいるんじゃろ。この意味はわかるよな?」

「バカにするな!」

 兵長はわざとラズリを挑発させるように発言すると兵長の思惑通り、ラズリは反応を示した。正直、これはかけであった。それは、ラズリが挑発に反応してくれること。また、ラズリが怒った状態で攻撃してくること。だからこそ、上手く動いてくれたことに兵長は思わず笑った。

 だが、同時に危険が跳ね上がったこともまた事実。おそらく、一撃でもまともに食らえば、確実に死ぬだろう。ラズリにとってかすり傷であろう攻撃すら、兵長にとっては重傷、最悪の場合は致命傷になりかねない。なので、ここからはまさに命の綱渡り。どれだけ時間を稼げるか綱を歩いていけるかが鍵になる。

 ラズリは予想通り、怠惰とは言い難い超人的な速さで目の前から消えた。だが、兵長はは感覚を研ぎ澄ませ、鋭利なものを向けた時の肌が刺すような感じを頼りに気配を探った。すると、後ろ斜め右方向から人を殺せそうな鋭い殺気が現れた。

 兵長はその方向に壁を作ると一気に剣を横に振るって切り払う。その壁によってラズリは攻撃が止められるが、兵長の攻撃を軟体動物化のようにグニャリと上体を逸らして避けていく。そして、兵長を通り過ぎてから、上手く着地するとすぐさま攻撃に反転した。

「ぬっ!」

「チッ!」

 ラズリはまだ先ほどの攻撃モーションから戻り切れていない兵長が剣を振った方向とは逆の脇腹へと、短剣の先を向けて突貫した。大きく広がったものは、一点において強い攻撃を加えられることに弱い。そのことを利用した攻撃であった。

 だが、ラズリに誤算があるとすれば、それは兵長の使っている魔法が単純な魔法であると思っていること。しかし、兵長が使っているのは覚醒魔力によって発動した特別な魔法。その魔法と通常で使うような魔法では隔絶された違いが出る時がある。それが今であった。

 ラズリはその突貫した勢いで短剣を突き刺しても、兵長の作り出した魔法の壁は壊すことが出来なかった。そのことに思わず悪態をつく。そして、兵長が振るってきた袈裟切りの攻撃を簡単に避けると一旦、兵長のもとから離れた。

「お前の魔法、どうやら普通の魔法とは違うネ。我が主から貰ったこの剣でも貫けないとなるとそう考えるしかないネ。でも、お前らにとって強大な力は必ずなんらかのデメリットが存在するはずネ。少なくともお前には。例えば、その見えない壁の範囲はあまり大きくないとかネ」

「フォフォフォ、さてそれはどうかの」

 兵長は軽く笑って済ますが、内心ではその慧眼に慄いていた。たった三度のやり取りで、例えで言ったとしても正解を導き出されてしまうとは。そして同時に、これからの戦い方について考え始めた。

 ラズリの場合、クラウンとは違い速すぎて目で追うことは出来ない。故に視線で壁を作り出すように見せかけるとというブラフが出来ない。なので、壁の範囲が広くないという正解がバレてしまうと戦況はグッと悪くなる。つまりはより死に近づいたということ。おそらく、いや、普通の人であってもその例えで出した考えから潰して正解を見つけようとする。となれば、これから来る攻撃はまさに死神の鎌というわけだ。

「さて、儂もおちおち出し惜しみはしてられんの......勇戦」

 兵長が剣を構え、その言葉を呟いた瞬間、兵長の肉体から強烈な威圧が放たれた。そして、兵長の体を纏うように黄緑色の魔力が増幅された。これは勇者が持つ固有魔法の一つ。多大な魔力を消費させて、肉体と魔法を強化していく。つまりは、超短期決戦用の魔法だ。勇者の切り札の一つでもある。

 それをここで使ったということは、ここでラズリを殺すという意味の現れであった。だが、兵長はその魔法を使ったからこそわかる。まだ魔法すら使っていないラズリとの絶望的な力の開きを。そこまでくると笑いすら込み上げてくるほどだ。

 だが、たとえ相手がどんなであろうとももう引くことは許されない。死に対する覚悟など慣れきってしまうほどに、幾度も戦いを経験してきた。そして、友を殺めた時の恐怖に比べたらこんな恐怖はそよ風に等しい。

「......

 兵長は勢いよく飛び出した。そして、ラズリに向かって剣を振るっていく。その動きは一太刀に3つの太刀筋が見えるほどの速さであった。だが、ラズリはダルそうに身を軽く揺らす。それだけで、その3つの太刀筋をいとも簡単に避けてみせた。

 そして、兵長へと眠たそうに細い目を向けると右手の短剣を振るった。その攻撃に兵長は思わず壁で防ごうとする。しかし、その切りかかったラズリ自身が透明になるように霞んでいった。

「がはっ!」

 次に現れた時には、兵長は横っ腹を蹴り込まれていた。その一撃でメキメキと嫌な音がする。そして、その蹴りの勢いで吹き飛ばされ、数本の大木をなぎ倒しながらようやく勢いは止まった。

 兵長は立ち上がろうとするが、思わず四つん這いになった。それから、大量に吐血させた。それはそのたった一撃が兵長を瀕死に追いやったという証。痛みのせいか脂汗が噴き出してくる。兵長はその痛みを堪えながらポーチから果実を取り出した。

 そして、その果実を齧る。すると、先ほどの痛みが嘘のように引いていき、傷も癒えていった。これは砂漠の国で突然現れたオアシスから取った果実だ。この果実にはどういうわけか全快する効果がある。あの時にこの果実を回収しとかなければ、確実に次は耐えれなかっただろう。

 だが、これでまだ時間は稼げる。しかし、同時にもう一撃は食らえない。おそらくラズリの攻撃は壁が出来る範囲を調べる故の攻撃であった。そして、その壁の範囲があまり大きくないと完全に見破られたので、次はあの短剣で確実に殺しに来る。

 しかし、例えそうであってもこちらが引く理由にはならない。兵長は立ち上がると剣を構えた。すると、兵長のもとへと向かっていたラズリはまたその姿を消した。

「そう簡単にやられぬわ!」

「!」

 兵長は後ろから殺気を感じるとその方向へと剣を振るった。すると、その剣はラズリを捕らえたのだが、ラズリは煙のように消えていく。しかし、そんなことはわかっていた。だからこそ、あえて壁は張らなかった。

 兵長は背後へと壁を作り出すと剣を逆手へと持ち替えた。それから、自身の脇の隙間へと通すようにその剣を後ろに向かって刺し込んだ。その時、初めて金属がぶつかり合うような音が鳴った。そしてすぐさま、兵長は後方へと蹴りを放つが、それは避けられる。

「お前......うざいネ」

「......!」

 兵長が見据えた先にいたラズリはそう言いながら、肩を震わせていた。その姿にさすがの兵長も顔を歪ませた。それはラズリが放つ異次元とも言える殺気。ラズリの近くにある植物までもが、その殺気に当てられ死んだように枯れていく。

 だが、兵長は右手で剣を強く握り、左手では血が出るほど手を握った。それはこの恐怖に抗うため。これまで戦ってきた戦士をかき集めても到底出せないような禍々しさには、言い表せる言葉すら見つからない。

 だが、それでも......

「儂は仁に『任せてくれ』と言ったのじゃ。あやつには世界を壊す変える力がある。その偉業を果たしてもらうためにも死なれては困る。じゃから、その為に儂はここで命を張ろう。お主がどれほど強くともな」

「うざい、うざい、うざいうざいうざいうざいうざい!......お前らは全員殺すネ。それがおれっちの役割。けど、個人的な気持ちネ」

「フォフォフォ、人形が気持ちを語るか......人を舐めるな!」

 兵長とラズリは同時に動き出した。そして、その剣を交える。だが当然、兵長は圧倒的な膂力の違いから吹き飛ばされる。その兵長に向かって、ラズリは息を大きく吸って一度口を閉じた。そして、忍者の火遁の術かのように口から火炎を噴き出した。

 それに対し兵長は、まず剣を地面に突き立て勢いを殺すとそのまま横に飛んだ。そして、その方向に壁を作り出すと壁を蹴って一回転。火炎から飛び出してきて兵長を狙ったラズリの攻撃を避けた。そして、その通り過ぎていったラズリに向かって<光滅の刃>を放った。

 その斬撃は<勇戦>によって強化され、不死鳥のような姿となってラズリを襲った。だが、ラズリはそれに対して右手で剣を逆手に持って前方へと掲げ、左手を短剣の刀身へと支えるかのように近づけるとそのままその攻撃を迎えた。

「無獄」

「な!」

 ラズリはその短剣を下へと降ろすと攻撃に合わせて一気に上へと振り上げた。すると、その魔法は吸収されていくように消えていき、逆に兵長へと斬撃が放たれる。その斬撃の形は不死鳥のような姿であった。そのことに兵長は思わず驚きの声を漏らした。だが同時に、体はその攻撃を避けるように動いていた。

「逃がさないネ」

「あ"あ"あ"あ"あ"!」

 しかし、兵長が動き始めた頃にはラズリが背後にいた。そして、ラズリによって右脚が切り落とされる。それからすぐにその斬撃が兵長を包み込んだ。兵長は右足が急激に軽くなったことを感じながらも、左足で踏ん張り無理やり<光滅の刃>を放った。

 それによって直撃は避けたが、爆炎と爆風には襲われた。そのため後ろへと大きく吹き飛ばされ、大木へと激突する。もうこの時点で兵長は瀕死の状態であった。だが、まだ意識はある。兵長は左手でポーチから食いかけの果実を取り出そうとするとその腕は飛んできた短剣で切り飛ばされた。

「ぜえぜえ......なんじゃ、死に際の老いぼれに果実も食わせてくれんのかね」

「それを食った時の効果は知ったネ。知っててそんなことさせるわけないネ」

「ぜえぜえ......そうかい、それは残念じゃの」

 兵長はまだ戦う意志を見せるかのように立ち上がろうとする。しかし当然、立つことは出来ない。左腕、右脚ともう兵長の体にはないのだ。地面に無残に転がってるだけ。剣を支えにして立ち膝が精一杯というところか。

 そんな兵長にラズリはもう急ぐこともないかのように歩いて近づいて来る。そして、立ち膝の兵長の目の前に立つと右手を大きく振り上げる。すると、最後の会話とばかりに兵長は話しかけてきた。

「お主は強いの」

「当たり前ネ。我が主に作られた至高の肉体。負ける要素がないネ」

「負ける要素がないか.......それが驕りじゃないといいの」

「どういう意味ネ」

 ラズリはすぐに頭を刎ねるつもりだったが、思わず兵長の言葉に動きを止めた。その言葉の真意がわからなかったからだ。すると、兵長は死に際というにもかかわらず笑みをラズリに見せた。

「言うたであろう......『人を舐めるな』と」

「......っ!」

 その瞬間、ラズリは初めて恐怖した。その笑みはやけになって、心を惑わすために言ったものではないと直感で理解した。だからこそ、思わずその表情を見たくないとばかりに衝動的に兵長の頭を刎ねた。だが、兵長の頭は地面に転がった後でもラズリを見るように止まった。

「はあはあはあ......クソ!クソクソクソクソ!うざいネ!どいつもこいつも!」

 ラズリは怒りを爆発させる様に兵長の体を蹴り飛ばした。そして、その怒りで歪ませた表情のままクラウン達を探し始めた。
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