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第3章 道化師は嘆く

第65話 強襲する絶望

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リリス達が海での一日をひとしきり楽しんだ後、クラウン達は森の中を移動していた。この間は特に何かあったわけでもなく、ただ穏やかな日々を過ごしていた。

「なんかこうも何もないと時折、目的を忘れそうよね......まあ、あくまでも私の意見だけど」

「ふふっ、良いじゃない。最終的に目的を果たせばいいのだから。それまでの過程は案外どうだっていいものよ」

 リリスの何気ない言葉を拾ったのはエキドナであった。エキドナは自分の膝の上で寝かしつけているベルの頭を撫でながら答える。リリスは一応チラッとクラウンの方を見る。クラウンに目立った反応はない。そのことにリリスは思わず安堵の息を吐く。

 それは自分の発言に対して。思わず出してしまった言葉に、一応保険の言葉は付け足してはおいたが、それでも復讐を目的としているクラウンにその言葉は言うべきではなかった。だからこそ、クラウンがその言葉に反応を示さないことに驚きつつも、安心してしまう。

 まあしかし、こんな日々もありだと思うのは自分だけだろうか。そんな気持ちをクラウンも少しでも思ってくれればと思う。そんなことを思うのも自分だけだろうか。いや、それはクラウンを除く全員が思っていることだろう。そのことぐらいは話さなくてもわかる。

「もう少し続けばいいわね......」

 リリスは馬車から眺める景色を見ながらそんなことを呟く。復讐の旅がまさかこんなことになるとは思いもしなかったけど、悪くないと思っている自分がいる以上こんなものだろう。あとどれくらい続くのだろうか。

**********************************************
 ある森の頂上、そこにいるダルそうなした男。その男は森の中を走る馬車を見ながら、グッと大きく伸びをする。

「あー、見つけちゃったネ。てことは、仕事をしなきゃいけないネ。すごくめんどくさいネ」

 その男は猫背になるとその馬車を見つめた。そして、腰から短剣を引き抜くとその短剣を軽く振り回しながら一気に飛び出した。

「はあ、やるネ」

**********************************************
「!......全員、今すぐ馬車を捨てて表に出ろ!」

「「「「「!!!」」」」」

 バッと上体を起こしたクラウンが言った言葉は鬼気迫るものであった。その突然のクラウンの発言に全員が驚くような顔をしながらも、すぐさまその言葉通りに従った。そして、クラウン達が馬車から飛び出した瞬間、その馬車へと何かが突っ込んできて、その馬車はキレイに両断された。

 クラウン達はあまりの光景に目を開かせながらも、警戒心を揺らがせることなく、むしろ先ほどよりも高めた。そして、その両断された馬車から一人の猫背の男が現れた。その男はダルそうに腕をブラブラと揺らしながらクラウン達へと歩いていく。

「あー、避けられちゃったネ。あれで終わると思ったのにな~。余計に動かなきゃならなくなっちゃったネ」

 その男はめんどくさそうにあくびをすると軽く短剣を構えた。その男の顔を見た瞬間、リリスは激昂の表情へと変えた。そして、その怒りのままその男に言う。

「あんたは、あの時の!」

「ん?誰ネ?おれっちはお前のこと知らないネ」

「ええ、そうでしょうね!あんな虫けらを見るような目をしていれば、当然知ることもないでしょうね!」

 リリスの言葉でクラウンは察した。それはリリスが探している男のこと。つまりはリリスの同胞を殺した敵。その男を見つけたからこそ、普段には見せたことのない怒りの表情を浮かべている。

 それからまた、クラウンの方でも思うことがあった。それはその男の服装。その男は黒い法衣をのようなものを着ていて、酷く教皇の姿を連想させた。だかたこそ、答えるかどうかはわからないが、その男に聞いてみた。

「お前は誰だ?」

「おれっち?おれっちはネ、怠惰のラズリ。まあ、短い間お見知りおきネ」

「怠惰?......まさか、お前は!」

「そう、神の使いネ」

 その言葉を聞いた瞬間、クラウンは一気に飛び出した。そして、ラズリの間合いに入ると一気に抜刀......

「がはっ!」

 ......する前に、クラウンの腹部へと脚がめり込んだ。そして、クラウンが向かっていった速さよりもさらに速い勢いで吹き飛ばされる。リリス達は向かったクラウンが一瞬にして、自分達の横を通り過ぎたことに思わず愕然とした表情を浮かべた。それはリリス達の常識ではありえないことだったからだ。

「ぐふぉっ!」

 リリス達は気づくと横からうめき声が聞こえた。そして、その方向を見てみると顎を蹴り上げられた兵長の姿が。そのことにリリス、ベル、エキドナの三人は思考が追いつかなかった。ただ、わかることはいつの間にか兵長の所にラズリがいるということだけ。

 つまりは速すぎるのだが、それすらも認識できないほどに時間が経っていないのだ。そして、ラズリだけが倍速の世界を生きてるかのように、未だ宙に浮いている兵長を無視しながらリリス達を見るとその姿を消した。

「あぶっ!」

 そして、次に目の前に現れたのはリリスの前であった。リリスはラズリの姿を認識したが、咄嗟に構える前にラズリの姿は消えた。同時に、後方から注意を促そうとしたエキドナの声が途切れた。リリスは思わず後方を振り向くと裏拳をしたでであろうラズリの姿と顎を撃ち抜かれたエキドナの姿があった。

 しかも、それまでの時間はあまりにも短い。地面へと落ち始めている兵長が未だ宙に浮いているほどに。そして、また気づけば今度はベルのもとにいた。そのことを認識するとリリスは思わず走り出す。それはもう見たくないから。

 この時の光景は、まさにサキュバス一族が滅亡した時と同じ状況。あの時は無力だった。それはまだ自分が小さかったから。けど、今は違う。今は多くの魔物を倒し、神殿を攻略できるほどに強くなったし、強くした。

 それは二度と同じ状況を繰り返さないため。しかし、現実は無情であった。あの時一族を滅亡させた男が人族ではなく、神の使いであるということも驚きだが、それ以上にあの無慈悲な強さ。まだ数秒といううちに3人もの仲間がやられた。そして.......

「この獣人と犬っころは使えるネ。けど、殺せというのが命令ネ。仕方ないネ」

「けほぉっ!」

「キャウン!」

 ベルにいたラズリのもとへロキが俊足を活かして接近する。だが、ラズリは別段焦る様子もなく、軽口を叩くように反応するとベルを足蹴りにして、ロキに掌底をかました。そして、ベルとロキが吹き飛ばされたのを確認するとラズリは歩いて近づいて来る。

 そのことにリリスは恐怖で顔を歪ませた。それはまるで小さい頃の自分のようだ。また怯えるだけで、逃げるために動くことも出来ない。違いがあるとすれば、今は護ってくれる人がいないというところか。

「嫌......」

 リリスは足を震わせながらゆっくりとだが一歩一歩後ろへと下がっていく。だが、圧倒的に遅い。その間にもゆらゆらと動きながら歩いてくる。そして次の瞬間、リリスの腹部に強烈な痛みが走った。

「がはっ!」

「うーん、意外としぶといネ」

 ラズリはリリスの髪を鷲掴みにする。すると、ラズリが首を傾げながら何かを呟き始めた。

「ん?......お前から色欲の魔力を感じるネ。けど、お前自身じゃない......なるほど、そういうことネ。それじゃあ――――――――――」

「......こ、来ない......で」

「お前を連れてくネ」

「―――――――――俺の女に手を出すんじゃねぇ!」

 ラズリがリリスへと手を伸ばした瞬間、クラウンがリリスの前へと現れて一気に切りかかった。しかし、その攻撃は避けられる。だが、リリスから距離は離せた。

 クラウンはリリスの肩を持つとその刀をラズリへと向けた。そして、宣言する。

「こいつは俺のものだ。誰にもやらねぇ」

 その言葉にリリスは最悪な状況にもかかわらず思わず熱い視線を向けた。だが、クラウンはその視線に気づくことはなかった。いや、気づく余裕もないというのが本当のところだろう。そして、クラウンの表情は酷く苦しそうな顔をしていた。自分と敵との憎悪が入り混じったかのような表情にも見えた。しかしそれ以上に驚きなのは、クラウンは口からべったりと血を流し、普段には見せない荒い呼吸を繰り返していたことだ。

「全員、まだ生きてるな?......逃げるぞ、走れ!」

 クラウンはまだ起き上がれなさそうなベルを糸で引き寄せると後ろに警戒しながら思いっきり走り出した。その行動に続くように兵長、エキドナ、ロキは走り出す。

 正直、クラウン自身でもこの行動は正解だと思った。一度の攻撃でわかった。この場にいる俺達では確実に瞬殺されると。それは死と隣り合わせで生きてきたクラウンの本能が警告するもの。それに嘘などあり得ない。それにその差を見せつけられるように無様にやられた。

「逃げるか......最適解ネ。でも、逃がすわけないネ」

 走り出したクラウン達の姿を眺めながらラズリはそのような言葉を吐くとめんどくさそうにしながらも、動き出した。その一歩はクラウン達とは段違いで、その一歩で数メートルもの距離を詰めた。そして、短剣を構えた。

「さっきは使うほどでもないと思っていたけど、案外お前らしぶといネ。だから、今度は確実に止めるネ」

 「どこが怠惰なんだ」とクラウンは愚痴を思わざるを得ない。だが、そんなことに思考を割く時間はない。今はただ全力で逃げるのみ。しかし、ラズリは簡単にクラウン達を抜き去ると前方でダルそうに立った。

 しかし、たとえ目の前に立ち塞がろうともう止まることは出来ない、否、止まってはいけない。たとえ誰が犠牲になったとしても。すると、ラズリは一瞬にしてクラウンの前へと現れた。その短剣はすでにクラウンの首を捉え始めている。

「リーダーが死ねば、そのパーティはすぐさま瓦解。あっという間ネ」

「じゃから、殿しんがりがいるんじゃろうが!」

 そして、ラズリの短剣がまさにクラウンの首を切ろうとした時、兵長の声とともにラズリの攻撃は止まった。そのことにラズリは思わず目を見開く。それからすぐさまクラウンが蹴りを入れるが、それはラズリに避けられる。

「ふん!」

「なっ!」

 ラズリはクラウンのもとから後ろへ下がった瞬間、体が強制的に前方へと壁のようなもので押された。そして、クラウン達を通り過ぎて、そのまま吹き飛ばさる。そのことにラズリは初めて焦ったような声を出した。

 クラウンはその原因が何かわかっていた。それは兵長の覚醒魔力【見えない守護者インビジブルガーディアン】の効果。だが、兵長は自分のもとから離れていた。なのにその魔法が使えていた。つまりは、あのジジイはどうやら使えることを隠していたようだ。「腹が立つジジイめ」とクラウンは思わざるを得ない。だが、それに助けられたのは事実だ。

 クラウンは思わず止まると兵長の方へ振り返った。兵長は言葉の意味を体現するかのようにクラウン達の後ろへと立っていた。そのことに兵長は不安げもなく笑った。

「フォフォフォ、なんじゃ?心配で足が止まってしまったのか?心配なら要らんぞ」

「勝てると思ってるのか?」

 クラウンはらしくないことを言った。だが、そのことに誰も反応することはない。それはこの場にいる誰もがその言葉の意味を正確に理解していたから。つまりはまともに殺り合えば、死ぬのはこっちだということ。しかし、兵長はその言葉を理解していながらも告げる。

「安心せい、時間を稼ぐだけじゃ。まあ、あわよくば殺してしまうかもな」

「......」

「任せてくれんかの?よ」

「......任せた

 兵長は状況にも似合わず朗らかな笑みを見せた。そのことにクラウンは後ろを振り返ると一言だけ告げ、走り出した。クラウンにリリス、エキドナ、ロキは苦しそうな顔をしながらついて行く。

 そんなクラウン達を眺めると兵長はラズリに告げた。

「さて、そろそろ始めるかの」
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