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第3章 道化師は嘆く

第53話 食えない奴

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「ふふふふふっ」

「......なぜここにいる?」

「たまたま同じ宿だったらしいのよ。で、あなたがここに入るのを見かけて、夜這いしてみたらどんな反応をするかと思ってね」

「ぶちのめすぞ」

 時は深夜を回った頃、クラウンがロキと自室でくつろいでいると一人の女性がやって来た。それはエキドナであった。しかも、訳の分からない理由で。加えて、エキドナはクラウン達が帰った後にも酒を飲んでいただろうにもかかわらず、随分とケロッとしている。これが竜人族なのか。

 すると、エキドナは舐めるようにベットで横になっているクラウンを視姦した。その視線にクラウンはまたもや寒気を感じた。こいつのどこに竜人族という要素があるというのか。サキュバスだと言った方がよほどしっくりくる。

「ロキ、なぜ入れた?」

「ウォ―ン」

「なにが『面白そうだった』からだ。お前の好物の肉食うぞ」

「凄いわね。魔物と話せるなんて。あ、もしかしてこっちのプレイの方がいいのかしら?男の人って獣のようにバックからする方が好きだっていう人多いらしいし」

「黙れ、淫魔竜が。流れをそっちに持っていくんじゃねぇ」

「それにしても、あなたは寝る時も仮面を付けてるのね」

「お前が来たからに決まっているだろ......はあ......」

 クラウンはため息を吐いて起き上がる。このままエキドナのターンにしていれば、また知らぬ間に淫語を覚えさせられるような気がする。エキドナと話している時はまるで官能小説を読んでいるような気分になる。

「で、本当はなんだ?」

「そうね、そろそろ要件を伝えなくてわね。今日の正午、砂漠の中央にて私と戦ってもらうわ」

「それが二つ目の勝負か。随分と俺向きな内容だな」

「そうなの?でも、あまり竜人族を舐めない方が良いわよ?」

 その瞬間、この場はエキドナの威圧感で満たされた。その威圧はもはや物理的な干渉をもってこの部屋をギシギシと軋ませた。また、エキドナの目は瞳孔が収縮して、蛇のように少し縦に伸びていた。冒険者であっても、失神しかねるレベルの威圧を放ちながら、エキドナが言葉を続ける。

「あなたがあの竜殺しを飲んでも平然としている時点で、私はあなたをただの人族とは思ってないわ。なんせあれは人族が飲めば、アルコール度数が高すぎて死んでしまうもの」

「そんなものを飲ませたのか」

「ふふっ、それだけあなたを直感で危険視したのよ。でも、あれでの飲み比べでさすがに負けるとは思わなかったわ。それに、竜人族の威圧を目の当たりにしてその余裕......あなたは一体何者?」

「知っているだろう?俺はだ」

「!」

 クラウンがそう言い放った瞬間、エキドナは身をこわばらせた。それはまるで無抵抗のままナイフを首に突きつけられている感じ。そのことに冷汗すら感じる。しかし、このおかげで同時に確信できた。この男ならおそらくきっと......

 もう自分の中ではいろいろと決まったことがあるのだが、それを確かめるためにもやはり戦う事は必要そうだ。そして、その時は半端な覚悟では戦えない。

 エキドナは「そうだったわね」と答えると椅子から立ち上がった。そして、扉の方へと歩いていく。同時に一言だけ言って。

「あなたははやり『道化師』なんかじゃないわ。それだけの覚悟を宿した瞳、道化なんて言葉では表しようもない。やはり、あなたは『王』よ」

 エキドナが部屋を出ていくとクラウンはベットに寝そべった。そして、先ほどの瞳を思い出していた。あの目は自分と同じ目であった。それはつまり、あの女も復讐を目的をしているということ。それは確かだ。

 そう思うと増々欲しくなってくる。竜人族、それは竜へと変身する固有魔法を持った種族。それ即ち、空を高速で飛べるということ。他にも理由はあるが、それがメリットとしては一番大きい。ただ......

「また、変態に目を瞑らないといけないのか......」

 クラウンはそのことに頭を抱えた。そして、ロキはそんなクラウンを見て、喜ばしく尻尾を振っていた。

**********************************************
「それでは、準備はいいかしら?」

「ああ、構わん」

 太陽が天へと上り、灼熱の日差しと空気が辺りを包む中、砂漠の上に二人の男女が対峙していた。その二人はもちろん、クラウンとエキドナ。そして、その周囲には馬車の中でリリスの作り出した冷気に包まれながら、二人の様子を見守っているリリス達の姿があった。

「それにしても、久しぶりね。体を動かすのって。ベットの上でしかなかったと思うわ」

「お前のそんなカミングアウトはどうでもいい。俺はそのねじ曲がった性根をさらに捻じ曲げて、俺の忠実な駒にする」

「ふふっ、つまりは私を求めるってことね。この体、そんなに魅力的だったかしら」

「......かかってこい」

「ふふふっ、竜人族に先手をあげるなんて......男らしいじゃない!」

 クラウンはもう答えるのが面倒になったのか手をこまねいて挑発した。その挑発は竜人族にとって侮辱に当たる。それを知ってか知らずかわからないが、この行動によって戦闘が始まった。

 エキドナは砂漠の上という走りづらい場所であるにも関わらず、常人以上の速さで突貫していた。そして、クラウンの目の前に現れると腹部に強靭な腕力をフルに生かして拳を叩きつけた。

「!」

「さすが竜人族というべきの力だな。だが、こんなもんではないんだろ?」

「ごふぉっ!」

 エキドナはクラウンに瀕死するぐらいの拳を叩きつけた。だが、その攻撃を受けてケロッとしているクラウンを見て思わず驚く。その一瞬の隙をクラウンに突かれた。

 クラウンは右足を思いっきり振り上げてエキドナの体を持ち上げた。そして、死に体のエキドナの頭に掌底を叩きこんだ。その勢いで吹き飛ばされ、熱せられた鉄板のような砂漠に引きずられていく。

 しかし、すぐに体勢を立て直すとその場の砂に向かって拳を叩きつけた。

「目くらましか」

 その瞬間、周囲を覆い隠すような砂塵が舞った。そのせいでエキドナの姿は見えない。しかし、別に見えなくても気配は感じることが出来る。すると、クラウンは首を右に傾けた。するとその位置に拳が飛び出してくる。それはエキドナのものだ。

「かはっ!」

 クラウンはその手首を掴むと一気に引き寄せ砂地に叩きつけた。そして、そのまま持ち上げると前方に投げ飛ばす。

「!」

 エキドナが砂塵から姿を消した数秒後に周囲にさらに砂塵が吹き荒れた。それは数にして4つ。これは自然ではまず現れることはない。ということは、エキドナが作り出したものであろう。そして、ここまでの砂塵は風で体が持っていかれそうになり実に動きづらい。

 「さすがにうざったいな」と思って、もはや砂塵の結界と化しているこの空間を破壊しようとした時、横から巨大な白い拳が飛び出してきた。クラウンは咄嗟に両腕でガードするが、その衝撃は凄まじく、あの森で戦ったゴリラの魔物と同等かそれ以上で勢いよく吹き飛ばされる。

 クラウンは空中で体勢を立て直すと<天翔>で立った。すると、後方から白く太い尻尾が横なぎに迫ってきた。それを真上に飛んで避けるとクラウンのいる位置に向かって眩い極光が放たれた。

「うぜぇ!」

 クラウンはそれをギリギリで躱すと周囲に向かって<斬翔>を飛ばして砂塵を蹴散らした。すると、クラウンの眼下には雪のように白く、凛々しく、勇ましい竜がいた。

「それがお前の本当の姿か」

「ふふふっ、そうよ。まあ、あくまでこれは竜人族に伝わる固有魔法だけどね。でも、ここからが私の本来の固有魔法......覚醒魔力【竜闘変化トランスバトル(地)】」

 エキドナがそう言うとブラキオサウルスのような首の長い形から良く知る西洋の竜の形へと変化した。そして、巨大な翼をはためかせると空中に飛び出して、クラウンに向かって行った。そして、今度は極光を細かく刻んで何発も放ってきた。

 しかし、軌道さえわかってしまえば、クラウンにその攻撃が当たることはない。クラウンは一気に飛び出して、その極光の間を縫いながら間合いを詰めていく。

「空中に立っていられる人族なんて歴史上にいたかしら?.......モードチェンジ(闘)」

「!.......くっ!」

 すると、エキドナは今度はまるで人型のような形の竜に変化した。そして、その拳を素早く振りかぶると思いっきり殴りかかった。クラウンはそれを受け止めにかかった。

 拳が当たった瞬間、伸ばしていた両腕には激しい痛みが走った。おそらく腕の骨が粉砕した音であろう。しかし、それは<超回復>で元に戻す。だが、それを再び破壊するように拳の勢いは止まらなかった。

 クラウンは下半身に力を入れて思いっきり踏ん張る。同時に腕の骨の破壊と再生を繰り返しながら。それからやがて、その拳を完全に受け止めた。これにはエキドナも思わず声が漏れる。

「......嘘」

「これは良いデモンストレーションになるな。いかにして相手を破壊させずに心の底から屈服させるということのな」

「がはっ!」

 クラウンは竜の腕の上を走っていくと瞬時に顔面へと近づいた。そして、<極震>を使ってぶん殴った。それの衝撃波によってエキドナの脳は直接揺らされ、バランスが取れず落下していく。そこへとクラウンは容赦なく追撃した。

「ぐふぉっ!」

 エキドナの尻尾を掴むと宙に持ち上げ、その腹部に思いっきり跳び蹴りした。その蹴りは深々と刺さり、エキドナは思わずうめき声を漏らす。

 クラウンはエキドナの背後に回ると地面に叩きつけるように背中をぶん殴った。その勢いでエキドナは砂地に顔から突っ込んだ。それによって、周囲には砂塵が吹き荒れる。

「どうだ?弱小種族の人族に屈服させられる気持ちは?」

 クラウンは空中からゆっくりとエキドナの頭へと降りた。そして、その眉間を踏んず蹴るようにしながら言葉を吐く。すると、エキドナはイラ立ちもせず、笑った。

「ふふっ、新鮮って気持ちかしら。けど、それ以上に私はあなた......いえ、が気に入ったわ。それこそ本能的に求めるぐらいにね」

「......どういう意味だ?」

 クラウンは思わずその言葉の真意を聞き返した。何か不穏な呼び名をつけられたことは後にして。すると、エキドナは竜化姿からもとの姿に戻って立ち上がるとゆっくりとクラウンに近づく。

「竜人族というのはね、獣人族のさらに意識が高い版って言ったところなのよ」

「それはつまり、お前の種族も力で信用するということか?」

「それだけじゃないわ。自由、誇り、地位、居場所全てね。でもまあ、これらは随分と昔の考え方ではあるけれど、その遺伝子は今でも受け継がれているのよ。つまりね、言いたいことは―――――――――」

 エキドナはクラウンの右手を掴むと自身の左胸に押し当てた。そして、耳元で囁く。

「強き者が全てを得るということよ。昨日言ったでしょ?情報も、お金も、私自身も好きにできるって。旦那様が私を駒として望むなら、負けた私には拒否権はないわ。そもそも生まれないしね。なんせ竜人族の女性は自分より強い人と子を成したいと思うもの」

「......お前の目的はなんだ?」

「!」

 クラウンの言葉を聞いた瞬間、エキドナは思わずクラウンから退いた。それはクラウンがこちらの考えを見透かしたように言ったからだ。

「ごめんなさい。それはまだ話せないわ、お互いにね」

 エキドナは申し訳なさそうに言った。だが、その瞳にはどこか決意を宿したような炎が揺らめいていた。

「チッ、食えねぇ奴だ」

 クラウンは捨て台詞のように愚痴を吐いた。
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