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第3章 道化師は嘆く

第52話 変態はお呼びでない

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 クラウンは一旦、マスターオススメのお酒を頼んだ。すると、マスターは何かを察したようで「お代は結構。サービスだ」とカクテルのようなものを出してきた。それを受け取って飲んでみると甘みの中に僅かな酸味を感じたが、それが逆に良いアクセントになっていて中々に美味しい。

 クラウンはその酒をあえて時間をかけて飲んだ。なんせその間にもドワーフの飲み比べが行われているからだ。あのタイプの酒豪は一種のプライドを持っている。それは相手がどんなであれフェアな飲み比べをすること。

 つまりは先にどれほど飲んでいて、挑戦者に飲み比べで負けたとしてもそれを言い訳にはしないということだ。なら、酔いつぶれる寸前を狙って挑みに行けば、楽に情報が手に入るということだ。それを狙って待っているのだが......一向に酔いつぶれる気配がしない。むしろ挑戦者が酔いつぶれている。

 クラウンはカクテルをグイッと飲み干した。それはもう時間切れ。挑戦者が全員ぶっ倒れたということ。あの女の胃袋のどこにそれほどの酒が入っていくのか。匂いからもわかるが、アルコール度数はかなり高いだろう。それに見たところそれをストレートで飲んでやがる。

 クラウンは席を立つとその女性のもとへ近づいていく。そして、向かい合うように席に座った。

「ふふふっ、さっきは素っ気ないような態度を取っていたのに、やっぱり私が気になっていたのね。もしかして、こういう大人っぽい雰囲気が好みなのかしら?それともこっち?」

 その女性はそう言うと胸の衣服を少しはだけさせた。まるで誘っているかのようにも見えなくない。この妖しい笑みを浮かべる女性からして酒で酔っていのか、それともわざとやっているのかわからない。しかし、変態耐性が付いたのかこの程度では微動だにしない。

「俺が欲しいのはお前の持っている情報だ。だからこうして挑みに来た。さっさと始めるぞ」

「ふふふっ、せっかちね。でも、それなら二回とも私に勝てば、好きなだけあげちゃうわよ。情報だって、お金だって、この体だって♡」

「情報だけで十分だ。......クソ、めんどくせぇ」

 クラウンは思わず愚痴がこぼれた。どうして自分が出会った女は総じて変態なのか。まあいい、こいつに至っては情報をもらえさえすればいいのだから。

 すると、その女性は椅子の横に置いていたバックから一本の瓶を取り出した。そして、そのラベルには「鬼殺し」ならぬ「竜殺し」という名前がついている。

「これはね、私の国で作られる数少ないお酒なのよ。それをあなたのために特別に開けてあげるわ。竜人族でも酔い潰すこのお酒。あなたに耐えられるかしら?」

「愚問だな、当たり前だろう。......で、始める前に先に確認しておきたい。お前は竜人族なのか?」

「ええそうよ。身も心も誇り高き竜人族。アンダーはダメだけど、トップぐらいなら特別に触らせてあげるわよ?」

「必要ない。早く始めるぞ」

 クラウンはそう言うと一回天井を仰いだ。その時のクラウンの顔はリリス、ベルの時よりも明らかに疲れた顔をしていた。......というか、どこからそんなに淫語が出て来るのか。竜人族の誇りとやらが実に気になるところだ。だが、竜人族は実に欲しい。問題は変態というところか。

 そして、コップにお酒が注がれると互いにそのコップを持って、宙にあげる。

「ふふふっ、それじゃあ、1杯目。乾杯」

 二人はコップを突き合わせると一気に飲み干した。だが、二人はシラフのような顔をしている。

「あら、凄いわね。同族でも一杯飲んだだけで酔い潰れる者もいるというのに」

「この程度か。なら、先に潰れるのはお前だな」

「ふふふっ、男らしいのは好きよ。なら、今度は男を見せてくれる?」

**********************************************
「これで150杯目だ」

「ふふふっ、男を見せてくれるわね。そのせいでかなり火照ってきちゃってるわ。ねぇ、この勝負が終わったら個人的にそのリビドーをハッスルさせてみる気はない?」

「寝言は寝て言え。飲むぞ」

「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

「......なにこの状況?」

 リリスは思わず知らぬ間に起こっていたとんでもない光景にその言葉しか出てこなかった。リリス達はクラウンがいないことに気付き、探しているとやたらと騒がしい酒場を見つけたのだが、そこにクラウンがいるとは思わなかった。しかも、大勢のドワーフと人族や獣人族を観客にして見知らぬ女性と飲んでいるなど。

 リリスはそのことに思わずため息を吐いた。まだ自分ともそんな感じにとはいかないが、お酒を飲み交わしてもいないのに。それにこの女性はなんという恰好をしているのか。ここにいる人族と獣人族の目当ては8割方、その女性目当てである。目線がエロいし。女性に対する好感度も気持ち悪いぐらいに湧き上がっている。

 それにこの女性はなにを言っているのか?同じサキュバスでもそのようなことを公衆の面前で言う人は少なかった。見た所この人はサキュバスではない。となるとただの変態になるが......

「ふ、ふふっ、やるわね。私、そろそろきついかも」

「なら、さっさと潰れろ。さすがにもうこの味には飽きた」

「なら、今度は私の味でも確かめ......て.......」

「勝者が決まったぞ!!」

「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

 その女性は言い切る前に机に突っ伏した。そして、そのまま寝息を立て始める。それを見たクラウンは「やっと終わったか」と思わず疲れたため息を吐いた。それはリリス達が来るまでの間にどれほどの淫語がこの場に飛び交ったのか。しかも、ただの言葉であるにも関わらず、体を前のめりにする男達が多数。

「この人は誰です?」

「こいつは竜人族の情報屋で名を【エキドナ】というらしい」

「また悪魔っぽい名前ね。それで勝負に勝てば情報をもらえると?」

「そうだ」

「加えて、私自身もね」

「きゃっ!」

「もう起きたのか......」

 クラウンは思わず頭を抱えた。この淫語製造機がこんなにも早く起きてしまったことに。まあ確かに、酔い潰れると言っていただけで、どれほどで起きるかは言っていない。もしかすると、この女がただ単に早すぎるだけなのかもしれないが。

「これまた美人さんじゃの」

「ふふっ、ありがとう。おじ様」

「無駄のない筋肉をしてるです......」

「ふふふっ、分かるかしら。こう見えてもいつでも殿方に見せれるように引き締めているのよ。それとは別にここの触り心地なんて最高よ?」

「ふ、フワフワです......」

「ベルになんてことしてるのよ!?」

 エキドナが自身の胸にベルの手を押し当てるようにして触らせた。するとその感触になぜか感動したように声を上げるベル。それを見かねたリリスがすぐさまベルを引き離しにかかる。そんな一人の女性によって引き起こされたカオスな空間。

 クラウンは他人のように目を背け、周りの男達は股間を両手で押さえている。

「ふふっ、良い反応ね。ぜひとも食べたくなっちゃうわ。この後、時間あるかしら?そこのクラウンちゃんと一緒にハッスルしない?」

「え?クラウンが?......って違う、それはあり得ないわ。というか、急に何言ってんのそんなことできるわけないじゃない!」

「大丈夫よ、私はバイだから。どっちも美味しくいただけちゃう。いや、彼にはいただかれちゃうのかしら」

「そういう心配をしてるんじゃないわよ。あんた、本当に竜人族なの!?竜人族の誇りはそんなんじゃないはずよね!?」

「ええ、違うわよ。これはどちらかというと私の|性|《さが》というものね。でも、竜人族のしきたりとしては彼にはリーチがかかっているけど」

 そう言うとエキドナはクラウンを見ながら舌なめずりをした。その瞬間、クラウンには言い表しようもない寒気が走った。この女は危険だ。直感がそう告げている。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。

「それじゃあ、早く次の勝負へと移るぞ」

「ふふっ、そんなに焦らないの。やるなら明日よ。......あ、もしかして夜の方が都合が良い話の方だったかしら。なら、いいわよ。私のこのほとばしる熱いパトスを解放して♡」

「......」

「クラウン、そんな目で私を見ないで。私にも対処しきれないのよ」

「その中に私も混ざっていいです?」

「あら、意外ね。もしかして、見た目よりも成人しているのかしら。なら、構わないわよ。一緒に暑い夜を体験しましょ」

「こらやめなさい、ベル!その世界は深淵を覗くことになるわよ!」

「エキドナ、俺の意思は全無視か」

 クラウンはもう休みたかった。これで次に進んでくれれば、さっさと済ませることも出来たが、相手がこうなっている以上は何をやっても無駄だろう。というか、このままでは本気で自分が食われかねん。あの目は森にいた魔物と同じ目だ。相手が相手であるが故に手出しは出来ない。なら、早急にこの場から離れなければ。

「はあ......お前ら、今日は上がるぞ。宿は取ってあるんだろうな?」

「もちろんよ。あんたが単独行動をするのはわかっていたしね。だからベル、行くわよ」

「主様がそういうなら仕方ないです」

 クラウンが席を立ちあがり、歩き始めるとその後にリリス達が続いた。すると、エキドナはクラウン達を見ながら声をかけた。

「そういえば、一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」

「なんだ?」

「『クラウン』ってどっちの意味かしら?」

「どっちって......『道化師』って意味しかないんじゃないの?本人もそう言ってるし」

 リリスはその質問に疑問に思いながらも率直に答えた。すると、その回答を聞いたエキドナは納得するように頷きながらも、わずかばかりな疑問について言った。

「そうなのね。私はてっきり『王』という意味かと思ったわ」

「『王』?そんな意味あったかしら?」

「正確には別の言葉の意味で『王冠』という意味なのだけど、王冠というのは王がつけるものでしょ?だから、『王』なのかしらと思っていたのだけど」

「王か......」

 クラウンはその言葉を静かに頭の中で反芻させた。そして、その響きが気に入ったのか口元をニヤつかせた。

「良い言葉を聞いた。感謝する」

「ふふふっ、それは嬉しいわ。なら、今晩の相手は――――――――――」

「却下だ。そこら辺の男とでも盛ってろ、変態竜が」

 そう言うとクラウン達は出ていった。そんなクラウンを妖しい瞳で見つめながらエキドナは笑う。

「それじゃあ、二回戦目始めるわよー!勝ったら、この体を好きにしてもいいわよ!」

「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

 男達は数時間後に全員、床に倒れ伏していた。
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