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間章 勇者の苦悩

第46話 一時休止

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響は気分転換に城下町を歩いていた。だが、まだコロシアムが終わったわけではない。今は予選と本戦の間の準備期間で明日からは、またあのどうしようもない苦しみを味わうことなる。もちろん、慣れてしまえば良い話なのだが、それが出来ないから困っている。まあ、気分転換と言っても目に付くは奴隷ばかりなので結局気分は晴れず、形だけの気分転換と化している。

 「覚悟を決める」とか考えてはいるが、考え過ぎてもはや覚悟の定義とかすらわからなかくなっている。なにを持って覚悟というのか。覚悟を決めるとしてそれはどのくらいまでなのか。そもそも覚悟とはなんなのかとか。

 だが、覚悟がハッキリとして、わかる者もいた。それは仁だ。仁は神を殺すという、この世界を破壊するという覚悟を明確に持っていた。それは理屈ではないなにかが、自分を納得させていた。

 自分の定まらない気持ちが嫌いだ。ゆらゆらと揺れてどっちにも転びそうなほどもろい信念。もと世界では「悪いことはダメだ」と言っても、それをちゃんと止めるのは自分ではなかった。自分はあくまで言っただけ、それでも優しいなどと思われていた。

 別にその言葉を求めていたわけではないし、人間として酷いことをしているから止めたかっただけだ。しかし、この世界において言葉はほとんど説得力など持たない。止めるならば、武力しかない。結局、力がものを言う世界なのだ、ここは。

 しかし、その愚痴を言う資格は自分にはない。自分の本当の立場は武力の象徴といっても過言ではないのだから。自分は勇者で人類最強の人物。正直、未だこの言葉にはちゃんとした実感じゃ湧かないが、予選の戦いでそれでも大きな差があることはわかった。

「はあ......」

「どうしたんだ、響?」

「誰だ!?」

 響は自分の不甲斐なさにため息を吐くと後ろから聞き覚えのある声を聞いた。その声はこの場にいるはずのない弥人の声。だが、この声は間違えるはずがない。響はとっさに振り向くとメキシコの民族衣装「チャロ」のような帽子を被り、服を着た男が、サングラスのような眼鏡をつけて気さくに話しかけてくる。それに対し、響は思わず距離を取った。

「おいおい、ほんとに俺だって」

「嘘つくな、弥人はこんなおしゃれな恰好はしな.......い」

「ナチュラルにディスっていること、気づいてるか?まあ、確かにこんな格好はしないけどよ」

 その男は慌てて眼鏡を外すとその男は本当に弥人であった。弥人は地味に傷つく言葉を吐く響にどうしようもないため息を吐くが、すぐに気を取り直すと響に紙袋を渡しながら言う。

「これ食ってみろよ。上手いぞ。......あ、それから倉科と橘も来てるぞ。あと、その辛気臭い顔をどうにかしろ。話なら聞くぞ?」

「......悪いな。俺もスティナばっかり愚痴を聞いてもらうのは悪いと思ってたんだ。だから、我慢しようと思っていたけど、やっぱ無理そうだ」

「そんなもんは我慢するもんじゃねぇんだよ。だったら、最初はとことん遊んで発散するしかねぇな」

 そう言って弥人は半強制的に響を連れ回した。主にはこの国でしか買えない食い物をとことん食べ歩きしたり、この国に武器を見たりと。そして、人通りの少ない場所のベンチへと座ると弥人は帽子を取った。

「あー、美味かったなー。こんな外で食ったのは久しぶりだ」

「確かにな......それはそうと、ずっと聞きたかったんだが、なんでそんな恰好なんだ?」

 響はずっと聞きたかったことをついに聞いた。まるでどこかの借金取りにも見えなくないその恰好は、どこかの誰かからバレないように変装しているものとも感じる。すると弥人はバツが悪そうに頬を掻きながら答えた。

「それがな、奴隷を殴っている奴を見てついカッとなって殴って、その隙に奴隷を解放しちまったんだ。それがこの国で犯罪だと気づいたのはその後で。まあ、後悔はしてねぇけどな」

「そうだったのか。それでそんな恰好を......でも、俺も凄いと思う。俺はスティナがいたのもあったが、いなくてもそこまで感情的には動けなかったと思う」

「おいおい、これは褒めるべきじゃないだろ?だが、そうだな......俺もお前はもう少し感情的でもいいと思う。優しすぎるとは言わないが、人の気持ちを考え過ぎて動けなくなっている感じなんだよな。まあ、全く動けないという訳でもなんだが」

「弥人にもそう思われていたんだな......」

 響は思わず前傾姿勢になり、顔を俯かせた。自分は思っている以上に隠せていないようだ。だとするならば、これまでの修行の時の焦りのような感情も他のクラスメイト仲間達にも筒抜けだったのだろうか。そうであったなら、余計な不安を与えてしまっていたのかもしれない。

 すると弥人がそんな響の暗い感情を払拭させる様に背中を強めに叩いた。

「だから、辛気臭い顔すんなって言っただろう?お前の存在は、俺達にとって支えであるんだ。むしろお前が一人でしょい込もうとするから、周りが暗い感情を浮かべるんだ。もう少し俺達を頼れ。もとの世界からずっと一緒だったじゃねぇか。全員、頼れないほどやわじゃない」

「......そうだな」

「それからな、お前はもう少し自分に正直になれ。前にガルド団長が言ってただろ?『剣は心を映し出す』って。ここ最近のお前はいろいろなことを考えているのか、剣がぶれている。ということは、お前に何か悩みがあってそれを解決できないでいるということだ。だから、言ったはずだ『話なら聞くぞ?』って」

「......なら、頼っていいか?」

「あったり前だ!」

 そして、響はこれまでの自分の苦悩を放し始めた。最初は簡単な概要だけを離すつもりだったが、自分でもこの苦しさを吐き出したかったのかつい長話になっていしまった。何度も何度も同じ言葉を吐き出しながら。それを聞いた弥人は響に静かに答える。

「俺達はな、きっとあの夜から止まっているんだ。全員がな。だが、その止まった時間をお前が必死に動かそうとしているから、俺達はお前を頼れるんだ。勇者であるということも抜きにしてな。だから。自信を持てって。確かにお前が人を切れないのは、この世界から見たらおかしいことなのかもしれない。だが、それがなんだってんだ。言わせたい奴に言わせとけ。俺達には俺達の考えがある。押し付けんなってな」

「......」

「そりゃあ、いずれは覚悟を決めなければいけない時が来るだろう。だがそれは、案外その時に決めても遅くはないかもしれねぇぜ?......俺が思うにお前が覚悟を決められないのは、勢いが足りないからだと思う」

「勢い?」

 響は思わず弥人の方を見て聞き返した。なんせ覚悟が勢いでどうこうなるとは思えないからだ。しかし、弥人は自信たっぷりに言う。

「まあ、簡単に言えば決めなければいけない感じに自分を追い込むんだよ。そして、そんな時に悠長に考える暇はないだろ?だから、勢いなんだよ。......そんで、お前は何に覚悟を持ちたい?お前が最もしたいことはなんだ?それを正直に言ってみろ」

 その言葉を聞いて響は一回深く深呼吸する。そして、強い瞳で答えた。

「僕は魔王を討伐して聖王国の人々を護り、皆でもとの世界へ帰りたい。そのためには仁はいなくてはならない存在だ。だから、僕が最もしたいことは仁を止めたい」

「はは、やっぱそう来なくっちゃな」

 響の言葉を聞くと弥人は快活そうに笑った。そして、しばらくその場でゆったりとした時間を過ごした。

**********************************************
「いやー、ここは人が多くてびっくりするね。それもほとんどが冒険者」

「こら、朱里ちゃん。そんなおのぼりさんみたいな動きは恥ずかしいよ」

「ふふふっ、楽しそうでいいじゃないですか」

 雪姫と朱里に再会したスティナは楽しそうに笑った。たったこれだけでも心が軽く感じる。やはり友の存在は偉大である。すると雪姫がスティナに別の内容について話し始めた。

「そう言えば、他の隣国でも魔王討伐を協力してくれるって。ただ、その代わりもう少し優遇が欲しいとも言ってたから、それについての返事は保留にしてあるけど」

「そうですか、分かりました。なら、こちらで返事は考えておきます。それから、お勤めご苦労様でした」

「これぐらいなら朱里は余裕だよ。それに現在進行形で苦労しているのはスティナの方だよね?」

 そう朱里に言われた瞬間、スティナは思わず目を開かせた。なぜなら、その気持ちは上手く隠せていると思っていたからだ。だが、その自慢のポーカーフェイスが通用しないということは、それだけ疲れた表情をしてしまっているということかもしれない。

 すると、朱里が手をわきわきとしながらスティナの背後へと回った。そしてその瞬間、朱里が目を輝かせてガっとスティナの胸を鷲掴みにした。

「突然何を......ん////」

「ふふふ、そんな顔をしている子には朱里おじさんがセクハラするぞ~」

「朱里ちゃん、もうしちゃってるから!?ここ公衆の面前だよ!抑えて!ステイ!」

 雪姫は人目もくれず揉みしだく朱里に混乱しながらも注意する。最後の方にまるで犬のしつけのような言い方になっているが、これは混乱しているからだ。そして、最終的に混乱した雪姫のチョップによって朱里の突然の奇行は止まった。

 スティナは胸を押さえながら少し荒く呼吸する。その顔は上気しており、雪姫と朱里と同じ年齢でありながらその艶っぽさは隠しきれていない。

「急にはやめてください。変な気分になってしまったじゃないですか。そういう時はまず心の準備が......」

「ほほう?つまりは心の準備があれば、この朱里おじさんに何をされてもいいと?」

「ちょ、二人とも何言ってるの!?こんな所でいうセリフじゃないよ!?は、早くここを離れて!」

 雪姫は朱里とスティナの背中を押して無理やり歩かせるとこの場を離れた。そして、ある程度人が少ない所まで離れると朱里はスティナに話しかける。

「どうかな?朱里のテクは?ちょっと(暗い感じが)スッキリしたんじゃない?」

「はい、おかげさまで。そのせいかまだ私の熱もまだ冷めやらないようすで.....」

「スティナちゃん、戻ってきて!もう話はそっちじゃないよ!」

「ふふふっ、雪姫さんの反応が面白くてついふざけてしまいました」

 スティナのやや色っぽくポージングに雪姫は疲れたようなため息を吐いた。しかし、朱里のおかげで確かに先ほどよりも笑顔が明るい。そのことが自分のことのように嬉しかった。だからこそ、言わなければならない。

「スティナちゃん。苦しいことはちゃんと吐き出してもいいんだよ?私はもうスティナちゃんに助けられっぱなしなんだから、今度は私の番。どんなことでも頼って」

「!......ありがとうございます。では、先ほど朱里さんがやったことを雪姫さんにやってもいいですか?

「それはダメ」

「ケチ......」

 スティナはそうは言いながらも嬉しそうに笑った。
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