上 下
259 / 303
間章 勇者の苦悩

第45話 響のバトルロイヤル#2

しおりを挟む
「それでは簡単にルール説明をします。今からこの場にいる30名で戦ってもらい、この中で本戦に進める方は5名となります。そして、その五名の方はさらに他のグループの本戦出場した15名とトーナメントをしてもらうことになるのですが......まあ、その詳しい説明はあとにするとして.......」

 このコロシアムのスタッフらしき男は一回咳払いをするとさらに説明を続ける。

「それでこの予選では半径15メートルの円形フィールドの範囲で場外に落とされるか相手を意識を落とされ、フィールド内に倒れるかで失格となります。なので、膝立ちでもしていればまだ戦う意志があるとみなしセーフと捉えます」

「武器はなんでもありか?」

「基本的にはなんでもありです。ですが、この試合は神聖であるための毒の使用は原則なしとさせていただきます。それ以外は、実力とみなし全くのことがない限り一度始めた試合を止めることはございません」

「くくくっ、つまりは死ななきゃ毒の使用も、痺れ薬の使用も、幻惑剤の使用もなんでもありってことか。これは神聖とは言い難い実に狂った試合じゃないか。だが、面白い」

 フードを被った男は手に持ったナイフを舌なめずりさせながら、実に愉快に笑う。その神経が響にはわからなかった。するとガタイの良い男がこのルールの上で一番と言ってもいい質問をした。

「なあ、風の噂で聞いたんだが......この試合では人を殺すこともありだと聞いたんだが、それは本当か?」

「本当です。相手と戦いやむを得ず切って殺した場合、それは帝国憲法の第131条グランシェリエッサにおける戦闘事項によって無罪と規定されています。意図的に動けない相手を殺しに行くのはどうかと思いますが......」

「まさか本当だったとはな......それも憲法で決められていることとは」

「ひっ!」

 そのスタッフが「殺しはあり」と言った瞬間、この場に猛烈な殺気が渦巻いた。一人一人が視線だけで人を殺せそうな目をしながら笑っている。その殺気に当てられたスタッフは顔を青ざめさせ、響はその雰囲気に圧倒され自分の想像との違いに苦悶の表情を浮かべた。

 そして、時間は経ち、響はフィールドへと立った。すると司会者は声高らかに試合開始の声を聞かせる。

「それでは予選4組目、これが予選最後の試合となります!この中で注目すべき選手は――――――――――」

 そう言ってこれまで何度も出場して来た戦士やどこかの地で名声を高めた戦士、中には過去に極悪を働いた戦士まで様々な人を紹介していった。だが、その声を聞く余裕は響にはなかった。この場に立つと緊張とは違った圧迫感がある。

 それはこのフィールドで3度試合があったせいか染みついた血の跡と匂い。しかも、その匂いはもちろん新鮮そのもので魚の生臭さよりも何倍も濃い血の匂いがする。それは酷く嫌悪感と吐き気を催させた。そのせいか始める前から手に汗をかき、やや痺れを感じる。口内も乾いており、喉はあまり乾いてないが水分が欲しい。

「それでは予選最後、4組目の試合開始!」

「!」

 響が別のことに意識を捉われていると紹介が終わっていたのか司会者が銅鑼ドラを思いっきり鳴らした。すると響はその音で我に返り、目の前から襲ってくる戦士達に気が付いた。おそらく開始してすぐに動かなかったからカモだと思われたのだろう。だが、響は持ち前のチート反射神経ですぐさま腰の剣を抜く。

「がはっ!」

「げほぉ!」

 そして、目の前の戦士の攻撃を剣で受け流すとその空いた隙間へと潜り込み、その後ろにいる戦士に剣を振り上げた。それから、その攻撃で相手の剣を弾き飛ばすと腹部を蹴って場外へと吹き飛ばす。また、自分の背後にいる先ほどの戦士の襟を掴むと、地面に背中から地面へと叩きつけた。そして、顎を殴って意識を飛ばすと場外へと投げる。

 その素早い動きは他の戦士達に衝撃を与えた。響はこの中で最も細身の戦士だ。なので、「どうしてこんなひょろっこい奴が参加しているんだ?」とか「こいつはカモだな}と思っている者も少なくなく、いや、ほとんどの実力者以外がそう思っていた。だから、その戦士二人に引き続き攻撃を仕掛けようとしていた戦士はブレーキをかけて近づくのを止めた。

 響はチラッと観客席を見る。すると先ほどいた位置に未だスティナが座っていた。それから無事を祈るように両手を合わせている。それを見て響は左手で頬を叩く。そして、一つ息を吐くと剣を軽く構えた。

「すぐに終わらせる。時間はかけない」

 先ほどの二人の戦士の攻撃、ガルドとの戦闘のおかげか勇者の能力としてのおかげか、どちらにせよ非常に遅く感じた。それは、それほど自分と相手との能力に開きがあるということ。......正直、自分はまだ覚悟が定まらない甘ったれた思考をしている。だから、自分が全てを相手どれば、人は死なないと思っている。けど、それでいい。少なくともスティナはその死を見たがってはいない。

 響は勇者の力を活かして一気に戦士達が争っている所へと入っていった。そして、そこで冷静に相手との距離を測る。

 戦士達は瞬きをした瞬間、先ほどまで遠くにいた少年がこんな近くにいることに驚き、思わず固まった。そして、一人の戦士がその隙を狙われ、響に腹部を蹴られ場外へと吹き飛ばされる。

 響はすぐに体勢を立て直すとその戦士の近くにいた戦士の手を剣の柄で叩いた。それから、剣が離れたのを確認すると掌底で横っ腹を殴り飛ばす。

「人は死なせない」

 ガルドとの修行のおかげか、人との戦いに抵抗を持っていたとしても問題なく動くことが出来た。だからこそ、吐いた言葉により一層力が入る。すると響を危険視したのか先ほどまで戦っていた戦士が徒党を組み、響を狙い始めた。

 そして、響に一人の戦士が剣を振るう。それを半身で避けるとその振り下ろした手を掴んで、重心が傾いている方向にその腕を引っ張った。それから足払いをして、転ばせる。するとすぐに剣を両手に持ち横に傾けた。そこに三人の剣がのしかかるが、響の剣は男三人の力を以てしてもビクともしない。

「かはっ!」

「げふぉ!」

「あがっ!」

 そして、その三本の剣を全て弾いて連続で一発ずつ腹部に入れていく。するとその時、その戦士達の隙間から他の戦士達が、その戦士達を貫通させて自分を攻撃しようとしているのが見えた。なので、すぐに目の前の戦士達の横に移動すると剣を横に突き出した。

「「「!!!」」」

 その戦士達はいつの間にか響が近くにいることにも驚いたが、響の突き出した剣一本で三人の突きが止められたことにも驚いた。そのせいで一瞬だけ硬直してしまった。それがいけなかった。

 響はその三人の戦士をまとめてタックルで吹き飛ばした。そして、すぐにその場にしゃがむ。すると先ほど頭があった位置には剣が横から通った。そしてすぐに、響はその状態から背後に向かって足払いをして、背後にいた戦士のバランスを崩すと剣の柄でその戦士の腹部を殴った。

「おいおい、随分と舐めたことしてんじゃねぇか」

「!」

 すると響に向かって巨大な針の突いた鉄球が落ちてきた。響はすぐに避けるが、その巻き添えを食らった戦士が怪我を痛がりながら、しゃがんでいる。そのことに響は思わず攻撃を仕掛けた戦士を睨みつけた。するとその鉄球の戦士はその目に関して上機嫌に笑う。

「ははははは、そんなクソ野郎どもに情けをかけるなんて、随分と優しいじゃねぇか。だがよ、それはこの場に立っている連中に限っては侮辱にしかならないことを気づいてるか?気づいてやっているならそれは結構。だが、もし気づいていないでやっているとすれば、お前さんがいくら強かろうとも.......」

「!」

「この場にいる資格はねぇ!」

 鉄球の戦士は鉄球を引き戻すともう一度、響に向かってぶん投げた。だが、響はそれをたやすく避けるとその鉄球の戦士の懐に入る。しかしその瞬間、その鉄球の戦士によって逆に一歩間合いを詰められた。そのせいで剣を振るう隙が無い。

「おらよぉ!」

「がはっ!」

 響はその鉄球の戦士に左拳を思いっきり腹部へと叩きつけられると吹き飛ばされる。さらに、殴ったと同時に引き寄せた鉄球が響の背中にぶち当たる。

「やっぱ、お前さんはこの場に相応しくない。先ほどのお前さんの動きを見ていたが、あの動きならさっき近づいた時に確実に仕留められていたはずだ。だが、お前の剣には迷いがあった。その迷いがお前さんにダメージを与えた。それは人を傷つけたくない故なのだろう。だからこそ、もう一度言おう......お前さんはこの場に相応しくない」

 そう言ってその鉄球の戦士は興味を失ったかのように響のもとから離れていった。響はその後ろを姿を目に追いながらもそれをいつまでも見ている余裕はなかった。それはチャンスとばかりに襲ってくる戦士達のせいだ。その戦士達は先ほどの会話を聞いていたのか、あえて隙を見せながら突っ込んでくる。

 それに先ほどから響が剣を使わずに倒していたのも原因だろう。最初こそただの舐めたプレイかと思えば、あの鉄球の戦士に心を見透かされたせいで響が剣で攻撃出来ないと知った。なら、あえて剣で攻撃せざるを得ない状況にすれば、あの舐めたガキを殺せる潰せると。

 しかし、響は勇者というチートスペックを持っている。故に先ほどの実力者でない限り、相手になる戦士はいない。それにそのスペックのおかげで頑丈であることも助かった。だから、すぐさま立ち上がるとその戦士達を返り討ちにしていく。

 するとその時、響はある戦士を目にした。そして、一気に怒気の籠った表情に変わった。それはフードの被った戦士が、響が倒してフィールドに倒れている戦士を一人一人止めを刺しに行っていたのだ。もちろん、その倒した戦士達はまだ息があった。だが、それが消えていく。

「なにやってんだあああ!」

「くくくっ、おっと」

 響は激情に身を任せ剣を振ったが、その攻撃はフードの戦士にひょろりと躱される。しかも、血の付いたナイフを舐めながら。

「おう?さっきからちんたらやってる甘ちゃんじゃないか?俺になんか用?あ、殺したことに文句でもあるのか?」

「当たり前だ!あの時、『意図的に殺しは』と言っていただろ!」

 響がそう怒鳴るとその戦士はバカにしたような表情で、そのようなポーズも加えながら告げる。

「はあ?ガキ、ちゃんと聞いてたか?あの時、あいつは『意図的に殺しはどうか』と言ったんだ。つまりは『いけない』とは一言も言っていない。それに見てみろ。俺がさっきから殺しまわっているというのに止めるやつは誰もいない。この試合は王族も見ているというのにだ」

「くっ!」

「つまりは合法。このフィールド内においての殺人は認められていると言っても過言ではない。止めたければ俺を止めて見ろ。まあ、もっとも―――――――――――」

「退場させる!」

「――――――――試合は終わっているがな」

「!」

 響はもう一度一歩で加速してその戦士の顎に殴りかかった。だが、その戦士は動く様子もなく、むしろ笑みを深めながら試合が終わっていることを告げた。そのことに思わずその戦士の顎の前で手を止めると周囲を確認する。その戦士が言った通り、この場には五人だけが立っていた。

 そして、司会者の試合終了の銅鑼が鳴った。するとフードの戦士は響の肩を叩きながら、横を通り過ぎて一言。

「ちなみに、さっきガキが手を止めた時点で本来ならガキの死は確定していた。ここにいるのは振り上げた拳を収められねぇ野郎どもが集まるところだ。ガキはどっかの娼婦の乳でも吸ってろ」

「......クソ.......」

 響は何も言い返せず歯を食いしばり、 拳から血が出るほど握りしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

【完結】あなたの思い違いではありませんの?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
複数の物語の登場人物が、一つの世界に混在しているなんて?! 「カレンデュラ・デルフィニューム! 貴様との婚約を破棄する」 お決まりの婚約破棄を叫ぶ王太子ローランドは、その晩、ただの王子に降格された。聖女ビオラの腰を抱き寄せるが、彼女は隙を見て逃げ出す。 婚約者ではないカレンデュラに一刀両断され、ローランド王子はうろたえた。近くにいたご令嬢に「お前か」と叫ぶも人違い、目立つ赤いドレスのご令嬢に絡むも、またもや否定される。呆れ返る周囲の貴族の冷たい視線の中で、当事者四人はお互いを認識した。  転生組と転移組、四人はそれぞれに前世の知識を持っている。全員が違う物語の世界だと思い込んだリクニス国の命運はいかに?!  ハッピーエンド確定、すれ違いと勘違い、複数の物語が交錯する。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/19……完結 2024/08/13……エブリスタ ファンタジー 1位 2024/08/13……アルファポリス 女性向けHOT 36位 2024/08/12……連載開始

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

放課後勇者は忙しい~クラス転移の繰り返しで全員チート ただし本日ご機嫌斜めの為、巻きが入ります

山田みかん
ファンタジー
「ようこそ勇者様 よくぞこの国ご降臨くださいました!」 どうも、こんにちは。所詮モブという名の第三者。単なる雑用担当の田中です。 今回で俺達、〇回目のクラス単位の異世界転移。自慢じゃないけど、ちょっとしたベテラン勢。  日本の神様たちに毎回チートをもらって、異世界でレベルを上げ続けた結果、メッチャレベチ勇者軍団になりまして、サックサクに世直ししております しかしながら、本日の勇者達は大変機嫌が底辺で~す 近寄ると危ないですよ~ プチっとされちゃいますよ~

処理中です...