神逆のクラウン~運命を狂わせた神をぶっ殺す!~

夜月紅輝

文字の大きさ
上 下
260 / 303
間章 勇者の苦悩

第44話 響のバトルロイヤル#1

しおりを挟む
王様から与えられた一室で響とスティナの二人は集まっていた。今この場では男女二人の甘い雰囲気といった感じではなく、人もいるのかというぐらい静かであった。そして、響はまるで死んだような目をしており、スティナもこの空気を打破できずにいた。

 響がそのような目をしているのは二つある。そのまず一つ目はこの国の王妃であるエルザに嫌われてしまったこと。それはこの国に嫌われているということに等しい。であるならば、魔王討伐の協力はほぼ無理になったのだ。そのことは、魔王討伐を意気込んだだけにショックもかなり大きい。

 そして、二つ目はあの王妃が言った「あの仮面野郎の方が好印象」という言葉。その言葉で思いつく仮面の男は一人しかいない。それはもちろん【海堂 仁】だ。とはいえ、もちろん全く別な人物という可能性もなくはない。だが、その可能性の方が低いだろうが。だからこそ、その言葉は響にとって衝撃的だった。

 すると響は静かに話始める。

「僕は何を間違えたんだ?......僕はあの人の言っている言葉がわからない。確かに僕は人を戦うことに抵抗を持っている。そして、この世界では人と戦うことが普通であることもわかっているつもりだ。けど、戦いを始めた時点で平和的解決の余地がないなんてそれはあんまりだろう。それに戦うだけで死の覚悟なんて......」

 響はこの世界ともとの世界の違いを改めて実感した。そして、その違いに苦しんだ。死という存在に対して命があまりに軽い。戦うだけでそう死を覚悟してもらっては困る。だが、それはあくまで死という存在を意識することがほとんどなかった世界から来た響だからこそ思うことだ。

 だからこそ思ったこともある。そして、響はそのことについて聞いてきた。

「スティナ、正直に答えてくれ。王妃様がそう言ったということはこのコロシアムで僕は死を覚悟した人と戦うことになるのか?これはあくまでもただの試合ではないのか?」

「......この国ではそのコロシアムについての死は認められています。そもそもこの国は傭兵が創った国と言われています。すると必然的に強者と弱者が生まれます。そして、強者はいろんなことに重宝されます。それがこの国です。つまりは弱い者が死のうと強い者がいれば関係はないのです」

「人がそんな簡単に死んではいけないだろ!強い人と弱い人がいるのはわかっている!でも、弱い人が死んでいい理由にはならない!弱い人は弱い人なりに役に立つことがあるはずだ!」

 響はスティナの言葉に思わず怒鳴った。弱い人が死んでしまうなら、一体どれだけ多くの人が死んだことになるのか。だが、響はスティナの表情を見るとすぐに冷や水を浴びたような気持になった。それは唇を噛みしめ悔しそうな顔をする表情。

 この気持ちは自分以上に多くの人々と接してきたスティナが思っていること。しかし、この国は自国ではない。故にこんなことを言ったところで、「そうと決まっているから」となるだけで結局何も変わらない。だからこそ、何も言わない。自分が言っていたことは酷く言う相手が違うのだ。

 その言葉にスティナは黙って受け止めるとそっと返答した。

「響さんの世界がどれほど幸せな世界か知りませんが、この世界ではこれが現実であり、事実なのです。前に言いましたよね?その考えを変えるには自国が帝国に対して優位に立たなければならないと」

「......」

「......これは言ってませんでしたが、時にはそれで決まったとしても国がそう動くとは限らないのです。国は民がいて初めて成立するものです。その国民がその考えに否定すれば、それはほとんどの場合成立しません。その意思を無視して、言わば独裁的に従わせる国もありましたが、それらの国は総じて良い末路は迎えていません。この国の民が殺し合いを望んでいるとは言いませんが......血の気の多い国ですから色々と私達の知らない問題があるのですよ」

「僕はそんなのは嫌だな.....」

 そんなことを言ってもこれから参加するコロシアムがそうならないことはわかっている。だから、これはただ言いたかっただけだ。それに僕は勇者だ。その力を使えば、すぐに終わらせることが出来る。しかし、そうするならばこれだけはスティナに言っておかなければならないことがある。

「スティナ、ごめん。僕はやはり死の覚悟を受け取ることはまだ出来そうにない。こんなままではいけないとわかっているのに。こんな気持ちでは仁をを止めることは出来ないのに」

「落ち着いてください、響さん」

「!」

 するとスティナはそっと響に近づくと母親が赤ん坊を抱きしめるように、優しく響の頭を抱いた。そして、ゆっくり響の頭を撫でる。そのことに響は驚きながらもされるがままに.....いや、スティナの服を掴みながら悔しそうに唇を噛んだ。

**********************************************
 それから数日が経った。依然として響はエルザに嫌われており、事あるごとに無視される。だが、響はそれを耐え続け、そして時は来た。

「さあ、始まりました!帝国グランシェルの年に一度の大イベント!兵士選抜を兼ねた血が湧き、肉が踊り、生と死が入り混じるそのコロシアムの名は.......」

「「「「「グランシェリエッサ!」」」」」

 コロシアムの司会者が声高らかにそのコロシアムの名を言うと全く同じタイミングで観衆もその名を叫んだ。たったそれだけでこの場のボルテージは上がっていき、すぐに熱気に包まれた。

 その声を参加者控室から聞いていた響は静かに緊張していた。だが、その緊張を受け入れながら目を閉じて集中していた。この場から聞こえてくる声は様々だ。自分と同じく緊張しているであろう不安な言葉を吐く人や自信たっぷりな人、知り合いと話す人や武器を手入れしながらその武器に語り掛ける人。

 そして、響は目を開けると自分の武器をチェックした。それはここに来る前にエルザから渡された兵士が使う剣。手入れもされているようで、その刀身が鏡のように反射して響きの顔を映し出す。......これは勇者としてのハンデだと王妃様は言っていた。聖剣では自身の力を最大限に引き出せてしまうのに加え、自分が勇者であることがバレるのを防ぐためであろう。

 それから王妃様は「これで戦えば、あなたはこの世界の人となる」とも言っていた。だが、それはどういう意味か分からなかった。たとえ聖剣から兵士用の剣に変えたとして、勇者そのもののスペックは変わらない。なので、まず負けることはない。だから、その言葉を言っていた時の王妃様の笑みもわからなかった。

 響は自らの手で両頬を叩いた。うぬぼれはいけない。それはガルドさんが言っていたことではないか。実力差が開けば、開くほどその足をすくわれた時のダメージは大きい。時にそれは致命的な一撃にもつながる。だから、自分の力に溺れてはいけない。あなどってはいけない。

 すると別グループの試合が始まったのか観衆の声がこちらまで伝わってきた。それを気分転換に見に行こうかと響は観客席に向かった。

「響さん、どちらまで?」

「ああ、スティナか。僕のグループまで時間があるから少しどんなのか見ようかと思ってね。もしかして、スティナもか?」

「はい。私もこういう催しが開かれていることは知っていましたが、見るのはこれが初めてなので......」

 そして、二人は観客席にてその試合を見始めた。だが、すぐに言葉を失った。それは自分が思っていた以上にひどい光景だったからだ。血は舞い、腕は飛び、フィールドに倒れる戦士。そして、それを見ながら興奮する観客。それに響とスティナは思わず吐き気を感じた。

「惨い......これが試合であってなるものか」

「これがこんなに悲惨だとは......これは戦争と変わりありません」

 「スティナの言葉は最も」だと響は思った。響はもとの世界にいた頃、こういう系の漫画を読んだことがある。そして、その漫画を読むたびに「よくこんな惨いことが考え付くな」と思っていたが、それが全然優しく感じるぐらい本物は凄まじいインパクトを響に与えた。

 そしてまた、響は改めて覚悟が足りないと感じた。それはスティナの言った言葉のこと。今見ている試合が戦争ならば、本物の戦争はどれほど惨いものなのか。ただでさえ吐き気を感じているというのに。しかも、それをいずれはすることが決まっている。

 人を戦う覚悟など、死の覚悟などあって当たり前の如くその試合に出ている戦士達は血気盛んに戦い合う。これが魔王と戦う際に持たなければいけない最低限の覚悟。確かにあの夜に出会った仮面をした女性の言っている言葉は正しかった。自分達は魔王を倒しに行くのではない。魔王をのだと。

 何度覚悟を決めようともそれは未だ決めているつもりになっているだけで、その仮初の覚悟は何回も粉々に打ち砕かれる。それは本来持つべき覚悟ではなく、自分が心を護るために勝手に作り上げた覚悟。この覚悟の違いが魔王と戦う時には致命的になるかもしれない。だからこそ、ここで戦うという認識を改めなければならない。

 ガルドさんは自分達に優しすぎた。こんな試合を見ればよりそう思う。そして、この最低限の覚悟は魔王と戦う全員が持たなければいけない覚悟。その覚悟を自分が最初に持たなければ。勇者として皆を引っ張っていけるように、支えられるように。

 そして、試合が終わると響は立ち上がる。その目は悲しいような、悔しいような、怒っているような、そんな複雑すぎる感情が宿った目であった。

「スティナ、僕はそろそろいくよ。僕にできる限りのことをやってくる」

 そう言って静かにこの場を去った。その後姿をスティナは悲しそうな表情をしながら、「ご武運を」と言って見送った。そして、その姿を見終わると一つ息を吐く。

「......私は何もできないのですね」

 そう自分の不甲斐なさを呪った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...