上 下
262 / 303
間章 勇者の苦悩

第42話 覚醒魔力

しおりを挟む
「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます」

 スティナはそう言うと丁寧に頭を下げる。その目の前にいるのは神の使徒、つまりは響達だ。現在、スティナと響達は講義室のような場所にいる。それは帝国から帰ってきたスティナが響達にその時のことを話すためだ。また、もう1つそれ以外にも伝えなければならないこともあるが。

「雪姫さん、体調はどうですか?」

「大丈夫だよ、スティナちゃん。皆のおかげでこの通り」

 話を始める前に聖王国にいない間気がかりだった雪姫にスティナは声をかけた。すると雪姫は何ともないように力こぶを見せるようなポージングをする。だが、顔にまだ隈が多い。それに顔色もまだいつもの時とは程遠い。そのことにスティナは心苦しくなった。やはり帝国での海堂さんのことは言えない。

 すると響が話を促してきた。

「それで話って?もしかして帝国との話し合いの結果とか?」

「はい。端的に言えば、そうなります。それで、帝国から支援に関してしてもらうよう頼めました。ですが、同時にそれをしてもらう為の条件も出されました」

「条件?」

響は思わず聞き返した。なんせすぐに協力してもらえると思っていたから。だが、その反応しなくは仕方ない。響は勇者という肩書きを外せば、ただの高校生なのだから。国同士の話し合いなどわかるはずもない。

そして、スティナは響を見て申し訳なさそうに答える。

「その条件というのは、響様に帝国主催のコロシアムに参加して頂くというものです。詳しい内容は言われてませんが、あの人のことではまず優勝してもらわなければならないでしょう」

「コロシアム......」

「なあ、それって決められたフィールドで1対1で戦うって解釈でいいか?」

「はい、その解釈で間違いありません。ですが、1対1とはかぎりませ。平等に予選から参加させられると思われます。またこのコロシアムは世界中から多くの方が参加するので、その場合はバトルロイヤルといった感じになります。」

響の代わりに弥人が質問した。するとスティナの返答は響はそれを聞いてなんとも言えない顔にさせた。響は今まさに人と戦うことにすら少し抵抗を持っているというのに、まさか人とそれも多人数と戦うことことになろうとは。

そこにスティナはさらなる言葉を続けた。

「それに今回、帝国には復興支援を頼みましたが、これに優勝すれば魔王討伐の協力も仰げるかもしれません。なので、どうかお願いします」

 スティナは頭を深々と下げる。この行動は卑怯だとわかっている。しかし、こうするしかない。そして、そのスティナの思惑通り響は考えるような顔をした。だが、その顔を明らかに苦悩といった表情で、なかなかそれに対する返答をしなかった。

 そして、悩んだ末、響は静かに答える。

「......分かった。僕がそうしてこの国の助けになるのであれば、ありがたく任せてもらうよ」

「ありがとうございます。無理言って申し訳ありません」

「いや、大丈夫だよ。いずれ乗り越えなければならないことだったしな」

 スティナはもう一度丁寧に頭を下げると響はそれを制止するように言葉をかけた。響とてスティナがどのような思いでそのことを言ったのかわかっているつもりだ。だからこそ、拒むことは出来なかったし、それに自分は勇者である。勇者が弱気では立つ瀬がないというものだろう。

 するとスティナが話題を変えた。それも響達に関係することで。

「それから、話は変わりますが、皆さんに言わなければならないことがあります。それは本来ならば、もう少し鍛錬を励んでから言うつもりでしたが、こうなっては出来る限りのことをしたいと思い伝えようと思いました。そして、それは覚醒魔力のことです」

「覚醒魔力......名前の響きから自分の持っている魔力が進化するってこと?」

 朱里の言葉にスティナは静かに首を横に振る。そして、その内容について話し始めた。

 覚醒魔力、それは一種の新しい魔法のことで、しかもそれを人それぞれの固有魔法である。そのため他人が同じ魔法を発現させることはほぼない。ここで、「ほぼ」と言ったのはあくまで全く同じ気持ちの人がいたらなる可能性があるというだけで、それはあまりにもゼロに近いほど確率は低い。なんせ全く同じ同じ気持ちであっても1から10まで同じとは限らないから。

 なので、まずないと考えてもらって構わない。それから、その魔法はその感情に特化した能力を発動させることが多い。例えば、人の傷を治したいと思えばその気持ちの度合いによって、人の欠損した部分も治す.......いや、この場合は再生させると言った方が早いほどの異常な魔法を発現させることもある。

 しかし、その魔法を発現させることは容易ではない。その魔法を発現させるには自分の気持ちを極限まで高める必要があるからだ。そして、その極限まで高めるというのがとても難しいのだ。

 覚醒魔力は1%以下であっても別の気持ちを抱えていれば発現することはなく、あくまでも100%でなければならない。そして、それを意図的に行うことはまず不可能といっても過言ではない。なんせ自分がどう思っているのかなんて一つとは限らないからだ。

 正の感情でさえ、嬉しさ、喜び、楽しさ、といった3つの感情があり、しかもその感情は人によって若干異なってくる。自分がこれを楽しんでいると思っても、その楽しいの中には嬉しさや喜びも混じっているかもしれないという事だ。そして、覚醒魔力というのはその中の楽しさなら楽しさだけで心を満たさなけば、発動しないということ。だが、逆に言えばそれ故に覚醒魔力はけた違いの魔法を発現させるのだ。

「なので、皆さんがこれから覚醒魔力を発現させるには、鍛錬の時に魔王討伐とは別の個人的な目標を立ててください。希望的観測にはなりますが、それがきっと発現につながるはずです」

 これでスティナの連絡は終わり、この場は解散した。

 修復された大教会にやって来た雪姫と朱里はその場でスティアの話思い出していた。そして、雪姫はすぐに頭の中に「仁に会いたい」という気持ちで満たした。だが、当然の如く発現することはない。ということは、自分が思う「仁に会いたい」という気持ちの他に別の気持ちも抱いているということ。

 そして、その気持ちは自分でもわかっていた。それは恐怖。「仁に会いたい」という気持ちは本物。しかし、あの夜に見た仁の顔に、言動に今も恐怖している。それから、仁に対する謝罪の気持ちもある。

 これだけ多くてどうしてすぐに発現すると思ったのか。自分の気持ちもハッキリしていないというのに。雪姫は自分に呆れて思わずため息を吐いた。そして、思わず暗い顔をする。

「雪姫ちゃん、大丈夫?顔色が良くないよ?」

「大丈夫だよ。さっきも言ってたでしょ?」

「そうは見えないからそう言ってるんだよ。やっぱり、酷いようだけど海堂君のことは忘れた方が良いんじゃない?」

 朱里の言葉は本気であった。それは目を見ればわかる。そして、その朱里の気持ちを雪姫はわかっているつもりだ。それでも、雪姫は忘れることなど出来ない。仁はたとえあんなになろうと大切な幼馴染であるし、大切な.......。だから、無下にすることは出来ないし、したくもない。それはわがままな気持ちだとはわかっているけども、たとえ微かでも繋がりが持てるならその可能性にかけたい。

「心配してくれてありがとう。でも、ごめんね。私は諦めることが出来そうにないの。......確かに仁のことは今でも怖い。でも、嫌ってはいないのよ。むしろその逆であることは朱里もわかっているでしょう?」

「それはわかっているけど......それで取り返しのつかないことになることが嫌なんだよ。ここまで戻ってこれたのだってどれだけ時間がかかったかわかってるの?これでもし同じようになってしまったら.......もう雪姫が帰って来ないような気がして嫌なんだよぉ」

 朱里は悲しさのあまり泣き出してしまった。雪姫はそんな朱里をありがたく思い、そっと慰めるように抱きしめる。朱里はこれだけ自分のことを大切に思っていてくれている。その気持ちがすごく嬉しい。だから、私も大切に思っている。

 だからこそ、こんな気持ちを抱いてくれていただろう仁が私達に裏切られた気持ちは相当なものだろうと思う。私も朱里に酷いことを言われただけで、とても悲しい気持ちになるというのに。仁はそれ以上のことを受けた。となれば、仁がああなってしまうのも頷けるというもの。

「どうしてこうなっちゃったんだうね.......」

 この後悔の思いはいつまで経っても尽きることはない。それこそ仁と会って謝罪をしたとしても。でも、これ以上後悔はしたくない。だから、どんなに辛く険しい道でも歩んでいくつもりだ。

「やはり無理をされていたのですね」

「スティナちゃん.....」

 すると雪姫は後ろの方から声をかけられた。その方向へ振り向くとそこにはスティナが。スティナは雪姫の隣に座ると一つ息を吐く。

「皆さん、辛い気持ちを抱えているというのにも関わらず、私は皆さんを頼ることしかできない。嫌な女です」

「そんなことないよ。私達にはこの世界に召喚された時に与えられた役割がある。それをこなすのは当然のこと。だってそうしなきゃこの国の人々がさらに悲しい目に合ってしまうから」

「雪姫さんは優しいですね。その優しさが私にとっては救いになります」

「そんなことないですよ。私よりも優しい人がいましたから......」

 そう言って雪姫とスティナは正面にある神の像を見た。その神の像はステンドグラスによって色付けされた光に当たり、幻想的な雰囲気を残している。

 そして、二人は両手を合わせるようにして握りしめ、祈りを捧げた。二人とも思いは同じであった。「仁に会いたい」というその思いだけ。この思いが届くかどうかはわからない。でも、どうか伝わって欲しい。この気持ちは変わることはない。

「それでは戻りましょうか」

「そうだね。立てる?朱里ちゃん?」

「......うん」

 雪姫は朱里を静かに立たせるとスティナと共に歩き始めた。そんな三人の姿を神の像は見つめるようにたたずんでいた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界転生!ハイハイからの倍人生

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は死んでしまった。 まさか野球観戦で死ぬとは思わなかった。 ホームランボールによって頭を打ち死んでしまった僕は異世界に転生する事になった。 転生する時に女神様がいくら何でも可哀そうという事で特殊な能力を与えてくれた。 それはレベルを減らすことでステータスを無制限に倍にしていける能力だった...

異世界転生 我が主のために ~不幸から始まる絶対忠義~ 冒険・戦い・感動を織りなすファンタジー

紫電のチュウニー
ファンタジー
 第四部第一章 新大陸開始中。 開始中(初投稿作品)  転生前も、転生後も 俺は不幸だった。  生まれる前は弱視。  生まれ変わり後は盲目。  そんな人生をメルザは救ってくれた。  あいつのためならば 俺はどんなことでもしよう。  あいつの傍にずっといて、この生涯を捧げたい。  苦楽を共にする多くの仲間たち。自分たちだけの領域。  オリジナルの世界観で描く 感動ストーリーをお届けします。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼女エルフの自由旅

たまち。
ファンタジー
突然見知らぬ土地にいた私、生駒 縁-イコマ ユカリ- どうやら地球とは違う星にある地は身体に合わず、数日待たずして死んでしまった 自称神が言うにはエルフに生まれ変えてくれるらしいが…… 私の本当の記憶って? ちょっと言ってる意味が分からないんですけど 次々と湧いて出てくる問題をちょっぴり……だいぶ思考回路のズレた幼女エルフが何となく捌いていく ※題名、内容紹介変更しました 《旧題:エルフの虹人はGの価値を求む》 ※文章修正しています。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...