266 / 303
第2章道化師は進む
第38話 神の使い
しおりを挟む
「な、何じゃこれは......!?」
「こんなの......ないです.......」
兵長が持っていた石を使って、ついてきたベルと共に神殿の入り口へと戻ってくると目の前に広がる獣王国の見る影もない街並みに二人は驚きと悲しみが隠せなかった。それは当然だ。なんせ城下町のほとんどが赤く染まっており、どこから現れたのかと思われる多くの巨大な獣がいたるところで暴れまわっている。
二人はとにかくその城へと向かった。燃えているのは城下町だけではない。この国の象徴とも言える城が悲惨な状態となっているのだ。神殿攻略を始めてから1日と少ししか経っていないのにこの有様。しかも、丁度クラウン達がいない時に。これは絶対に裏でこの事件の糸を引いている者がいる。
「ああああああ!」
「だすけてぇ!!!」
「ママ~!!」
城下町に入れば逃げ惑う人々、建物の下敷きになっている人や足をもがれている人、母親を見失って泣き叫ぶ子供。それらの人々以外にもいろいろな状態の人々が総じて顔を青ざめさせ、絶望したような光の宿っていない目をしていた。
そんな人々を見て、二人は思わず目を覆いたくなった。今まで笑顔や賑わいで溢れていたこの街が、今や恐怖と絶望で顔をこわばらせて阿鼻叫喚の声を上げているのだから。見ていられないのもしょうがない。まさに天国から地獄に変わったような状況は二人でなくても心を苦しめるのだから。
するとその時、一人の兵士が兵長のもとへやって来た。その兵士は顔を血で赤く染め、片腕を失いながらも絶望に抗うような瞳をしていた。そんな兵士に兵長は声をかける。
「無理をせんでいい。じゃが、わかっている状況を教えてくれ」
「現在の状況は総計8体の巨大な獣によって町はほぼ全壊。死傷や行方不明者は数えきれません。それから、城の方ではその獣が現れたと同時に暴動が発生。しかも、暴れ出した人たちは戦闘訓練をしていないメイドを含めて高い戦闘力を有し、次々と兵士を殺戮。加えて、総じて虚ろな目をしていました」
「近衛兵は?獣王様はどうしたんじゃ?」
「近衛兵の大半が死傷、獣王様は現在行方不明です。近衛兵4人で暴動者は取り押さえられるので、獣王様なら無事だと思いますが......」
「つまりは獣王様の姿は確認できていないのだな?」
「はっ!そのように聞いております。ただ、同時に王の御前で何やら激しい音がするとも聞いていますが.......」
兵長はその言葉に思わず苦虫を苦虫を嚙み潰したような顔をした。正直、凄まじい被害が出ているであろうことはわかっていたが、まさか近衛兵までもがそこまでやられているのは想定外だった。それから獣王に関しての情報は出来れば、内容を確認する前に居て欲しかった。だが、それは仕方ないことであることはわかっている。きっとこんな状況でこの兵士も混乱していたんだろうから。
とにかく今知るべき情報は聞けた。兵長は「もう少し堪えてくれ」とその兵士に言うと改めて城に向かって走っていく。するとその兵長の後にベルもついてきた。兵長はそのことに困った顔をして、止まる訳にもいかないので走りながらベルに言った。
「ベル、儂からの頼みじゃ。この先行く場所はベルが行くべき場所ではない。だからどうかベルだけでも避難してくれ」
「じいじ、それは出来ないです。私が行くべきはむしろそっちです。主様ならきっと私を連れて行くです。だから、じいじの頼みでも聞くことは出来ないです。私は主様の奴隷です」
「はあ、この頑固さは誰に似たんじゃろうか」
「おそらく仁だろうな......」とは思いながらも兵長は止める言葉を言うことはなかった。もう止めても無駄だわかっていたから。それにクラウンに鍛えられたベルは今や近衛兵すら軽く凌ぐ。それはあの神殿を攻略している時や獅子と戦っている時にわかったことだ。それからいざとなれば自分がいる。伊達に昔、勇者だったわけではない。クラウンほどではないが、それでも人類最高の戦力であることには変わらない。
その時、一匹の獣がその二人の前に現れて火炎放射器の数十倍の威力がありそうな炎の息吹を吐き出した。だが、二人は進めることを止めない。
兵長は剣を引き抜くと軽く横に振った。その瞬間、その炎の息吹が二人を避けるように分かれていく。そこにベルが一気に飛び出した。そして、短剣を振るうと光の斬撃が放たれる。それは兵長が獅子と戦った時に使った<光滅の刃>だ。その斬撃は真っ直ぐ進んでいき、その獣を両断した。
やはり戦闘力的には神殿の前にいた獅子の分身体と変わらない。なら、すぐにでも全てを討伐と行きたいところだが、この国の力の象徴ともいえる獣王が殺されてしまっていると国民が知ったら、たとえこの国から脅威が去ったとしても国民は悲しみに暮れ、復興の際の行動が遅れる可能性が高い。そうなれば、この国は事実上の滅亡となってしまう。それだけは避けなければならない。
二人はとにかく走った。そして、神殿に辿り着くと王の間へ向かった。
「「......!」」
「あ?早過ぎじゃねぇ?この展開はさすがに予想して無かったなぁ」
兵長とベルは思わず目を丸くした。なぜなら大臣が獣王様の首を鷲掴みにしてそのまま持ち上げているからだ。その獣王は腕をだらんとし動くこともなければ、うめき声すら聞こえない。生きているかどうかの判断も難しい。ただ、生きている可能性を信じてここは動くしかない。だが、その前に......
「お主は何者じゃ?儂が知っている大臣はこんなことをするはずもない」
「俺は俺さ。だが、元獣人で今は神の使いというところだがな」
「.......神の使い!?」
「ああ、そうさ。俺は神に選ばれた獣王を超える偉大の存在。そして、今の俺の名はラガット。この地の古代の言葉で『崇拝者』というらしい。まさに俺にピッタリな名だと思わないか?」
そう言うと獣王を投げ捨てながら、ラガットは大きく笑った。だが、一方兵長はその事実に打ちのめされていた。.......神の使い。ということは、この人物が仁が求めている神という存在に関することであるという事だ。だが、神に選ばれたとてそう簡単に神の使いになれるものなのか?聖王国にいた教皇はあれはそもそも人ではなかった。しかし、目の前にいる人物は元はちゃんとした獣人だ。
そんな兵長の思考を読み取ったのかラガットは嘲笑いながら答える。
「俺はこの国に酷く絶望していたんだ。国民を護るためと言いながらいつまで経っても生贄を捧げる始末に。たとえどれだけ多くの犠牲を払ってもあの神殿にいる化け物を殺すべきだった!......だが、この国はもう腐りきるほどに腐っていた。だから、俺の姉も生贄として食われた」
「お主も家族を失った一人であったのだな......」
「お前の同情と一緒にするな。俺にとってはあの人がいさえすればそれで良かった。しかし、現実はそうはならなかった。だから、俺は呪い、願った。助けるためとほざきながら、微塵も動く気のないこの国の滅亡をな」
「そんな気持ちの人はほとんどです」
「だろうな。だが、そいつらは後が怖くて心の叫びを声に出せなかったにすぎない。だから、俺がそいつらの気持ちを、感情を代わりに主張しているだけだ。だって、おかしいと思うだろう?あの国民どもは生贄巫女に生かされているというのにそれを当たり前のように生きているんだから」
「「.......」」
ラガットは突如両腕を大きく広げると恍惚とした表情で言う。
「その時だ!俺の目の前に我らが主が現れたのは!......俺も最初は目を疑ったものさ。神なんて人族が勝手に作り出した存在だと思っていたからな。だが、その神は存在した。そして、俺に力を与えてくれた。あの間抜けな国民どもに復讐できる機会をな!」
そして、二人に語りかけるように言葉を続ける。
「まあ、あの化け物と手を組むのは癪だったが、全てを知った時の獣王は実に滑稽だったぜ?その上自分を慕ってくれていた部下が殺されるなんてよ?」
「そう言えば、おかしな暴動者がいると聞いたが、もしかしなくてもお主の仕業じゃろう?」
その兵長の言葉を聞いたラガットはその時の光景を思い出したのか思わず失笑した。そして、実に面白そうな表情をしながら答える。
「ああ、その通りだ。我らが主の側近からもらった魔石だったんだが、あそこまで効力が高いとはさすがに思っていなかった」
「下衆がです!」
「言ってくれるじゃねぇか、あの時のチビ狐。お前は生かされているとも知らずに......」
「どういうことです?」
ベルは思わず疑問を口にした。だが、それは同時に次の発言を確かめるものでもあった。
なんせ目の前にいる男は先ほどこの国を滅亡させると、国民に復讐すると言っていた。なら、この国生きる者達は一人残らず生かさないはずだ。だが、あの男は自分に対して「生かされている」と言った。となれば、生かされる理由上がるはずだ。そして、それはおそらく......
「お前の血は逃げた神獣にとても近いらしい。だから、『生かされている』と言ったんだ。それにお前を生かすために死んだ哀れな女がいただろう?」
「まさか......!」
ベルは思わず恐怖した。次の言葉を聞くのを。先のラガットの質問で答えはすぐにでも出ている。だが、聞きたくはなかった。だって、脈絡もなくこんなタイミングで言うという事は―――――――――
「あの女は俺が操って殺した。わざとお前を生かし、自らが生贄となるようにな」
「ああああああああ!!!!」
「ベル、止まるんじゃ!」
ベルは激情のままにラガットへと突っ込んだ。ラガットはそんなベルを愉悦の笑みを浮かべて見ながら......
「がはっ!」
瞬時にベルの前に現れ腹部に掌底をぶちかました。ベルは向かってきた勢いをそのまま反転させたかのように吹き飛ばされていく。そんなベルを受け止めようと兵長は走り出した。だが、その前にすでにラガットがいた。
「邪魔すんな、老いぼれが!」
ラガットは足を大きく回すと兵長の首筋に叩きつけた。そのあまりに早い動作に反応が間に合わず兵長はその攻撃をもろに受ける。そして、その一撃で意識が揺らぎ、地面へと叩きつけられる。
「もう失わせないです!」
「やってみろチビ狐」
体勢をなんとか立て直したベルは<隠形>でラガットの背後に現れると逆手に持った剣を突きさすように振るった。だが、それはラガットに首を傾けられるだけで避けられ、その振るった手首を掴まれると地面へと叩きつけられる。そして、石を蹴飛ばすようにベルの体は吹き飛ばされた。
「おいおい、さっきの威勢はどうした?もっとかかってこいよ。こっちは退屈してんだからな」
「ふざけんなです!」
ベルは<光滅の刃>を無数に放った。一発でも当たれば岩をも消し飛ばすほどの斬撃を。だが、ラガットは空間からどこからともなくメリケンサックを取り出すとそれを両手にはめ、斬撃を殴った。すると斬撃は爆散し、ラガットに当たることはなかった。
その事実にベルは思わず呆然とする。あの斬撃は文字通り光で対象物を消滅させるものだ。対抗するには同じ魔力で出来た魔法をぶつけるしかない。物理でなんとかするなど以ての外。それはクラウンでもしないこと。だが、それを目の前の男は平然とやってのけた。それはベルにとってあまりに衝撃的であった。
「どうした?それだけか?そんなんじゃ、お前を生かした女は報われねぇな。ただの犬死だ」
「どの口がそれを言うです!言う資格はないです!」
「なら、もう少し抵抗してみろや!退屈させんじゃねぇ!」
「かはっ!」
ラガットは瞬時にベルの横に現れると足で蹴り上げ、がら空きになった背中に裏拳をかました。そして、吹き飛んだベルに先回りすると足を上下に開き、左手で狙いを定めて右手を構えた。
「これは我らが主からもらった力の一端に過ぎない......尖貫裂撃」
「そうはさせん!」
ラガットはその右腕を幾重にも残像させながら拳を振るった。そして、その貫くような斬撃を伴った拳はベルに.......当たることはなかった。その前に兵長が割込みその攻撃を剣で弾いたからだ。だが、全てを弾くことは出来ず、一発を横っ腹に受けた。するとそこの部分には後ろの壁が見えるほどの風穴を開けた。
「ごふぉ......」
「じいじ!」
兵長は血反吐を吐きながら倒れ込む。その一発のダメージがあまりにも大きすぎたのだ。口からも横っ腹からも鮮血が溢れてくる。ベルは必死に兵長の意識を保たせようと声をかけるが、兵長の反応は薄い。
だが、そんな状況をラガットが待つはずはない。
「チッ、邪魔しやがって。思わず無駄な力が入っちまったじゃねぇか。まあ、いい。結果的に邪魔は死にかけで、このチビ狐は生きている。お前には神獣の血を引いただけある潤沢な魔力があるからな。精々、余生を楽しめよまあ、せっかく生贄を逃れたのにまた我らが主の生贄になるというのは滑稽すぎるがな。......そんじゃあ、邪魔者には消えてもらうとするか」
「じいじに手を出すなです!」
「もう遅い.......!」
ラガットが兵長の頭を踏み潰そうとした瞬間、それは黒い刀によって受け止められた。ラガットは一瞬感じた身のよだつ威圧にその場から咄嗟に距離を取った。そして、尋ねた。
「誰だ、お前は?」
「俺か?俺は神に逆らう......ただの道化師だ」
神逆者クラウンは不敵に言い切った。
「こんなの......ないです.......」
兵長が持っていた石を使って、ついてきたベルと共に神殿の入り口へと戻ってくると目の前に広がる獣王国の見る影もない街並みに二人は驚きと悲しみが隠せなかった。それは当然だ。なんせ城下町のほとんどが赤く染まっており、どこから現れたのかと思われる多くの巨大な獣がいたるところで暴れまわっている。
二人はとにかくその城へと向かった。燃えているのは城下町だけではない。この国の象徴とも言える城が悲惨な状態となっているのだ。神殿攻略を始めてから1日と少ししか経っていないのにこの有様。しかも、丁度クラウン達がいない時に。これは絶対に裏でこの事件の糸を引いている者がいる。
「ああああああ!」
「だすけてぇ!!!」
「ママ~!!」
城下町に入れば逃げ惑う人々、建物の下敷きになっている人や足をもがれている人、母親を見失って泣き叫ぶ子供。それらの人々以外にもいろいろな状態の人々が総じて顔を青ざめさせ、絶望したような光の宿っていない目をしていた。
そんな人々を見て、二人は思わず目を覆いたくなった。今まで笑顔や賑わいで溢れていたこの街が、今や恐怖と絶望で顔をこわばらせて阿鼻叫喚の声を上げているのだから。見ていられないのもしょうがない。まさに天国から地獄に変わったような状況は二人でなくても心を苦しめるのだから。
するとその時、一人の兵士が兵長のもとへやって来た。その兵士は顔を血で赤く染め、片腕を失いながらも絶望に抗うような瞳をしていた。そんな兵士に兵長は声をかける。
「無理をせんでいい。じゃが、わかっている状況を教えてくれ」
「現在の状況は総計8体の巨大な獣によって町はほぼ全壊。死傷や行方不明者は数えきれません。それから、城の方ではその獣が現れたと同時に暴動が発生。しかも、暴れ出した人たちは戦闘訓練をしていないメイドを含めて高い戦闘力を有し、次々と兵士を殺戮。加えて、総じて虚ろな目をしていました」
「近衛兵は?獣王様はどうしたんじゃ?」
「近衛兵の大半が死傷、獣王様は現在行方不明です。近衛兵4人で暴動者は取り押さえられるので、獣王様なら無事だと思いますが......」
「つまりは獣王様の姿は確認できていないのだな?」
「はっ!そのように聞いております。ただ、同時に王の御前で何やら激しい音がするとも聞いていますが.......」
兵長はその言葉に思わず苦虫を苦虫を嚙み潰したような顔をした。正直、凄まじい被害が出ているであろうことはわかっていたが、まさか近衛兵までもがそこまでやられているのは想定外だった。それから獣王に関しての情報は出来れば、内容を確認する前に居て欲しかった。だが、それは仕方ないことであることはわかっている。きっとこんな状況でこの兵士も混乱していたんだろうから。
とにかく今知るべき情報は聞けた。兵長は「もう少し堪えてくれ」とその兵士に言うと改めて城に向かって走っていく。するとその兵長の後にベルもついてきた。兵長はそのことに困った顔をして、止まる訳にもいかないので走りながらベルに言った。
「ベル、儂からの頼みじゃ。この先行く場所はベルが行くべき場所ではない。だからどうかベルだけでも避難してくれ」
「じいじ、それは出来ないです。私が行くべきはむしろそっちです。主様ならきっと私を連れて行くです。だから、じいじの頼みでも聞くことは出来ないです。私は主様の奴隷です」
「はあ、この頑固さは誰に似たんじゃろうか」
「おそらく仁だろうな......」とは思いながらも兵長は止める言葉を言うことはなかった。もう止めても無駄だわかっていたから。それにクラウンに鍛えられたベルは今や近衛兵すら軽く凌ぐ。それはあの神殿を攻略している時や獅子と戦っている時にわかったことだ。それからいざとなれば自分がいる。伊達に昔、勇者だったわけではない。クラウンほどではないが、それでも人類最高の戦力であることには変わらない。
その時、一匹の獣がその二人の前に現れて火炎放射器の数十倍の威力がありそうな炎の息吹を吐き出した。だが、二人は進めることを止めない。
兵長は剣を引き抜くと軽く横に振った。その瞬間、その炎の息吹が二人を避けるように分かれていく。そこにベルが一気に飛び出した。そして、短剣を振るうと光の斬撃が放たれる。それは兵長が獅子と戦った時に使った<光滅の刃>だ。その斬撃は真っ直ぐ進んでいき、その獣を両断した。
やはり戦闘力的には神殿の前にいた獅子の分身体と変わらない。なら、すぐにでも全てを討伐と行きたいところだが、この国の力の象徴ともいえる獣王が殺されてしまっていると国民が知ったら、たとえこの国から脅威が去ったとしても国民は悲しみに暮れ、復興の際の行動が遅れる可能性が高い。そうなれば、この国は事実上の滅亡となってしまう。それだけは避けなければならない。
二人はとにかく走った。そして、神殿に辿り着くと王の間へ向かった。
「「......!」」
「あ?早過ぎじゃねぇ?この展開はさすがに予想して無かったなぁ」
兵長とベルは思わず目を丸くした。なぜなら大臣が獣王様の首を鷲掴みにしてそのまま持ち上げているからだ。その獣王は腕をだらんとし動くこともなければ、うめき声すら聞こえない。生きているかどうかの判断も難しい。ただ、生きている可能性を信じてここは動くしかない。だが、その前に......
「お主は何者じゃ?儂が知っている大臣はこんなことをするはずもない」
「俺は俺さ。だが、元獣人で今は神の使いというところだがな」
「.......神の使い!?」
「ああ、そうさ。俺は神に選ばれた獣王を超える偉大の存在。そして、今の俺の名はラガット。この地の古代の言葉で『崇拝者』というらしい。まさに俺にピッタリな名だと思わないか?」
そう言うと獣王を投げ捨てながら、ラガットは大きく笑った。だが、一方兵長はその事実に打ちのめされていた。.......神の使い。ということは、この人物が仁が求めている神という存在に関することであるという事だ。だが、神に選ばれたとてそう簡単に神の使いになれるものなのか?聖王国にいた教皇はあれはそもそも人ではなかった。しかし、目の前にいる人物は元はちゃんとした獣人だ。
そんな兵長の思考を読み取ったのかラガットは嘲笑いながら答える。
「俺はこの国に酷く絶望していたんだ。国民を護るためと言いながらいつまで経っても生贄を捧げる始末に。たとえどれだけ多くの犠牲を払ってもあの神殿にいる化け物を殺すべきだった!......だが、この国はもう腐りきるほどに腐っていた。だから、俺の姉も生贄として食われた」
「お主も家族を失った一人であったのだな......」
「お前の同情と一緒にするな。俺にとってはあの人がいさえすればそれで良かった。しかし、現実はそうはならなかった。だから、俺は呪い、願った。助けるためとほざきながら、微塵も動く気のないこの国の滅亡をな」
「そんな気持ちの人はほとんどです」
「だろうな。だが、そいつらは後が怖くて心の叫びを声に出せなかったにすぎない。だから、俺がそいつらの気持ちを、感情を代わりに主張しているだけだ。だって、おかしいと思うだろう?あの国民どもは生贄巫女に生かされているというのにそれを当たり前のように生きているんだから」
「「.......」」
ラガットは突如両腕を大きく広げると恍惚とした表情で言う。
「その時だ!俺の目の前に我らが主が現れたのは!......俺も最初は目を疑ったものさ。神なんて人族が勝手に作り出した存在だと思っていたからな。だが、その神は存在した。そして、俺に力を与えてくれた。あの間抜けな国民どもに復讐できる機会をな!」
そして、二人に語りかけるように言葉を続ける。
「まあ、あの化け物と手を組むのは癪だったが、全てを知った時の獣王は実に滑稽だったぜ?その上自分を慕ってくれていた部下が殺されるなんてよ?」
「そう言えば、おかしな暴動者がいると聞いたが、もしかしなくてもお主の仕業じゃろう?」
その兵長の言葉を聞いたラガットはその時の光景を思い出したのか思わず失笑した。そして、実に面白そうな表情をしながら答える。
「ああ、その通りだ。我らが主の側近からもらった魔石だったんだが、あそこまで効力が高いとはさすがに思っていなかった」
「下衆がです!」
「言ってくれるじゃねぇか、あの時のチビ狐。お前は生かされているとも知らずに......」
「どういうことです?」
ベルは思わず疑問を口にした。だが、それは同時に次の発言を確かめるものでもあった。
なんせ目の前にいる男は先ほどこの国を滅亡させると、国民に復讐すると言っていた。なら、この国生きる者達は一人残らず生かさないはずだ。だが、あの男は自分に対して「生かされている」と言った。となれば、生かされる理由上がるはずだ。そして、それはおそらく......
「お前の血は逃げた神獣にとても近いらしい。だから、『生かされている』と言ったんだ。それにお前を生かすために死んだ哀れな女がいただろう?」
「まさか......!」
ベルは思わず恐怖した。次の言葉を聞くのを。先のラガットの質問で答えはすぐにでも出ている。だが、聞きたくはなかった。だって、脈絡もなくこんなタイミングで言うという事は―――――――――
「あの女は俺が操って殺した。わざとお前を生かし、自らが生贄となるようにな」
「ああああああああ!!!!」
「ベル、止まるんじゃ!」
ベルは激情のままにラガットへと突っ込んだ。ラガットはそんなベルを愉悦の笑みを浮かべて見ながら......
「がはっ!」
瞬時にベルの前に現れ腹部に掌底をぶちかました。ベルは向かってきた勢いをそのまま反転させたかのように吹き飛ばされていく。そんなベルを受け止めようと兵長は走り出した。だが、その前にすでにラガットがいた。
「邪魔すんな、老いぼれが!」
ラガットは足を大きく回すと兵長の首筋に叩きつけた。そのあまりに早い動作に反応が間に合わず兵長はその攻撃をもろに受ける。そして、その一撃で意識が揺らぎ、地面へと叩きつけられる。
「もう失わせないです!」
「やってみろチビ狐」
体勢をなんとか立て直したベルは<隠形>でラガットの背後に現れると逆手に持った剣を突きさすように振るった。だが、それはラガットに首を傾けられるだけで避けられ、その振るった手首を掴まれると地面へと叩きつけられる。そして、石を蹴飛ばすようにベルの体は吹き飛ばされた。
「おいおい、さっきの威勢はどうした?もっとかかってこいよ。こっちは退屈してんだからな」
「ふざけんなです!」
ベルは<光滅の刃>を無数に放った。一発でも当たれば岩をも消し飛ばすほどの斬撃を。だが、ラガットは空間からどこからともなくメリケンサックを取り出すとそれを両手にはめ、斬撃を殴った。すると斬撃は爆散し、ラガットに当たることはなかった。
その事実にベルは思わず呆然とする。あの斬撃は文字通り光で対象物を消滅させるものだ。対抗するには同じ魔力で出来た魔法をぶつけるしかない。物理でなんとかするなど以ての外。それはクラウンでもしないこと。だが、それを目の前の男は平然とやってのけた。それはベルにとってあまりに衝撃的であった。
「どうした?それだけか?そんなんじゃ、お前を生かした女は報われねぇな。ただの犬死だ」
「どの口がそれを言うです!言う資格はないです!」
「なら、もう少し抵抗してみろや!退屈させんじゃねぇ!」
「かはっ!」
ラガットは瞬時にベルの横に現れると足で蹴り上げ、がら空きになった背中に裏拳をかました。そして、吹き飛んだベルに先回りすると足を上下に開き、左手で狙いを定めて右手を構えた。
「これは我らが主からもらった力の一端に過ぎない......尖貫裂撃」
「そうはさせん!」
ラガットはその右腕を幾重にも残像させながら拳を振るった。そして、その貫くような斬撃を伴った拳はベルに.......当たることはなかった。その前に兵長が割込みその攻撃を剣で弾いたからだ。だが、全てを弾くことは出来ず、一発を横っ腹に受けた。するとそこの部分には後ろの壁が見えるほどの風穴を開けた。
「ごふぉ......」
「じいじ!」
兵長は血反吐を吐きながら倒れ込む。その一発のダメージがあまりにも大きすぎたのだ。口からも横っ腹からも鮮血が溢れてくる。ベルは必死に兵長の意識を保たせようと声をかけるが、兵長の反応は薄い。
だが、そんな状況をラガットが待つはずはない。
「チッ、邪魔しやがって。思わず無駄な力が入っちまったじゃねぇか。まあ、いい。結果的に邪魔は死にかけで、このチビ狐は生きている。お前には神獣の血を引いただけある潤沢な魔力があるからな。精々、余生を楽しめよまあ、せっかく生贄を逃れたのにまた我らが主の生贄になるというのは滑稽すぎるがな。......そんじゃあ、邪魔者には消えてもらうとするか」
「じいじに手を出すなです!」
「もう遅い.......!」
ラガットが兵長の頭を踏み潰そうとした瞬間、それは黒い刀によって受け止められた。ラガットは一瞬感じた身のよだつ威圧にその場から咄嗟に距離を取った。そして、尋ねた。
「誰だ、お前は?」
「俺か?俺は神に逆らう......ただの道化師だ」
神逆者クラウンは不敵に言い切った。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
異世界でゆるゆる生活を満喫す
葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。
もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。
家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。
ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。
ガチャと異世界転生 システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!
よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。
獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。
俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。
単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。
ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。
大抵ガチャがあるんだよな。
幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。
だが俺は運がなかった。
ゲームの話ではないぞ?
現実で、だ。
疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。
そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。
そのまま帰らぬ人となったようだ。
で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。
どうやら異世界だ。
魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。
しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。
10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。
そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。
5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。
残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。
そんなある日、変化がやってきた。
疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。
その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。
竜神に転生失敗されて女体化して不死身にされた件
一 葵
ファンタジー
俺、遠野悠斗は平凡な日常をそれなりに受け入れていた。そんなある日、自分の誕生日にほんの些細なご褒美を買ってご機嫌に帰る途中、通り魔に襲われそうになっている女性を見つける。とっさに庇う俺だったが、通り魔に胸を突き刺され、気づけば巨大な竜が目の前にいた!? しかもなんか俺女の子になってるし!?
退屈を持て余した封印されし竜神と、転生失敗されて女の子にされた俺の織り成す、異世界満喫ストーリー!
皆様のおかげでHOTランキング13位まで登ることが出来ました。本当にありがとうございます!!
小説家になろう様、カクヨム様でも連載中です。
不死鳥契約 ~全能者の英雄伝~
足将軍
ファンタジー
【旧タイトル】不死鳥が契約してと言ったので契約してみた。
五歳になると魔法適性がないと思われ家族からその存在を抹消させられた。
そしてその日、俺は不死鳥と呼ばれる存在に出会った。
あの時から俺は、家族と呼んでいたあのゴミ達には関わらず生きていくと誓った。
何故?会ったらつい、ボコりたくなっちまうからだ。
なろうにも同時投稿中
異世界召喚は7回目…って、いい加減にしろよ‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
『おぉ、勇者達よ! 良くぞ来てくれた‼︎』
見知らぬ城の中、床には魔法陣、王族の服装は中世の時代を感じさせる衣装…
俺こと不知火 朔夜(しらぬい さくや)は、クラスメートの4人と一緒に異世界に召喚された。
突然の事で戸惑うクラスメート達…
だが俺はうんざりした顔で深い溜息を吐いた。
「またか…」
王族達の話では、定番中の定番の魔王が世界を支配しているから倒してくれという話だ。
そして儀式により…イケメンの正義は【勇者】を、ギャルっぽい美紅は【聖戦士】を、クラス委員長の真美は【聖女】を、秀才の悠斗は【賢者】になった。
そして俺はというと…?
『おぉ、伝承にある通り…異世界から召喚された者には、素晴らしい加護が与えられた!』
「それよりも不知火君は何を得たんだ?」
イケメンの正義は爽やかな笑顔で聞いてきた。
俺は儀式の札を見ると、【アンノウン】と書かれていた。
その場にいた者達は、俺の加護を見ると…
「正体不明で気味が悪い」とか、「得体が知れない」とか好き放題言っていた。
『ふむ…朔夜殿だけ分からずじまいか。だが、異世界から来た者達よ、期待しておるぞ!』
王族も前の4人が上位のジョブを引いた物だから、俺の事はどうでも良いらしい。
まぁ、その方が気楽で良い。
そして正義は、リーダーとして皆に言った。
「魔王を倒して元の世界に帰ろう!」
正義の言葉に3人は頷いたが、俺は正義に言った。
「魔王を倒すという志は立派だが、まずは魔物と戦って勝利をしてから言え!」
「僕達には素晴らしい加護の恩恵があるから…」
「肩書きがどんなに立派でも、魔物を前にしたら思う様には動けないんだ。現実を知れ!」
「何よ偉そうに…アンタだったら出来るというの?」
「良いか…殴り合いの喧嘩もしたことがない奴が、いきなり魔物に勝てる訳が無いんだ。お前達は、ゲーム感覚でいるみたいだが現実はそんなに甘く無いぞ!」
「ずいぶん知ったような口を聞くね。不知火は経験があるのか?」
「あるよ、異世界召喚は今回が初めてでは無いからな…」
俺は右手を上げると、頭上から光に照らされて黄金の甲冑と二振の聖剣を手にした。
「その…鎧と剣は?」
「これが証拠だ。この鎧と剣は、今迄の世界を救った報酬として貰った。」
「今迄って…今回が2回目では無いのか?」
「今回で7回目だ!マジでいい加減にして欲しいよ。」
俺はうんざりしながら答えた。
そう…今回の異世界召喚で7回目なのだ。
いずれの世界も救って来た。
そして今度の世界は…?
6月22日
HOTランキングで6位になりました!
6月23日
HOTランキングで4位になりました!
昼過ぎには3位になっていました.°(ಗдಗ。)°.
6月24日
HOTランキングで2位になりました!
皆様、応援有り難う御座いますm(_ _)m
ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~
にくなまず
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。
その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。
そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。
『悠々自適にぶらり旅』
を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。
私異世界で成り上がる!! ~家出娘が異世界で極貧生活しながら虎視眈々と頂点を目指す~
春風一
ファンタジー
『いーわよ、そこまで言うならもう、親子の縁なんて切ってやる!! 絶対に成功するから、今に見てなさいよ!!』
如月風歌は、考えるより先に行動する脳筋少女。中学の卒業式の日に、親と大喧嘩し、その勢いで家出する。時空航行船のチケットを握りしめ、着の身着のまま&ほぼ無一文で、異世界に向かっていった。
同じ地球でありながら、魔法で発展した平行世界エレクトラ。この世界に来たのは『シルフィード』と呼ばれる、女性だけがなれる『超人気職業』に就くためだ。
上位階級のシルフィードは、トップアイドルのような存在。また、絶大な人気・知名度・影響力を持ち、誰からも尊敬される、人生の成功者。巨万の富を築いた者も、少なくはない。
だが、お金もない・人脈もない・知識もない。加えて、女子力ゼロで、女らしさの欠片もない。全てがゼロからの、あまりにも無謀すぎる挑戦。しかも、親から勘当を言い渡され、帰る場所すらない状態。
夢に燃えて、意気揚々と異世界に乗り込んだものの、待ち受けていのは、恐ろしく厳しい現実と、パンと水だけの極貧生活だった。
『夢さえ持っていれば、気合さえあれば、絶対に上手くいく!!』と信じて疑わない、脳筋でちょっとお馬鹿な少女。だが、チート並みのコミュ力(無自覚)で、人脈をどんどん広げて行く。
ほのぼの日常系。でも、脳筋主人公のため、トラブルが発生したり、たまにシリアスだったり、スポ根っぽい熱い展開も……。
裸一貫から成り上がる、異世界シンデレラストーリー。
チートな転生幼女の無双生活 ~そこまで言うなら無双してあげようじゃないか~
ふゆ
ファンタジー
私は死んだ。
はずだったんだけど、
「君は時空の帯から落ちてしまったんだ」
神様たちのミスでみんなと同じような輪廻転生ができなくなり、特別に記憶を持ったまま転生させてもらえることになった私、シエル。
なんと幼女になっちゃいました。
まだ転生もしないうちに神様と友達になるし、転生直後から神獣が付いたりと、チート万歳!
エーレスと呼ばれるこの世界で、シエルはどう生きるのか?
*不定期更新になります
*誤字脱字、ストーリー案があればぜひコメントしてください!
*ところどころほのぼのしてます( ^ω^ )
*小説家になろう様にも投稿させていただいています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる