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第2章道化師は進む

第38話 神の使い

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「な、何じゃこれは......!?」

「こんなの......ないです.......」

 兵長が持っていた石を使って、ついてきたベルと共に神殿の入り口へと戻ってくると目の前に広がる獣王国の見る影もない街並みに二人は驚きと悲しみが隠せなかった。それは当然だ。なんせ城下町のほとんどが赤く染まっており、どこから現れたのかと思われる多くの巨大な獣がいたるところで暴れまわっている。

 二人はとにかくその城へと向かった。燃えているのは城下町だけではない。この国の象徴とも言える城が悲惨な状態となっているのだ。神殿攻略を始めてから1日と少ししか経っていないのにこの有様。しかも、丁度クラウン達最強戦力がいない時に。これは絶対に裏でこの事件の糸を引いている者がいる。

「ああああああ!」

「だすけてぇ!!!」

「ママ~!!」

 城下町に入れば逃げ惑う人々、建物の下敷きになっている人や足をもがれている人、母親を見失って泣き叫ぶ子供。それらの人々以外にもいろいろな状態の人々が総じて顔を青ざめさせ、絶望したような光の宿っていない目をしていた。

 そんな人々を見て、二人は思わず目を覆いたくなった。今まで笑顔や賑わいで溢れていたこの街が、今や恐怖と絶望で顔をこわばらせて阿鼻叫喚の声を上げているのだから。見ていられないのもしょうがない。まさに天国から地獄に変わったような状況は二人でなくても心を苦しめるのだから。

 するとその時、一人の兵士が兵長のもとへやって来た。その兵士は顔を血で赤く染め、片腕を失いながらも絶望に抗うような瞳をしていた。そんな兵士に兵長は声をかける。

「無理をせんでいい。じゃが、わかっている状況を教えてくれ」

「現在の状況は総計8体の巨大な獣によって町はほぼ全壊。死傷や行方不明者は数えきれません。それから、城の方ではその獣が現れたと同時に暴動が発生。しかも、暴れ出した人たちは戦闘訓練をしていないメイドを含めて高い戦闘力を有し、次々と兵士を殺戮。加えて、総じて虚ろな目をしていました」

「近衛兵は?獣王様はどうしたんじゃ?」

「近衛兵の大半が死傷、獣王様は現在行方不明です。近衛兵4人で暴動者は取り押さえられるので、獣王様なら無事だと思いますが......」

「つまりは獣王様の姿は確認できていないのだな?」

「はっ!そのように聞いております。ただ、同時に王の御前で何やら激しい音がするとも聞いていますが.......」

 兵長はその言葉に思わず苦虫を苦虫を嚙み潰したような顔をした。正直、凄まじい被害が出ているであろうことはわかっていたが、まさか近衛兵までもがそこまでやられているのは想定外だった。それから獣王に関しての情報は出来れば、内容を確認する前に居て欲しかった。だが、それは仕方ないことであることはわかっている。きっとこんな状況でこの兵士も混乱していたんだろうから。

 とにかく今知るべき情報は聞けた。兵長は「もう少し堪えてくれ」とその兵士に言うと改めて城に向かって走っていく。するとその兵長の後にベルもついてきた。兵長はそのことに困った顔をして、止まる訳にもいかないので走りながらベルに言った。

「ベル、儂からの頼みじゃ。この先行く場所はベルが行くべき場所ではない。だからどうかベルだけでも避難してくれ」

「じいじ、それは出来ないです。私が行くべきはむしろそっちです。主様ならきっと私を連れて行くです。だから、じいじの頼みでも聞くことは出来ないです。私は主様の奴隷です」

「はあ、この頑固さは誰に似たんじゃろうか」

 「おそらく仁だろうな......」とは思いながらも兵長は止める言葉を言うことはなかった。もう止めても無駄だわかっていたから。それにクラウンに鍛えられたベルは今や近衛兵すら軽く凌ぐ。それはあの神殿を攻略している時や獅子と戦っている時にわかったことだ。それからいざとなれば自分がいる。伊達に昔、勇者だったわけではない。クラウンほどではないが、それでも人類最高の戦力であることには変わらない。

 その時、一匹の獣がその二人の前に現れて火炎放射器の数十倍の威力がありそうな炎の息吹を吐き出した。だが、二人は進めることを止めない。

 兵長は剣を引き抜くと軽く横に振った。その瞬間、その炎の息吹が二人を避けるように分かれていく。そこにベルが一気に飛び出した。そして、短剣を振るうと光の斬撃が放たれる。それは兵長が獅子と戦った時に使った<光滅の刃>だ。その斬撃は真っ直ぐ進んでいき、その獣を両断した。

 やはり戦闘力的には神殿の前にいた獅子の分身体と変わらない。なら、すぐにでも全てを討伐と行きたいところだが、この国の力の象徴ともいえる獣王が殺されてしまっていると国民が知ったら、たとえこの国から脅威が去ったとしても国民は悲しみに暮れ、復興の際の行動が遅れる可能性が高い。そうなれば、この国は事実上の滅亡となってしまう。それだけは避けなければならない。

 二人はとにかく走った。そして、神殿に辿り着くと王の間へ向かった。

「「......!」」

「あ?早過ぎじゃねぇ?この展開はさすがに予想して無かったなぁ」

 兵長とベルは思わず目を丸くした。なぜなら大臣が獣王様の首を鷲掴みにしてそのまま持ち上げているからだ。その獣王は腕をだらんとし動くこともなければ、うめき声すら聞こえない。生きているかどうかの判断も難しい。ただ、生きている可能性を信じてここは動くしかない。だが、その前に......

「お主は何者じゃ?儂が知っている大臣はこんなことをするはずもない」

「俺は俺さ。だが、元獣人で今は神の使いというところだがな」

「.......神の使い!?」

「ああ、そうさ。俺は神に選ばれた獣王を超える偉大の存在。そして、今の俺の名はラガット。この地の古代の言葉で『崇拝者』というらしい。まさに俺にピッタリな名だと思わないか?」

 そう言うと獣王を投げ捨てながら、ラガットは大きく笑った。だが、一方兵長はその事実に打ちのめされていた。.......神の使い。ということは、この人物が仁が求めている神という存在に関することであるという事だ。だが、神に選ばれたとてそう簡単に神の使いになれるものなのか?聖王国にいた教皇はあれはそもそも人ではなかった。しかし、目の前にいる人物は元はちゃんとした獣人だ。

 そんな兵長の思考を読み取ったのかラガットは嘲笑いながら答える。

「俺はこの国に酷く絶望していたんだ。国民を護るためと言いながらいつまで経っても生贄を捧げる始末に。たとえどれだけ多くの犠牲を払ってもあの神殿にいる化け物を殺すべきだった!......だが、この国はもう腐りきるほどに腐っていた。だから、俺の姉も生贄として食われた」

「お主も家族を失った一人であったのだな......」

「お前の同情と一緒にするな。俺にとってはあの人がいさえすればそれで良かった。しかし、現実はそうはならなかった。だから、俺は呪い、願った。助けるためとほざきながら、微塵も動く気のないこの国の滅亡をな」

「そんな気持ちの人はほとんどです」

「だろうな。だが、そいつらは後が怖くて心の叫びを声に出せなかったにすぎない。だから、俺がそいつらの気持ちを、感情を代わりに主張しているだけだ。だって、おかしいと思うだろう?あの国民どもは生贄巫女に生かされているというのにそれを当たり前のように生きているんだから」

「「.......」」

 ラガットは突如両腕を大きく広げると恍惚とした表情で言う。

「その時だ!俺の目の前に我らが主が現れたのは!......俺も最初は目を疑ったものさ。神なんて人族が勝手に作り出した存在だと思っていたからな。だが、その神は存在した。そして、俺に力を与えてくれた。あの間抜けな国民どもに復讐できる機会をな!」

 そして、二人に語りかけるように言葉を続ける。

「まあ、あの化け物と手を組むのは癪だったが、全てを知った時の獣王は実に滑稽だったぜ?その上自分を慕ってくれていた部下が殺されるなんてよ?」

「そう言えば、おかしな暴動者がいると聞いたが、もしかしなくてもお主の仕業じゃろう?」

 その兵長の言葉を聞いたラガットはその時の光景を思い出したのか思わず失笑した。そして、実に面白そうな表情をしながら答える。

「ああ、その通りだ。我らが主の側近からもらった魔石だったんだが、あそこまで効力が高いとはさすがに思っていなかった」

「下衆がです!」

「言ってくれるじゃねぇか、あの時のチビ狐。お前は生かされているとも知らずに......」

「どういうことです?」

 ベルは思わず疑問を口にした。だが、それは同時に次の発言を確かめるものでもあった。

 なんせ目の前にいる男は先ほどこの国を滅亡させると、国民に復讐すると言っていた。なら、この国生きる者達は一人残らず生かさないはずだ。だが、あの男は自分に対して「生かされている」と言った。となれば、生かされる理由上がるはずだ。そして、それはおそらく......

「お前の血は神獣にとても近いらしい。だから、『生かされている』と言ったんだ。それにお前を生かすために死んだ哀れな女がいただろう?」

「まさか......!」

 ベルは思わず恐怖した。次の言葉を聞くのを。先のラガットの質問で答えはすぐにでも出ている。だが、聞きたくはなかった。だって、脈絡もなくこんなタイミングで言うという事は―――――――――

「あの女は俺が操って殺した。わざとお前を生かし、自らが生贄となるようにな」

「ああああああああ!!!!」

「ベル、止まるんじゃ!」

 ベルは激情のままにラガットへと突っ込んだ。ラガットはそんなベルを愉悦の笑みを浮かべて見ながら......

「がはっ!」

 瞬時にベルの前に現れ腹部に掌底をぶちかました。ベルは向かってきた勢いをそのまま反転させたかのように吹き飛ばされていく。そんなベルを受け止めようと兵長は走り出した。だが、その前にすでにラガットがいた。

「邪魔すんな、老いぼれが!」

 ラガットは足を大きく回すと兵長の首筋に叩きつけた。そのあまりに早い動作に反応が間に合わず兵長はその攻撃をもろに受ける。そして、その一撃で意識が揺らぎ、地面へと叩きつけられる。

「もう失わせないです!」

「やってみろチビ狐」

 体勢をなんとか立て直したベルは<隠形>でラガットの背後に現れると逆手に持った剣を突きさすように振るった。だが、それはラガットに首を傾けられるだけで避けられ、その振るった手首を掴まれると地面へと叩きつけられる。そして、石を蹴飛ばすようにベルの体は吹き飛ばされた。

「おいおい、さっきの威勢はどうした?もっとかかってこいよ。こっちは退屈してんだからな」

「ふざけんなです!」

ベルは<光滅の刃>を無数に放った。一発でも当たれば岩をも消し飛ばすほどの斬撃を。だが、ラガットは空間からどこからともなくメリケンサックを取り出すとそれを両手にはめ、斬撃を殴った。すると斬撃は爆散し、ラガットに当たることはなかった。

 その事実にベルは思わず呆然とする。あの斬撃は文字通り光で対象物を消滅させるものだ。対抗するには同じ魔力で出来た魔法をぶつけるしかない。物理でなんとかするなど以ての外。それはクラウンでもしないこと。だが、それを目の前の男は平然とやってのけた。それはベルにとってあまりに衝撃的であった。

「どうした?それだけか?そんなんじゃ、お前を生かした女は報われねぇな。ただの犬死だ」

「どの口がそれを言うです!言う資格はないです!」

「なら、もう少し抵抗してみろや!退屈させんじゃねぇ!」

「かはっ!」

 ラガットは瞬時にベルの横に現れると足で蹴り上げ、がら空きになった背中に裏拳をかました。そして、吹き飛んだベルに先回りすると足を上下に開き、左手で狙いを定めて右手を構えた。

「これは我らが主からもらった力の一端に過ぎない......尖貫裂撃」

「そうはさせん!」

 ラガットはその右腕を幾重にも残像させながら拳を振るった。そして、その貫くような斬撃を伴った拳はベルに.......当たることはなかった。その前に兵長が割込みその攻撃を剣で弾いたからだ。だが、全てを弾くことは出来ず、一発を横っ腹に受けた。するとそこの部分には後ろの壁が見えるほどの風穴を開けた。

「ごふぉ......」

「じいじ!」

 兵長は血反吐を吐きながら倒れ込む。その一発のダメージがあまりにも大きすぎたのだ。口からも横っ腹からも鮮血が溢れてくる。ベルは必死に兵長の意識を保たせようと声をかけるが、兵長の反応は薄い。

 だが、そんな状況をラガットが待つはずはない。

「チッ、邪魔しやがって。思わず無駄な力が入っちまったじゃねぇか。まあ、いい。結果的に邪魔は死にかけで、このチビ狐は生きている。お前には神獣の血を引いただけある潤沢な魔力があるからな。精々、余生を楽しめよまあ、せっかく生贄を逃れたのにまた我らが主の生贄になるというのは滑稽すぎるがな。......そんじゃあ、邪魔者には消えてもらうとするか」

「じいじに手を出すなです!」

「もう遅い.......!」

 ラガットが兵長の頭を踏み潰そうとした瞬間、それは黒い刀によって受け止められた。ラガットは一瞬感じた身のよだつ威圧にその場から咄嗟に距離を取った。そして、尋ねた。

「誰だ、お前は?」

「俺か?俺は神に逆らう......ただの道化師だ」

 神逆者クラウンは不敵に言い切った。
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