上 下
278 / 303
第2章道化師は進む

第26話 強制強化#2

しおりを挟む
「さて、1週間経ったがだいぶ目つきが良くなったな」

 クラウンは1週間ぶりに見たベルを見て思わず目を細める。そういうベルの目はどこか野生じみた目つきになっていて、1週間前には見れなかった殺気のようなものが籠っていた。

「それじゃあ、次のステージだ。俺に刀を引き抜かせてみろ」

「はい......わかったです!」

 ベルは返事した瞬間、クラウンに襲いかかった。そして、左手に持っていた魔物の牙をクラウンの顔面目掛けて投げた。だが、そんな攻撃がクラウンに当たるはずもなく頭を傾げるだけで避ける。しかし、ベルはそんなことはわかっていた。だから、魔物からコピーした<隠形>と<瞬脚>を使って背後に回り込むと逆手に持っていた短剣を振るった。

「あめぇ」

「かっ!」

 クラウンはわかっていたようにその場で逆立ちになるとその時の足を上げる動作で迫ってきたベルの顎を打ち上げた。そして、すぐに体勢をもとの形に戻すとベルの腹部に蹴りを入れて吹き飛ばした。吹き飛ばされたベルは木に叩きつけられ肺の空気が強制的に吐き出された。

「その攻撃は悪いとは言わない。だが、それはあくまで魔物との戦いだ。対人戦では有効打になり得ない。常に相手の攻撃し得る手を読んでおけ」

「はい......」

 ベルはゆらゆらと立ち上がると再びクラウンに向かった。それに対しクラウンは腕を組みながら仁王立ちで迎え撃つ。

「白峰」

「!......それは悪くない」

「くはっ!」

 ベルはクラウンに接近すると連続攻撃を続けた。だが、まだ動きが荒いのと身長差で簡単に避けられていく。しかし、ベルには近づくことが狙いだったのか、短剣の先をクラウンに向け開いている左手のひらで柄の頭を押さえると魔力を解き放った。すると剣先から一直線に鋭い斬撃が伸びていく。

 クラウンは驚きながらも膝を曲げて地面スレスレまで上体を逸らすことでその攻撃を避け、さらにその状態から両手を地面につけ、また逆立ちへと移行する。そして同時に両足でベルの頭を挟み込むと勢いよく足を戻して投げ飛ばした。ベルは地面に叩きつけられ、引きずられながらうめき声を上げる。

「早く体勢を立て直さなければ、お前は殺されるぞ」

「くっ!ああ!」

 クラウンは体勢を立て直すとベルのもとへ直行した。そして、大きく拳を振り上げ、振るった。ベルは両腕を前に出して防御したが、その腕は攻撃によって曲がりそのまま吹き飛ばされる。

「俺からコピーした<超回復>があるだろ?早く治せ」

「は、はい.....」

 ベルはクラウンに言われた通り<超回復>で腕を元通りに修復していく。だが、これには多大な魔力を使う。そして、ベルはこの1週間ほとんど休みなく戦っていたのであまり魔力が残っていなかった。故にベルは倦怠感で辛そうな顔をしている。それを見たクラウンはため息を吐いた。

「一度寝ろ。その状態でやっても俺とお前では体の出来が違う、非効率なだけだ」

「わかった......です」

 クラウンはそう言うと木を背もたれにして座り込んだ。ベルはその場で屈みながら呼吸を整えていく。ベルの顔色はあまり良くなく<超回復>の効果で無理やり持たせているというぐらいだ。そんな様子のベルにクラウンが話しかける。

「これが生きるということだ。生きるためには、自由を得るためには、そして仲間を護るためには力が必要不可欠だ。お前が生き延びるために犠牲になった伯父と叔母奴らも力があれば、犠牲になることもなくお前もこんなことを経験せずに済んだ。だが、そんな仮定の話をしたところで何の意味もない。お前が生きたいなら、家族を望むなら早く力をつけろ。それをお前が望む限り俺は手伝うことを拒みはしない。俺も使えない駒
弱者
はいらないからな」

「......それは自分が弱かったからです?」

 ベルは思わず聞いてしまった。どこか触れてはいけない琴線に触れたような気がしたが、クラウンはイラ立ちも見せずに淡々と返答した。

「ああ、そうだ。俺は知識も魔法も純粋な力も何もかもが足りなかった。いや、あの時は恐怖もあったが、それとは別にまだ信じようとする気持ちがあったから体が動かなかったかもしれないがな」

「私達が信じられなくなった原因はそこにあるです?」

「ある。今思い出しただけでも虫唾が走る。俺を貶めておいてなんの感情もない瞳が!俺の不幸を笑う顔が!......あいつらはもとの世界からの馴染みだった。だが、まさかあいつらが俺をあんな風に思っていたなんてな。特に雪姫だけは俺を見捨てないでくれると思っていた。しかし、違った。だがら、のだ。人を信じるとバカを見るのはこっちだ」

「リリス様とも同盟関係であるのはそれが理由で?」

「そうだ。つまらんことを話したな」

 そう言うとクラウンはその話題について一切触れることはなかった。一方、ベルにはクラウンの悲しみが混じった声色に胸が痛んだ。自分の今までの人生は私の立場的な問題もあったけど、それでも信じてくれる人がいて、助けてくれる人がいてくれたから今もこうして生きていられる。

 しかし、主様には自分の力で生きていかなければならなかった。信じていた人に裏切られ、見捨てられ誰も助けてくれない。そして、絶望した。私とは真逆だ。だからこそ、信じなくなった......いや、信じられるのが自分しかいなくなってしまった。主様の一番の古株であるロキ様もおそらく心の底からは信じられていない。

 信じたいのに信じられない。その気持ちはとても辛い。常にまた裏切られ、見捨てられることを懸念して疑い続けなければならないから。そんなことをすれば精神を摩耗し、やがて人ではなくなって互いを利用し合う魔物になってしまう。

 今はロキ様が魔物になりかけている主様を抑えているという状態だ。しかし、まだ希望はある。自分の心に触れて欲しくない主様がその中身を吐露したのだ。それだけで主様の中にはまだ人に戻れる可能性を秘めている。そのためには時間をかけてでも一緒にいることが重要だ。なら、私が奴隷であることは打ってつけだ。それに、私はどうやらただの奴隷ではないようだし......

「主様、一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「主様はどうして私に隷紋をしないです?」

「めんどくさいからだ。......それに俺は束縛されることが嫌いだ。自由を奪われることが嫌いだ。その気持ちは何より分かっているつもりだ。それにそんなことをしても面白くもないし、俺はお前をただの駒にするつもりはない。意思のある駒の方がいちいち命令しなくて何かと楽だからな」

 ベルはその言葉を聞いて思わず微笑む。自然と尻尾も揺れる。......これが私がただの奴隷ではない理由だ。本来なら奴隷に意思など必要ない。それは命令するたびにその意思によって支障を起こすことがあるからだ。

 奴隷は道具。理不尽な使用に道具が抵抗しないように、奴隷にも拒否する権利などありはなしない。そして、主の命令に全てを忠実にこなしていく。生き地獄だとは思っても死にたいと思っても体は生きたがっている。そうして繰り返していく絶望のサイクル。

 しかし、私の主様は違う。私に意思を与えてくれるのだ。それがどんな理由であろうとも主様にとって些細な選択が私にとっては大きな喜びに繋がっているのだ。私は自分の自由のもとに意思のある主張が出来る。もちろん、主様からの命令は出来る限りこなしていくつもりだ。

 そしてこれからわかることは、主様は本当は優しいのだ。絶望を知って心が変わってしまったとしても本質はそうそう変わることはない。主様が冷たい態度を取るのは単に人が信じられない故だけ。だから、主様を本来の心に戻すには少しぐらい強引の方が良いかもしれない。

 すると座っているクラウンにベルが近づいてきた。クラウンは思わず警戒する。

「何の用だ?」

「主様のそばで寝たいです」

「......は?」

 ベルの言葉を聞いてクラウンは呆けているうちにベルはサササッとクラウンの横に座る。クラウンは咄嗟に遠ざけようとするがベルが服を掴んで離さない。

「おい、離れろ」

「嫌です。私は主様の温もりを感じて寝たいです。これは主様が認めてくれた私の意思です」

「くっ......この野郎」

 クラウンの抵抗も虚しく、ベルはクラウンにピッタリと寄り添うように体を近づけると微笑んで尻尾をふわりふわりと揺らす。長らく感じたことのなかった温もりだ。それに思った通り主様はやっぱり優しい。私の行動に命令して止めることも出来たはずなのに、それをしなかった。ため息を吐きながらも私の耳が気になっているのかそれを触っているぐらいだ。

 私は幸運だったかもしれない、主様に拾ってまらえたことが。たとえその人がどんな狂気に飲まれていようともまだ希望がある限りこの拾ってもらった幸運を返していかなければと思う。

「主様、ゴツゴツしてるです」

「それは俺の筋肉のせいだ。嫌だったらさっさと離れろ」

「そんなことないです」

 しかし、気になりはするのかベルはクラウンの腹筋に触れた。そして、なにかに感動したようにその触り心地を確かめるように擦っていく。

「おい、なにしてる」

「直で触ってみたくなったです」

 するとベルはクラウンの服に片手を突っ込み言葉通り直で触り始めた。しかも少しずつ鼻息を荒くして。そしてついにはクラウンの足に馬乗りになり、もう片方の手も突っ込んで先ほどよりもやらしい手つきで触り始めた。

「こ、これが主様の筋肉......」

「おい、いい加減にしやがれ!」

「嫌です!主様の筋肉が触りたいのです!......あ、足の方もいいです」

「この......変態がああああ!」

 いら立ちが限界に達したクラウンはついにベルの胸ぐらを掴むと自分から話すようにぶん投げた。ベルは上手く着地するとどこか血走った目でクラウンを見ながら虎視眈々と隙を狙っている。

「あれが筋肉......すばらしいです」

「おい、クソ狐!急になにに目覚めてんだ!」

「この筋肉という世界を教えてくれたのは主様です。どうかもっと教えるです」

「ざけんな!勝手に人を巻き込むんじゃねぇ、変態クソ狐がぁ!てめぇに睡眠なんてやらねぇ、その世界を俺がぶち壊してやる!」

「そうはさせないです!」

 そうして始まる第2ラウンド。クラウンはベルがその抵抗の意思がなくなるまでぶちのめしにかかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

死んだのに異世界に転生しました!

drop
ファンタジー
友人が車に引かれそうになったところを助けて引かれ死んでしまった夜乃 凪(よるの なぎ)。死ぬはずの夜乃は神様により別の世界に転生することになった。 この物語は異世界テンプレ要素が多いです。 主人公最強&チートですね 主人公のキャラ崩壊具合はそうゆうものだと思ってください! 初めて書くので 読みづらい部分や誤字が沢山あると思います。 それでもいいという方はどうぞ! (本編は完結しました)

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...