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第1章 道化師は笑う

第9話 覚悟

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「あれは.....」

 クラウンは奥の部屋に入るとすぐに言葉が漏れた。目の前にある祭壇には実に見覚えのある武器が置かれていたからだ。クラウンは迷わずそれを手に持つとじっくりと観察した。黒光りに流動的な線が入っている鞘に美しい鍔、鮮やかな文様が施された柄、そしてずっしりくる重さ。そう日本刀である。クラウンは鞘から刀身を出してみるとその刀身はほぼ漆黒に近く、赤い線の波紋があった。どうやら刀身の方はよく見る日本刀ではないが、わかる。これは業物であると。

「これって......」

 リリスもまた見覚えのあるエメラルドシルバーの脚甲ソルレットであった。これはよく母が魔物を狩に行くとき履いていたもので、宝のように大切に扱っていたものである。そもそもここに行くよう指示したのは母である。こんなところにあるということはもっとすごいものかと思ったが、これはこれで予想外であった。てっきりそのまま履いていったものかと。

「ウォン」

「どうした?ロキ」

「これは......手紙?」

 ロキの一吠えで我に返った二人はロキの視線上にある手紙の存在に気づいた。リリスはその手紙を取ると声に出して読み始める。

『久しぶり、リリス。そして、初めましてクラウン君』

「おい、なんで俺の名を知ってるんだ.....」

「知らないわよ......あんた、ここに来たのは?」

「半年前だ」

「なら、おかしいわ。だって、私の母さんがいなくなったのは一年前のことだもの。ちなみに面識は?」

「リリスの母親は魔族だろう?なら、ないな」

 クラウンとリリスはその一文だけで目を見開くほど驚いた。特にクラウンは。リリスの母親はどうやって俺の名を知り得たのか。そのことはいづれ本人を見つけて問いたださねばなるまい。

 するとクラウンはリリスに続きを言うよう促した。

『クラウン君、私は君の全てを知っているわ。だけど、それを脅しに使うつもりはないから安心して。まあ、たとえ言ったとしてもあなたは屈しないだろうけどね』

 リリスの母親の文章はどこか柔らか、優しいイメージを与える。リリスはそれに親しみさえ覚えた。だが一方、仮面の穴から見えるクラウンの目はかなり冷たい様子であった。

『それじゃあ、本題に入るわね。あなたたち二人に与えたのはあなた達が殺したがっている人物を殺すためのものよ。その武器ならやつらを殺すことができる。あなたなら、分かるわよね?クラウン君』

「ああ、わかる」

『この世界は多くの民が気づかないだけで悪意と狂気に満ちている。この世界はまるで御遊戯の盤上の上。正しくこの世界の名にピッタリな世界となっているわけよ。あなたは、いえこの世界の救世主となるでしょう。けど、この世界の真実に気づかない民はあなたのことを悪魔かなにかと思うでしょうね』

「だろな」

『こんなこと言うのはおかしいかも知れないけれど、どうか悪魔になってこの世界を壊して!もうそれしかこの世界をもとの世界に取り戻す方法はないの。......あなたはきっとこの旅で多くのことを失うかもしれない。それは覚悟しておいて』

 そこで手紙は終わっていた。リリスはなにやら浮かない顔をしていた。それもそうだ自分の母がこの世界を破壊することを望んでいる。これを一体どう受け止めればいいというのか。そして、母はこの世界の一体何を知っているのか。どうして壊すという決断まで至ったのかその全てが何もかもわからない。

 その時、隣から禍々しい殺気が溢れ、復讐に全てを捧げるような邪悪な笑い声が聞こえた。今まで感じたことのない空気が冷たくなるような、体が強張って冷汗を掻くような、そんな嫌悪感を抱くような笑いが。

 クラウンは何がおかしかったのかしばらく笑い続けた。そんなクラウンをリリスはいずれ知っていかなければならないと覚悟した。

「いいだろう、もともとそのつもりだ!俺がこの世界をぶっ壊してやる!何もかもあらいざらい全てをな!」

 クラウンはそう宣言すると刀を持ってこの場を去り始めた。その後をロキはついていく。

「母さん.....」

 リリスは少し悲しい声で呟いた。自分の母ながら何を考えているのかわからない。次に会ったときは必ずこの世界の真実とやらを問い質さねば。そう思うとリリスは自身の切れた髪を祭壇に置いた。母がまたここに来た時に自分が来た証として。

「......行ってきます」

 そう言うとリリスは脚甲を指輪にしまうと髪をサイドテールに結び直し、クラウンのもとに駆け寄った。

 神殿を出るとリリスはすぐに次の目的をクラウンに尋ねた。

「それで、あんたは次は何をするつもりなの?」

 そう聞くとクラウンは笑ったような気がした。まだ出た邪悪な笑いだ。

 クラウンは刀を出したり戻したりして、感触を確かめながら告げる。

「......そうだな、次は王都を襲撃する」

「......は?」

 これにはリリスも目が点になった。こいつは何を突然言い出すのか。バカじゃないか。

「本気だ」

 クラウンに心の声の返答をされた。いや、言葉が漏れていたのか。だが、そうは思うだろう。なぜばら王都は人族の本拠地で警備も厳重、一度敵に回せば厄介極まりない。叩くなら最後のはずだ。それを一番最初に持っていくなんてバカと呼ばずになんと呼ぶのか。けど......

 リリスはため息を吐く。こいつの目は本気だ。いや、復讐に身を捧げるやつが冗談でもそのようなことを言うはずがない。なら、何か目的があってそうするはず。一体何が目的なのか。

「あんた、何する気?」

「最後のケジメをつけに行くだけだ......俺は道化師クラウンで神に仇名す反逆者だ。なら、俺にがあるやつは全てその繋がりを断ち切るまでだ」

「......悪魔になるために?」

「悪魔なんぞ矮小だ。俺は化け物になるために必要なこと......ただそれだけだ」

 リリスはその言葉をどこか悲しく感じた。今の私に繋がりはないけれど、その繋がりがあったことは今でも大切にしている。それを自らの意思で断ち切るなんて。心が壊れてしまわないだろうか。......たとえすでに壊れているとしてもそれを行ってしまえば、もう取り返しのつかないところまで行ってしまうのではないか。けれど、それを止める資格も覚悟も今の私にはない。クラウンが依然誰も信用しない目をしているだけで、言ってもきっとクラウンの心には届かない。今の彼には復讐しか生きる目的が無いのだ。それはとても寂しく、悲しいこと。

『困っている人がいたら助けてあげるのよ。それができる女になるためのコツよ』

「.....!」

 不意に母の言葉を思い出した。母を私を早く自立できるように厳しく育てた。だが、それ以上に優しさに溢れていた。そんな母が送ってくれた言葉だ。......クラウンはきっと何もかもを自力で済ませようとするだろ。けど、そんなことを続ければクラウンが持たない。ならば......

「よし!」

「なんだ?」

「覚悟を決めただけよ」

「そうか」

 もちろんクラウンのことについてだ。未だ王都襲撃については踏ん切りがつかない。でも、私はついていく。そして、クラウンの心を救う手助けができればいい。それが世界を救うという母の願いに近い気がするから。

 するとロキがリリスに近寄り擦り寄ってきた。その瞳からはロキも同じことを考えているように感じた。

「ロキちゃんも同じなのね......」

「ウォン」

 リリスはそんなロキを撫でながら、森の中を歩いていった。

 森を出ると何か月ぶりかの太陽の光にクラウンは思わず目を細める。そして、思う。

「なんか新しい服がほしいな」

「あんた、今更それ言う?」

「力を得ることを優先していたんだ。だが、もうあの森は狩りつくした。用はない」

「それ、他の人が聞いたら卒倒しそうね」

 リリスは先ほどとは違い割とのんきなことを言っているクラウンにため息がでた。服は作れないが、縫うことは出来る。なにか手頃な服が手に入ればいいんだが......

「ああん?誰だ、てめぇら」

「あっ」

 クラウンたちに声をかけてきたのは頭にターバンのようなものを巻き、腰に布を巻き付けて粗野な服を着ている男。他の人が見たならきっとその男を盗賊だというだろ。リリスはその男を見て思わず言葉は漏れた。

 男はロキの存在にビビりながらも、クラウンたちを......いや、主にリリスを見ながらニヤついた笑みを浮かべる。リリスはその男の視線をとても嫌そうに感じた。

 すると男は胸元にあった笛でピーっと音を鳴らした。そして、しばらくすると足音が聞けてくる。するとあれよあれよと三十人近くの盗賊がやってきた。その中には飼いならされているだろう野犬の姿も。

「おうおう、これは上玉だな」

「だが、そこの男とでけぇ犬が邪魔だな」

「いや、あの犬は使える。生け捕りに決定だ」

「つーか、なんだあの格好は?どこの浮浪者だよ」

 男たちはそのようなことを笑って言いながら様々なことを口にしている。リリスはそんな男たちの反応に対するクラウンの反応にやや冷汗を感じていたが、クラウンはただ虫けらを見るような目をするだけで行動には移さなかった。だが、一人の男が目に留まると空気が変わった。

 その男は盗賊団のボスであろう男でその恰好が黒のコートに黒のズボン、そして黒のブーツと全身を黒っぽい、そしてどこかで奪ってきたであろう高い衣装に身を包んでいた。そのことにクラウンはニヤついた笑みを浮かべ、その瞬間男たちの前から消えた。

「おい、お前。なに笑って......んだ」

 盗賊団のボスの頭が落ちた、地面に。盗賊団のボスの顔は死んだ後も先ほどのセリフの続きを言っているような顔であった。つまりは盗賊団のボスは死んだことに気づいていないのだ。死んだ後も。

 クラウンは「いい刀だ。切れ味もいい」そう言いながら刀についた血を払う。クラウンがそういう行動をとった時に、盗賊団は気づく。目の前に男がいないことに。

「ドサッ」

「「「「「.......!」」」」」

 そして後方で何かが崩れ倒れた音を聞いて、咄嗟に振り返るとそこには血を払い終えた男と頭と首から下が分離した盗賊団のボスの姿が。

 クラウンは盗賊団の方へ向くと静かに告げた。

「俺のために死ね」

 その言葉を聞いた瞬間、盗賊団全員の視界が意図せず回り始めた。そして、ゆっくりと目の前にいる男を下から覗くように目線が下がり、やがて......何かが頬に触れた。わかる。目を向けなくても地面がすぐ近くにあることぐらい。まだ意識があるらしく目の前にいる男を見る。するとその男は人間の姿をしていなかった。もちろん、そう見えただけであるが、男たちにとってはその事実だけで充分であった。そして、恐怖に顔を引きつらせると静かに視界が暗くなった。

 盗賊団が倒れると野犬は散り散りになって逃げていった。

 クラウンは切り終えると再び血を払い、刀を鞘へとしまった。そして、無言で盗賊団のボスの服を引っぺがす。

 そして、その場で着替えを済ませるとベルトに鞘を刺して、歩き出した。

 この一連の流れをリリスは黙って見ていた。盗賊団に情はないが、あまりに慈悲もない死であった。それだけクラウンの闇が深いということなのか。

「クゥン?」

「そうね、大丈夫よ。こんなので怖気づいてられないわ」

 リリスはロキの頭をひと撫でするとクラウンの後をついていった。
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