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第1章 道化師は笑う

第5話 再戦

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「ねぇ、クラウンは一体いつからここにいたの?」

「さあな、もう忘れた頃にだ」

「まあ、おおよそどんな生活をしてきたのかは察しがつくわね」

 そう言ってリリスはクラウンの姿を見た。

 クラウンの現在の姿はズボンを履いているだけで、上は半裸で下は裸足の状態であった。加えて、おそらく長かったであろうズボンはひざ下から千切れていて、ズボン自体の質も相当悪くなっている。それに、あの悪趣味の仮面。どういう神経で骨で仮面を作ろうと思ったのか。だが、それとは別に引き締まった肉体に見惚れている自分がいる。ええい、何を考えてるんだ私は~!

 リリスはぶんぶんと頭を振る。大丈夫、少し前に薬は飲んだし、まだストックはあった.....はず。

 「とりあえず味方に引き寄せられたが、いろんな意味で先が思いやられる」リリスは思わずそんなため息を吐いた。なんかため息を吐きすぎて幸せ逃げてない?

 リリスはどうにか気を取り直すとクラウンにあることを聞いた。

「そういえば、どこに向かってるのよ」

「リリスが向かおうとしているところに行く前に白黒はっきりさせないといけない奴がいる」

 クラウンはそう言いながら襲ってきた魔物を大剣で切り裂いた。

 かれこれこんな調子でしばらく歩いているとクラウンは突然止まった。そして、何かを見つけたように不敵に笑うと「ロキ、行くぞ」と言いながらロキと共に走り出した。

 リリスは勢いよく走り出したクラウンとロキを呆然とした表情で見送るとふと足元に輝く何かを見つけた。

「これは......」

 リリスが拾い上げたのはエメラルド色をしたペンダントだった。その中央はひびが入って割れている。これはおそらくクラウンが落としたものだろう。なにも信じないような目をしていたあの男が持っているとは思えない代物だ。だが、持っているということはなにかクラウンにとって意味があるのだろう。

 リリスはそれをポケットにしまうとクラウンとロキが向かった先へと走り出した。

「......見つけた」

 クラウンが目にしている先にはこの森の生えている大木と負けず劣らずの大きさで、のしのしと歩いている黒い毛並みをした筋肉隆々の魔物。宿敵であるゴリラの魔物だ。

 クラウンは一度あのゴリラの魔物と戦い、屈辱的な敗北をした。......あの時は弱かった。だが、今は違う。

 クラウンは<隠形>で気配を消すと<瞬脚>で一気に接近した。そして、ゴリラの魔物の背中に向かって跳ぶと大剣を思いっきり背中にぶっ刺した。

「ウホォォォォォ!」

 ゴリラの魔物は突然の痛みに悲痛の叫びを上げるとそこからノールックの裏拳で背後にいるクラウンを薙ぎ払った。だが、クラウンは<天翔>で空中を足場にして難なく避ける。

 ゴリラの魔物の下方ではロキが大きく口を開けている。そして――――――――――

「ゴォォォォ――――――――――!」

「ウボオオオオォォォォ!!」

 ゴリラの魔物の腹部に雷光の砲撃がぶち込まれた。これはロキの<咆雷>のスキルだ。

 直撃したゴリラの魔物はドスの効いた声を上げた。だいぶ苦しんで、痺れて一時的に動けないようだ。そこに畳みかけるようにクラウンは<天翔>と<瞬脚>を常時発動させながら、一気に近づく。その瞬間、ゴリラの魔物は首だけをこちらに向けると大きく口を開けた。これは......不味い!!

「ウホオオオオオオオオ!」

「......ぐはぁぁぁ!」

 少年はゴリラの魔物が放った咆哮をまともに受けた。これは前の闘いの時、自分を吹き飛ばした防御無視の攻撃だ。

 頭のてっぺんから足の先まで軋むような強い衝撃が断続的に走った。前回のドラミングチャージが無い分威力は小さいが、それでも堪える。だが、今は一人じゃない。

「ウホォォォォン!」

 ゴリラの魔物がクラウンに意識を向けている間に、ロキは森のハンターである威厳を示すような完璧な<隠形>をするとゴリラの魔物の顔の側面まで辿り着くと<斬翔>で大きく引き裂いた。

 ゴリラは突然のことに驚き、よろめく。その隙をクラウンは逃さなっかった。

 クラウンは再び近づくとゴリラの魔物の背後に回り込み、大剣を抜いた。そして大剣を持ったまま<火針>を発動させる。すると大剣はクラウンの燃える手から熱を伝って赤く輝いた。

「おらあああああ!」

「ジュウゥゥゥゥ――――――――」

「ウボァァァァ!」

 クラウンは赤くなった大剣をゴリラの魔物の腹部にぶっ刺した。刺した瞬間、猛烈に熱せられた大剣がゴリラの魔物の皮膚を焼く。

 ゴリラの魔物は悲痛な声を叫んだ。だが、森の王の威厳を見せるかのように歯を食いしばって体勢を立て直すとクラウンを殴り飛ばし、背後に回り込んでいたロキに立て直す思いっきり裏拳をかました。

「がはっ!」

「キャウン!」

 クラウンは地面に大きくクレーターを造る勢いで叩きつけられた。

 ロキは大木をなぎ倒しそのまま崩れ落ちる。

 ゴリラの魔物はクラウンを優先して、大きく腕を振りかぶると全体重を乗せるように殴りかかってきた。その攻撃に対し、クラウンは大剣を横にして、足を大きく開き、受けの体勢に入った。

「ウホオオオオオオォォォォ!」

「なめんな.......ぐふっ!」

 クラウンは確かにゴリラの魔物の攻撃を受け止めた。受け止めたが、全身を嬲られるような衝撃を受けた。これはゴリラの魔物が咆哮した時と同じような揺れの感じだ。まさか、あれはもっと別のスキルなのか。

 クラウンは数秒の硬直を要した。その数秒でまた追撃の一撃が――――――――

「ウォン!」

「ウホォォォ、ウホオオオオ!」

 ――――――来なかった。ロキが<斬翔>でゴリラの魔物の首筋を大きく切った。その攻撃により、ゴリラの魔物の攻撃は中断させられたのだ。

「おらあああああ!」

 クラウンはその隙を逃さなかった。大剣をゴリラの魔物の左胸に向かってやり投げのように投げると<天翔>と<瞬脚>でその後を追うように空中を走った。

 そして、その大剣が左胸に突き刺さるとクラウンは大きく腕を振りかぶる。

「剛腕!」

「ウホオオオオォォォォ!!.......バタンッ」

 クラウンは振りかぶった腕を金属のように固くすると刺さっている大剣の柄の頭に向かって思いっきり殴った。その瞬間、大剣の柄はポッキリ折れたが、刀身部分はその姿が見えなくなるほど左胸にめり込み、心臓を破壊した。

 ゴリラの魔物は脱力するように地面に伏してピクリとも動かなくなった。

「あの時、俺は弱かった。そして、俺はまだ弱い。......だが、その時の俺を殺さなかったことが、お前自身の敗北を招いたんだ。恨むなら、お前自身の驕りを恨むんだな」

 クラウンはその死骸を空中から捨て台詞のように吐きながら見下した。クラウンの死んだゴリラの魔物を見る目はただただ冷えきっていた。

 クラウンは地上に降りるとこちらに向かってリリスが近づいてきた。

「お疲れ様。......まさか、森の主を倒すなんてね」

「あんなのが森の主だと?......興覚めだな」

「その割には手こずっているように見えたけど?」

 リリスは近くにすり寄ってきたロキを労いながら、クラウンに向かって煽るような言葉を返した。だが、クラウンは苛立ったような様子は見せなかった。

「ああ、それはわかっている。こんなんじゃ、全然足りない」

「あら、意外と素直なのね」

「こんなことで見栄を張っても仕方がない。だが、俺(の心)が砕けることはない」

 そう言うとクラウンはゴリラの魔物を解体し始めた。そして、ある程度解体が進むとリリスが待ったをかける。

「ちょっと待って、その手に持ってるものくれない?」

「これか?」

 クラウンが手にしてるには地球儀もの大きさの魔石であった。クラウンにとっては価値は無いが、リリスにとってはあるのだろう。

「......好きにしろ」

「あ......ぶない!ちょっと、いきなり投げないでよ!」

「取ったからいいだろ」

 リリスはムスッと顔しながらも言い返さなかった。ここは我慢だ。......だが、リリスはまた別のことに待ったをかけた。

「ねぇ、待って」

「今度はなんだぁ?」

「クラウン、あんた、生で食べる気!?」

「あぁ?......そうだが?」

「はあ、ちょっとその肉を持ってきて」

 クラウンはリリスの言葉にめんどくさそうな表情をすると「めんどーだ」と言ってその場を動かなかった。代わりに、ロキが肉の一部を持ってきた。

 リリスは「ありがとう」と呟きながらロキを撫でた後、右手をそっと胸のあたりまで上げた。

「開け、宝物庫テゾーロ

「......!」

 そう言うとリリスの右手人差し指に嵌っていた指輪が輝いた。そして、その光に包まれて調理器具が飛び出した。これには、クラウンも目を見開く。

 リリスはクラウンからもらった魔石をしまうと一呼吸を置く。

「さ、作っちゃいますか」

「おい待て、それは何だ?」

「ん?......ああ、これね。これは『宝物庫の指輪』って言って魔力を流して使うとほぼ無限に貯蔵出来て、念じたものを取り出すこともできるのよ。あ、言っておくけど、お母さんからもらった大切なものだからあげないわよ」

「......わかっている」

「その顔はぜっっっっっったい、わかってない!」

 リリスは指輪を隠すようにして、クラウンを睨むように見るとその後調理を始めた。

 これまでに嗅いだことのない美味しそうな匂いがクラウンを襲い、ロキを襲い、周囲一帯に広がった。匂いに釣られて魔物が近寄って来るが、クラウンの食欲という力によってパワーアップした殺気によって蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 クラウンは食欲のそそられるままにリリスへのもとへと近づいた。そんなクラウンにリリスは勝ち誇ったような笑みを見せる。

「なに、あんたも食べたいの?」

「..........グゥゥ」

「体は正直者ね」

 そう言いながらもリリスは出来上がった料理を振舞った。その料理にクラウンとロキは噛り付くように食らいった。そして......

「おかわり」

「ウォン」

 ものの数秒で食べつくすとクラウンは皿を差し出し、ロキは皿を加えてアピールした。一人と一匹は見たことないほど目が輝いている。

 リリスは嬉しそうに笑みを浮かべながら言った。

「あたしの食べる分がなくなるでしょうが。」
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