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18話 いざ本拠地へ
しおりを挟む目の前は暗闇。
縛られた手足に激しく揺られる体。
手を高く挙げ、従者になることを望んでから早1時間……いや、もっと経ってるかもしれない。
どうやら俺は四肢を拘束、目隠しというなんともマニアックな装いのまま、あの金髪男に馬車のようなもので運ばれているらしい。
ここで『らしい』と曖昧な表現をしたのは、まずあの金髪男が「おもしれぇ、ボスに会わせてやるよ」と威勢よく言った放ったのち、「だが場所を知られちゃ困る」とえらく慎重なことを言いながら、初っ端に目隠しをしてきたからである。
つまり一発目で視覚情報を封じられた俺は、その後の出来事を五感のうち残り4つの感覚で判断しなければならなくなったのだ。
だが元剣聖を舐めてもらっちゃ困る。
前世、俺が極めたのは剣技だけではない。
圧倒的な実力を誇るには、まず自らの体を制せよ。
これは歴代でも随一の強さを持つ51代目剣聖である俺の父親からの教え……ではなく52代目剣聖アルベールの……記憶を引き継いだエリアスが今パッと思いついた言葉である。
っと格言ジョークはこの辺にして、前世に俺が極めたもの、それは五感……いや、六感だ。
修行の過程において目隠し、耳栓は当たり前。
俺にとって肌に触れる触覚、体を動かす際の深部感覚、氣の流れと直感による気配察知は全部お友達なのだ。
いやそれにしても集会所にいたみんな、俺が従者になると高らかに宣言した時、心配そうな顔してたな。
まさに他人を思いやる気持ちが前面に出ている、という感じ。
ラニアなんて俺が「さっと戻ってくるから心配しないで」と言わなければ、金髪男に飛びかかってしまいそうだったし。
だけどあの場所、居心地はよかったな。
みんな家族って感じで。
そう、だからこそ思う。
従者なんていう立場には一切縛られず、みんな自由に生きて欲しいと。
しかし例え解放されたとして、問題はその後。
彼らが生きていくためには安全な環境や知識、最低限自分を守れるほどの力が必要だ。
それらを整えるため、時間だっている。
俺が今回『陰の牙』の1人の従者として内部へ潜り込むのは、組織を知るため、子供達を守るためなどと複数の理由があるが、タイミングを図るためでもある。
仲間の成長、自立できる充分な時間、そして『陰の牙』を崩壊させる絶好の機会を。
……と長い考え事の時間は終わりのようで、ガタンッと馬車が急停止した。
「新入りィ! 着いたぞ!」
やはり隣は金髪男だったようで、ヤツは俺の背中の後ろで拘束された両手を乱暴に握り、外へ連れ出した。
走行中、ちょくちょく鼻をならすような鳴き声が聞こえていたし、『タタッタタッ』と明らかに二足歩行ではない足音が耳に入っていた。
やはり馬か何か動物が荷台を引いてくれていたんだろうな。
速度は……それほど速くなく、だいたい時速5、6km程度、乗者時間は計1時間半くらい。
大きな方向転換は3回。
速度と時間からして、集会所から北に3km、東に2km、その後再び北に5kmの計10kmってところか。
まぁ視覚が奪われたとて、この程度の情報は入手できる。
ここが本拠地だとすれば、大きな収穫だ。
「失礼します」
あの金髪男が急にかしこまる。
それにさっきまでは特に物音もなかったが、突然周りが騒がしくなった。
複数の男の声、中にはチラホラ女性の甲高い笑い声も聞こえてくる。
一歩一歩の踏みしめは硬く、ここで騒ぐ声達が強く反響しているところを考えると、この空間はコンクリートのようなハードさを兼ね備えているようだ。
「……なんだソイツは?」
低く冷たい男の声。
まるでこちらを見向きすらしていない感じ。
「ボス、コイツァうちの従者になりたいっていうガキでさぁ。えらく前向きだったんで、ここへ連れてきやした!」
「……そうか。なら拘束を解いてやれ」
相変わらず俺に対して興味のなさそうな無機質で冷たい声、だが命令自体はなぜか良心的。
なんだ、何が目的なんだ?
そして俺の瞳に光が差し込む。
……といってもここは室内、コンクリートに四方囲まれた部屋で照明は天井に点く青白いライトのみ。
迷いなく明るいとは言えず、どちらかというと薄暗いという言葉が似合う、そんな空間。
だから特に目をしばしばと瞬かせることなく、すぐさま明るさに順応してくれた。
思ったよりも広く殺風景な部屋。
周りを見渡すと、大人がたくさん。
半分くらいはラニアのような耳がある。
獣族ってやつが多いみたいだ。
みな、その場に座る者、壁に寄りかかる者、横たわっている者と好き好きに過ごしている。
そんな中、入口から1番遠い壁に沿って設置してあるソファへ偉そうに腰を掛けるものがいた。
体格の良い上裸の灰色ストール男……の割に小さく整った顔立ち。
まるで顔の小ささを誤魔化すかのように太く長い白髪はソファ全体にのっぺりと広がっている。
あれ、立ったらどんだけ髪長いんだろ。
そして顔を除いた右半身全体に広がる虎の刺青。
他の仲間もチラホラ刺青は入っているものの、コイツほど広範囲ではない。
「ガキ、お前はこの団に入って何を望む?」
やはりヴォルガンはコイツか。
何かに疲れているのか、気だるい目で俺を見る。
「親に捨てられて、行き場もなくて、食べるものもないんです。ここなら食べ物を恵んでくれるって聞いたから」
俺は最もらしいことを子供らしく言い放つ。
「……まぁそんなところだろうな。俺としてもタダでガキが手に入るなら儲けもんだ。それに身なりもいいし、要らなくなったら売りゃ高値になるかもしれねぇ」
「ボス、それをガキの前で言っちゃダメでさぁ」
「それもそうか」
金髪男の注意に対して、ヴォルガンは軽口でそう返し、ガハハと高笑いした。
「ガキ、それでもいいなら入れてやる」
ヤツはひとしきり笑った後、わりとあっさり入団を認めてくれた。
ま、断る理由もないだろうが。
「わかりました。ありがとうございます」
それから俺の返事を聞き終わる前に、ヴォルガンは「よしっ」とソファから立ち上がった。
と同時に重量のありそうな白髪がバサッと下へ垂れ下がる。
おお……あの髪、骨盤くらいまで伸びてるぞ。
「じゃあさっそく主従紋を入れる」
するとどこからともなく現れた手下が、ボスの前で片膝を付き、低い姿勢から何かを丁寧に手渡した。
主従紋……と言ったか。
今手下っぽいやつがヴォルガンへ渡した物、形からして前世でもあったハンコに似ている。
しかしサイズは大きく異なり、印にあたる部分は成人男性のこぶし大ほど。
そしてそこには虎のマークが入っている。
なるほど、あれがアーゼル達が言っていた虎の紋章というやつか。
あんなダサいの肩に押すなんて正直めちゃくちゃ嫌だが、仕方ない。
『陰の牙』へ潜り込むため背に腹はかえられん。
俺はそう思って素直に右肩を出す。
「お前ら、ガキを押さえとけ!」
ボスの掛け声で4人の男が総勢で、これ以上動けぬようにと四肢をガッツリ抑え込んできた。
特に殺意もなかったし、ここで抵抗して怪しまれるのも困るため、俺はわざと大人しく拘束される。
俺の肩に近づく虎の印。
紋章がくっきりと赤く浮き上がっており、距離が近づくにつれて激しい熱気が皮膚まで伝わってくる。
こりゃ相当熱いぞ。
ジュッ――
覚悟を決めた瞬間、推定数百度の熱をもった印が俺の肩に押し付けられたが、何も感じなかった。
しかしそれはほんの一瞬で、その後やってくる激痛は肩だけではなく、体の細胞全てを駆け巡っていく。
これ……前世の体験がなけりゃ、あまりの痛みで精神イカれてたぞ多分。
そりゃアルベールの頃はこれよりも痛いことなんて日常茶飯事だったからな。
アーゼル達はこの痛みを耐えたのか。
押し終わった俺の肩には円の中に虎の正面顔という、子供達とお揃いの型がくっきりと残った。
「この痛みに一声も上げねぇどころか表情すら変えねぇのか。大人ですら気を失うレベル。子供なんて痛みで数人は死んでんだぞ。……お前、何者だ?」
俺を見るヴォルガンの瞳、さっきと比べて黒目が拡大している。
初めて俺という人間に興味を持った、そんな目だ。
「いやいや、普通の子供ですよ」
とりあえず否定しておいたが、その辺の考慮をすっかり忘れてしまっていた。
本来、完璧な子供を演じるなら判を押された瞬間、せめて泣き喚いて、失禁くらいはしなきゃいけなかった気がする。
今思い返せば俺、完全に真顔だったわ。
さすがに怪しまれた、か?
「……気に入った! ガキ、名前は?」
怪しむどころかヴォルガンめっちゃニヤけていた。
ほっ。
何にせよこの場をしのげてよかった。
「エリアス、です」
「そうかエリアス。明日から存分に働け」
そうして、俺はこの団に無事所属できたのだった。
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