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6話 フィオラとの日常

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 亡者の森事件から1日が過ぎた。

 幼児にとってあんな大変なことがあったのにも関わらず、俺の生活はさほど変わらない。
 いつものお散歩にいつもの丘、いつもの修行。
 これが日常、ってやつなのだ。

 そしてそんな変わらない日々に仲間入りしたいと、新たな日常候補が食い入るようにやってきた。

 揺れる長い銀髪に青く澄んだ瞳、特徴的な耳の女の子。

「エリアス……お待たせ」

「おう、フィオラ。時間通りだな」

 フィオラ・ヴェリーシア、5歳。
 彼女は見た目通りのエルフ族。
 おぉ……アニメの中だけじゃなかったのか、なんて感激は1度胸にしまうとして、この世界でのエルフってのは稀有な存在らしい。
 その理由こそフィオラは知らないようだが、彼女自身、家族以外のエルフを見たことがないという。

「うん。……でも本当にいいの?」

「え、何が?」

 フィオラは俺に控えめな声で問いかけてきた。

「魔法、教えてくれるってやつ」

「良いって言ったじゃん。気にしないでよ」

 俺がそう言うと、フィオラはパァッと明るい笑顔を見せる。
 そんな大したことでもないし、むしろ大袈裟なくらいに感じるが、彼女にとってはそうではない。
 真剣に感謝しているのだ。
 昨日フィオラの話を聞いたからこそ、俺にはよく分かる。

 それは……辛く悲しい話だ。


 ◇

 
 彼女には2つ上の兄がいた。
 アーゼル・ヴェリーシア……彼は昔から器用で、家事に料理に魔法に剣術、あらゆるものをいとも簡単に覚えてしまえる天才だった。
 そんな兄を両親は誇りに思い、自分達が果たせなかったであろう夢まで背負わせてしまう。

 学院を首席卒業で――

 最年少で特級魔導士に――

 優秀な剣士にだって――

 ある日、アーゼルは彼女に言ったそうだ。

「フィオラ、ちょっと出かけてくる。いつもより帰りが遅くなるかもしれないが、心配しないでくれ。少し疲れただけだから」

 その時の兄はいつもと違う、何か悟ったような顔をしていた。
 そしてボソッと「魔力が僕を導いてくれている」そう呟いていた。

 胸騒ぎがする。
 幼いながらもそう思ったフィオラだが、その当時3歳だった彼女に、兄を止める術も方法もあるわけがなかった。

 そんなふとよぎった予感だったが、見事的中してしまう。
 その日、兄は帰らなかったのだ。

 ……いや、その日だけじゃない。
 次の日、次の次の日、そのまた次の日……今だって。
 ずっと兄は帰ってこない。

 妹であるフィオナが辛いのは当たり前だが、もちろん両親も例外ではなかった。
 その当時、母親は自室に引きこもり、父親は仕事に行かず家でお酒に溺れ。
 そう、ヴェリーシア家は一瞬にして崩壊したのだった。

 お兄ちゃん、会いたいよぉ……。
 そう心で思うと同時に、兄が最後ポツリと言った言葉を思い出した。

「魔力が僕を導いてくれている」

 フィオラはその時初めて決意した。
 魔法を覚えたい、そしてお兄ちゃんを見つけ出す、と。


 ◇
 

 あれから2年経った今、ようやく両親の心は以前のように回復したらしいが、さすがに魔法を教えてもらえるような環境ではない。
 どうしたものかと思っていた矢先に昨日の『亡者の森事件』だ。

 こんな話を聞いて、断るやつがどこにいる?
 否……っ! そんなやつがいたら元剣聖の名を振りかざして、キッチリお仕置きしてやるわ。

 ということで俺は快く承諾したのだった。


「……お、お願いします」

 フィオラが礼儀正しく、俺にペコリと頭を下げたところで修行は始まった。

 どうやら彼女は生まれてこの方、魔法の特訓などしたことがないという。
 つまりは半年前の俺と同様、魔力を感じるところからのスタートである。

「……魔力、は感じられる。生まれた時からなんとなくだけど視えてるから」

 フィオラの放つ言葉、それはおそらく勘違いとかではなく本当のこと。
 昨日の亡者の森事件、あの時、魔力がざわついているなんて言っていたわけだし。

 フィオラ曰く「エルフは魔法に長けた種族だから、魔力が視えるのかな?」とのことらしい。
 語尾のイントネーションが上がっているところ、彼女自身たしかな事実ではないのだろうが。

 とはいえ魔法習得の第1段階はクリアだ。

 まぁ問題は第2段階の具現化。
 俺は掌を上に向け、形のない魔力を天に立ち昇らせる。
 半年前はほんの5センチほどだったが、今でこそあの当時の父さんくらいは高くなった。
 とはいえ父さんが全力でなかったことくらい知っている、だからこそ調子には乗れない。

 さっそくフィオラも挑戦し始める。

「うん? えっとぉ……ん~」

 フィオラは眉を寄せ、ふん、と口をへの字にして踏ん張っている。
 一生懸命に頑張っている姿、良き良き。
 ここは師匠であるワタクシの施しが必要かしらね。

「フィオラ、ちょいと手貸して」

「え、こう?」

 俺はスッと差し出された小さく白い手を優しく握り締めた。
 そして父さんから教えてもらった時のように俺の魔力を送っていく。
 ゆっくりと丁寧に、だ。

 しかしこの具現化、習得するのに普通なら半年から1年はかかると言われている(父さん調べ)。
 まぁ俺が特別だっただけで、そう簡単にはできないだろうな。

「これで、いいの?」

 そう言って首を傾げる彼女の手からは、20~30センチほど立ち昇る青い魔力を視認できた。
 なんとまぁキレイな魔力、ずいぶんと高くできてらっしゃる。

 ……いや、できるんかい。
 
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