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1話 剣聖アルベール、異世界に転生する

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 剣聖アルベール――
 これは俺が努力を重ねて得た称号。

 そんな俺だが、今日は休暇日。

 剣聖にだって休みは必要だろ?

 そして今いるここは、俺の最も好む場所。
 守るべき王の住む大きなお城の裏庭だ。

 俺は商売道具である剣を丁寧に地へ置き、城の外壁に向かって手をかざす。

「よし、いでよファイアーボールッ!」

 勢いよく叫んだはいいものの、今日も火の粉の火の字すら出なかった。
 出たのはせいぜいじんわりとかいた手汗くらい。 

「……はぁ。今日もダメか」

「ア、アルベール様?   一体何を……?」

「うわぁっ!?   ビックリした!」

 突然の呼びかけに俺は肩をビクつかせる。
 ったく剣聖の背後を取れるなんてウチの側近くらい、恐ろしいもんだ。

「失礼しましたっ!   しかしアルベール様、今、初級の炎魔法を使おうとされていましたよね?」

 整った衣服に白髪のイケメン、長年俺の側近を務めている彼は一部始終、俺の言動を見ていたらしい。
 勢いよく叫んだ中での魔法不発はさすがに恥ずかしいぞ。

「あーいや前の戦争で思ったんだけど、最近他国も強くなってきてるでしょ?   この辺で俺も新しいことを覚えてみようかなぁって」

「前の戦争というと……敵国最強の魔導師とアルベール様の一騎討ちですか。たしか向こうは得意の最上級炎魔法を放っていましたが、アルベール様が魔法ごと叩き斬ったやつですよね?」

「そう、その戦い。アイツ強かったじゃん?」

 実際、本当に強かった。
 そもそも最上級魔法を使える魔導師なんて生まれてこの方見たことがない。
 俺の側近は簡単に叩き斬ったとか言ってるけど、本当は範囲デカすぎて斬るしかなかっただけ。

 俺はたまたま生き残ったに過ぎないのだ。

 それにあの魔導師、死に際に「俺より強い魔導師は山ほどいる」とか言い残しやがった。
 もしそれが本当なら、魔導師の世界は今や何処ぞのゲームキャラの如く、インフレしまくりってことになる。

「……アルベール様」

 しかし俺の側近はゆっくり首を横に振る。

「あなたは最強の剣聖、斬れないものなどこの世に存在しないのです」

「いや、でももう剣の時代は終わって……」

「何をおっしゃいますか!!   アルベール様は会得が魔導師全体の2割にも満たない上級魔法を生身で受けても問題ないほど氣のコントロールに長けています。しかもそれだけでは飽き足らず、人類が到達するには困難と言われていたあの最上級魔法でさえも叩き斬ってしまった。そんな敵無しのあなたが魔法なんて小細工、覚える必要全くありませんっ!」

「え……そう、かな?」

「そうですとも、自信を持って下さいっ!」

「えっと、おう。なんか大丈夫な気がしてきた」

 どうやら俺は魔法なしでも最強らしい。
 うんそうだよな、初見の最上級炎魔法でさえ一発斬っただけで消え去ったわけだし。

 つまりこのまま剣だけでも問題なし。
 剣聖、バンザイっ!
 
「それはそうとアルベール様、お休みのところ申し訳ないのですが、新人兵士への氣のコントロール指南をして頂けませんか?」

「おっ、いいぞ。ちょうど暇を持て余してたんだ」

 よし、今日はすこぶる気分が良い。
 この剣聖アルベール様が『氣』の使い方を直々に教えてやろうではないか、ハッハッハ。


 そして翌年、52代目剣聖アルベールは戦死した。
 死因は、敵国魔導師が放った最上級雷魔法を防ぎ切れずに感電死。
 尚、世界で初めて確認された最上級雷魔法だったが、アルベールは一瞬たりとも臆することなく、剣1本で立ち向かっていったという伝説はその後も長く語り継がれることになる。


 ◇


 目が覚めた。
 俺はひょこっと体を起こす。
 
 なんだか昔の夢を見たような気がする。
 そう、かつての剣聖、

「エリアス~、もうお昼寝はおしまい~?」

 目覚めた俺に天使のような微笑みを向ける金髪巨乳の美女。
 彼女はキッチンで今日の晩御飯を作っている。

「エリアス?」

 俺ははっきりしない頭でボヤッと呟いた。

「何言ってるのエリアス、あなたの名前じゃない! さては寝ぼけてるな~?」

 キッチンで背を向けて料理を作る金髪巨乳美女改め、今世の母親である『レイナ・アールグレイ』は俺に視線を向けて困り顔で笑む。

「母さんごめん。僕、少しぽけっとしてたよ!」

「そう? じゃあいい子のエリアスは今日も晩御飯のお手伝いしてくれるかな~?」

「は~い!」

 俺は、まさにいい子だと主張するような返事をかまして、母親の元へ向かった。

 これは剣聖アルベールではなく、エリアス・アールグレイの人生。
 剣聖としての生涯を終え、目が覚めたら新たな生命として生まれ変わっていたのだ。

 ちなみに今の俺、エリアス・アールグレイは3歳と6ヶ月を迎えた完全なる幼児である。
  
 ……しかし結局剣1本じゃ適わなかったな。
 側近くんの嘘つきっ!
 マジで魔法覚えときゃよかったわ。
 
 まぁ一旦過去は置いといて、母さんに頼まれた手伝いをせねば……といってもできた料理を運ぶだけの単純作業、3歳の俺が任される家事なんてその程度のことだ。

 完成した料理をエッサホイサと運ぶ中、母さんは別の料理を作っているところ。
 魔力チャージ型のコンロでフライパンで肉を炒め、焼き目が足りない部分には自身の炎魔法で表面を少しだけ炙る。

 以前と同じ世界なのかどうか今のところ分からないが、どうやらここにも魔法という文化は存在するらしい。

 前世では魔法などそっちのけ、剣修行のみに明け暮れていた俺だけど、もう同じ轍は踏まない。

 よし、今世では魔法を極めてやるっ!
 そして剣も魔法も最強、そんなオールマイティな自分になって今度こそ生を全うしてやるのだ。

 前世では剣修行しかしてなかったからな。
 したいことは山ほどある。
 例えば恋愛、男だらけの戦場だったので、そんなことにうつつを抜かす暇すらなかった。
 あと結婚も……子供だってほしいし、それにキャンパスライフをエンジョイするってのもいいな、あと1度でいいから男女交えて酒池肉林的な……以下略。
 
 ガチャッ――

 すると不意に玄関のドアが開いた。
 そこには母さんと歳の近い男性、彼は大きな荷物を背中に背負っている。
 
「レイナ! エリアス! パパが帰ったぞ~!」

 勢いよく中へ入ってきて、上機嫌に頬を緩めているこの人こそ今世の父親『セルディ・アールグレイ』。
 こいつぁまた稀に見る男前、絶世の美女レイナと結婚できたのもまぁ納得できんこともない。

 前世のアルベールならこんな美女と結婚するなんてズルいわ、俺が代わりに結婚しようか?
 とか思ってただろうけど俺自身、体が3歳だからか、レイナが血の繋がった母親という存在だからか、そんな感情は一切湧いてこない。

「セルディ、おかえりなさい~っ!!」

 はは、今日も疲れたぜ、なんて言うセルディにレイナは嬉しそうに正面から飛びついていく。
 ったくそのラブラブっぷり羨ましい限りだぜ。
 これが毎日ってんだからほんとすごいよな、こりゃ2人目ができるのも時間の問題ってか。

「レイナ~今日も可愛いな~。エリアス、お前も父さんに抱きついてくれてもいいんだぞ?」

 そう言って母さんを片手で包みながら、もう片方の手でトントンと自身の膝を叩く。
 俺の身長に合わせてか、この辺に飛び込んでこいとのことだろう。
 
 中身40オーバーのおっさんが自分より歳の若い男に飛びつくというのは、転生して3年経っても未だ慣れない。
 が、こんな異端児を出生させてしまったことに俺は多少の罪悪感に近い感情を抱いている。
 それに3歳のガキンチョが言うことではないが、ここまで俺を大きくしてくれたことに、心の底から感謝しているのだ。

 だから出来うる限り、2人の子供として生きていく。
 それがこの世界に生まれた俺が果たすべき使命の1つだと思っている。

「父さんおかえり~!」

 俺は日々そう思いながら、帰ってきた父親に勢いよくダイブした。

「あ、そうだエリアス」

「え、何?」

 突然の呼びかけに俺は父さんの顔を見上げた。
 そこにはえらくニタニタした父親の姿、全く心情が読めん。

「明日、久々に休暇日なんだ。魔法、特訓してみるか?」

「え……父さんっ! 大好きっ!!!」

 あまりの嬉しさで、自然と手に力が入ってしまう。

「おいおい、お前父さんが帰ってきた時より嬉しそうじゃねーか!」

「セルディ、仕方ないわよ。この子、ずっと魔法を使いたいって言ってたんだから」

「そうだったな。エリアス、今日はもう遅いし、明日だぞ? 明日!」

「やったぁ! 楽しみにしてるよ、父さん!」

 どうやら俺の明日の予定は決まったようだ。

 そして晩御飯を食べた後、いつも通り寝室で寝かしつけられたわけだが、今日に限っては年甲斐もなく魔法という単語に心を弾ませてしまっている。
 まるで遠足の前の日の子供のようだ。

 おかげで朝まで眠れず……なんてことはなく。
 やはり体はあくまで3歳児、布団に入った瞬間襲ってくる眠気に逆らえず、俺は深い眠りについたのだった。
 
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