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3話 その頃、心菜は
しおりを挟むもう……っ!
ほんとに燿ちゃんのバカっ!
つい飛び出してきちゃったじゃない……。
感情に任せて、って私もう28歳なのに。
あれは何に腹を立てたのだろう。
真面目に話を聞かない彼に対して?
金にがめつい、なんていう無神経な言葉に対して?
正直、冷静になった今振り返ってもピンとこない。
ただもらい手がないってのには傷ついたなぁ……。
なんていうかさ、「お前は恋愛対象じゃない」って言われた気分になったよね。
燿ちゃんの本心は分からない。
あの人、武道にしか興味ないし。
ほんと少しは女性にも興味を持って欲しいものだ。
ねぇ気づいてないでしょ?
私、小学校の頃からずっと燿ちゃんのことが好きなんだよ?
初めて出会った時も燿ちゃんは竹刀を振ってた。
君はあの時から強かったよね。
◇
あれは小学5年生の頃。
周りより少し体の発育の早かった私を、近所の公園で男子中学生3人は面白可笑しくからかってきた。
「なぁ神道、胸デカくなるの早くね?」
「本物かどうか触って確かめてやるよ」
「はは、相手は小学生だし、練習にはちょうどいいか」
今思えば、あれはからかうとのレベルではない。
犯罪に近い行為だ。
そんな時、竹刀を肩に乗せた少年がたまたま通りかかった。
「あれ、1対3のケンカ? じゃあ俺は少ない方に加勢するわ」
「何だおま……痛っ!」
あまりに一瞬の出来事。
彼は3人のうちの1人に対して一切の躊躇なく胴に竹刀を打ち、全力で振り抜いたのだ。
攻撃を受けた男子中学生は、派手に転び、胸部を押さえて唸りをあげている。
「お前、武器なんてずるいぞっ!」
「そうだ、男のくせにそんなもん頼るなっ!」
他の2人は少年に対して野次を入れる。
「あ……? 1対3で女の子を虐めてたような奴らには言われたくねぇなー。それに俺とこの竹刀を加えたら3対3だ。ちょうどいいだろ?」
「痛っ! ちょっとやめ、痛……うぐ……っ!」
2人目には右手首に最速の振りを叩き入れる。
次に左手首、最後に胸元へ目にも止まらぬ突き技を加えた。
「お、俺は2人に誘われただけなんだ。だから逃してく、痛……っ!」
3人目、少年から逃げようと踵を返そうとしたところ、足首に一振り叩き込まれ、転倒。
「ば、化け物……っ!」
初めに打ち込まれた男子中学生は、そう叫んで一目散に公園から去っていく。
「おい、待てって……っ!」
それから残る2人も後を追う形でこの場から離れた。
「えっと、同じクラスの神道さんだよな? 大丈夫か?」
「私の名前知っててくれたんだ……箕原くん、すっごく怖かったよ……っ!」
目の前にいるのはただのクラスメイト。
だけど彼の顔を見ると、ものすごく安心して……思わず抱きついてしまった。
「そそ、そんな、こわかったのかそっかそっか」
箕原くんも突然のことで驚いた様子だったけど、静かに胸を貸してくれた。
「ゴルァァァァ!! 燿――っ!!」
しばらくして突如、どこからともなく彼の名を呼ぶ怒声が響き渡る。
あまりの轟音に、私は反射的に箕原くんの胸から飛び退いた。
名を呼ばれた当人はさっき助けてくれた時の表情と大きく一変し、突然目の前に現れた男性を怯えた瞳で見上げている。
「お、おやじ……」
私にギリギリ聞こえるくらいの声量でそう言った。
「誰がオヤジだっ! お父さんと呼べっ! お前、しばらく見てたが、またやっただろ? 相手が多数だとしても、素人の人間相手に竹刀ってのはいただけねぇな!」
「ご、ごめんなさい……」
箕原くんが私のせいで怒られている。
ここは私が間に入って……。
「だが、女の子を守ったのはエライっ!」
そう思っていると、彼のお父さんからまさかの言葉が飛びだした。
「え……?」
彼も予想外だったのか、呆気にとられている。
「大切な人を守る拳、剣。それを立場や状況、なりふり構わず振るったお前はカッコよかったぞ」
そう言ってお父さんは息子の頭を乱暴に撫で回した。
「うん、ありがとう、おや……父さん」
「よし、帰ったら父さんともう少し修行しようっ! 剣技以外の戦い方を教えてやるっ!」
「え……」
箕原くんが何か言葉を発する前に彼はグッと父親の肩に担がれ、どこかへ連れて行かれた。
◇
それが初めて燿ちゃんと出逢った日。
あれがもう15年以上前だと思うと、月日の流れは早いと感じる。
そんな私の足は気づけば思い出の地へと出向いていた。
「そうそう、この公園だ~。懐かしー!」
あの時と何も変わってないな。
そう思いながら公園の入口をくぐる。
最近はアルファウイルスによる緊急事態宣言もあってか、公園には人っ子1人見当たらない。
「おねーさんっ! 今外は危険らしいから出歩かない方がいいかもよ!」
すると、後ろから男の人が声をかけてきた。
20代前半くらいで髪色も茶髪、服もオシャレな柄シャツを着て少しチャラそうな雰囲気を醸し出している。
一瞬ナンパかな、なんて思ったりしたけど、彼のセリフからして私を気遣ってのことだと分かった。
「あ、すみません。ありがとうございます。危険ってのは今流行りのアルファウイルスですか? たしかヒトからヒトへは感染しないって言ってたような……」
「あれ~、おねーさんもしかしてニュース見てない?」
「え、ニュース? 何かあったんですか?」
「あーこりゃ何も知らないんだな。今ね、感染症を克服した人が、異能って力に目覚めていってるらしいよ」
「異能?」
異能って何?
今この人なんの話をしているんだろう?
もしかしてちょっとヤバい人?
男の人は不敵に口角を上げた。
そして私の前から一瞬で消えたのだ。
「え……っ!?」
「おねーさんこういうのだよ」
彼は私の背中にピタッとくっつき、肩に手を回してきた。
どうやってこの一瞬の間に背後へ回り込んだのか分からないし、知らない男の人にくっつかれる嫌悪感も強いしで、私は彼の手を振りほどいて少し距離をとる。
「な、何するんですかっ!」
何この人、怖い……っ!
そう思って少しずつ後ずさる。
相手との距離、約5メートルといったところ。
さっきどうやって私の背後に来たのか分からないけど、とりあえず距離をとらないと。
「だから意味ないって」
また消えた……っ!
そして私の目の前に。
その距離、1メートルもない。
「ひぃ……っ!」
私は恐怖からか腰が抜け、その場でどす、と座り込んでしまった。
「あらよっぽど怖いらしいね~」
男は私の目線と合わせるようしゃがみ込み、ニタっと笑みを浮かべながら頭を撫でてくる。
「君、可愛いね。ちょっと俺の家おいでよ。近くなんだ」
「え、嫌で……痛っ!」
腰が抜け、座り込んでいる私をこの人は手首を引っ張って無理やり連れていこうとしてくる。
もちろんそんなので立てるわけないと思ったのはほんの一瞬で、実際はあまりの怪力で一気に体が浮き上がり、あろうことか直立してしまった。
「異能者はね、身体も強化されてるんだ。ほら、いくよ!」
「うそ、やだ……っ!!」
私は力のままに引っ張られる。
ダメだ。
力が違いすぎる。
きっと私はどこか連れて行かれて……この男に犯され、運が悪かったらそのまま殺されてしまう。
そんな予感がした。
「誰かっ!! 助けて――っ!!!」
わずかな希望にかけて、大声で助けを求めるも全くといっていいほど反応がない。
「無駄無駄っ! 異能者の放送があったんだ。その直後になんて誰も外へ出やしないよ」
あぁ……。
終わった。
どう足掻いても勝てない相手から凌辱されそうになるのはあの時、小学5年生の頃以来。
一度経験したからといって慣れるものでもない。
むしろ怖さが増している。
怖い――
助けてよ、耀ちゃん……っ!
ってそんな都合よく来てくれるわけ……。
「おい、うちのマーケティング担当に何してくれてんだ、この大学デビュー野郎っ!」
「耀ちゃん……っ!」
うそ、信じられない……。
私の目の前に再びヒーローが現れたのだ。
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