上 下
3 / 24

3話 その頃、心菜は

しおりを挟む


 もう……っ!
 ほんとに燿ちゃんのバカっ!

 つい飛び出してきちゃったじゃない……。
 感情に任せて、って私もう28歳なのに。

 あれは何に腹を立てたのだろう。
 真面目に話を聞かない彼に対して?
 金にがめつい、なんていう無神経な言葉に対して?
 正直、冷静になった今振り返ってもピンとこない。

 ただもらい手がないってのには傷ついたなぁ……。

 なんていうかさ、「お前は恋愛対象じゃない」って言われた気分になったよね。

 燿ちゃんの本心は分からない。
 あの人、武道にしか興味ないし。
 ほんと少しは女性にも興味を持って欲しいものだ。

 ねぇ気づいてないでしょ?
 私、小学校の頃からずっと燿ちゃんのことが好きなんだよ?

 初めて出会った時も燿ちゃんは竹刀を振ってた。
 君はあの時から強かったよね。


 ◇
 
 
 あれは小学5年生の頃。
 周りより少し体の発育の早かった私を、近所の公園で男子中学生3人は面白可笑しくからかってきた。

「なぁ神道、胸デカくなるの早くね?」
「本物かどうか触って確かめてやるよ」
「はは、相手は小学生だし、練習にはちょうどいいか」

 今思えば、あれはからかうとのレベルではない。
 犯罪に近い行為だ。

 そんな時、竹刀を肩に乗せた少年がたまたま通りかかった。

「あれ、1対3のケンカ? じゃあ俺は少ない方に加勢するわ」

「何だおま……痛っ!」

 あまりに一瞬の出来事。
 彼は3人のうちの1人に対して一切の躊躇なく胴に竹刀を打ち、全力で振り抜いたのだ。
 攻撃を受けた男子中学生は、派手に転び、胸部を押さえて唸りをあげている。

「お前、武器なんてずるいぞっ!」
「そうだ、男のくせにそんなもん頼るなっ!」

 他の2人は少年に対して野次を入れる。

「あ……? 1対3で女の子を虐めてたような奴らには言われたくねぇなー。それに俺とこの竹刀を加えたら3対3だ。ちょうどいいだろ?」

「痛っ! ちょっとやめ、痛……うぐ……っ!」

 2人目には右手首に最速の振りを叩き入れる。
 次に左手首、最後に胸元へ目にも止まらぬ突き技を加えた。

「お、俺は2人に誘われただけなんだ。だから逃してく、痛……っ!」

 3人目、少年から逃げようと踵を返そうとしたところ、足首に一振り叩き込まれ、転倒。

「ば、化け物……っ!」

 初めに打ち込まれた男子中学生は、そう叫んで一目散に公園から去っていく。

「おい、待てって……っ!」

 それから残る2人も後を追う形でこの場から離れた。

「えっと、同じクラスの神道さんだよな? 大丈夫か?」

「私の名前知っててくれたんだ……箕原くん、すっごく怖かったよ……っ!」

 目の前にいるのはただのクラスメイト。
 だけど彼の顔を見ると、ものすごく安心して……思わず抱きついてしまった。

「そそ、そんな、こわかったのかそっかそっか」

 箕原くんも突然のことで驚いた様子だったけど、静かに胸を貸してくれた。

「ゴルァァァァ!!  燿――っ!!」

 しばらくして突如、どこからともなく彼の名を呼ぶ怒声が響き渡る。
 あまりの轟音に、私は反射的に箕原くんの胸から飛び退いた。

 名を呼ばれた当人はさっき助けてくれた時の表情と大きく一変し、突然目の前に現れた男性を怯えた瞳で見上げている。

「お、おやじ……」

 私にギリギリ聞こえるくらいの声量でそう言った。

「誰がオヤジだっ! お父さんと呼べっ! お前、しばらく見てたが、またやっただろ? 相手が多数だとしても、素人の人間相手に竹刀ってのはいただけねぇな!」

「ご、ごめんなさい……」

 箕原くんが私のせいで怒られている。
 ここは私が間に入って……。

「だが、女の子を守ったのはエライっ!」

 そう思っていると、彼のお父さんからまさかの言葉が飛びだした。

「え……?」

 彼も予想外だったのか、呆気にとられている。

「大切な人を守る拳、剣。それを立場や状況、なりふり構わず振るったお前はカッコよかったぞ」

 そう言ってお父さんは息子の頭を乱暴に撫で回した。

「うん、ありがとう、おや……父さん」

「よし、帰ったら父さんともう少し修行しようっ! 剣技以外の戦い方を教えてやるっ!」

「え……」

 箕原くんが何か言葉を発する前に彼はグッと父親の肩に担がれ、どこかへ連れて行かれた。


 ◇


 それが初めて燿ちゃんと出逢った日。
 あれがもう15年以上前だと思うと、月日の流れは早いと感じる。
 そんな私の足は気づけば思い出の地へと出向いていた。

「そうそう、この公園だ~。懐かしー!」

 あの時と何も変わってないな。
 そう思いながら公園の入口をくぐる。

 最近はアルファウイルスによる緊急事態宣言もあってか、公園には人っ子1人見当たらない。

「おねーさんっ!  今外は危険らしいから出歩かない方がいいかもよ!」

 すると、後ろから男の人が声をかけてきた。
 20代前半くらいで髪色も茶髪、服もオシャレな柄シャツを着て少しチャラそうな雰囲気を醸し出している。
 一瞬ナンパかな、なんて思ったりしたけど、彼のセリフからして私を気遣ってのことだと分かった。

「あ、すみません。ありがとうございます。危険ってのは今流行りのアルファウイルスですか?  たしかヒトからヒトへは感染しないって言ってたような……」

「あれ~、おねーさんもしかしてニュース見てない?」

「え、ニュース?  何かあったんですか?」

「あーこりゃ何も知らないんだな。今ね、感染症を克服した人が、異能って力に目覚めていってるらしいよ」

「異能?」

 異能って何?
 今この人なんの話をしているんだろう?
 もしかしてちょっとヤバい人?

 男の人は不敵に口角を上げた。
 そして私の前から一瞬で消えたのだ。

「え……っ!?」

「おねーさんこういうのだよ」

 彼は私の背中にピタッとくっつき、肩に手を回してきた。

 どうやってこの一瞬の間に背後へ回り込んだのか分からないし、知らない男の人にくっつかれる嫌悪感も強いしで、私は彼の手を振りほどいて少し距離をとる。

「な、何するんですかっ!」

 何この人、怖い……っ!
 そう思って少しずつ後ずさる。
 相手との距離、約5メートルといったところ。
 さっきどうやって私の背後に来たのか分からないけど、とりあえず距離をとらないと。

「だから意味ないって」

 また消えた……っ!
 そして私の目の前に。
 その距離、1メートルもない。

「ひぃ……っ!」

 私は恐怖からか腰が抜け、その場でどす、と座り込んでしまった。

「あらよっぽど怖いらしいね~」

 男は私の目線と合わせるようしゃがみ込み、ニタっと笑みを浮かべながら頭を撫でてくる。

「君、可愛いね。ちょっと俺の家おいでよ。近くなんだ」

「え、嫌で……痛っ!」

 腰が抜け、座り込んでいる私をこの人は手首を引っ張って無理やり連れていこうとしてくる。
 もちろんそんなので立てるわけないと思ったのはほんの一瞬で、実際はあまりの怪力で一気に体が浮き上がり、あろうことか直立してしまった。

「異能者はね、身体も強化されてるんだ。ほら、いくよ!」

「うそ、やだ……っ!!」

 私は力のままに引っ張られる。

 ダメだ。
 力が違いすぎる。
 きっと私はどこか連れて行かれて……この男に犯され、運が悪かったらそのまま殺されてしまう。
 そんな予感がした。

「誰かっ!!  助けて――っ!!!」

 わずかな希望にかけて、大声で助けを求めるも全くといっていいほど反応がない。

「無駄無駄っ!  異能者の放送があったんだ。その直後になんて誰も外へ出やしないよ」

 あぁ……。
 終わった。
 どう足掻いても勝てない相手から凌辱されそうになるのはあの時、小学5年生の頃以来。
 一度経験したからといって慣れるものでもない。
 むしろ怖さが増している。

 怖い――

 助けてよ、耀ちゃん……っ!
 ってそんな都合よく来てくれるわけ……。

「おい、うちのマーケティング担当に何してくれてんだ、この大学デビュー野郎っ!」

「耀ちゃん……っ!」

 うそ、信じられない……。
 私の目の前に再びヒーローが現れたのだ。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...