無能力剣聖～未知のウイルス感染後後遺症で異能に目覚めた現代社会、未感染だけど剣術一筋で生き抜いていきます～

1話 現代に異能者現る

　――某ワイドショーにて

　『2030年6月6日、突如として日本に蔓延したAlphaVira-30、通称アルファウイルス。すでに5000万人もの日本人がこのアルファウイルスに感染しており、現在7月8日時点で完治したのは確認できた方のみで200万人弱。致死率95%という脅威の殺人ウイルスです。今世紀、いや前世紀を含めても最悪の感染症ですが、今後どのような対策をしていくべきでしょうか？』

『そうですね～致死率95%というのは例に見ない数値ではありますが、このアルファウイルスの特徴として、ヒトからヒトに感染しないことが分かっています。ですので、これ以上感染が広まる、というのは基本的に有り得ないと思っていいでしょう』

『ヒトからヒトに感染しないと仰いましたが先生、今回感染された方々はどういった経路で感染したとお考えですか？』

『感染経路については今、研究者の中で多くの仮説が飛び交っていますが、確かなものはございません。ただ１つ言えるのは今回感染された5000万人の方々は、症状の出現から悪化や改善のタイミングから考えて、おそらく全員ほぼ同時に感染したと考えられています』

　今、ワイドショーでは例の殺人ウイルスの話題で持ちきりだ。
　偉そうなおばさんアナウンサーとおじさん評論家がグダグダと討論している。
　日本の人口３割近くが亡くなっているというのに、テレビがこうやって機能しているってのもおかしな話だと思う。

　実際、街の飲食店やショッピングモールなどもなんとか営業しているところ、このおじさんの言うとおりヒトからヒトへ感染する確率は極めてゼロに近いということになる。

　じゃあどっから伝染ったんだよって話だが。

「まぁそんなのは関係ねぇ！  俺はひたすら剣を振り続けるだけよぉぉぉっ！！！」

　やはり実家の道場で振る剣は最高だ。
　ブンブン、と風を切る音がなんともたまらない。
　なんたってこの俺、箕原 耀みのはら ようは武道を愛してやまない健康優良児なのだから。

「いやいや、振り続けるだけよぉぉっ！  じゃねーわ！  今日本で剣振ってんの多分お前だけだぞ、｜耀っ！ もう僕達28だってのによくそんな一心不乱に剣振れるよな～」

　楽しく剣と対話していた俺を、床にあぐらをかいたまま凄まじいツッコミで邪魔してきたのは、幼なじみの親友、池澄太陽いけずみたいよう。
　小中一緒の腐れ縁というやつだ。

「そうそう。耀ちゃんって昔からそうだよね！  若者らしい遊びはせず、いっつも道場で剣振ってばっかり」

　呆れた口調でそう言うのは、同じく幼なじみであり、唯一の女友達である神道心菜しんどうここな。
　コイツに関しては小中高と全て一緒、どうやら彼女は女性の中でも相当可愛い部類らしい。
　周りの男子からは幼なじみというだけでどれだけ非難を浴びてきたか。
　まぁたしかに心菜のような黒髪ショートボブなんてのは可愛くないと似合わないなんて言うし、服の上からも分かる凹凸のはっきりした所謂ナイスバディとやらは男性ウケがいいといってもいい。

「剣振ってばっかじゃない。俺だってたまには拳も振るうし、瞬発力だって鍛えるんだぜ？」

「いや、そういうことじゃ……まぁいいわ。今日は｜箕原道場復興の計画を立てるんでしょ？  ほら、座ってっ！！」

　礼儀正しく正座をしている心菜はポンポンと平手で床を叩き、ここへ座れと言わんばかりの視線を向けてくる。

「はーい……」

　俺は振っていた竹刀を大事に抱えて渋々床へ座った。

　巷の男どもは心菜と幼馴染ということをやたら羨ましがっていたがそんないいものではない。
　関係が深い分、ズカズカと心の中を踏み込んでくる。
　もうちょい大人しけりゃ可愛げもあるってもんだが……。

「何か言いたそうだけど？」

　心菜の冷め切った鋭い目が俺を注視してくる。
　こいつエスパーかよ。

「あ、いや……なんでもない」

　としか言いようがない。

「耀、この道場のことどうすんだ？  今はおじさんのことで大変だとは思うけど、ここ、任されたんだろ？」

「あぁ。もちろん今はアルファウイルスのせいで生徒もいなくなっちまったけど、この道場は俺が復興させるつもりだ」

　太陽の問い。
　それは俺の親父がアルファウイルスに感染したことに関係する。
　致死率95%、そんな高確率を俺の父親はちゃっかり乗り越えやがった。
　さすが箕原道場の師範、体の作りが半端じゃねぇ。

　しかし問題はその後だった。
　俺の親父は感染後に突如失踪したのだ。
『耀、道場は任せた』そんな置き手紙とともに。

　道場を復興させたいと思ったのは、その手紙を見たからではない。
　俺が単に武道という道を好んでいるだからだ。
　それに親父が戻ってきた時、道場がなくなってたら可哀想だしな。

「で、その道場復興のためのマーケティング戦略が必要だからって私を呼んだってことね？  プロの私にお願いするとは高くつくわよ～？」

　心菜はニタっと笑みを浮かべる。

　コイツは今なんとかっていう会社のマーケティング事業部で働いているから、そういうのはお手の物らしい。
　今はアルファウイルスのせいで仕事がないと嘆いていたけど。

「金にがめつい女め。だからいい歳してもらい手がいねーんだよ」

「あ……？」

　彼女から怒りの籠った一言が放たれる。
　まるで喉におじさんでも住んでるんじゃないという低音ボイス。
　お願いする立場のはずがいつものノリでやっちまった。

「おい、今のはやべぇって……」

　太陽が耳元でそう囁く。
　さすがに訂正しよう。

「き、きっといい人が見つかるさっ！」

　俺は満面の笑みでそう言った。

「もう……っ！  バカ耀ちゃんっ！！」

　心菜は勢いよくその場から立ち上がり、道場から出ていこうとしている。

「おーい、どこ行くの～？  ごめんって～」

「どこでもいいでしょ……っ！！」

　ドン、と激しいドアの開閉音を鳴らして彼女はこの場を去ってしまった。

「お前、アホなの？  前から思ってたけど、剣以外アホ極めてるよな」

「太陽、訂正しろ。俺は剣だけじゃなく武道全般を極めてる」

「いや、そゆとこだぜ？  俺がアホって言ったの」

　そんな太陽のため息とほぼ同時に、突如テレビから緊急速報の通知音が流れる。
　画面は、先ほどのワイドショーではなく東京都上空を映しだし始めた。
　そしてその状況をテレビの女性アナウンサーが説明し始める。

『緊急速報っ！　ただいま東京都中央区上空に男の子が宙に浮いています……っ！　制服を着ているところ、おそらく中学生くらいでしょうか！』

　有り得ない光景ではあるが、たしかに今、男子中学生が浮いている。
　学ランを着ているが故に中学生と予想できるが、本当はもっと幼く見えた。
　それこそ小学生くらいに。
　
　それから彼はスーッとカメラの前まで降りてきた。
　
『ねぇ、ちょっとマイク貸してよ』

『え……ちょっ！』

　甘く爽やかな声で女性アナウンサーからマイクを自然に奪いとる。

『え～テステス、聞こえますか～？　今テレビの前にいる僕はアルファウイルスにより認められた異能に目覚めた者、【異能者】です。僕達の目的はただ一つ、僕達異能者だけのユートピアを創り出すこと。ということで感染症から見事完治した同種の皆さん、一緒に理想の楽園を創りましょう！　この放送を見て賛同してくれた方、僕の中学へぜひ遊びにきて下さい、待ってま～す！　あ、ちなみに僕の異能は【炎】だよ』

　そう言った彼は掌にソフトボール大の青炎の球体を生み出した。

『え……ウソ、でしょ？』

　当たり前だが、女性アナウンサーは掌の炎に驚愕している。

『はい、あげる』

　男はマイクと共にその炎も一緒に渡すと、彼女は一瞬で炎に焼かれ始めた。

『え……待って、熱、熱い……熱い熱いぃぃ……痛い痛い痛い痛い……っ！！！！』

　女性アナウンサーが炎に包まれてすぐ、放送は元の番組へと戻る。

「なんだあれ……」

　あまりにも驚愕すぎた光景に太陽は言葉を失っている。
　そりゃ手の炎もそうだが、あんな簡単に人を殺すやつがこんな近くにいることに俺は虫唾が走った。

「たしか異能がどうとかって言ってたな」

　俺は覚えている言葉を口にする。

「感染症が完治した人を異能者って呼んでたけど、それが本当なら今この日本にその、アイツみたいなやつが他にもいるってことだよな？」

「そういうことになるな」

　あの放送中に発動した異能とやら、あれがウソだとは到底思えない。
　とはいえそんな現実離れしたものを簡単に信じろ、というのも無理な話だ。
　あの放送を全て見た人はおそらくそんな心境に至っているだろう。　

「なら……外、危ないんじゃないか！？」

　太陽の放った一言、俺は一瞬にして全ての意図を理解した。

「心菜……っ！？」

　さっき出て行った唯一の女友達が脳裏に浮ぶ。
　俺はこの道場に壁掛けされている刀を手に取り、外へ飛び出した。

　彼女の身に危険が、と思ったら体が自然に動いたのだ。

　とりあえず心当たりのあるところへ向かうか。