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20話 正義の味方へ
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霧が晴れる。街を覆っていた呪いが解け。悪夢が過ぎ去っていく。
訪れた当初は狂気と喧噪に満ちていた正門前も。ただ静けさだけが残されていた。
「俺たちは失われし遺産によって幻影を見せられていたんだな……」
周囲の建物が崩れている。長年に渡って雨風に晒されていたからか。汚れが目立つ。
ベールは五年前に殺されたと言っていた。それからすぐに、街は滅ぼされたんだろう。
そして呪いの霧が当時のハーミルの街の幻影を映し出していた。
街を訪れる旅人や商人たちを、死人の仲間に引きずり込む為に。
だがその幻影も、建物の内部までは正確に再現できなかった。
ベールの家の中で見た光景は現実のもので。そこから崩れ始め、俺たちは町人が死人だと気付けたんだ。
「……仇を討ったところで。失った者は戻って来ないよな。当たり前か」
剣をフランに預けて。俺は一人ごちる。
敵を倒したというのに何も感じない。目の前の廃墟と同じだった。
協力してくれた死人たちが安らかな表情のまま消えていく。
最後に残された女性。ベールがこちらを見ていた。口を開けて何かを呟いている。
「――り―――――と―――」
俺にはそれが聞き取れなかった。
お辞儀をして彼女もまた光となって天へと昇る。
「カイルさん……貴方はこれ以上ないほど最善を尽くしました。彼女たちもきっと、救われたはずです」
「お姉ちゃんも喜んでいました! マスターが救ったんです!」
「そうだな。そうだといいな……」
月明かりの元。クレルは歌い続ける。フランも真似をしている。
少しでも安らかに逝けるように。死者たちに手向ける旅立ちの鎮魂歌。
俺はただ黙ってそれを眺めていた。
◇
失われし遺産の魔力は凄まじい。
偶然通りかかった旅人に話を聞いてみたところ。この街は五年前に滅びた事になっていた。
生き残った町民は既に他の土地に移り住み。犠牲者は最初に殺された数人だけだったらしい。
誰に聞いても同じ答えが返ってくる。廃墟で何をやっているんだと逆に怪しまれてしまった。
俺たちが死を超越せし者を倒すまで、街は過去の姿のままで残されていたというのに。
どうやら呪いは人々の記憶まで書き換えていたらしい。だが俺たちは今もしっかりと覚えている。
もしかしたら、その街にどれだけの思い入れがあるかで、効果が変わるのかもしれない。
ロクは……どうだろうか。
彼女が無事逃げ延びたと思っているのだろうか。今も彼女の手紙を待っているのだろうか。
ふと、一つだけ気になる事を思い出した。
「カイルさん……? 一体どこへ?」
「ベールの家の中に一ヵ所だけ綺麗に清掃されていた場所があったんだ」
もう一度、彼女の家に入ると記憶通りボロボロで。
ただ台所だけは綺麗なままだ。きっとここには何かが……。
「……日記だ。それにこれはロク宛ての手紙だな」
引き出しの中には日記と複数の手紙が残されていた。
日記には両親を失って孤独に苛まれてきた日々から、ロクとの出会い。
そして今まで、彼の存在にどれだけ救われてきたのかを事細かに記録されてあった。
それは、恋愛感情というよりも家族愛に近いだろうか。
弟を見守る姉の目線であり。そして……彼女の命が絶たれた日。
そこからも日記は続いている。文字が血で滲んでいた。
死人になってからも。自分が何者なのか。何をするべきなのか。
忘れてはいけない大事な物を書き留め。形として残してあった。正気を長く保てたのもこの為か。
「ベールさんは本当に強い方だったのですね。……心から敬意を表します」
「……そうだな」
日記はここに置いておこう。
手紙の方には、ロクに対する感謝の気持ちが込められていた。
姉として彼の将来を応援しているといった内容だ。何度か書き直された形跡がある。
そういえば、ここ数年ボルスタ村はリーカスたちの支配を受けていたな。
偶然だろうが、それもあってロクは彼女の元に直接会いにいけなくなった。
そして彼女もきっと彼の気持ちを知っていたから。距離を取った。手紙も送らずに隠していた。
忘れて欲しかったんだろうな。
失恋か。他人の話とはいえ……苦いな。
「小鳥に手紙を運ばせましょうか?」
「そうだな……ロクのかあちゃんに渡しておこうか。彼女の顛末も添えて……」
彼が大きくなって、真実を受け止められるようになった時に渡してもらおう。
これで一応、約束は果たされたか。……ん? 奥にもう一つだけ手紙がある。
これも血で汚れている。死人の間に書かれ手紙。
走り書きで読みづらいが。俺には理解できる。ここには絶望など無く。ただ光に溢れていた。
いつかきっと誰かが救ってくれる。だから諦めずに戦い続ける覚悟を。そして救いの主に感謝を。
これはその誰かに送られた手紙であり。最後にはこう綴られていた。
『私たちは既に死人の身です。仮に呪いが解かれてもきっと、逝くべき場所へと行くでしょう。もしかしたら、救えなかった事で。誰かが……今、この手紙を読んでいる方が悩んでいらっしゃるのかもしれません。ですが……どうか。これだけは忘れないでください。私たちは確かに、貴方のおかげで救われました。闇の呪縛から解き放たれました。直接伝える事はできませんが……ありがとう。名も知らぬ――――――正義の味方さんへ』
「……なんだよ、それ。…………ははは」
手紙を置いて俺は頭を掻く。崩れた天井を見上げて込み上げてくるものを堪える。
向いてないと思っていたんだけどな。やめようと考えていたのに。こんなの卑怯だろ。
これは未来に向けて贈られたメッセージ。そして俺を救ってくれる、希望に満ちた言葉だった。
「魔王軍に対する宣戦布告といい。この手紙といい。これで、簡単にやめられなくなりましたね?」
クレルが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「マスターなら絶対に正義の味方になれます! フランはそう信じています!」
フランがこれまでと変わらない信頼に満ちた瞳を向けている。
「……こんなのを書かれちまったら、今後も続けないといけなくなるじゃないか。まったく。簡単に言いやがって!」
ある意味。彼女たちに期待を背負わされた。願いを託された。
そういうのは苦手だったはずなんだが。今は、それでも構わないと思っている。
生まれて初めて感じる充実感があった。悲しいはずなのに何故か嬉しくて。ただ空を見上げる。
「オートクレールはデュラハンという者の元に送り届けられたと聞きました。カイルさんの傍にいれば。いずれその者とも邂逅する機会が訪れるはず。……今後も長い付き合いになりそうですね」
「もちろんフランも。クレルお姉ちゃんと一緒に頑張ります! なんたって相棒ですから!」
心強い仲間たちが手を握ってくれる。
そうだな。俺も……応えてやるさ。その期待に。
訪れた当初は狂気と喧噪に満ちていた正門前も。ただ静けさだけが残されていた。
「俺たちは失われし遺産によって幻影を見せられていたんだな……」
周囲の建物が崩れている。長年に渡って雨風に晒されていたからか。汚れが目立つ。
ベールは五年前に殺されたと言っていた。それからすぐに、街は滅ぼされたんだろう。
そして呪いの霧が当時のハーミルの街の幻影を映し出していた。
街を訪れる旅人や商人たちを、死人の仲間に引きずり込む為に。
だがその幻影も、建物の内部までは正確に再現できなかった。
ベールの家の中で見た光景は現実のもので。そこから崩れ始め、俺たちは町人が死人だと気付けたんだ。
「……仇を討ったところで。失った者は戻って来ないよな。当たり前か」
剣をフランに預けて。俺は一人ごちる。
敵を倒したというのに何も感じない。目の前の廃墟と同じだった。
協力してくれた死人たちが安らかな表情のまま消えていく。
最後に残された女性。ベールがこちらを見ていた。口を開けて何かを呟いている。
「――り―――――と―――」
俺にはそれが聞き取れなかった。
お辞儀をして彼女もまた光となって天へと昇る。
「カイルさん……貴方はこれ以上ないほど最善を尽くしました。彼女たちもきっと、救われたはずです」
「お姉ちゃんも喜んでいました! マスターが救ったんです!」
「そうだな。そうだといいな……」
月明かりの元。クレルは歌い続ける。フランも真似をしている。
少しでも安らかに逝けるように。死者たちに手向ける旅立ちの鎮魂歌。
俺はただ黙ってそれを眺めていた。
◇
失われし遺産の魔力は凄まじい。
偶然通りかかった旅人に話を聞いてみたところ。この街は五年前に滅びた事になっていた。
生き残った町民は既に他の土地に移り住み。犠牲者は最初に殺された数人だけだったらしい。
誰に聞いても同じ答えが返ってくる。廃墟で何をやっているんだと逆に怪しまれてしまった。
俺たちが死を超越せし者を倒すまで、街は過去の姿のままで残されていたというのに。
どうやら呪いは人々の記憶まで書き換えていたらしい。だが俺たちは今もしっかりと覚えている。
もしかしたら、その街にどれだけの思い入れがあるかで、効果が変わるのかもしれない。
ロクは……どうだろうか。
彼女が無事逃げ延びたと思っているのだろうか。今も彼女の手紙を待っているのだろうか。
ふと、一つだけ気になる事を思い出した。
「カイルさん……? 一体どこへ?」
「ベールの家の中に一ヵ所だけ綺麗に清掃されていた場所があったんだ」
もう一度、彼女の家に入ると記憶通りボロボロで。
ただ台所だけは綺麗なままだ。きっとここには何かが……。
「……日記だ。それにこれはロク宛ての手紙だな」
引き出しの中には日記と複数の手紙が残されていた。
日記には両親を失って孤独に苛まれてきた日々から、ロクとの出会い。
そして今まで、彼の存在にどれだけ救われてきたのかを事細かに記録されてあった。
それは、恋愛感情というよりも家族愛に近いだろうか。
弟を見守る姉の目線であり。そして……彼女の命が絶たれた日。
そこからも日記は続いている。文字が血で滲んでいた。
死人になってからも。自分が何者なのか。何をするべきなのか。
忘れてはいけない大事な物を書き留め。形として残してあった。正気を長く保てたのもこの為か。
「ベールさんは本当に強い方だったのですね。……心から敬意を表します」
「……そうだな」
日記はここに置いておこう。
手紙の方には、ロクに対する感謝の気持ちが込められていた。
姉として彼の将来を応援しているといった内容だ。何度か書き直された形跡がある。
そういえば、ここ数年ボルスタ村はリーカスたちの支配を受けていたな。
偶然だろうが、それもあってロクは彼女の元に直接会いにいけなくなった。
そして彼女もきっと彼の気持ちを知っていたから。距離を取った。手紙も送らずに隠していた。
忘れて欲しかったんだろうな。
失恋か。他人の話とはいえ……苦いな。
「小鳥に手紙を運ばせましょうか?」
「そうだな……ロクのかあちゃんに渡しておこうか。彼女の顛末も添えて……」
彼が大きくなって、真実を受け止められるようになった時に渡してもらおう。
これで一応、約束は果たされたか。……ん? 奥にもう一つだけ手紙がある。
これも血で汚れている。死人の間に書かれ手紙。
走り書きで読みづらいが。俺には理解できる。ここには絶望など無く。ただ光に溢れていた。
いつかきっと誰かが救ってくれる。だから諦めずに戦い続ける覚悟を。そして救いの主に感謝を。
これはその誰かに送られた手紙であり。最後にはこう綴られていた。
『私たちは既に死人の身です。仮に呪いが解かれてもきっと、逝くべき場所へと行くでしょう。もしかしたら、救えなかった事で。誰かが……今、この手紙を読んでいる方が悩んでいらっしゃるのかもしれません。ですが……どうか。これだけは忘れないでください。私たちは確かに、貴方のおかげで救われました。闇の呪縛から解き放たれました。直接伝える事はできませんが……ありがとう。名も知らぬ――――――正義の味方さんへ』
「……なんだよ、それ。…………ははは」
手紙を置いて俺は頭を掻く。崩れた天井を見上げて込み上げてくるものを堪える。
向いてないと思っていたんだけどな。やめようと考えていたのに。こんなの卑怯だろ。
これは未来に向けて贈られたメッセージ。そして俺を救ってくれる、希望に満ちた言葉だった。
「魔王軍に対する宣戦布告といい。この手紙といい。これで、簡単にやめられなくなりましたね?」
クレルが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「マスターなら絶対に正義の味方になれます! フランはそう信じています!」
フランがこれまでと変わらない信頼に満ちた瞳を向けている。
「……こんなのを書かれちまったら、今後も続けないといけなくなるじゃないか。まったく。簡単に言いやがって!」
ある意味。彼女たちに期待を背負わされた。願いを託された。
そういうのは苦手だったはずなんだが。今は、それでも構わないと思っている。
生まれて初めて感じる充実感があった。悲しいはずなのに何故か嬉しくて。ただ空を見上げる。
「オートクレールはデュラハンという者の元に送り届けられたと聞きました。カイルさんの傍にいれば。いずれその者とも邂逅する機会が訪れるはず。……今後も長い付き合いになりそうですね」
「もちろんフランも。クレルお姉ちゃんと一緒に頑張ります! なんたって相棒ですから!」
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