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23 理想の勇者(ルーシー視点)
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「はぁはぁ……これで、六十四匹ッ!! まだいけるわ――――戦況はどうなっているの!?」
愛槍を大きく振り回し、魔物の一匹を貫く。
また一匹討伐数が増えたが、ここでは些細な数字だ。
数えるのも億劫になる魔物の軍勢。倒しても一向に減る気配はない。
「駄目です、両翼を突破されています! 生存者は無し。このままでは包囲されます!」
「そう……死んだ子たちを供養する暇は無さそうね」
村を守る最終防衛線。急な傾斜の多い山脈地帯で迎え撃った。
狭い通路で大軍は足止めを喰らっている。条件としてはかなり優れた立地だ。
落石で何体か落ちていく。敵はかなり分散していて、数の利を生かしきれていない。
上層から矢が降り注いでくる。躱し切れず肩に突き刺さる。
「うぐっ……ま、まだよ……まだ戦えるわ。舐めないでよ!!」
獣のように叫びながら、敵を威圧し遠ざける。
事前に仕掛けておいた火薬樽に火矢を放つ。一群を瓦礫の下敷きにする。
数少ない戦力でよくやれている方だ。少なくとも敵も無傷では通れないはず。
しかしそれでも、絶対的な戦力差を覆すまではいかない。
じわじわと疲弊していき、一度戦線が崩れればおしまいだ。
世界樹を占領される前であれば、風の力で対等に戦えていたのに。
「いえ、ここまで来たら風の力があったとしても……結末は変わらないわね」
大陸のほぼ全土を制圧され補給も援軍も望めない状況化では。
どう足掻いても勝ち目なんてなかった。終焉をひたすら引き伸ばすだけで。
また一人、戦友が死んでいく。最期まで持ち場を守り続けて槍で貫かれていた。
「ここまで……か。私も、柄にもなく頑張ったわよね。本当、よくやってきたわ」
前方に魔獣の群れが見える。周囲にはおびただしい数の魔物の軍勢。
三闘士の一体、双頭巨人コットスの姿も。勝利を確信して憎たらしい笑みを浮かべている。
今すぐにでもその首を叩き落としたいのに、刃は決して届かない。ただ槍を強く握り締める。
「ルーシー様、ここは俺たちに任せて早く逃げるっス!」
ピスコ村の生き残りの青年が叫ぶ。
レグもまたすべてを失っても、村の為に戦い続けた英雄だ。
彼だけじゃない。今日まで生き残ってきた子も、死んでいった子たちも。
皆が勇者と呼んで相応しい生き様を世界に刻んできた。
希望は与えてもらうものじゃない。自分で掴み取るものだ。
だから、私は槍を握った。勇者を待つのでなく、勇者になろうとした。
「そうじゃぞ。精霊様がここまで付き合う必要はない。これはワシたちの戦争じゃ」
土妖精のウォッカも、逃げようと思えばいつだって逃げられたはずだった。
トルセコ山から避難してきた彼らは村を守ってくれて。結果、魔王軍に目を付けられた。
私やハルピュイアの子たちと境遇は似ているけど。彼らは恨み言一つも吐かず戦ってくれた。
昔は――世界樹には多くのハルピュイアたちが住んでいた。
同じく世界樹を住まいにしていた私は、一人の方が気楽だったけど。
風のきまぐれで、魔王を裏切った彼女たちを匿った。それが運の尽きだった。
匿っている間に情が沸いて、戦いに協力した。
いつしか女王様や村の皆から頼られるようになって。
期待を一身に背負い、重圧に押し潰されそうになりながらも。
数ヶ月の間、小さな村を戦友たちと守り続けた。それもここで終わり。
「……馬鹿な子たち。でも、そんな貴方たちと一緒に戦えて光栄よ」
「ルーシー様……! 俺も共に戦えて光栄でした!」
「さてさてワシの新兵器の出番じゃな。派手に爆発させようぞ!」
最後に用意した巨大バリスタを構える。
赤いガーゴイルが使っていたのを改良したものだ。
私たちを中心とした爆発を起こし、大規模な土砂崩れを発生させる。
そうして敵の行軍を遅らせ、あわよくば大打撃を与える。
女王様たちが逃げる時間くらいは稼げるだろうか。もうどこへ逃げても敵しかいないけど。
それでもきっと世界のどこかには、私たちと同じで、諦めず戦っている誰かがいるはずなんだ。
「――――構え」
だからこれは決して無駄死にではない。
その誰かを信じて私は、この一矢を放つのだ。
「――――はな」
「ダメえええええええええええ!!」
突如、背中に柔らかい感触が襲いくる。
私の小さな胸では生み出せない圧力に弾かれた。
「いたたた……って、サクの従者!? どうして逃げなかったのよ!!」
「貴女はまだ死んではいけません。ここは引きましょう! 態勢を整えるのです!」
「邪魔をしないで! これ以上、逃げる場所なんてない! ここだけは死守しないといけないのよ!」
山脈地帯を抜けられれば、もう大軍を止める手段がなくなる。
いや既に半分は突破されているのだ。道を崩さなければ。すぐにでも追撃部隊が来る。
時間稼ぎすらできなくなれば、私たちは何の為に命を賭けた事になるのか。
「姫乃様なら、姫乃様なら皆様を救ってくださいます!」
彼女の放った無責任な言葉に、私は苛立つ。
「この期に及んで異世界の勇者に頼れって? そんなものに縋ってどうするのよ!? 魔王との戦争に負けたのだって、誰かが、勇者が救ってくれる……そんな都合のいい誰かを信じて、自分で戦う事を放棄したからなのよ!? 最初から全員で立ち向かっていれば、まだここまで酷い状況にはならなかった。これはこの世界の住人が自ら招いたものなのよ! ――――かつて勇者だった貴女自身が一番わかっている事でしょう!?」
今では世界を制する魔王軍も、最初から優勢に戦っていた訳じゃない。
過程の中で幾つもの分岐点があったのだ。私たちにも勝ち目はあったのだ。
それが人間同士の覇権争いに始まり、醜い内戦も勃発した。
きっと国が何とかしてくれるだろうと、傍観する者たちも多かった。
そうして、世界の半分を掌握された頃になって、人々は慌てて勇者という希望に縋りだした。
いつまでも他人任せで最低な住人たちだ。戦争に負けて当然だった。
「……はい。私も、私の姉様も。勇者としてこの世界に呼び出され、この世界の住人に代わって魔王軍と戦いました。ですがお役目を果たせず、魔王を倒す事ができず、護るべき人々から罵声を浴びせられ……追い込まれ、逃げ出して、すべてを――姫乃様と咲様に押し付けてしまいました」
先代勇者。年若い姉妹の事は以前から風の噂で知っていた。
懸命に戦っていた事も。それでもすべてが遅すぎた。手遅れだった。
彼女たちは責任を負わされて、行方を眩ましていた。死んだものだと思っていた。
それが新しい勇者を連れて来るとは思わなかったが、結局、同じ事なのだ。
「……貴女は、悪くないわ。逃げ出して当然よ。こんな世界、見捨てられて当然なのよ」
勇者は既に一度敗北している。目の前の従者がその証明だ。
だからこそ。私はこれ以上、異世界の子に犠牲になって欲しくなかった。
「ですが、それでも――元勇者としてこれだけは断言できます。姫乃様なら大丈夫です。どれだけ過酷な状況だとしても、不敵な笑顔を崩さずに多少の愚痴は零しながらも、悠々と乗り越えてくださいます! 彼はいつだってそういうお方でした。誰よりも大きな器を持った、理想の勇者様なんです!」
「何よ……それ。そんな都合のいい人間が存在するとは思えないわ。私に……ソイツを信じろと?」
「はい。どうか、私が信じるご主人様を信じてください。お願いします」
「…………」
目の前の子は愚かな傍観者ではなく、この世界の人々の為に戦ってきた戦友だ。
そんな彼女が信じている人物を、私は確かめてみたくなった。自分でも馬鹿だと思う。
「ルーシー様! 時間がありません!!」
「どうするんじゃ!? このまま引くのか!?」
バリスタは起動できない。世界の犠牲者だった彼女は巻き込めない。
「ここはもう放棄する。敵を、村で迎え撃つわよ!」
◇
生き残った者を連れて、無人となったピスコ村に戻ってくる。
防壁を使いながら、仕掛けた罠を使いながら、とにかく時間を稼ぎ続ける。
元勇者である従者が信じる希望を、まだ話した事すらない現行の勇者様を信じて。
「はぁはぁ……数が多すぎる。これなら最終防衛線で粘った方が良かったかしら……?」
従者の口車に乗せられたのが運の尽きか。
もう討伐数も百を超えた辺りで数えるのをやめている。
好きなだけ戦功を稼げる。稼いだところで祝ってくれる人はいないが。
「おかしいっスね、敵の行軍に乱れが見えます。後続部隊に何かあったっスかね?」
「……気のせいじゃない? 現に連中は意気揚々とこちらを攻めているんだから」
レグが片腕で遠視鏡を覗き込みながら敵の動きを知らせてくれる。
彼はもう武器を握れる状態ではなかった。それでも役に立とうとしていた。
激しい雨に打たれながら、凍える身体を押しながら、私たちは抵抗を続ける。
「うごおおおお、旧型のバリスタではここまでか……!」
「……もしかして爆発したっスか?」
「ポンコツで数発撃っただけでぶっ壊れてのう。指が吹き飛びかけたが大丈夫じゃ」
「呑気に話している余裕なんてないわよ。全員、覚悟しなさい」
破壊された門から一斉に雪崩れ込む魔物の軍勢。
恐怖を飲み込んで私たちは迎え撃つ。一匹、二匹と倒したところで誰かの悲鳴。
救いに行こうとして敵に阻まれる。避けても、避けた先にも敵がいる。
ぬかるんだ地面に泥水が跳ねる、足腰に力が入らず転げるように身体が倒れる。
駄目だ。完全に取り囲まれた。逃げ場なんてない。
防壁を破壊される。目の前に魔物が、咄嗟に槍を動かす。
貫いた。それでもそのすぐ後ろには敵が、どこを向いても敵しかいない。
傷付いた戦友たちも囲まれている。
助けに行きたいのに、身体がまるで追い付かない。
歯痒さで、悔しさで視界が歪んでいく。最期まで泣かないと決めていたのに。
「……こんな、連中に……皆、ごめんなさい。私は無力だった……ごめん」
一粒の涙が地面に落ちて。
そして、大きな光が落ちてきた。
魔物が倒れる。何者かに頭をかち割られていた。
「――――よぉ、風の精霊さん。昨日はよくも谷底に落としてくれたなぁ?」
目の前で、風に揺られながら男の子が剣を振り払っている。
混乱する頭が、少しの間を置いて崖に落ちた少年の映像を届けてくる。
わざわざ文句を言いに戦場にやってきた? 何だろう、あまりにも都合がよすぎる妄想だ。
「ったく、まさか村に戻って来ているとはな。大軍の中を駆け抜けるのも楽じゃないってのに」
「憎キ魔王軍メ! 勇者様ト共ニ薙ギ払ッテクレル。ザクロ、村ヲ救ウ!」
「おっ、威勢がいいな、ザクロ。その意気だぞ」
「勇者様ニ褒メラレタ、嬉シイ」
死んだと思っていた戦友のザクロが肩に乗っていた。
大軍を駆け抜けた? まさか単身で後続部隊に打撃を与えたというの?
「あはは……これは夢なのかしら?」
「寝惚けてるならコイツらを片付けたあとにでも、目覚ましビンタをお見舞いしてやるぞ」
男の子が夢のない台詞を吐いている。
それでも今の私にとっては、些細な問題だった。
「姫乃様あああああ! 私は生きていると信じていましたよおおおおお!」
「ニケさん、あとで説教な。約束破って咲から離れて、なにを危ない事をやってんだ馬鹿!」
「はいっ私は馬鹿です! ですので、あとで好きなだけ説教してください! お待ちしてます!」
「……泣いて喜んでどうするよ。お前はマゾか」
軽口を叩きながら彼は次々と魔物を葬っていく。
素人の剣捌きで、それなのに大軍をものともしない覇気。
輝いていた。目には見えない輝きで、その背中で、私を鼓舞してくれる。
絶望という暗闇の中、眩い光で道を照らす。誰もが待ち望んでいた理想の勇者像。
「何よ……君、すごく――――カッコいいじゃない」
「はっ、そりゃあ勇者様が格好悪くてどうするよ」
溢れる涙を拭う。救いなんて求めていなかったのに。
諦めずに戦い続けたら。向こうから勝手にやってきたのだ。
「どうやら口は悪いみたいだけど……そういうのも悪くはないわね。どちらかといえば好きよ」
一瞬で心を奪われた。サクの従者が言っていたとおりだった。
この人なら何とかしてくれる。理屈抜きでそういう気分にさせられる。
向けられたのは不敵な笑みだった。絶望なんて吹き飛んでしまうほどの。
「んで、精霊さんはそこで寝ているだけなのか?」
「馬鹿言わないでよ……そういう怠惰な連中が、私は一番嫌いなの!」
「だったら、少しでも協力しろ。活躍したら多少は、ビンタを手加減してやってもいい」
「ええ、任せなさい!!」
私は槍を構える。釣られて自然と笑みが零れていた。
愛槍を大きく振り回し、魔物の一匹を貫く。
また一匹討伐数が増えたが、ここでは些細な数字だ。
数えるのも億劫になる魔物の軍勢。倒しても一向に減る気配はない。
「駄目です、両翼を突破されています! 生存者は無し。このままでは包囲されます!」
「そう……死んだ子たちを供養する暇は無さそうね」
村を守る最終防衛線。急な傾斜の多い山脈地帯で迎え撃った。
狭い通路で大軍は足止めを喰らっている。条件としてはかなり優れた立地だ。
落石で何体か落ちていく。敵はかなり分散していて、数の利を生かしきれていない。
上層から矢が降り注いでくる。躱し切れず肩に突き刺さる。
「うぐっ……ま、まだよ……まだ戦えるわ。舐めないでよ!!」
獣のように叫びながら、敵を威圧し遠ざける。
事前に仕掛けておいた火薬樽に火矢を放つ。一群を瓦礫の下敷きにする。
数少ない戦力でよくやれている方だ。少なくとも敵も無傷では通れないはず。
しかしそれでも、絶対的な戦力差を覆すまではいかない。
じわじわと疲弊していき、一度戦線が崩れればおしまいだ。
世界樹を占領される前であれば、風の力で対等に戦えていたのに。
「いえ、ここまで来たら風の力があったとしても……結末は変わらないわね」
大陸のほぼ全土を制圧され補給も援軍も望めない状況化では。
どう足掻いても勝ち目なんてなかった。終焉をひたすら引き伸ばすだけで。
また一人、戦友が死んでいく。最期まで持ち場を守り続けて槍で貫かれていた。
「ここまで……か。私も、柄にもなく頑張ったわよね。本当、よくやってきたわ」
前方に魔獣の群れが見える。周囲にはおびただしい数の魔物の軍勢。
三闘士の一体、双頭巨人コットスの姿も。勝利を確信して憎たらしい笑みを浮かべている。
今すぐにでもその首を叩き落としたいのに、刃は決して届かない。ただ槍を強く握り締める。
「ルーシー様、ここは俺たちに任せて早く逃げるっス!」
ピスコ村の生き残りの青年が叫ぶ。
レグもまたすべてを失っても、村の為に戦い続けた英雄だ。
彼だけじゃない。今日まで生き残ってきた子も、死んでいった子たちも。
皆が勇者と呼んで相応しい生き様を世界に刻んできた。
希望は与えてもらうものじゃない。自分で掴み取るものだ。
だから、私は槍を握った。勇者を待つのでなく、勇者になろうとした。
「そうじゃぞ。精霊様がここまで付き合う必要はない。これはワシたちの戦争じゃ」
土妖精のウォッカも、逃げようと思えばいつだって逃げられたはずだった。
トルセコ山から避難してきた彼らは村を守ってくれて。結果、魔王軍に目を付けられた。
私やハルピュイアの子たちと境遇は似ているけど。彼らは恨み言一つも吐かず戦ってくれた。
昔は――世界樹には多くのハルピュイアたちが住んでいた。
同じく世界樹を住まいにしていた私は、一人の方が気楽だったけど。
風のきまぐれで、魔王を裏切った彼女たちを匿った。それが運の尽きだった。
匿っている間に情が沸いて、戦いに協力した。
いつしか女王様や村の皆から頼られるようになって。
期待を一身に背負い、重圧に押し潰されそうになりながらも。
数ヶ月の間、小さな村を戦友たちと守り続けた。それもここで終わり。
「……馬鹿な子たち。でも、そんな貴方たちと一緒に戦えて光栄よ」
「ルーシー様……! 俺も共に戦えて光栄でした!」
「さてさてワシの新兵器の出番じゃな。派手に爆発させようぞ!」
最後に用意した巨大バリスタを構える。
赤いガーゴイルが使っていたのを改良したものだ。
私たちを中心とした爆発を起こし、大規模な土砂崩れを発生させる。
そうして敵の行軍を遅らせ、あわよくば大打撃を与える。
女王様たちが逃げる時間くらいは稼げるだろうか。もうどこへ逃げても敵しかいないけど。
それでもきっと世界のどこかには、私たちと同じで、諦めず戦っている誰かがいるはずなんだ。
「――――構え」
だからこれは決して無駄死にではない。
その誰かを信じて私は、この一矢を放つのだ。
「――――はな」
「ダメえええええええええええ!!」
突如、背中に柔らかい感触が襲いくる。
私の小さな胸では生み出せない圧力に弾かれた。
「いたたた……って、サクの従者!? どうして逃げなかったのよ!!」
「貴女はまだ死んではいけません。ここは引きましょう! 態勢を整えるのです!」
「邪魔をしないで! これ以上、逃げる場所なんてない! ここだけは死守しないといけないのよ!」
山脈地帯を抜けられれば、もう大軍を止める手段がなくなる。
いや既に半分は突破されているのだ。道を崩さなければ。すぐにでも追撃部隊が来る。
時間稼ぎすらできなくなれば、私たちは何の為に命を賭けた事になるのか。
「姫乃様なら、姫乃様なら皆様を救ってくださいます!」
彼女の放った無責任な言葉に、私は苛立つ。
「この期に及んで異世界の勇者に頼れって? そんなものに縋ってどうするのよ!? 魔王との戦争に負けたのだって、誰かが、勇者が救ってくれる……そんな都合のいい誰かを信じて、自分で戦う事を放棄したからなのよ!? 最初から全員で立ち向かっていれば、まだここまで酷い状況にはならなかった。これはこの世界の住人が自ら招いたものなのよ! ――――かつて勇者だった貴女自身が一番わかっている事でしょう!?」
今では世界を制する魔王軍も、最初から優勢に戦っていた訳じゃない。
過程の中で幾つもの分岐点があったのだ。私たちにも勝ち目はあったのだ。
それが人間同士の覇権争いに始まり、醜い内戦も勃発した。
きっと国が何とかしてくれるだろうと、傍観する者たちも多かった。
そうして、世界の半分を掌握された頃になって、人々は慌てて勇者という希望に縋りだした。
いつまでも他人任せで最低な住人たちだ。戦争に負けて当然だった。
「……はい。私も、私の姉様も。勇者としてこの世界に呼び出され、この世界の住人に代わって魔王軍と戦いました。ですがお役目を果たせず、魔王を倒す事ができず、護るべき人々から罵声を浴びせられ……追い込まれ、逃げ出して、すべてを――姫乃様と咲様に押し付けてしまいました」
先代勇者。年若い姉妹の事は以前から風の噂で知っていた。
懸命に戦っていた事も。それでもすべてが遅すぎた。手遅れだった。
彼女たちは責任を負わされて、行方を眩ましていた。死んだものだと思っていた。
それが新しい勇者を連れて来るとは思わなかったが、結局、同じ事なのだ。
「……貴女は、悪くないわ。逃げ出して当然よ。こんな世界、見捨てられて当然なのよ」
勇者は既に一度敗北している。目の前の従者がその証明だ。
だからこそ。私はこれ以上、異世界の子に犠牲になって欲しくなかった。
「ですが、それでも――元勇者としてこれだけは断言できます。姫乃様なら大丈夫です。どれだけ過酷な状況だとしても、不敵な笑顔を崩さずに多少の愚痴は零しながらも、悠々と乗り越えてくださいます! 彼はいつだってそういうお方でした。誰よりも大きな器を持った、理想の勇者様なんです!」
「何よ……それ。そんな都合のいい人間が存在するとは思えないわ。私に……ソイツを信じろと?」
「はい。どうか、私が信じるご主人様を信じてください。お願いします」
「…………」
目の前の子は愚かな傍観者ではなく、この世界の人々の為に戦ってきた戦友だ。
そんな彼女が信じている人物を、私は確かめてみたくなった。自分でも馬鹿だと思う。
「ルーシー様! 時間がありません!!」
「どうするんじゃ!? このまま引くのか!?」
バリスタは起動できない。世界の犠牲者だった彼女は巻き込めない。
「ここはもう放棄する。敵を、村で迎え撃つわよ!」
◇
生き残った者を連れて、無人となったピスコ村に戻ってくる。
防壁を使いながら、仕掛けた罠を使いながら、とにかく時間を稼ぎ続ける。
元勇者である従者が信じる希望を、まだ話した事すらない現行の勇者様を信じて。
「はぁはぁ……数が多すぎる。これなら最終防衛線で粘った方が良かったかしら……?」
従者の口車に乗せられたのが運の尽きか。
もう討伐数も百を超えた辺りで数えるのをやめている。
好きなだけ戦功を稼げる。稼いだところで祝ってくれる人はいないが。
「おかしいっスね、敵の行軍に乱れが見えます。後続部隊に何かあったっスかね?」
「……気のせいじゃない? 現に連中は意気揚々とこちらを攻めているんだから」
レグが片腕で遠視鏡を覗き込みながら敵の動きを知らせてくれる。
彼はもう武器を握れる状態ではなかった。それでも役に立とうとしていた。
激しい雨に打たれながら、凍える身体を押しながら、私たちは抵抗を続ける。
「うごおおおお、旧型のバリスタではここまでか……!」
「……もしかして爆発したっスか?」
「ポンコツで数発撃っただけでぶっ壊れてのう。指が吹き飛びかけたが大丈夫じゃ」
「呑気に話している余裕なんてないわよ。全員、覚悟しなさい」
破壊された門から一斉に雪崩れ込む魔物の軍勢。
恐怖を飲み込んで私たちは迎え撃つ。一匹、二匹と倒したところで誰かの悲鳴。
救いに行こうとして敵に阻まれる。避けても、避けた先にも敵がいる。
ぬかるんだ地面に泥水が跳ねる、足腰に力が入らず転げるように身体が倒れる。
駄目だ。完全に取り囲まれた。逃げ場なんてない。
防壁を破壊される。目の前に魔物が、咄嗟に槍を動かす。
貫いた。それでもそのすぐ後ろには敵が、どこを向いても敵しかいない。
傷付いた戦友たちも囲まれている。
助けに行きたいのに、身体がまるで追い付かない。
歯痒さで、悔しさで視界が歪んでいく。最期まで泣かないと決めていたのに。
「……こんな、連中に……皆、ごめんなさい。私は無力だった……ごめん」
一粒の涙が地面に落ちて。
そして、大きな光が落ちてきた。
魔物が倒れる。何者かに頭をかち割られていた。
「――――よぉ、風の精霊さん。昨日はよくも谷底に落としてくれたなぁ?」
目の前で、風に揺られながら男の子が剣を振り払っている。
混乱する頭が、少しの間を置いて崖に落ちた少年の映像を届けてくる。
わざわざ文句を言いに戦場にやってきた? 何だろう、あまりにも都合がよすぎる妄想だ。
「ったく、まさか村に戻って来ているとはな。大軍の中を駆け抜けるのも楽じゃないってのに」
「憎キ魔王軍メ! 勇者様ト共ニ薙ギ払ッテクレル。ザクロ、村ヲ救ウ!」
「おっ、威勢がいいな、ザクロ。その意気だぞ」
「勇者様ニ褒メラレタ、嬉シイ」
死んだと思っていた戦友のザクロが肩に乗っていた。
大軍を駆け抜けた? まさか単身で後続部隊に打撃を与えたというの?
「あはは……これは夢なのかしら?」
「寝惚けてるならコイツらを片付けたあとにでも、目覚ましビンタをお見舞いしてやるぞ」
男の子が夢のない台詞を吐いている。
それでも今の私にとっては、些細な問題だった。
「姫乃様あああああ! 私は生きていると信じていましたよおおおおお!」
「ニケさん、あとで説教な。約束破って咲から離れて、なにを危ない事をやってんだ馬鹿!」
「はいっ私は馬鹿です! ですので、あとで好きなだけ説教してください! お待ちしてます!」
「……泣いて喜んでどうするよ。お前はマゾか」
軽口を叩きながら彼は次々と魔物を葬っていく。
素人の剣捌きで、それなのに大軍をものともしない覇気。
輝いていた。目には見えない輝きで、その背中で、私を鼓舞してくれる。
絶望という暗闇の中、眩い光で道を照らす。誰もが待ち望んでいた理想の勇者像。
「何よ……君、すごく――――カッコいいじゃない」
「はっ、そりゃあ勇者様が格好悪くてどうするよ」
溢れる涙を拭う。救いなんて求めていなかったのに。
諦めずに戦い続けたら。向こうから勝手にやってきたのだ。
「どうやら口は悪いみたいだけど……そういうのも悪くはないわね。どちらかといえば好きよ」
一瞬で心を奪われた。サクの従者が言っていたとおりだった。
この人なら何とかしてくれる。理屈抜きでそういう気分にさせられる。
向けられたのは不敵な笑みだった。絶望なんて吹き飛んでしまうほどの。
「んで、精霊さんはそこで寝ているだけなのか?」
「馬鹿言わないでよ……そういう怠惰な連中が、私は一番嫌いなの!」
「だったら、少しでも協力しろ。活躍したら多少は、ビンタを手加減してやってもいい」
「ええ、任せなさい!!」
私は槍を構える。釣られて自然と笑みが零れていた。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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