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23 理想の勇者(ルーシー視点)

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「はぁはぁ……これで、六十四匹ッ!! まだいけるわ――――戦況はどうなっているの!?」

 愛槍を大きく振り回し、魔物の一匹を貫く。
 また一匹討伐数が増えたが、ここでは些細な数字だ。
 数えるのも億劫になる魔物の軍勢。倒しても一向に減る気配はない。

「駄目です、両翼を突破されています! 生存者は無し。このままでは包囲されます!」
「そう……死んだ子たちを供養する暇は無さそうね」

 村を守る最終防衛線。急な傾斜の多い山脈地帯で迎え撃った。
 狭い通路で大軍は足止めを喰らっている。条件としてはかなり優れた立地だ。
 落石で何体か落ちていく。敵はかなり分散していて、数の利を生かしきれていない。

 上層から矢が降り注いでくる。躱し切れず肩に突き刺さる。

「うぐっ……ま、まだよ……まだ戦えるわ。舐めないでよ!!」

 獣のように叫びながら、敵を威圧し遠ざける。
 事前に仕掛けておいた火薬樽に火矢を放つ。一群を瓦礫の下敷きにする。
 数少ない戦力でよくやれている方だ。少なくとも敵も無傷では通れないはず。

 しかしそれでも、絶対的な戦力差を覆すまではいかない。
 じわじわと疲弊していき、一度戦線が崩れればおしまいだ。
 世界樹を占領される前であれば、風の力で対等に戦えていたのに。
 
「いえ、ここまで来たら風の力があったとしても……結末は変わらないわね」

 大陸のほぼ全土を制圧され補給も援軍も望めない状況化では。
 どう足掻いても勝ち目なんてなかった。終焉をひたすら引き伸ばすだけで。
 また一人、戦友が死んでいく。最期まで持ち場を守り続けて槍で貫かれていた。

「ここまで……か。私も、柄にもなく頑張ったわよね。本当、よくやってきたわ」
 
 前方に魔獣の群れが見える。周囲にはおびただしい数の魔物の軍勢。
 三闘士の一体、双頭巨人コットスの姿も。勝利を確信して憎たらしい笑みを浮かべている。
 今すぐにでもその首を叩き落としたいのに、刃は決して届かない。ただ槍を強く握り締める。
 
「ルーシー様、ここは俺たちに任せて早く逃げるっス!」

 ピスコ村の生き残りの青年が叫ぶ。
 レグもまたすべてを失っても、村の為に戦い続けた英雄だ。
 彼だけじゃない。今日まで生き残ってきた子も、死んでいった子たちも。

 皆が勇者と呼んで相応しい生き様を世界に刻んできた。
 希望は与えてもらうものじゃない。自分で掴み取るものだ。
 だから、私は槍を握った。勇者を待つのでなく、勇者になろうとした。

「そうじゃぞ。精霊様がここまで付き合う必要はない。これはワシたちの戦争じゃ」

 土妖精のウォッカも、逃げようと思えばいつだって逃げられたはずだった。
 トルセコ山から避難してきた彼らは村を守ってくれて。結果、魔王軍に目を付けられた。
 私やハルピュイアの子たちと境遇は似ているけど。彼らは恨み言一つも吐かず戦ってくれた。

 昔は――世界樹には多くのハルピュイアたちが住んでいた。
 同じく世界樹を住まいにしていた私は、一人の方が気楽だったけど。
 風のきまぐれで、魔王を裏切った彼女たちを匿った。それが運の尽きだった。

 匿っている間に情が沸いて、戦いに協力した。
 
 いつしか女王様や村の皆から頼られるようになって。
 期待を一身に背負い、重圧に押し潰されそうになりながらも。
 数ヶ月の間、小さな村を戦友たちと守り続けた。それもここで終わり。
 
「……馬鹿な子たち。でも、そんな貴方たちと一緒に戦えて光栄よ」
「ルーシー様……! 俺も共に戦えて光栄でした!」
「さてさてワシの新兵器の出番じゃな。派手に爆発させようぞ!」

 最後に用意した巨大バリスタを構える。
 赤いガーゴイルが使っていたのを改良したものだ。
 私たちを中心とした爆発を起こし、大規模な土砂崩れを発生させる。

 そうして敵の行軍を遅らせ、あわよくば大打撃を与える。

 女王様たちが逃げる時間くらいは稼げるだろうか。もうどこへ逃げても敵しかいないけど。
 それでもきっと世界のどこかには、私たちと同じで、諦めず戦っている誰かがいるはずなんだ。

「――――構え」

 だからこれは決して無駄死にではない。
 その誰かを信じて私は、この一矢を放つのだ。

「――――はな」
「ダメえええええええええええ!!」

 突如、背中に柔らかい感触が襲いくる。
 私の小さな胸では生み出せない圧力に弾かれた。

「いたたた……って、サクの従者!? どうして逃げなかったのよ!!」
「貴女はまだ死んではいけません。ここは引きましょう! 態勢を整えるのです!」
「邪魔をしないで! これ以上、逃げる場所なんてない! ここだけは死守しないといけないのよ!」

 山脈地帯を抜けられれば、もう大軍を止める手段がなくなる。
 いや既に半分は突破されているのだ。道を崩さなければ。すぐにでも追撃部隊が来る。
 時間稼ぎすらできなくなれば、私たちは何の為に命を賭けた事になるのか。
 
「姫乃様なら、姫乃様なら皆様を救ってくださいます!」

 彼女の放った無責任な言葉に、私は苛立つ。

「この期に及んで異世界の勇者に頼れって? そんなものに縋ってどうするのよ!? 魔王との戦争に負けたのだって、誰かが、勇者が救ってくれる……そんな都合のいい誰かを信じて、自分で戦う事を放棄したからなのよ!? 最初から全員で立ち向かっていれば、まだここまで酷い状況にはならなかった。これはこの世界の住人が自ら招いたものなのよ! ――――かつて勇者だった貴女自身が一番わかっている事でしょう!?」

 今では世界を制する魔王軍も、最初から優勢に戦っていた訳じゃない。
 過程の中で幾つもの分岐点があったのだ。私たちにも勝ち目はあったのだ。 

 それが人間同士の覇権争いに始まり、醜い内戦も勃発した。
 きっと国が何とかしてくれるだろうと、傍観する者たちも多かった。
 そうして、世界の半分を掌握された頃になって、人々は慌てて勇者という希望に縋りだした。

 いつまでも他人任せで最低な住人たちだ。戦争に負けて当然だった。
 
「……はい。私も、私の姉様も。勇者としてこの世界に呼び出され、この世界の住人に代わって魔王軍と戦いました。ですがお役目を果たせず、魔王を倒す事ができず、護るべき人々から罵声を浴びせられ……追い込まれ、逃げ出して、すべてを――姫乃様と咲様に押し付けてしまいました」

 先代勇者。年若い姉妹の事は以前から風の噂で知っていた。
 懸命に戦っていた事も。それでもすべてが遅すぎた。手遅れだった。
 彼女たちは責任を負わされて、行方を眩ましていた。死んだものだと思っていた。

 それが新しい勇者を連れて来るとは思わなかったが、結局、同じ事なのだ。

「……貴女は、悪くないわ。逃げ出して当然よ。こんな世界、見捨てられて当然なのよ」
 
 勇者は既に一度敗北している。目の前の従者がその証明だ。
 だからこそ。私はこれ以上、異世界の子に犠牲になって欲しくなかった。
 
「ですが、それでも――元勇者としてこれだけは断言できます。姫乃様なら大丈夫です。どれだけ過酷な状況だとしても、不敵な笑顔を崩さずに多少の愚痴は零しながらも、悠々と乗り越えてくださいます! 彼はいつだってそういうお方でした。誰よりも大きな器を持った、理想の勇者様なんです!」
「何よ……それ。そんな都合のいい人間が存在するとは思えないわ。私に……ソイツを信じろと?」
「はい。どうか、私が信じるご主人様を信じてください。お願いします」
「…………」

 目の前の子は愚かな傍観者ではなく、この世界の人々の為に戦ってきた戦友だ。
 そんな彼女が信じている人物を、私は確かめてみたくなった。自分でも馬鹿だと思う。

「ルーシー様! 時間がありません!!」
「どうするんじゃ!? このまま引くのか!?」

 バリスタは起動できない。世界の犠牲者だった彼女は巻き込めない。

「ここはもう放棄する。敵を、村で迎え撃つわよ!」

 ◇

 生き残った者を連れて、無人となったピスコ村に戻ってくる。
 防壁を使いながら、仕掛けた罠を使いながら、とにかく時間を稼ぎ続ける。 
 元勇者である従者が信じる希望を、まだ話した事すらない現行の勇者様を信じて。

「はぁはぁ……数が多すぎる。これなら最終防衛線で粘った方が良かったかしら……?」

 従者の口車に乗せられたのが運の尽きか。
 もう討伐数も百を超えた辺りで数えるのをやめている。
 好きなだけ戦功を稼げる。稼いだところで祝ってくれる人はいないが。

「おかしいっスね、敵の行軍に乱れが見えます。後続部隊に何かあったっスかね?」
「……気のせいじゃない? 現に連中は意気揚々とこちらを攻めているんだから」
 
 レグが片腕で遠視鏡を覗き込みながら敵の動きを知らせてくれる。
 彼はもう武器を握れる状態ではなかった。それでも役に立とうとしていた。
 激しい雨に打たれながら、凍える身体を押しながら、私たちは抵抗を続ける。
 
「うごおおおお、旧型のバリスタではここまでか……!」
「……もしかして爆発したっスか?」
「ポンコツで数発撃っただけでぶっ壊れてのう。指が吹き飛びかけたが大丈夫じゃ」
「呑気に話している余裕なんてないわよ。全員、覚悟しなさい」

 破壊された門から一斉に雪崩れ込む魔物の軍勢。
 恐怖を飲み込んで私たちは迎え撃つ。一匹、二匹と倒したところで誰かの悲鳴。

 救いに行こうとして敵に阻まれる。避けても、避けた先にも敵がいる。
 ぬかるんだ地面に泥水が跳ねる、足腰に力が入らず転げるように身体が倒れる。
  
 駄目だ。完全に取り囲まれた。逃げ場なんてない。
 防壁を破壊される。目の前に魔物が、咄嗟に槍を動かす。
 貫いた。それでもそのすぐ後ろには敵が、どこを向いても敵しかいない。

 傷付いた戦友たちも囲まれている。
 助けに行きたいのに、身体がまるで追い付かない。
 歯痒さで、悔しさで視界が歪んでいく。最期まで泣かないと決めていたのに。

「……こんな、連中に……皆、ごめんなさい。私は無力だった……ごめん」

 一粒の涙が地面に落ちて。
 そして、大きな光が落ちてきた。
 魔物が倒れる。何者かに頭をかち割られていた。

「――――よぉ、風の精霊さん。昨日はよくも谷底に落としてくれたなぁ?」

 目の前で、風に揺られながら男の子が剣を振り払っている。
 混乱する頭が、少しの間を置いて崖に落ちた少年の映像を届けてくる。
 わざわざ文句を言いに戦場にやってきた? 何だろう、あまりにも都合がよすぎる妄想だ。

「ったく、まさか村に戻って来ているとはな。大軍の中を駆け抜けるのも楽じゃないってのに」
「憎キ魔王軍メ! 勇者様ト共ニ薙ギ払ッテクレル。ザクロ、村ヲ救ウ!」
「おっ、威勢がいいな、ザクロ。その意気だぞ」
「勇者様ニ褒メラレタ、嬉シイ」

 死んだと思っていた戦友のザクロが肩に乗っていた。
 大軍を駆け抜けた? まさか単身で後続部隊に打撃を与えたというの?

「あはは……これは夢なのかしら?」
「寝惚けてるならコイツらを片付けたあとにでも、目覚ましビンタをお見舞いしてやるぞ」
 
 男の子が夢のない台詞を吐いている。
 それでも今の私にとっては、些細な問題だった。

「姫乃様あああああ! 私は生きていると信じていましたよおおおおお!」
「ニケさん、あとで説教な。約束破って咲から離れて、なにを危ない事をやってんだ馬鹿!」
「はいっ私は馬鹿です! ですので、あとで好きなだけ説教してください! お待ちしてます!」
「……泣いて喜んでどうするよ。お前はマゾか」

 軽口を叩きながら彼は次々と魔物を葬っていく。
 素人の剣捌きで、それなのに大軍をものともしない覇気。
 輝いていた。目には見えない輝きで、その背中で、私を鼓舞してくれる。

 絶望という暗闇の中、眩い光で道を照らす。誰もが待ち望んでいた理想の勇者像。

「何よ……君、すごく――――カッコいいじゃない」
「はっ、そりゃあ勇者様が格好悪くてどうするよ」

 溢れる涙を拭う。救いなんて求めていなかったのに。
 諦めずに戦い続けたら。向こうから勝手にやってきたのだ。

「どうやら口は悪いみたいだけど……そういうのも悪くはないわね。どちらかといえば好きよ」

 一瞬で心を奪われた。サクの従者が言っていたとおりだった。
 この人なら何とかしてくれる。理屈抜きでそういう気分にさせられる。
 向けられたのは不敵な笑みだった。絶望なんて吹き飛んでしまうほどの。
 
「んで、精霊さんはそこで寝ているだけなのか?」
「馬鹿言わないでよ……そういう怠惰な連中が、私は一番嫌いなの!」
「だったら、少しでも協力しろ。活躍したら多少は、ビンタを手加減してやってもいい」
「ええ、任せなさい!!」

 私は槍を構える。釣られて自然と笑みが零れていた。
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