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外伝3 女王様スラネイと怠惰なベルフェ

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「ヴヴヴッ、ワヴヴヴ!!」

 宿の一室にて、一匹の白き獣が大きく唸っている。
 早朝からスラネイが怒っていた。理由は大したものでもなく。
 お気に入りベルフェの位置が、昨晩から大きく変わっていただけだ。

 スラネイは、自分の所有物を他人に触れられるのを嫌う。 
 【感染支配】の異能を持つ彼女は、根っからの女王様気質だった。

「きゅん……くぅ……」

 大人に怒られて、子供のサイロが酷く畏縮してしまう。
 サイロは、自分より小さいベルフェに挨拶をしたかったのだ。
 ガルムと共に、眠っている幼狼に起きてもらおうと身体を揺らして。

 それでベルフェが勢い余ってベッドから落ちてしまった。
 反省して、何度も謝っているのに、スラネイの怒りは収まらない。

「ぐぅ……ぐぅ……」

 床にひっくり返ったベルフェはそれでも起きようとはせず、いびきをかいている。
 一部始終を見ていたエゴームは、落ち着いてと。ちびっ子たちが可哀想だよとなだめる。

「ワウ、ワウウ~ワウッ!」 
「ヴヴヴッ! ワヴ!」
「ワウッ、グルルルルルル」

 スラネイはエゴームに対して、それは主様への点数稼ぎかと、挑発する。
 これにはいつも朗らかなエゴームも、三割ほど眼つきが鋭くなった。
 間に挟まれたサイロは不安になって、小さく何度も鳴きだす。

「きゅう、きゅ~わう~わお~ん」
「すぅ……ぺろ、ぺろ……ぐぅ……」
「わう……?」

 発端となったベルフェはまだ眠っていた。鼻風船を作り、気持ちよさそうだ。
 あまりにも深い眠りなので、ガルムは大丈夫なのか心配になって、お尻を嗅いだ。

「ヴヴヴウ、ヴァウッ!」

 また勝手に触れたなと、スラネイはガルムに飛び掛かった。

「ワウッ! ワウワンワウ!」

 すぐにエゴームが盾となって立ち塞がり、応戦する。
 激しい揉み合いになり、両者、距離を取って威嚇合戦が始まった。

 ――――ガチャ

「ふぅ……ただいま。みんな起きてるかな?」

 そこへ彼女らの主様であるオルガが帰ってくる。
 リンネと一緒に朝の散歩と、朝食を買ってきていたのだ。

「ヴァウ」

 オルガの姿を捉えた瞬間、スラネイは何食わぬ顔で天井を見上げていた。
 私はお利口で、何も悪さはしていませんよと。平然とした態度を取り続けている。
 この変わりようには、他の三匹も驚いてしまった。エゴームは思わずずっこけてしまう。

「おっ、ベルフェ以外目を覚ましていたか。お前たち、良い子にしてたか?」
「ヴヴッワヴッ」

 わがまま女王様は権力者には歯向かわず、尻尾を振りながら媚びを売っている。

「わう……? わぅ?」
「くぅん?」
 
 その狡賢い姿を、ガルムとサイロは遠巻きに放心しながら見つめている。
 どうして急に大人しくなったんだろう。ちびっ子たちには理解が追い付かない。 

「ワウ……ワウッ」

 エゴームは、大人になったらわかるよと。遠い目をしてそのまま伏せた。

「寝相が悪いなベルフェ、床に転がってせっかく綺麗な毛並みが汚れるぞ?」

 オルガが床に落ちているベルフェを、ベッドに戻そうとして触れる。

「ワヴッ!」
「いってぇ!?」

 スラネイは、どうやら反射的に噛みついたらしい。
 あ、ヤバいと、慌ててベルフェを咥えて逃げ出していく。

 オルガは追いかけず黙って見つめていた。彼の視線の先。
 出入口を塞いで、白き獣の統率者が怒りを剥き出しにしていたのだ。

「……見ていましたよスラネイ。主様に反抗の牙を向けましたねっ!」
「ヴァウン!?」

 スラネイはそこですべてを悟った。駄目だ、逃げ切れないと。
 ひっくり返り、反省のポーズを取った。が、リンネは容赦なく捕まえる。

「貴女はいつもいつも横暴がすぎるのです。今からお説教ですからね!」
「ヴァン……キャンキャンキャンキャン、ヴアオオオオン!」

「すぅ……すぅ……ぺろ……ぺろ……」
「わうっ、わうわお~ん!」
「へっへっ、ぺろぺろぺろ」

 スラネイが連れ去られている隙に、ちびっ子たちは蒼い幼狼と存分に触れ合う。
 鼻を舐めたり、尻尾を叩いたり、身体を転がしたり、首を噛んだり、やりたい放題だ。
 リンネのお説教はそれから二時間は続き、その間、ベルフェは最後まで起きる事はなった。 

 ◇

「いてててて……思いっ切り本気で噛まれたな。跡に残らないといいが」
「ぐぅ……ぐぅ……」

 早朝から激しい刺激を受けて、俺の目はバッチリと醒めた。
 手元には眠り続けるベルフェが、体温が高くてモフモフである。
 スラネイが反省室送りにされているので、代わりに俺が面倒を見ている。

「わふっ、公園に人がたくさん集まっておられます! 美味しそうな匂いがたくさんです!」

「今日から【鋼の華】主催の解放祭だそうだ。街全体を巻き込んで、派手好きなおっさんらしい」

 中央公園をまるまる貸切って、【鋼の華】が大規模な宴会を開いていた。
 それは形式張った、堅苦しい息が詰まるものではなく。誰でも自由に参加ができる。
 領主であるリリリリカ嬢の父リーガン卿の全面協力の元、各方面のギルドも協賛している。

 彼らはこれを機に、【黒司教の襲撃】による住人への不安を和らげようとしたのだ。
 エステルは港がある有名観光地として観光業も盛んなので、来訪客が減るのは大きな痛手だ。
 魔物に襲われる危険な土地だという悪評はすぐにでも払拭したい。そういう思惑もあるのだろう。

 主催者がエステルで最も優れたクランで顔が広い【鋼の華】なのも都合がよく。
 しかもラングラルは街を救った英雄の一人だ。どうも作為的というか大人の事情を感じる。

「よぉオルガ、楽しんでるか! あとで一緒に酒を飲んであの激戦を語り合おうぜ!」

「ひゃっほぉ! ここまで大規模な宴は、【血塗られた三ヶ月】の終戦以来か? ってその頃はエステルはまだなかったな。あーめでたい。来年も同じ規模の祭りをよろしく頼みたいぜ」

「街をしばらく離れていたもので【黒司教の襲撃】には関与していないが、私も楽しんでよいのかな」

「ラングラルさんはんな細かい事を気にされる方じゃねぇ。とにかく飲んで騒げばいいんだよ!」

 ここに集まるもろもろの冒険者たちは、そんな事情も気にせず楽しく騒いでいる。
 それが一番賢い生き方であると知っているからだ。俺も偶には何も考えず馬鹿になるか。

「ふぁあああ……お肉がいっぱいです! 主様、お肉の祭典です!! わふわふ!」
「わうわう~!」

「よーし。リンネが満足するまで好きなだけ食べてきてもいいぞ。どうせ無料だし懐は痛まないしな。残して食材を痛める方がもったいない。フェールの分も適当に詰めて持って帰るか」

 残念ながらフェールはまだ体調を崩しており、今はリリリリカ嬢がお世話をしている。
 エレナが不在の中、同性の彼女に任せられるのはありがたいが。一応、伯爵令嬢だよな?
 
 本人は権力を置いてきたと言っていたので、あとはどうか倫理観も置いていない事を祈りたい。

「わふっ! 主様の許可をいただきました。この機会を逃せば、我は一生後悔する事でしょう。お腹いっぱい膨れるまで喰らい尽く所存です!」
「わうわうわん!」
「へっへっ、わお~ん!」
「ワウッ!」

 砂煙をあげて、リンネたちが駆け足で突撃していく。
 いつも慎ましやかな彼女も、本能、獣の血には逆らえない。
 ガルムたちも契約獣用のスペースで特別な食事をいただいている。

 贅沢を覚えてしまった彼女たちの、今後の食費がどうなるか恐ろしいが。
 今日の俺は馬鹿になると決めたので気にしない。うん、気にしないぞ……。

「ぐぅ……」
「お前はいらないのか?」

 さっきから微動だにしないベルフェに、ミルクの入った皿を近付ける。
 幼狼は眠ったまま鼻を動かし少しだけ舌を出す。ミルクまで届かず戻ってしまった。

「ぐう……」
「そこで諦めるのか!? ったく世話の掛かる子だな……」

 今度は人差し指にミルクをつけて口元へ運ぶ。
 ベルフェはぺろぺろと舐めながら、うぅ~と鳴いた。
 満足したのか、だらりと力を抜いて俺の腕に顎を乗せる。

「眠っているのに疲れたのか。怠惰の名は飾りじゃないんだな」

 俺はそこまで大食漢ではないので、料理はほどほどに、祭りの様子を眺めていた。
 【黒司教の襲撃】で共に戦ったクランの人たちと挨拶を交わし、今後の健闘を祈りながら。
 祝杯を上げていく。以前では考えられないほど、俺たちの存在がエステルで受け入れられている。

 もうGランクだからといって、冒険者未満と揶揄される事もないだろう。
 やっと真の意味でスタートラインに立てたような。そんな感慨深いものがある。

「よぉオルガ。昨晩は俺たちの分の飯をどうもな、しかも朝食まで用意してくれていたようで。野菜ばかりで薄味だったが、胃に優しくて、俺を含めた酒飲み連中から好評だった。また機会があったら頼むよ」

 上機嫌に語りかけてくるのは【蛇の足】のホーガンだ。最近よく絡んでいる気がする。

「あらかじめ材料費は貰ってるし、その中でできる範囲のものを作っただけだぞ。時間がなかったから凝ったものは作れなかったが、お気に召してもらえたのなら幸いだ」

 六種の野菜スープと新鮮な彩りサラダ。
 川魚を香草と蒸して、特製の甘ダレをかけたもの。
 あとは鶏肉と豆のトマト煮込み、高級果実のデザート。

 俺の故郷の、テイマーの里でよく食べていた健康食だ。
 年寄り臭いと言われるのだが、若者が俺だけだったので仕方がない。

「それにしたって美味かったぜ。こんなのを毎日食ってた【鍋底】の連中が羨ましいくらいだ。……礼と言っちゃなんだが、俺が女の口説き方を教えてやるよ。これからナンパに行くぞ!」

「は? どうしてそうなる」

 コイツは一体何を言い出すのか。もしかして祭りの雰囲気に酔っているのか。

「せっかく街の英雄として名が売れたのに、利用しないのはもったいないだろ! 解放祭はこれから三日間も続く。噂を聞きつけて各地から綺麗な女性もたっくさん集まっている。これはチャンスだぞ! 堅苦しい事は言わず、お前も偶にはそういう遊びを覚えた方がいい」

 ホーガンの熱意は凄まじい、どうやら同じ考えで行動している冒険者も何人か居るようだ。
 ナンパって俺の印象では、フェールにボコられてゴミ山に捨てられる哀れな姿でしかないが。

「それってわざわざ学ばないといけない、学問のようなものなのか?」

「馬鹿、いざ本当に好きになった女を見つけた時、経験も抜きに全力を出せるのか? 練習もせず実戦に出る冒険者はいないだろう? どんな分野にだって、事前知識、事前演習は必要だ。おわかりか?」

「確かに、言われてみればそう……だな?」

 今の俺は思考能力が落ちているようで、ホーガンの発言はすべて正論に聞こえてくる。

「いいか、初心者のお前に教えてやる。まず見るべきポイントは足、歩く速さだ。落ち着きのない人間は声を掛けても苛立たせるだけで旨味がない。料理に夢中な奴なんて論外だ。俺たちはこれから、遊びに来たのはいいが、緻密な計画を立てず暇そうにふらついている遠方からの観光客を狙う。二人組ならベストだぞ」

 ホーガンはそう言って、祭りを楽しむ観光客の女性を遠巻きに物色する。
 同じく視線を向けると、リンネが二枚の皿に大量のお肉を乗せている姿が映った。 
 コイツのアドバイスが正しいのなら、あの子は、声を掛けられる心配はなさそうだな。

「おっと、そちらのお嬢さん方。熱気に晒されて暑そうですね。よかったら、あちらで冷たいドリンクを飲みませんか? どうやら帝都で有名なカフェが出店しているようで、冒険者優待があるみたいなんです。ただ一人ではどうも入り辛くて……あっ、こちらから声を掛けたんでお代の心配は必要ないですよ」

 声色をいつもよりも紳士的に、芝居がかった動作でホーガンが俺に見本を魅せる。
 あらかじめ出店をチェックしていたのか。後方支援を専門としてるだけあって、抜かりない。

「くすっ、もしかしてナンパですか? どうする? 顔の怖い冒険者さんに誘われてるけど」
「えーどうしよっかな~、せっかくだから、ちょっとだけお話しを聞いてく? 暇だしね~」

 声を掛けられた二人組の女性は、慣れた様子で対応し、雰囲気は見た感じ悪くない。
 なるほど。人数が多い方が気持ち余裕が生まれて、こちらの誘いに乗ってくれやすいのか。

「あ、でも奢ってもらうのは悪いかもね。こっちは二人だし」
「そうだよね」

「いえいえ、こう見えても俺は【黒司教の襲撃】で大活躍しましてね。将来有望の若手として注目されているんです。お二人の貴重な時間を買わせてもらったと考えたら、この程度の出費は安いものですよ」
 
 何気なく自分は優秀な冒険者だとアピール。しかもちょっと盛っているぞ。
 聞いていて少し恥ずかしくなってきた。だがホーガンは真剣だ。真剣に口説いている。

 目的はともかくとして、ああして意識的に別の自分を演じる姿は参考になる。
 俺も、人造魔神という中身を、創り上げた外面で誤魔化している訳だから。

「わふ? あれは、一体何をされていらっしゃるのです?」
「わうっ!」

 リンネが口元を手拭いで拭きながら、肉の祭典を抜け出し戻ってきた。
 ガルムもミルクたくさん飲んで満足げだ。サイロとエゴームは隅っこでお昼寝していた。

「悲しき男の性だよ。いや、違うな。生物としての本能と呼ぶべきか……」

「……何だか、碌な内容ではないような気がいたします」
「わうわう」
 
 リンネもガルムも、理解できませんと不思議がっている。
 自然界ではナンパなんてまどろっこしい儀式はやらないだろうしな。

 かくいう俺も、どこか他人事のようにホーガンの頑張りを見守っている。

 同年代の異性がいない環境で育ってきたのもあるだろうが。
 そも、魔神そのものが一般的な種の繁栄とは無縁の存在であり。
 移植された心臓を通して、俺にも精神的な影響を及ぼしているのだろう。

「って、俺は馬鹿か……何を冷静に自己分析しているんだ」

「わふ? 主様……?」

 ――人であろうと考えているのなら、無関心のままではダメだろうが。
 せっかく教えてもらっているのに、男が異性にまったく興味がないのは不自然だ。

「あの、もしよろしければ、俺も参加していいですかね?」

「おっ、オルガ。お前もやっとやる気を見せてくれたな! 普通はマナー違反だが、初心者だから許そう。……すみませんが、コイツも同行させていいですかね? 俺の友人なんですよ、いい奴です」

 途中から乱入してきた俺の方を見て、ホーガンがやけに嬉しそうににやけている。

「あ、オルガって……もしかして噂のエステルの英雄様ですか!? 私、貴方のファンなんです!」
「まさかこんな所で有名人に出会えるだなんて、幸運だね! 海を渡って遊びに来た甲斐があった!」

 失礼かなと思っていたのだが、寧ろ女性たちの方から乗り気で声を掛けてくれた。
 出身地から、これまでの経歴、最近の活動など。冒険者慣れしていないのか質問が飛び交う。

「ぐぅ……」
「きゃあっ! 可愛いっ! この子犬ちゃんは、オルガさんのペットなんですか?」
「すっごい寝てるねー! まんまるモフモフ~全然起きそうにないよ!」

「まぁ、そんなところです。ペットというよりかは大切な家族ですけど」

「噂に違わず、お優しい方なんですね。素敵です!」
「テイマーさんってどこか気難しい人が多い印象だったけど、オルガさんは全然違うね」

 昨今のテイマーは年配の方が多いので、その印象は大きく外れてはいない。
 血の力に依存する職業は、常に後継者不足に悩まされている。テイマーの里のように。

「んげっ、オルガめ、初心者の癖に動物を使うとは上級テクを……!」
「わふっ、わふわふっ、また主様が胸の大きい女性と親しげに……!」
「わぅぅぅ! ぐるるるるる!」

 バシバシバシバシ。リンネが恐ろしい形相で尻尾を地面に叩きつけていた。
 いやいや、胸の大きさは偶然だ。他意はないぞ。ホーガンもフォローしてくれよ。

「あ、あらららら……ごめんなさい。せっかくのお誘いだけど、私たち急用を思い出したので、そ、それでは……!」
「ま、また機会があったら声を掛けてね、私たち近くの宿を借りてるから、いつでも待ってるから、特にオルガさん!」

 名も知らぬ女性たちはリンネの圧に屈し、足早で逃げ去っていく。 
 これは……どうなんだ。成功なのか失敗なのか。ホーガンに審議を問う。

「おい、俺の苦労は!? くそっ、結局女は外面ばっかだ! なーにが英雄様だ、俺だって目立ってないが街の為に一生懸命頑張ったんだぞ! 少しはモテてもいいだろうに!! 世界は不平等だ!!」
 
 しょっぱい涙を流しながら、ホーガンが地団太を踏んでいる。
 裏方仕事が評価を受けにくいのは、俺も【鍋底】時代で経験している。

 偉そうに言える立場じゃないが、ホーガンもいつかいい人が見つかるって。
 
「こうなったらやけくそだ、手当たり次第に声を掛けてやる。いいかオルガ、ナンパで何よりも重要なのは数だ。失敗してもめげない不屈の心だ! たった一度で上手くいくほど人生ってのは甘くねぇ!!」

「頑張るのはいいが、あんまり観光客を困らせるなよ? 主催の【鋼の華】に怒られるぞ」

「何を言っているんだ。お前もついてくるんだよ! これは男のプライドを賭けた勝負だ! こっちの分野までお前に負ける訳にはいかないからな!」

「え……ええ……?」

 意地になったホーガンは止まらず。リンネが後ろに控えている中、ナンパは継続された。

 ――――そして勝負を開始して、二時間が経った。

「結論から話すと、何よりも重要なのは――――顔だ」

「悲しい真理だな……知りたくなかったよ」

 頬に真っ赤な平手打ちの跡を引っ提げて、ホーガンが戻ってくる。
 ただでさえ人相が悪いのに、鼻息荒くがっつき過ぎて拒絶されたのだ。 

 あれから二〇人ほど声を掛けて、俺が十一人、ホーガンは一人という結果だった。
 しかし、その十二人もほとんどベルフェの功績というか。世間話で終わってしまった。
 動物ネタって、その場で共感を得られたとして、それ以上の関係に発展しないと思うのだ。

 あとホーガンが狙う相手がことごとく胸の大きな女性ばかりだったせいで。 
 後ろで監視していたリンネも、途中から涙目になってどこかへ行ってしまった。

「ぐぅ……」

 本日一番女性人気を獲得したベルフェは、満足そうに鼻風船を膨らます。この子は大物だ。

「ヴァウ、ヴヴヴヴァン!」

 どうやら謹慎から解放されたスラネイが、ベルフェを返してくれと足元で懇願してきた。
 半日も離れていた為か、禁断症状が出ている。スラネイは瞳を潤ませベルフェを見上げている。

「わかったよ。今度こそはリンネに怒られないようにな?」 
「ヴウゥ……! ヴァオーン!」
「ぐぅ……わふ……」

 どことなく、スラネイに首根っこを噛まれるベルフェは嬉しそうに見えた。 
 二匹は上機嫌に走り去っていく。花壇近くの木陰を見つけて、仲良く寝転がった。

「あの蒼い幼狼、ついにはお持ち帰りされていったぞ。くそっ、羨ましい奴……!」

「完敗ってやつだな。まぁ二匹とも女の子だが」

 気が付けば、空は夕焼けに染まっていた。
 仕事から帰ってきた冒険者たちが増え、お酒が振る舞われ始める。
 解放祭はこれからが本番だが、俺たちは程よい疲労感に包まれ、満足した。

「今日はここで解散だな。結果には目を瞑るとして、いい勉強になったよ」

「っち、お前に良いところを見せたかったんだが。次の機会に回すとするか」

 手を叩いて互いの健闘を讃え合い、別れようとした――その時だった。

「先程から、やたらと女性に声をかけ続ける不審者情報が寄せられていたのだが。君たちかな?」

 ガタイの良い男たちに取り囲まれてしまった。って、全員に見覚えがあるぞ。
 この面子とこの状況に既視感が。以前ホーガンと酒場で揉めた時の事を思い出した。

「んげっ【鋼の華】……オルガ、大事になる前に逃げるぞ」

 同じく思い出したのか、ホーガンが耳元で小声でつぶやく。

「あ、ああ」

 同時に駆け出そうとして後ろから、ガシッと両肩を掴まれる。……遅かったか。
 
「おやおや、これは珍しい。ただの不審者ではなく、ホーガンくんとオルガくんではありませんか」

「巡回お疲れ様ですクロードさん。今日は執事服ではないのですね」 

「本日のリリリリカお嬢様は、フェールさんの看病をなされていらっしゃいますので。そこへ雇われ従者とはいえ、男が立ち入るのは問題がありますし。お迎えにあがるまでの間は本業に戻っているのです」

 それだと本業の方がおまけに聞こえてくるが、どちらも全力で取り掛かっているのが彼らしい。

「さて、世間話はここまでとしまして……。これから、私たちの仕事を手伝っていただきましょうか」

「わかりました」

「素直に頷くのかよっ! 声を掛けただけで不審者扱いって酷くないか!?」

「状況に流されかけたが。考えてみると悪い事をしてないのなら、逃げる必要はないだろ」

 どの道、苦情が入ってクロードさんたちに迷惑を掛けたみたいだし。それくらいの奉仕はしないと。

「まっ、こういう結末も悪くない。せっかくだから裏方の方でも祭りに参加しようぜ」

 今日一日で改めて実感したが。変に気を遣って話題を考えながら、異性と話しているより。
 いつもの男連中でバカ騒ぎしている方が、ずっと健康的だ。友情だって人間らしさの一部だろう。

「嫌に決まってるだろっ! 何が悲しくて祝いの日にむさ苦しい男たちと仕事しなきゃいけねぇーんだ! オルガ、お前【鋼の華】に洗脳されて馬鹿になってないか!?」

「鍛えろ筋肉、燃え上がれ脂肪、はじけろ煩悩! ホーガンくん、男ならバリバリ働いて身体を鍛えるべきだ。見よ、このキレのある力こぶ。頼れる男は老若男女、すべての人間にモテるぞ! 今日も私たちは老人会のお手伝いをして、焼き菓子をご馳走していただいたところだ!」

 おお、俺たちと違って、なんて健全な一日を送っているんだ。見習いたい。 

「それって老人と男にモテるだけだろ!? 女は過剰な筋肉は逆に敬遠するって常識――――」
『そーれ、マッスル! マッスル! 君たちを特別メニューへとご招待だ!』

「うわああああああ、いやだああああああああああああ!!」

 担ぎ上げられていくホーガンの悲痛な叫びが公園に響き渡る。
 が、街の喧噪にかき消され、汗と涙と筋肉の闇へと消えていった。   
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みんなの感想(2件)

2021.08.21 ユーザー名の登録がありません

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お茶っ葉
2021.08.25 お茶っ葉

ありがとうございます!

解除
スパークノークス

お気に入りに登録しました~

お茶っ葉
2021.08.20 お茶っ葉

ありがとうございます!

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