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27 届かない刃

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「「「「「うおおおおおお、兄貴! 兄貴! マッスル、マッスル!!」」」」」

 いつも騒がしい【鋼の華】が、全力で声を張り上げて大通りを駆け抜けていく。
 数百の感染者たちが音に釣られ地響きを起こしながら、街の外れの方まで引き寄せられる。

 クランハウスの屋根で弓使いが赤い閃光矢を放ち、同時に各地から閃光が走った。
 潜伏していた冒険者たちが動き出したのだ。感染者たちをクイーンから引き離す為に。

「よし、各地で誘導が上手くいっているようだ。このまま作戦第二段階へ移行。魔導ゴーレムを迎撃部隊にぶつける。その隙に、ラングラルくんたちクイーン討伐部隊は迂回して敵後方へ移動してくれ。奇襲するタイミングは、クロードくんが知らせてくれるだろう」

「では、本作戦の主役である俺様たちも、そろそろ移動を開始するか!」

「ラングラルは図体と声がデカいんだから、相手に見つからないよう気を付けてよね~」

「ガハハハハ、任せろ!」

「だから、それがうるさいんだって! ガハハは禁止っ!」

「……さっそく不安だなぁ。いざとなったら【神腕】でおっさんの口を塞ぐか」

「ガルムもサイロも騒いではなりませんよ? エゴームのように、静かに移動するのです」
「わうぅ~!」
「わん?」
「ワウ……!」

「これが街を救う精鋭部隊とはお笑いだな。子供の遠足か何かか? まるで緊張感がない」

 ゲルドルクの苦言は至極真っ当であるが。これが俺たちらしさというものなのだ。

「ゲルドルクくん。彼らはどんな時も気負わず普段の自分を保っている。これは決して、上位ランクの実力者といえど簡単に真似できるものではない。緊張で動きが鈍くなるよりも、大層心強いではないか!」

「……ランクは、所詮目安でしかないという訳か。まっ、コイツらが特別なだけかもしれないがな」

 五者五様の反応を見て、バラドンさんは「この先二〇年はエステルも安泰だ」と笑っていた。

「ウゴ、ウゴゴゴゴゴゴゴ」 
 
 十二体の魔導ゴーレムが大通りを横並びに進んでいく。
 既に雑兵部隊を取り除いた後なので、妨害もなく目的地へ到着した。

「侵入者、撃退する……攻撃開始」

 敵の迎撃部隊が魔導ゴーレムに反応、一斉に矢と魔法を放ってくるが。
 各魔導ゴーレムの胴体部から盾が出現し、すべてを防ぎ切った。高性能だ。

「フハハハハ、そのような攻撃ではボクの傑作には傷をつけられないな。出直してくるのだ!」

 身体にゴーレムの腕と足を身に着けたバラドンさんが高笑いする。
 こちらは試作品らしく、将来的には義手義足として売り出す予定なのだとか。

「バラドンさん、興奮して人が変わってますよ。もう少し下がらないと僕たちも狙われてしまいます」

「至急支援を要請する……敵は、強大」

 戦力不足だと認識したのか、感染者は援軍を要請していた。
 各地から迎撃部隊が集まってくる。これでクイーンの守りは更に薄まった。

「オルガ先輩、今ならクイーンの根城である中央公園へ侵入できます!」

「ああ、俺たちはこのまま迂回して敵の後方に潜伏する」

「それでは皆さん、あとで落ち合いましょう。旦那、クイーンを討伐したら盛大に祝いましょうね!」

 クロードさん率いる、弓使いと魔法士の遠距離支援部隊が見送ってくれる。

「ガハハハハ、もちろんだ。クラン総出で街の住人全部を巻き込んで盛り上げてやろう!!」

「どうか僕たちの街を救ってください!!」

 ◇

 公園の茂みに隠れて、俺たちは遠距離支援部隊の合図を待ち続ける。
 クイーンは以前と同じ場所に留まり続けていた。近衛部隊も同じ顔ぶれだ。

「しかしだ。クイーンの目的は一体何なのだ。中央を占領し数千の人間を支配下に置いて、それ以降動きがない。まるで何かを待っているかのようだ」

「さぁな。魔物の思考なんて常人に理解できるものではないだろう。人間のように、四六時中筋トレ効率を考えてくれてりゃ単純でわかりやすいんだがな」

「「それはお前だけだ」」

 フェールとゲルドルクが、同時に小声でツッコんだ。

 敵が一体何を狙っているのか。俺とリンネ、フェールは理解している。
 クイーン――魔神スライムドミネイターは中央公園で適合者を探しているのだ。
 リンネの封印から漏れ出た魂が聖遺物に宿り、悪しき心の持ち主が手にする事で魔神は復活する。

 ゴブリンクイーンはあくまで魔神の仮の肉体である。
 悪しき心の持ち主というのが、どの程度の範囲かはわからないが。
 これだけ大規模な襲撃を起こして尚、見つからないほどには適合者は希少なのだろう。
 
 それがわかっただけでも安心した。そう簡単に魔神は復活を果たせないらしい。

「ここで奇襲作戦のおさらいだ。まずクロードさん率いる遠距離支援部隊が、クイーンを守る近衛部隊を攻撃する。上手くいけば数人は足止めでき、逃げるクイーンを孤立させられる」

「俺様とゲルドルクが残った護衛たちを足止めし、フェールが単身で丸裸になったクイーンを狙う」

「斬っちゃうよ~」

「そして俺とリンネは中間位置に立ち、両者の援護をする。優先順位は当然クイーンだ。場合によってはラングラルたちを見捨てる事になるが……」

「構わない。退路のない一発限りの大勝負だ。俺様たちの心配は不要だ!」

「ふんっ、俺もGランクの世話になるつもりはない」

「わふっ、我もお忘れなきよう!」
「わうっ」
「へっへっ」
「ワウ」

 頼りになる返事をそれぞれから聞いて、俺たちは突入の態勢に入る。

 ――――バンバンバンバンバンパン

 前方で大袈裟なほどに激しい爆発音が連続する。
 クロードさん率いる六人の冒険者がクイーン目掛け攻撃を放っていた。
 矢は盾で弾かれ、魔法は防壁によって阻まれる。だが、敵の足は止まっていた。

 しばらくして、近衛部隊が動き出す、支配者であるクイーンは当然、後ろに下がった。

「今だ、全員突撃! 遅れるなよ!」

「うおおおおおおお!! 近付く連中は俺様の大胸筋がぶっ飛ばす!!」

 ラングラルは自慢の拳ではない、本気の両刃戦斧を振り回し大地を抉り取る。
 接近してきた感染者を宣言通り身体で跳ね飛ばしていく。もはや人間の形をした魔獣だ。

「おーほほほほ、女王様に手出しはさせませんわ。わたくしの魔法で丸焼きにして差し上げましょう」

「まて、それは俺たち自警団の仕事だ!」

 洗脳された近衛部隊が、我先にとラングラルに突っ込んでいく。

「おっと、旦那の活躍を邪魔する無粋な真似はやめてもらいましょうか」

 そうはさせまいと、クロードさんが矢を放ち威嚇。
 勢い付いていた自警団が足を引っかけ数人が転がっていく。
 変に意識が残されているせいで、普通の感染者よりも妨害が効きやすい。
 
「うおおおお、このナックが居る限り、女王様に一歩も近付けさせ――――ぐえっ」

 唯一免れていた自警団副隊長のナックは、ゲルドルクに一撃で粉砕されていた。
 以前、ビックボア討伐戦であれだけ偉そうにしていたのに。元Cランクも過去の栄光か。

「エステル代表クランは俺たち【紫剣】だ。Cランクの意地を見せてやる!!」

 ゲルドルクも素早い剣捌きで、ラングラルと遜色ない実力を見せつけ敵を足止めしていた。

「よし、この調子ならいける。作戦が完璧に嵌った。あとはクイーンを討つだけだ!」

「主様、背中はお任せください!」
「わうっ!」

 俺とリンネたちは感染者たちの動きを監視しながら、仲間の隙をカバーしていく。
 ふと、乱戦から一歩引いた場所で、リリリリカ嬢がこっそり詠唱している姿を発見する。

「リリカ、いやリリリカだったか? 俺はお前の大嫌いな【鍋底】だぞ! おーいリリリリリリリカ!」

「くうぅぅぅ……きぃいいい! わたくしはリリリリカです。やはり【鍋底】は滅ぶべきですわー!」

「お前は本当に支配されているのか……?」

 わざと名前を間違えると、それだけで集中を乱しリリリリカ嬢が吠える。

「はいはい。邪魔邪魔」

「ふぎゃ」
 
 怒りで我を忘れたリリリリカ嬢を踏み台に、フェールがクイーンに上空から斬りかかる。
 咄嗟にクイーンは回避行動を取るが、【感染支配】の維持で精一杯なのか動きがかなり鈍い。

「グ……ギギギ……!」

「これで終わりだよ! 大人しく、くたばれっ!」
 
 着地の勢いをそのままに身体を回転させ、ハンドアックスをクイーンの身体に叩き込む。

 ガッ――――――キン

 この場の誰しもが、フェールの一撃で勝利を確信していたのだ。
 だが、公園内に撒き散らされたのは血飛沫ではなく、金属音だった。

「んなっ!?」

「俺の獲物に手を出すな! コイツを倒して手柄を得るのは、俺たち【鍋底】だ!!」
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