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26 クイーン討伐部隊

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 エステルの中央公園は各主要施設に繋がる複数の大通りに面している。
 その立地上、誰でも一度は利用する機会があり、また観光名所としても有名だ。
 著名な芸術家が手掛けた龍石像の噴水や、彩り豊かな花畑など。憩いの場だけでは留まらない。

 敷地面積も大きく、旅芸人のテントや野外酒場なども雑多に並んでいて。
 そういった障害物を上手く活用しながら、俺たちは敵の中枢に入り込んでいた。

「あれだ。黒いクイーンが感染者たちの輪の中に紛れている」
 
 ゴブリン種の特徴的な長い鼻に、黒ずんだ細く伸びた体躯。
 二日続けて倒してきた魔物の姿だ。隠れていても見落とす事はない。

「大まかな予想だったけど、中央公園で間違いなかったね」
「ワウ……!」

 敵が大量の感染者を統制しているとなると、当然ながら相応の広さが必要になる。
 視界が開けていてかつ逃げ道を確保できる。様々な条件を満たす場所は限られてくる。

「エレナちんが居てくれたら、ここから魔法でドーンと一撃必殺なのに」

「その場合、周囲の感染者も必殺されて、公園ごと消し飛ぶだろうな」

「あーそれは否定できないかも」

 体調を崩しているフェールも、軽口を叩けるくらいには調子を取り戻せていた。

「おーほほほほ! このわたくしが居る限り、愚民共に女王様へ手出しはさせませんわ!」

「んだとぉ! 俺たち自警団の方こそ、女王様に相応しい駒だ。お前ら女風情に負けるものか!」

 俺たちが潜伏する茂みの向こう、感染者たちが大声でいがみ合っている。
 支配者の傍までくると、ほとんど常人と変わらない思考で動けるのだろうか。
 もしくは選ばれた人物だけを個々に操っているのか。見た感じは、どうも後者っぽいな。

「どっちが忠実な駒かで喧嘩してるよ……うわぁ、魔物を女王様と崇めてる……!」

「クイーンを襲撃するとなると、あの感染者たちともぶつかる事になるのか。これは参ったな」

 よく目を凝らすと、クイーンの身体に薄い膜が張られている。
 対魔法防壁だろうか。取り巻きの複数の魔法士が維持している。
 仮にエレナが居ても一撃必殺は厳しい。まぁ二撃目で押し潰せるだろうが。

 魔法士たちはお揃いの紺のローブを身に纏い、先程の高笑いする女性を囲んでいた。

「あれはDランククラン【猫髭】か。魔法職のみで構成された専門クランだ。男子禁制らしいぞ」

「ふーん。可愛い子ばかりだね。オルガってああいうのに憧れちゃったりする?」

「まさか。男の肩身が狭そうだし、クランリーダーのリリリリカ嬢はかなりキツイ性格だからな――ちなみに、リリカでなくリリリカでもなくリリリリカだから。本人の前で間違って呼ぶと雷を落とされるぞ」
「ワウワウワウワウゥ?」

「えっ、なにその言い辛い名前。絶対間違ってる方で呼んじゃう自信ある。というか何でオルガそんなにリリリカちんに詳しいの?」

「さっそくリが一個足りないぞ。……リリリリカ嬢はエレナの母親、大賢者【紅瞳ノ炎舞】を崇拝していて、その娘であるエレナを頻繁にクランに勧誘していたんだ。その件で【鍋底】を巻き込んでひと悶着あってだな。俺も当時は苦労させられた記憶がある」

 元々多方面から嫌われている【鍋底】だが、【猫髭】とは顕著に険悪状態である。

 特にグラディオとは、それはもう顔を合わせるなり罵声をぶつけ合う仲だ。
 リリリリカ嬢はエレナが【鍋底】で不当な扱いを受けていると勘違いしているようだし。
 グラディオの方は、お気に入りのエレナを引き抜かれそうになったとして、激怒していた。

 当のエレナは人見知りで、リリリリカ嬢の強引な誘いを上手く断れず。
 巻き込まれた俺が両クランの仲を必死に取り持とうとして、失敗したという経緯がある。
 最近では互いに関わらないよう距離を取っていたので、フェールが知らなくても無理はない。

「あとリリリリカ嬢は、エステルを治める伯爵様のご令嬢だから割と有名人だぞ? 【雷光女伯】なんて呼び名もあるくらいだ」

「へー偉い人なんだ。……軽くでも殴ったら捕まるかな?」

「冒険者の間は身分を捨てているらしいが……どうだろな?」
「ワウ?」

 無駄話はさておき、一人一人感染者の情報を集めていく。

 リリリリカ嬢と口論しているのは、自警団副隊長のナックか。ビックボア討伐では世話になった。
 自警団隊長はギルドの方に無事に逃げ延びているようなので、残る連中もナックの部隊なんだろう。

 他には盾を構えた兵士たちが狙撃手を警戒している。その動きに無駄はない。
 エステルでも上位の実力者ばかりを揃えている。しかも関係者を集め連携も取れると。
 
「強敵が多いが、人数は三十人程度。あれが奴の最大支配強度での限界数だろう」

 リンネが言うには、スライムドミネイターそのものは脆弱らしい。
 全員を相手する必要はなく、取り巻きを無視して本体を狙うのが最善か。

「もういっそのこと、ここで私たちがクイーンを倒す? 英雄になっちゃう?」

「あれだけの数を相手に傷を負わず、逃げる本体を叩ける自信があればいいぞ」

「はぁ、そんな達人芸ができるのは、血が苦手なエレナちんくらいだよね」

 俺たち冒険者は致命傷を避ける意識はあっても、細かい傷まで考慮する戦い方はしない。
 完全回避を心掛けると余計な手間が掛かるし、相手が毒持ちであれば事前に薬を用意している。
 魔物との戦いは基本数的不利な状況であり、討伐効率を求めると、多少の怪我はあって当然なのだ。

 その甘い意識が、これだけの感染者を生じさせたのだが。
 魔神の【感染支配】にいきなり対応しろというのも酷な話だ。

 クイーンの護衛を突破するだけでも困難だが、時間を掛ければ背後から大軍が押し寄せる。
 せめて最低限、護衛以外の感染者たちを遠くへ誘導し、援軍を妨げないとクイーンは叩けない。
 
「よし、ひとまずこれだけの情報が集まれば十分だ。【鋼の華】のクランハウスに戻るぞ」

「あいあい。もう目も霞むし、頭は痛いし、フェールちゃんは無理しない!」

「それが既に無理をしているんだ」
「ワウワウ」

 ◇

「オルガ先輩からいただいた情報をまとめますと、敵の支配強度は大きく三段階に分けられます。一段階目は生物の反応に引き寄せられる雑兵部隊。二段階目は意思を持って要所の防衛に努める迎撃部隊。そして最後に、個々にクイーンを守護する近衛部隊ですね」

 クランハウスに戻った俺たちは、手に入れた情報をさっそくマイトに伝える。
 それから一〇分も経たないうちに関係者一同が揃い、作戦会議が開かれる事となった。

「ふんっ、その程度の情報がわかったところで何が変わると言うんだ。無駄な努力だったな」

「いえ、大きく変わりますよ。これらの情報によって、僕たちが取るべき動きが明確になりました」

 マイトはゲルドルクの嫌味を一蹴する。

「まず手始めに、冒険者たちを総動員して雑兵部隊をクイーンから遠ざけるよう誘導します。彼らは生物に反応するので簡単に誘き出せるでしょう。これにはギルドの方で潜伏するクランの方々にも手伝ってもらいます」

「そして、二つ目だが。迎撃部隊対策にこの子たちを使う」

 バラドンさんがそう言って、手袋越しに窓の方を指す。
 外の通りに目を移すと、十二体の魔導ゴーレムが待機していた。

「これは一体どこから?」

「先輩方が感染者を引き付けてくださっている間に、【暁の炎】の工房から回収してきたんです」

「ははん、どうよ。俺たち【蛇の足】は地味な作業は得意なんでね。見直してくれたか?」

「我もお手伝いさせていただきました!」
「わん!」
「わうぅ~!」

 どうやら俺たちが偵察で不在の間に、別動隊が動いていたらしい。
 ギルドから分け与えられた食料や装備などが入った木箱も積まれている。

「そうか、一段階目の雑兵部隊は生物ではないゴーレムに反応しない。つまり、迎撃部隊とぶつけるのに最適だという訳だな?」

 そして意思を持つという事は、ゴーレムに対して脅威を抱いてくれるという事だ。

「その通りです。彼らには防御態勢を取らせ、できる限りの時間を稼いでもらいます」

「このボクが手掛けた傑作のゴーレムだからな。期待してくれても良いぞ」

 ここまで来ると、残るはクイーンと近衛部隊への対策のみ。
 敵部隊の攻略方法がわかれば、こちらの部隊編成も容易になるというもの。

「冒険者たちが雑兵部隊を、ゴーレムが迎撃部隊を引き付けている間に、クイーンへこちらの主力をぶつけます。近衛部隊への対策ですが、まず遠距離支援部隊で牽制し前方へ注意を逸らさせたのち、後方より少数精鋭で叩きます。ありがちな戦略ですが、相手は人ではなく魔物です。単純な方が効果は期待できますし、各自連携も取りやすいでしょうから」

 ここまでの規模の共同戦線はどのクランも初めてだ。その配慮は正しい。

「ガハハハハ! この短期間で思い付く限りでは最高の作戦ではないか! 俺様はそれに大事な大腿四頭筋を賭けようと思う。お前もどうだ? ゲルドルク!」

 ラングラルは太ももを叩きながら、渋い顔をして聞いていたゲルドルクに尋ねる。

「……代表のお前がそれに乗っかった以上、こちらに拒否権はないのだろう。……少年、クイーンを叩くのに少数精鋭ではないといけない理由はなんだ?」

「あまり人数をクイーン側に割き過ぎると、雑兵部隊が反応し戻ってくる恐れがあります。敵の数と比べて僕たちの戦力は心許ないですし、市街地での誘導ですからどうしても穴が出てきます。取り残された感染者がクイーンの元に集まる前に、奇襲で終わらせるのが最善択であると判断しました」

「……そうか。俺からの質問は以上だ」

「ゲルドルクさん! 相手はGランクですよ!」

 【紫剣】の何人かが不満をぶつけようとするが、ゲルドルクは手を上げて制した。

「では本作戦最重要任務であるクイーン討伐部隊を選考するとしよう。まず俺様は必須としてだな」

 ゆっくりと周囲を見渡し、ラングラルの視線がこちらで止まる。

「オルガ、フェール。俺様について来い。オルガのここ一番での判断力と、エステル最強の戦士と名高いフェールには期待しているぞ! 敵中枢に侵入し情報を持ち帰った功績からしても、反対する者はこの場にはおるまい」

「ああ、言われずとも名乗り出るつもりだった」

「あいあい。フェールちゃんご期待に添いますよっと。誰でもかかってこーい!」

 身体を必要以上に動かし、フェールは体調不良を誤魔化しながら笑っている。
 もう少しの辛抱だから頑張ってくれと、俺は心の中で祈り続けるしかない。

「そして最後に、ゲルドルク。この四人で決まりだな」

「了解した。選ばれたからには最善を尽くそう」

 こうして、エステル最強のCランククランと最弱のGランククラン、異色の部隊が編成されたのだ。

「あ、あの、主様……? もしや、我をお忘れではないでしょうか?」
「わう!」
「へっへっ、わうわう」

 会議が終わり、全員が準備に取り掛かる段階で。
 リンネが遠慮がちに俺の服を引っ張ってくる。
 
「あぐっ、しまった……!」
 
 あまりに滞りなく作戦が決定したので、完全に抜けていた。
 クイーン討伐部隊にリンネがいないと、再封印ができないじゃないか。

「ど、どうしますかオルガ先輩。闇の聖遺物についての説明を省いて、リンネさんを討伐部隊に推すのは至難の業ですよ……?」

「そ、そうだな……」

 ここからリンネを強引に割り込ませる理由がまるで思い付かない。 
 事情を知っているマイトも、隣で焦りながら必死に言い訳を考えている。 

「はいはーい、ラングラル。フェールちゃんはリンネちんも推薦しまーす!」

 俺たちが思い付くよりも先に、フェールがラングラルに訴え出た。

「リンネってあの獣人の子か? 彼女はGランクのようだが戦えるのか?」

「だが、あのオルガですらラングラルに一目置かれる男なんだ。意外性があるのかも」

「しかし、ただでさえ少数精鋭の枠を埋めるほどの実力があるとは思えないが……」

 各クランから当然の疑問が投げかけられる。リンネが注目を浴びていた。
 リンネ本人は民間人より強い程度の能力しかない。この推薦は不自然であろう。

「だ、そうだが。オルガ、お前も彼女を推薦するのか?」

「この子は俺にとって欠けてはならない存在だ。必ず結果を出すと約束する」

「ですが、主様は我を忘れていらっしゃいました……ぐすん」
「うぅ……わうわう」

 リンネとガルムから、珍しく責めるような瞳を向けられた。「ごめん」と心の中で謝る。

「お前とフェールがそこまで認めるなら、俺様は一向に構わないが。しかしだ、当然もう一人の同行者にも聞いてみないとな。ゲルドルク――」

 全員の視線が【紫剣】を束ねる男に向けられる。

「またGランクか……足手纏いはお断りだ。子供のお遊戯じゃないんだぞ」

 壁に背中を傾けて、こちらに視線を向けず面倒臭そうに答える。

「と、普段ならそう言いたいところだが。この作戦そのものがGランクの少年が用意したものだったな。ふん、だったらこの際、すべての責任をGランクに押し付けてやる。好きにしろ」

 そう言い残し、ゲルドルクは剣を持って誰よりも先に外へ出て行く。 

「何なに、あれって嫌味?」

「けっ、カッコつけやがって。どうせGランクに言い負かされたのが効いてるんだろ」

「まぁそう言ってやるな。奴なりにお前たちを認めたんだろうよ。口は悪く気難しいが、決して冷めた男じゃないんだ。奴だってエステルを愛しているんだからな。だからこそ街の危機を前に、嘘偽りない本心からぶつかってくる」

「Gランクを信用できないというのも当たり前だ。ゲルドルクが特別嫌な奴だとは思ってないさ」

 実績もない人間が主張を押し通そうとすれば、反発を受けて当然である。

「オルガもお人好しだよな。普通はもうちょっと怒ってもいいだろうに」

「だからお前とも今も仲良くやっていけてるんだぞ、ホーガン。お人好し同士で良いじゃないか」

「はんっ、お前たち【鍋底】に噛みつくと牙が折れちまうからな」

 少し前の【蛇の足】がそうだったように。
 ここから結果で応えて、認めてもらっていけばいい。

「よし、獣人の嬢ちゃん……いや、リンネちゃんだったな。俺様も期待しているぞ!」

「お任せくださいませ! ええ、ええ。二度と主様に忘れられないよう活躍してみせますとも!」
「わうわう……うぅぅ!」

「本当、悪かったって」

 プンプンと、尻尾を地面に叩きつけながら、リンネが跳ねている。
 ガルムもちょっとだけ機嫌が悪そうに、俺の足先をふみふみ踏んでいた。

「クロード、遠距離支援部隊はお前が指揮しろ。人員は任せる」

「了解しました、ラングラルの旦那。旦那の大腿四頭筋は俺たちが守りますよ」

 ラングラルに指名され、漢の汗臭さとは無縁そうな爽やかな長身の男性が現れる。
 【鋼の華】のサブリーダーだったか。裏方仕事が多くて、あまり表舞台に出ない珍しい人だ。

「ん……君、腕周りの鍛え方が足りないな。それでは剣の振りに支障をきたすだろう。今度一緒にトレーニングをしよう! 筋肉はいいぞ。すべての問題を解決してくれる!」

 白い歯を輝かせて、俺に親指を立てるクロードさん。
 ああ、この人も間違いなく【鋼の華】の因子を受け継いでいる。

「さあ、これより一気に攻勢に出る。各自、最善を尽くし、街を救う英雄となろうではないか!」
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