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24 クラン共同戦線

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 全員で視界を奪われた感染者たちの包囲を掻い潜り、狭い裏路地に入る。
 Cランククラン【鋼の華】の拠点は、街の中心部から少し南の立地にあった。
 
 建物近辺の道には幾つものバリケードが設けられ、屋根には弓を持った狙撃手が立っている。 
 掠り傷一つでも致命傷となるだけに、誰もが地上からかなり距離を取って、守りを固めている。 
 城門での敗走から学び、即座に籠城に切り替えたのか。この対応の早さはさすがCランクだけある。
 
 感染者たちは、バリケードを乗り越えるだけの知能を持たず。
 民家の屋根を伝ってクランハウスに入る俺たちを遠くから眺めていた。

 三階建てクランハウスに二階のベランダから入ると、救助された民間人が集まっていた。
 そのまま下の階層に移ると、エステルを拠点とする、各クランの冒険者が勢揃いしている。
 俺でも名前を知っている有名クランの代表の姿もあった。それだけに緊迫した空気が伝わる。 

 先に合流できたのだろう、【蛇の足】ホーガンがこちらを睨んでいた。

「おい、何であとから戻った俺の方が先に辿り着いてるんだよ。お前らどこで遊んでた!?」

「遊んでたもなにも、こっちだって必死にラングラルを探していたんですけど! 手掛かりもないのに街中走り回って、そう簡単に見つかる訳ないでしょ!」

「んげっ、そういえばラングラルさんの居場所を伝え忘れてたな……わ、わりぃ……俺のミスだ……!」

 責任を感じてか、罰が悪そうにホーガンは首を掻いていた。
 聞き逃していたこちらにも落ち度があるので、特に追求はしない。

「ここまで連中に何度も襲われてお疲れでしょう。お食事をご用意させていただきますね」

 同じく避難してきたらしい、冒険者ギルドの受付嬢さんが食べ物を机に用意してくれる。
 あちこち動き回ってあまり食欲はないのだが、いざとなって動けないと困るので手に取る。

「なんだ――ラングラル自らが助けに出向いたので、優秀な助っ人を期待してみれば。ただのGランク冒険者ではないか! こんなのが何の役に立つ。貴重な道具まで使って、無駄ではなかったのか!?」

「わふっ、またランクですか……!」

 冒険者の一人が大声で騒ぎ出した。リンネの機嫌が悪くなる。

「ははっ。こいつらをただのGランクと甘く見ていたら、かつての俺のように痛い目に遭うぞ? オルガはラングラルさんと喧嘩で勝てるくらいには、腕力があるんだからな。それにフェールは元Bランク。俺たちの中で誰よりも強いんだぞ! 寝言は寝てから言うんだな」

 すかさずホーガンが間に入って、俺たちを擁護してくれる。
 過去に揉めたりしたが、今では実力を認めてくれているのが、嬉しかった。

「ふんっ、ただの喧嘩と戦闘を同列に扱うとは【蛇の足】も所詮Eランククランだな。……腕力が強い? それであのゴブリンクイーン相手にどう戦える。元Bランク? その女は今ではFランクまで降格していて、この街での実績は皆無ではないか! 問題児ばかりを集めた【鍋底】の連中など信用ならん!」

「わあ、反論できなーい。もぐもぐ。あんまり美味しくないけど、お腹に詰めておかないと」

 これまで自発的にサボり続けていたフェールは、気にせず用意された食事を頬張る。
 俺も反論する気力がないので、彼女に倣って味が単調で濃い獣の干し肉を齧っていく。
 どうもクランに貯蔵するまともな食料は民間人に譲っているようで。ラングラルらしい。

「ちっ、これだからランク至上主義は面倒くせぇ。ゲルドルク、お前もラングラル任せで大して役に立ってねぇじゃねぇか! 使い走りに出ていた俺たちの方が働いてるぞ!」

 言い返さない俺たちの代わりに、ホーガンが熱くなる。

「その人物の有用性を図る指標としてランクは大いに役立つ。使い走りなど所詮低ランクの仕事だ。俺たちのような上位クランは常に状況を見て慎重に動かねばならない。もしも敵が侵入してきた場合、誰が防衛を指示する? 恐怖で煽られ民間人が暴走した場合誰が取り押さえる? 物事には優先順位というものがあるのだよ……異論はあるかな? Eランククラン【蛇の足】クランリーダー君。お前に俺たちと同じ仕事が務まるのか?」

 ゲルドルクは【鋼の華】と同格のCランククラン【紫剣】のリーダーだ。 
 クラン同士が一ヵ所に集まった際、ランクの序列で発言力が大きく変わる。
 つまりこの場においてラングラルと並び立つ、実質もう一人の支配者にあたるのだ。

「知るか! 俺は納得がいかないね。今後お前の命令だけは絶対に聞いてやんねぇ!」

 「「「そうだそうだ」」」」と【蛇の足】の構成員たちも騒ぎ出す。

「感情で動くとは愚かだな。エステルのクランレベルも地に堕ちたものだ」

 【紫剣】の構成員たちが、拳を鳴らしながら鋭い視線を飛ばす。

 彼は間違った事は言っていない。が、その傲慢な態度はクランの関係に亀裂を生む。
 そこに意味があるとは思えない。正論は、正しい者が答えて初めて説得力を与えるのだ。
 今のままではただ反感を買い意地をぶつけ合うだけで終わる。無駄な時間ばかりが過ぎる。

 支配者に立ち向かうべき人間が、序列に支配されているとは皮肉めいているな。

「馬鹿者! お主たち喧嘩はやめんか。このような非常事態の最中に身内で揉めるとは、恥ずかしくないのかね。すぐ上の階には民間人の方々もいらっしゃるのだぞ。我らが逆に不安を与えてどうする!」

 威厳ある口調と共に現れたのは身長の低い少年だった。
 分厚い手袋と厚底靴を身に着け頭にはゴーグルを乗せている。
 彼は人とドワーフの混血で、歳は既に六十を超えているはずだ。

 Dランククラン【暁の炎】を束ねるバラドンさんだ。

 エステルでは数少ない認可された自前の工房を持つクランであり。
 ランクはDだが、その発言力は既存の序列すらも打ち破る、稀有な人物。 
 なんせ彼は街の鍛冶屋をまとめ上げ、エステルを治めるリーガン伯爵の信頼も得ているのだ。

 冒険者にとって命綱にあたる装備の修繕、開発に携わる重要人物であり。
 彼を敵に回すというのは、エステル中の鍛冶屋を敵に回すのと同義なのだ。

「情けない、非常に情けがない。これが街を代表するクランのありかたか? リーガン卿が知れば大層嘆かれる事だろう。何故お主たちはこの場で手を取り合う事ができない、戦うべき相手は眼前に迫って来ておるのだぞ!」

「まぁまぁ、バラドンさんも落ち着いてください。他のクランの方々も委縮してしまいます」

 大きな金槌を握り締め憤るバラドンさんの隣で、見慣れた少年が苦笑していた。

「マイト、お前も無事だったのか!」

「オルガ先輩! 先輩方もご無事で何よりです! 僕は商品開発の仕事で、偶然バラドンさんの工房を訪ねていましたので。彼とご一緒に逃げ遅れた民間人の方々を避難場所まで誘導していたんです」

 【暁の炎】の工房では、道具開発も新たに進めているとか。
 マイトとバラドンさんは旧知の仲らしく、二人が揃うと兄弟のようだ。

「マイトの両親は昔から名の知れた道具屋でな。エリュシオンに工房を築く前は、ボクも家族ぐるみで世話になっておった。こうして立派に成長した彼と共に仕事ができて誇らしく思っておる」

「バラドンさん、僕も同じ気持ちですが、思い出話はあとにしましょう」

「ふむ、年寄りの話は長くてすまんな。避難誘導を優先して魔導ゴーレムを工房に置いてきたのが気掛かりでならん。【鍋底】のオルガくん、途中でボクの作品たちに襲われやしなかったか?」

「いえ、操られていたのは人と魔物だけでした。ゴーレムの姿はなかったはずです」

 ここでは俺も【鍋底】扱いらしい。追放された事はあまり知られていないようだ。

「どうやら生物でなければ操られないみたいですね。一先ず安心です。あの魔導ゴーレムは運搬用にかなり腕力面の改良を施していますから。暴走されるとクランハウスでの籠城も危ういところでした」

「ガハハハ、奴らは俺様の鋼の肉体美を参考にしているからな。強くて当然だ!」

 大人しく成り行きに任せていたラングラルが腕を捲りポーズを取る。
 だから魔導ゴーレムは前回のダンジョン探索で【鋼の華】と行動を共にしていたのか。

「ラングラルの旦那、これからどうするんだ。今のところこれといった作戦もなく、これ以上人を匿い続ければ食料や水、生活用品の問題も出てくる。クランに備蓄されている分だけでは心許ないぞ」

「まさか空き住居から盗んで来いとか言わないよな? 俺たちは冒険者であって盗賊ではない。幾ら追い詰められたとしても、誇りだけは捨てられん」

「とりあえず方針だけでも決めてくれ。街を放棄するのか、それとも戦うのか。俺たちのクランはお前の判断に従いたいと思う」

 それぞれのクランから意見が飛び交う。誰もが【鋼の華】の指導力に期待を寄せているのだ。

「つい先刻、オルガたちを迎えに出向くついでに伝書鳥を使い、オルレアン傭兵団のエリュシオン支部に救援依頼を要請したところだ。それにエステルにはマークハイトの兵士も滞在していた。今回の襲撃は本国の方にも伝わっている事だろう」

 ラングラルの報告を聞いて、一時的に安堵の空気が流れ始める。
 どちらも援軍としてはこれ以上ない世界屈指の戦力であり、朗報とも取れる。

「つまり援軍が来るまで時間を稼げばいいんだな。はは、大したことはないじゃないか!」

「クイーンも災難だな。最強の傭兵団と帝国に狙われるんだから。同情するぜ」

 緊張が解れて、各所から笑いまで飛び交っている。
 しかし、ラングラルの表情は依然として硬いままだ。

 そして俺も、申し訳ないがこの緩んだ空気を壊さないといけない。

「……違う。これは寧ろ危機的状況に陥っている。俺たちの手で早々にクイーンを倒さないと最悪、大量の犠牲者が出るぞ!」

「オルガ、どういうことだ? 頭の悪い俺にも説明してくれ」

「ホーガン、簡単な話だよ。帝国から派遣される軍隊に人の情けを期待できると思うか? 操られている人間を見逃してくれると思うのか?」

「そ、それは……!」

 オルレアン傭兵団は相応の報酬さえ支払えば、こちらの要望を聞き入れてくれるだろう。
 だが、軍隊の方は甘くない。部隊に被害が出れば当然だが、相手が人だろうと容赦なく反撃する。

「オルガくんの言う通りだ。マークハイトから送られてくる部隊はあくまで街の治安維持と標的の排除を目的とする。既に操られた者を救う義理もなければ、必要な犠牲として処理されるだろう。エステル領主を任されているリーガン卿も、本国での立場はそう強くないのだ。談判しても跳ね除けられるのは予想が付く」

「んなっ、操られているのは俺たちの仲間だけじゃない。他国の民間人もいるんだぞ!」

「それがどうした。早急に排除しなければ他の街にも被害が出る。大陸全土の生命が支配され、また【血塗られた三ヵ月】が再来するかもしれない。だったら少数の犠牲はやむなし――それで納得するのが上の連中だ。ふざけていやがるだろう……!」

 ラングラルは珍しく怒気を放ち、太い拳を血が滲むほど強く握っていた。
 エステルを愛し、この街で骨を埋める覚悟をした男だからこその憤怒だった。

「お前ら、ここで素直に救援を待つのが正しいと思うか? 俺様はそうは思わない! 戦いとは無関係な住人たちに、愛する家族を失う悲しみを与えてはならない。何の為に身体を鍛えてきたんだ! 困難を乗り越える為だろう!?」

「「「「「おう、兄貴の言う通りだ!!」」」」」

 勢揃いした【鋼の華】一同が声を高らかに上げる。 

「ああ。それに魔物退治の専門家である冒険者が軍隊に庇護されるだなんて、情けないにも程があるしな。自分たちの街を魔物の襲撃から守れずして何が冒険者だ。俺もラングラルに賛同する」

 元より俺たちは魔神の再封印という明確な目的がある以上、帝国任せにはできない。

「主様が戦いを望まれるのでしたら、我は地の果てまでもお供いたします!」
「わうっ!」
「わう~!」
「ワウ」

「もぐもぐ。うんうん、私も適当に頑張る。しょっぱい。クイーンを叩き斬れば終わるんでしょ?」

「フェールさん……せめて食べ終わってから会話に参加してください。えと、僕も協力します!」

「ガハハハハ、まさにその通りだ! オルガとその愉快な仲間たちよ。お前たちならそう言ってくれると思っていたぜ!!」

 むさ苦しいおっさんから上機嫌に肩へ腕を回される。
 俺が代表で一括りとされてしまったが、誰も気にせず流していた。

「待てラングラル。一度冷静になれ! これだけの戦力でどう戦うつもりだ。相手には自警団やマークハイトの熟練兵も控えているんだぞ! 連中を掻い潜りながら、更に民間人を傷付けず、ゴブリンクイーンを叩く方法なんてものは存在しない! 理想を振り撒いて大事な部下を犠牲にするつもりか!?」

「ではみなさんが納得できるように、作戦を考えるとしましょう」

 異論を呈するゲルドルクを遮って、マイトが一歩前に出てくる。

「んなっ――お前は【鍋底】のGランクだろう! しかもただの子供ではないか!? 大人のやる事に口を出してくるな、子供の遊び場ではないのだぞ!」

「はい、その通りです。僕はこの場に集う誰よりも弱くて、若輩者であると自覚しています。ですが、そんな僕にだって、この街の冒険者としての誇りが芽生えているんです。何もせずに苛立ちをぶつけるだけの、邪魔な置物になるつもりはありません。少しでも、お役に立てるよう頭を使います。理想? 良いではありませんか。いつだって大事を為すのは、小さな理想からなんです」

 俺が庇う必要もなく。【紫剣】の重圧を跳ね返し、マイトが強く言い切った。
 自分よりも年上で上位ランクを相手にだ。バラドンさんが顎に指を乗せて口角を上げた。

「ふむ、それではボクもマイトを見習い建設的に頭を使うとしよう。手始めに足りない戦力をどうするか」

「戦力については既に考えがあります。ラングラルさん、確か冒険者ギルドも避難場所の一つでしたよね?」

「おお、そうだった。さすがに【鋼の華】のクランハウス一つに全員は入りきらんからな。ギルドの方でも複数のクランが民間人やお偉い方たちを保護している。【鍋底】の残りの連中も集まっていたはずだぞ」

 そういえばこの場にグラディオの姿がないのは疑問だったが、別の場所に居たのか。

「それでは冒険者ギルドの方にも連絡をお願いします。できる限り情報は共有して、クイーンとの決戦までに、事前に連携を取れる形を作っておきましょう」

「それならボクに任せてもらおう。普段伝書鳩代わりに使っている小型ゴーレムがあるのだが。これには肉声の振動を魔力に変換記憶させ同種のゴーレムに瞬時に転送する機能が搭載されていてだな。――要約すると遠くの者と声のやり取りができる。貴重品であるが特別に貸し出そう」

「運び出すのは俺たち【蛇の足】に任せな、裏方仕事には自信がある。ついでに足りない物資を譲ってもらおう。冒険者ギルドには酒場もあるからな、ここよりは食料品を豊富に蓄えているだろうし」

「だったら俺たちのクランは――――」

 停滞していた会議が活性化し、流れるように話が進んでいく。
 一人が名乗り出ると、次々と。最年少の少年が空気を変えたのだ。

「……ふん、後悔しても知らんぞ」

 あのゲルドルクでさえ、口を挟む隙もないようだった。

「ラングラル。これはこれで一つにまとめるのは難しいだろうが、お前の統率力に期待していいか?」

「ガハハハハ、俺様を誰だと思っている? 他にも用件があれば構わず伝えてくれ。この場において、歳もランクもクランも関係ない。俺様たち冒険者が一丸となってこの危機を乗り越えようじゃないか!!」
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