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22 街の異変

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「よーし、今日も依頼を頑張るぞー! 朝だよ、みんなおっきろ―!」

「ふぇ……な、何ですか……? 敵襲ですか……!?」

 突然、宿の部屋の扉が開かれて、起き抜けに爽やかで力強い声が響き渡った。
 いつものように外の景色を眺めていた俺は、反対の席に座るエゴームと首を傾げ合う。
 どういう風の吹き回しだ。あの怠惰なフェールが、依頼に積極的? 明日世界は滅亡するな。

「わう……? ふわ~う」
「むにゅむにゅ、うぅぅ」

 ガルムとサイロは寝惚けてベッドから転がり落ちた。逆さまで目をパチパチしている。
 お寝坊リンネもシーツの下で目元を何度も擦っていた。朝に強いのはエゴームだけだった。

「おい、お前は昨日熱が出たところだろ。今日は一日部屋で休んでいろよ。誰も責めないから」

「寝たら治った! 大丈夫、もう平気!」

 かたこと口調で、こちらの心配は一蹴された。

「待てまて、病人の大丈夫は信用ならない。少し肌に触るぞ?」

 手のひらを額に乗せる。昨日よりはマシになっているが、それでも平熱は超えていた。

「まだ微熱があるじゃないか。酷くなる前に寝てろって! というか熱で頭がおかしくなってないよな? 心配になってきたぞ……お前が仕事熱心になるだなんて……!」

「オルガ、オルガ。冒険者が体調不良で戦えませんなんて言い訳が通用すると思う? 依頼の内容によっては遠征して危険な土地での野営だってある。微熱程度で音を上げてたら笑われちゃうよ」

「正しい、その考え方は冒険者としては正解だ。だが、お前にそれを諭されるのは非常に納得がいかないのは俺だけか? 知らない間に俺は数年間意識を失っていたとかないよな?」

 手の掛かる子供が急に大人になった感覚だ。ってもう母親ネタはいい。
 この心変わりは一体、何が原因なんだ。俺は最近の彼女の様子を振り返る。

「……もしかして、昨日あの後一眠りしてから冷静になって、自分の発言に恥ずかしくなったか」

「ぶふッ、れ、冷静に分析しないでよ! まさにその通りですけど、恥ずかしくて死にそうだよぉ!」

 図星を突かれて珍しく羞恥の感情を表に出すフェールに、俺も朝から笑いが零れた。

「主様、フェール様との内緒話でしょうか。わふぅ……羨ましいです。我も混ぜて欲しいのです!!」

 ◇

「はいはい。フェールちゃんは今、絶好調だよ!」

 再び荒野に戻った俺たちは、残りのゴブリンの巣を破壊していく。
 その辺の木材を集め、小さな穴にバリケードとして置かれた壁を壊す。
 二日目ともなると更に効率化がされて、分担して順調に作業を進めていた。

「フェール様は本当に体調が優れていらっしゃらないのでしょうか? 先日よりも動きが洗練されているように存じます」

 巣の防衛にやってくるゴブリンを一人で蹴散らすフェールの姿に、リンネは感心している。
 
「リンネ、蝋燭の火というのは、消える寸前に大きく輝くものらしいぞ」

「儚いものなのですね……」

 【大地の神盾】を展開してゴブリンの攻撃をやり過ごす。 
 それでも近付いてくるゴブリンに対しては【神腕】で退場願う。
 殴りつけた魔物が遠方の大岩にぶつかり絶命した。死骸から魔石が転がる。

 戦闘経験が少ない俺も、徐々に戦いのコツが掴めてきた。
 目の前で見本となる、格上の戦い方を参考にできるからだろう。
 今ではゴブリン程度なら一人で対処できる。【鍋底】時代は三人掛かりだったというのに。

 フェールは相変わらず、華麗で、されど激烈な武器捌きによって魔物の群れを駆逐していった。

「勝手に人を燃え尽きさせないで!? 私は今が全盛期だから! はい、これで最後っ!!」

 刺し込んだハンドアックスを力一杯に引き抜き、ゴブリンクイーンの半身を吹き飛ばした。 
 これで前日と合わせて四体を屠ったことになる。ちょうどこちらも五つ目の巣を破壊し終えた。
 
「ふぅ、いい仕事をした。オルガ、依頼にあったすべての巣を駆除できた? おしまい?」

「ああ、無事に依頼達成だ。お疲れ様。途中からの再開だとはいえ、驚異的な早さだな」

 宿を離れてからまだ時間は経っていない。
 戦闘時間より移動時間の方が体感長く感じたくらいだ。
 エステルに戻って昼食でも取るか。リンネとガルムが既に期待で尻尾を振っている。

「んー! 朝から運動して汗をかくのは気持ちいいなぁ!」

 魔物の死骸の山を前にして、軽い運動を済ませたかのような感想だった。

「わふぅ、今朝からフェール様の様子がおかしいです……別人と入れ替わっているのでは……?」
「くーん」

 大量の魔石を腕に抱えて、リンネは表情を強張らせる。
 やる気に満ちたフェールが怖いのか、俺の背中に隠れていた。 
 朝の羞恥を引きずり続けて妙なテンションになっているからなぁ。
 
「リンネちん、お姉さん今日は機嫌がいいから何でも奢ってあげるよ?」

「びーふしちゅう! が――い、いけません。そんな餌に釣られる野良獣のような振る舞いをしては、神獣の名に傷が……!」
「わぅわぅ……ぐぅ……きゅん」

 パッと明るい表情から、反転、苦悶の表情となる。
 俺を潤んだ瞳で見上げながら、フェールの誘惑に頭を抱えだす。
 ガルムはというと、完全にその気だったらしく、我慢できそうになかった。

「リンネ……知らない人に食べ物で釣られても、ちゃんと我慢するんだぞ? 約束だぞ……?」

「我はそこまで子供ではございません! 主様はときどき意地悪です。わふわふ」

 そう言って頬を膨らませるところが、幼子染みて可愛いのだが。

 報酬を受け取ったあとに好きなだけ頼んでいいと約束し、俺たちは帰路につく。
 途中、手持無沙汰になったので、俺は今回引き受けた依頼の内容を再確認していた。

「ゴブリンの巣を五つ破壊で報酬が金貨三枚か。フェール、無駄遣いはするなよ?」

 本来、五人以上のパーティで挑戦し山分け前提の報酬なので、Fランクにしては高額報酬である。

「オルガたちの分は? 金貨一枚と大銀貨五枚の半分こにしないの?」

「いや、三枚ともお前が受け取っておけ。俺たちは今回付き添いのようなものだしな」

 報酬を半分も持っていけるほど、仕事をした覚えもないし。
 俺の目的はあくまでフェールがサボらないか見届けるのと、実戦訓練だ。

「そんな遠慮して、食費はどうするの? リンネちんはこの小さい見た目から想像できないほどの大喰らいなんだよ! オルガの稼ぎじゃ到底養えないよ!?」 

「はぐっ、お、大喰らい……? やはり、そうだったのですね……我は肥えた獣……穀潰し」
「わぅ……ぎゅるるる……きゅうん……」

 ああ……リンネの目から生気がなくなっていく。いじけてしまった。
 心配せずともリンネは太ってないからな。食べ過ぎの方は――否定しないが。

「こほんっ、俺たちの取り分は魔石で十分だ。これを全部売ったら大銀貨四枚分くらいの価値はある。なんせクイーンの魔石が四つもあるんだからな…………ん?」

 話の途中で、俺は妙な違和感に気が付いた。単純な見落としだ。
 どうして気が付かなかったんだろう。自分の目的を果たして満足し過ぎていた。

「……はて、主様。くいーんが四つで、巣が五つは計算が合わないのでは? 一つ足りない、です?」

 リンネも一生懸命、両手の指を動かし考え込んでいる。

「既に別のパーティが討伐したんじゃない? クイーンだっていつも巣に閉じ籠ってる訳じゃないでしょ。フラッと外出中に、冒険者と出くわしたとか」

 フェールほどの実力者ならば、相手の予備知識がなくても戦えるだろうが。
 俺はそういう訳にもいかないので、しっかりと事前に敵の習性を調べてきている。

「それはない。クイーンは一度巣を作ると子を産む為にそこから離れなくなる。仮に出産を終えていたとしても、その時は巣も解体しているはずなんだ。ゴブリンは自分たちが作った道具を他者に扱われるのを酷く嫌う、残して立ち去ることはない。例外は、もちろんあるだろうが。その原因がわからないとスッキリしないし気持ち悪いだろ?」

「ふーん。私はどうでもいいと思うけどね。目的は巣の破壊だけなんだし、巣を守る兵隊たちは全部倒しちゃったから。クイーン一匹残っていても、何もできず終わりじゃない?」

 オルガは心配しすぎなのだと笑われる。
 若干の締まりの悪さは残るが、あとでギルドに報告するか。

「くんくん。主様、先程から変な臭いを感じませんか?」
「ううぅぅ!」

 リンネとガルムが、眉をひそめながら空を見上げていた。

「えっ、嘘っ、もしかして汗臭い?」

 フェールは俺から距離を取って腋を気にしている。
 前回のダンジョン探索では気にしていなかった癖に。

「そうではなく、煙の、焦げ臭さというのでしょうか。何かが燃えているよな……?」
「ううぅぅ……! わうわう!!」

 言われてみると、微かに。遥か上空で風に乗って灰のようなものが舞っている。
 祭り事、ではない。そんな予定は聞いていない。あればフェールが予定に組み込むはず。

「オルガ、風向き的に街の方からだよ」

「……急ごう」

 胸騒ぎがして俺たちは走り出す。森を駆け抜け、しばらくすると空に黒い煙が。
 やはり建物が燃えていたのだ。騒がしさが耳に届いてくる。剣戟が周囲に響いていた。

「……ッ、魔物の襲撃か!? 誰かが戦っているぞ。しかも数人規模じゃない、かなりの数だ!」 

「【龍の角】に街を襲うような危険な魔物は生息していないはずだけど。そんなのがいたらまずギルドが動いているし。討伐依頼だって張り出されると思うんだけどね。そんな情報は全然聞いてないよ」

 フェールの言う通りだ。エステルが誕生して五年経つが【龍の角】で大規模な襲撃の記録はない。
 可能性があるとすれば、リンネが封じている魔神絡み。それならギルドが見落としてもおかしくない。

「主様、お気を付けくださいませ。この気配、街全体を強大な闇の力が纏っています!」

 リンネが警戒して耳を動かしている。やはり闇の聖遺物絡みか。
 目の前の茂みが大きく動いた。飛び出してきた影にリンネが鉄針を放つ。

「そこですっ!」

「うおあっ!? 馬鹿野郎!! あぶねぇだろおおおお!?」

 勢いよく現れた男が剣を振るい、飛んできた鉄針を弾き飛ばした。
 よく見ると【蛇の足】のホーガンだ。息を荒げながら俺たちを睨んでいる。

「わふっ……も、申し訳ございません。あまりに怖い顔をされていらっしゃったので、魔物と見間違えてしまいました」

 衝動的に、平伏する勢いでリンネが謝罪した。

「生まれつき魔物のような面で悪かったな!? って、今はそれどころじゃない!!」

 ホーガンは慌てているのか、リンネにそれ以上の追求はしなかった。

「一体何があったホーガン。落ち着いて状況を説明してくれ」
 
「街の城門に馬鹿みたいに強い魔物が出現したんだよ。主力として応戦しているのは【鋼の華】だが、それでも手に負えない状況だ。時間的にクランの多くが仕事で外に出向いている。防衛戦力がまるで足りてねーんだ! 俺は援軍を探しに単独で街を脱出した。この際、お前らでもいいから手を貸してくれ!」

「ぼ、防衛戦力って……もう既に攻め込まれてるの? 嘘でしょ!? 自警団や帝国兵士も居るのに誰も敵わなかったの!?」

「冒険者の街を襲撃って、魔物の種族は何だ、まさか龍か?」

「それが、黒いオーラのようなものに包まれていてよくわからん。だが、シルエット的にゴブリンクイーンにそっくりだった。奴の攻撃を受けると、傷口から闇が侵入してきてクイーンの配下にさせられるんだ。それで冒険者やマークハイトの兵士、自警団の一部が敵に回った。奴ら、民間人すらも盾にしてきて、それで俺たちは防戦一方に追い詰められているんだ」

「操られるだと? クイーンにそんな特殊能力はなかったはずだ」

 聞いている限り最悪な状況だった。街を破壊しているのは街の住人だというのだ。
 現在は支配を逃れた自警団や冒険者が、観光客を含む民間人の避難を優先しているらしい。
 ラングラル率いる【鋼の華】がその時間を稼いでいる。ただそれもいつまで持つかわからない。

「ゴブリンクイーンは錫杖のような武器を持っていて、冒険者ギルドもそれが聖遺物だと明言している。魔物が聖遺物を扱う事例はごく稀に報告されるらしいが、あそこまで酷いとは思わなかった。つか、正常な冒険者の中にも聖遺物に見惚れて訳わからん言動をする奴も出てきているし、俺にはそんないい物に見えなかったけどな。あーちくしょう。俺の頭までおかしくなりそうだぜ」

 ホーガンは眉間に皺を寄せて、頭を振っていた。
 俺はリンネの表情を伺う、彼女も真剣な瞳で返した。

「はい。間違いなく錫杖が闇の聖遺物です。情報から推測するに、悪しき闇の魔神の正体は――スライムドミネイター。その異能は【感染支配】。本体の能力は取るに足りませんが、生物に寄生し戦闘能力を高め、己の配下とする恐るべき支配者でした。急がねば、街中の人間が奴に支配されてしまいます!」

「闇の聖遺物だ……? 何だそれは。敵にスライムなどはいなかったぞ?」

 部外者のホーガンは当然のように疑問を持つ。
 既に何人かは闇の聖遺物に反応を示しているらしい。 
 その中で適合者が存在するかは不明だが。非常に厄介な状況だ。

 最悪、適合者と聖遺物が接触して本物の魔神が現世に復活してしまう。

「その話は後だ。これから俺たちはラングラルと合流する。ここで敵の情報を知れて幸運だった」

 何も知らずに突入していたら、俺たちも簡単に操られていたかもしれない。

「あ、ああ、そうだな。お前、最近妙に強くなってるから期待してるぞ。俺はもう少しこの辺りで援軍を探してくる。あとで落ち合おう!」

 ホーガンと別れて街の城門前に到着すると、幾つものバリケードが破壊されていた。
 内側から外へと衝撃が加えられた痕がある。防衛中に怪我を負った者が支配されたのだろう。
 この分だと操られた人の総数はかなりのものとなっているに違いない。厳しい戦いが予想される。

「ウ、ああ……ああ、あぁぁぁぁあああア!!」

 涎を垂らしながらも、こちらに集まってくる人々たち。周囲には魔物の姿も。
 全員がもれなくゴブリンクイーンの配下にされているのだろう。種族も関係なしだ。

「うぇ、操られるとアレと同じになるんだ……やだなぁ」

「リンネ、支配された者は元に戻れるのか? 答えによっては非情な手段を選ばないといけないが」

「スライムドミネイターの魂を再び封じ込めさえすれば、【感染支配】は治まります。これは確実です」

 過去一度封印に成功しているリンネがそう言うのだ。間違いはないだろう。

「それが聞けて安心した。フェール、まずはここを突破するぞ! 一撃喰らえば傷口から感染するらしいから注意しろ。それと冒険者はともかく、操られている民間人には決して手を出すなよ。すべてが解決したあとで問題になっても困るだろ?」

「注文が多すぎるって! 私は繊細な仕事は苦手なんだよっ!」

 フェールは相手の懐に入り込み、素手で操られている冒険者たちを気絶させていく。
 俺は細く横に伸ばした【大地の神盾】を民間人の足元に出現させ、転ばせて無力化する。
 操られると知性を失うのか、動きが単調で魔法も道具も扱ってこないのは助かる。

 襲い来る”感染者”たちをやり過ごしながら、俺たちは街の奥へと歩みを進めていった。
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