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13 パーティ結成

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 俺たち五人はさっそく冒険者ギルドで申請を行い、一つのパーティを結成した。
 リーダーはFランクのフェールだ。本人曰くお飾りとの事だが、実力的には申し分ない。
 ついでにリンネのGランク登録を行っておいた。手数料は痛いが、今後の為にも必要だろう。

「わふっ! 主様とお揃いです。汚さないよう大切に扱いますね」

 リンネは手渡されたギルドカードを大事そうに懐に仕舞っていた。
 カードはこれまでの冒険者活動を記録する機能があり、身分証明にもなる。
 
「さて、全員忘れ物はないな? 水と保存食は持ったか? もしもの為にスペアの鞄にも忘れず入れておけよ? 武器の手入れは十分か? 着替えは荷物になるから裁縫道具は……俺が持っているから大丈夫か。それから現地の冒険者との交渉に使えるから硬貨は余分に持っておいた方がいいぞ。道中はぐれた場合の集合場所だが――――」

「オルガ、オルガ。ちょっと過保護すぎだって。そんなんだからお母さんって呼ばれるんだよ」

「ええい、性分なんだから仕方ないだろ? それに呼んでるのはお前だけだ!」

 いちいち指摘してくるフェールを躱しながら、全員分の荷物を確認する。
 やはりというべきか。不備なく準備を終えていたのはエレナとマイトだけであった。
 
「というかフェール。お前、武器だけしか持ってないじゃないか! ふざけてるのか?」

「だって、オルガだったら必要以上に準備してくるだろうと思って。信用しているんだよー!」

「くっ……実際にその通りだから、行動を読まれたみたいで無性に悔しいな」

 俺はあらかじめ用意していた三人分の鞄を背負う。
 最前線で戦う彼女に余計な荷物は持たせるべきではないが。
 準備ぐらいは自分で整えて欲しかった。初心者のリンネは仕方がない。

「主様! 我も荷物をお持ちいたします!」
「わう!」
「へっへっ!」

 リンネは自分の分の荷物を受け取り、ガルムとサイロも小さなポーチを身に着けた。

「オルガくん、やっぱり苦労人だね……」

「恥ずかしい同期でごめんなさい。フェールさんの代わりに僕が謝ります」

 街を出てリンネと出会った街の北の森に入ると、たくさんの人の足跡が残されていた。
 持参した地図を広げる。森の奥地にあるダンジョンは三ヵ所で、線で結ぶと三角形となる。

「くんくんくん。わうわう!」

 道中はガルムが案内してくれるので道に迷わず済んだ。サイロは完全に道を間違えていたが。

「くんくんくん……わう?」

「サイロ、そちらは帰り道ですよ。できもしないのにガルムの真似をしてどうするのです」
「くぅん……」

 リンネに叱られて、サイロは耳と尻尾を垂らす。
 
「……サイロちゃんは、オルガくんのお役に立ちたいんだよね?」

「わう!」

「無理に活躍しようと考えなくていいんだぞ? 【神腕】だけでも助かっているんだ。お前がいなければ俺は戦えない。一番頼りにしているからな?」

「へっへっ、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ!」

「こらこらくすぐったいぞ。可愛い奴め」

「うぅぅぅ、わうわうわん! わうわう!」

 サイロを抱きかかえて慰めると、嬉しそうに前足を動かしている。
 ガルムが吠えながら足元で跳ねていた。サイロに嫉妬しているのだろうか。
 という事は――リンネを見ると「一番は我ではないのですね」と、頬を膨らませていた。

 あの、全部自分自身なのでは? 全員自分に嫉妬するというのも妙な話だ。

「先輩、もうこんなにも契約獣に好かれていらっしゃるんですね。さすがです! 尊敬します!」

「マイトちんって何でも褒めるよね。テイマーには詳しくないけどさ、こんなものじゃない?」

「それは数年も付き合いがあれば誰だってそれなりの信頼関係は築けますよ。ですが、先輩はまだ契約して数日なんですよ? テイマーとは関係なく、よほど先輩の人柄と、相性が良いんだと思います」

「そっか、そう考えると確かに仲が良いよね。まさに最高のパートナーってやつ?」

 俺とリンネたちの関係性を、後ろで後輩二人が褒めてくれる。
 すると、リンネは「ふふんっ」と尻尾を揺らしてご機嫌を取り戻していた。

 ◇

「あっ【鋼の華】だ。あそこには、【蛇の足】も……みんな集まって来ているね」

 エレナが指差す先、ダンジョン入り口前で巨漢の男たちが筋トレをしている。
 複数パーティでの大規模な調査だ、緊急時に備えた後方待機組といったところか。
 しかし大男たちが揃うと圧が凄い。影だけ見ると魔物と間違えられそうなシルエットだ。

「「「「「うおおおおおお、鍛えろ筋肉! 燃え上がれ脂肪!!」」」」」

 数体の魔導ゴーレムも置かれていた。どこかのクランの所有物なんだろう。
 バラバラの腕と足が転がっていて、【鋼の華】の筋トレ道具として扱われている。

「いつもの【鋼の華】って感じだな……眺めているだけで、無性に疲れてくる」

 ここだけ切り取ってみると、ダンジョン探索というより遊んでいるように見える。

「んげっ……オルガじゃないか。しかも隣に居るのはフェールか。お前たち、何の用だ?」

 天幕の前で暇そうにしていたホーガンが、こちらに気付いて対応してくれる。

「遅ればせながら、俺たちもダンジョン探索に来たんだ。今日は酔っていないようで何より」

「探索って、お前たちはGランク――いや、フェールは元Bランクで今はFランクだったか。なら問題はないのか……」

 ホーガン含めた【蛇の足】は何となくやり辛そうにしていた。
 あれだけ大っぴらに騒いだ挙句、大衆の面前で恥を掻き逃げ出したのだ。
 俺の方からはとやかく言うつもりはないが、苦手意識があって当然だろう。

「やほやほ、噂で聞いたよ。オルガに喧嘩を売って、無残にも返り討ちに遭ったとか」

 そこへ空気をまったく読まないフェールが突っ込んでいく。

「や、やめろぉ! 思い出させるな! あれから他クランからも笑い者にされたんだぞ!? 金欠で装備の修繕もままならないし、街を歩けば子供に指を差されるしで、酔っ払いの自業自得だというのはわかるがよぉ……」

 どうやらホーガンはあの後もさんざん痛い目に遭ったらしく。
 脅し取ったお金は返し回っているようだし。反省はしているようで。
 フェールはふらっとホーガンの耳元へ近付くと、一段と低い声で呟いた。

「……良かったね。その場に私が居合わせなくて。私なら――利き腕一本は貰ってたよ」

「ひいぃっ……!」

 底冷えするほど鬼気迫る演技に、ホーガンはその場で尻持ちを付いた。
 取り巻きもガクガク震えながら身を寄せ合っている。可哀想になってきたぞ。

「フェール。冗談でも過ぎた事を蒸し返さない。脅し返してどうするんだ」

「あいあい」

「……オルガくん。多分、今の冗談じゃないと思う」

 とりあえずだ。こうして都合よく知った顔と出会えたのだ、まずは情報を探ろう。
 隣の天幕で筋トレに励むラングラルに声を掛ける。頭の包帯を崩しながら汗をかいていた。

「よう、オルガにエレナ、獣人の嬢ちゃん。それから、久しぶりの面々も居るな。フェールとマイトくんだったかな?」

「おっさん、頭の傷は大丈夫だったか? あの後、一度も見舞いに行けずすまない」

「ガハハハ、こんなものあってないようなもんだ。日課の筋トレに支障はない! フンッ!」

 軽く挨拶を交わし、ラングラルからここ数日の成果を聞き出す。

「それじゃ既にダンジョン最深部には辿り着いたんだな?」

「ああ、今は後続用に簡単な内部地図の作成と、出没する魔物と罠の情報を集めていたところだ。難度の低いダンジョン探索は若者たちの訓練になるし、俺様は気楽に筋トレに集中できる。良い事尽くめだな! ガハハハハ!」

「一応、お前たちも確認するか? 他の連中には内緒だぞ。怪我されちゃ俺たちの仕事が増えるからな」

 ホーガンが地図を片手に話に割り込んできた。

「先輩、こういう人を何て呼ぶんでしたっけ?」

「ツンツンして素直じゃない。これからも同業者同士、いがみ合わず仲良くやろうな」

「うっせー! ラングラルさんの手間を省いただけだ。ごちゃごちゃ言ってると見せねぇーぞ!」

 照れ隠しが下手なホーガンから、八割ほど完成された地図を見せてもらう。
 なるほど。【龍の角】にありがちな小規模のダンジョンである。
 出没する魔物も、森に生息する種がそのまま移り住んだものと思われる。

 基本ダンジョン内は魔物の生息地となっているのだが。
 発生してすぐのものは、それはもう魔物の数が尋常じゃなく多い。
 これは聖遺物などの高位の魔力を宿す何かが、連中を引き寄せる為だ。

 よって最初は複数パーティからなる調査隊が組まれる。
 原因となるものを取り除けば、時間と共に魔物はその数を減らす。

 しかしながら、ダンジョン内に漂う魔力が結晶化して再び魔物を引き寄せる事がある。
 そこで冒険者に自生した迷宮結晶を取り除いてもらい、ギルドが買い取る仕組みができた。

 迷宮結晶は魔導ゴーレムの動力源となったり、日常生活にも重宝される魔力燃料だ。
 一度発生したダンジョンは今後も様々なパーティが訪れるので、地図や情報収集は重要となる。

「そういえば最深部に到達したとはいえ、まだ聖遺物は見つかっていないようだ。隠し通路があるのか、それとも別にダンジョンが隠されているのか。宝は早い者勝ちだ。まだ俺たちにもチャンスがある。早く交代の時間が待ち遠しいぜ。借金返済に追われているからな……」

「「「「そうだ、そうだ。せめて装備の修繕費くらいは稼ぎたい!」」」」

 ホーガンの呟きは切実な願いだった。【蛇の足】も苦労しているようだ。

「よーし。次は足回りを鍛えるか。ついて来いお前ら!!」

「「「「「兄貴! 兄貴!」」」」」

 ラングラルたちの方は変な盛り上がり方をしていた。

 【蛇の足】に一応【鋼の華】も、聖遺物が目当てらしい。
 ここに集まった全員がそうだろう。両者共に素人集団の【鍋底】とは練度が違う。
 ここまで時間が掛かっているとなると。余程面倒な仕掛けが施されているか、もしくは外れか。

 ダンジョンでは必ずしも聖遺物が見つかる訳ではないのだ。
 それと類似した魔法道具であったりと、【龍の角】では大抵後者である。

 入り口近辺を独自に調査していたリンネがガルムと共に戻ってくる。俺の耳元で囁いた。

「主様、こちらのだんじょんは外れの可能性が高いかと存じます」

「わかるのか?」

「この土地に眠る闇の聖遺物は微弱な反応からして、まだ力を取り戻してはおりません。闇の聖遺物が眠る地は神人によって封じられています。縛めを振り払おうと暴れているのでしょう。その結果、力の余波で周囲の別のだんじょんを呼び起こしてしまったのです。もし力を取り戻しているようであれば、自らを発見しやすいよう誘導するはず、奴らの目的は適合者を取り込み、魔神として復活を果たす事ですから」

「なるほど。ダンジョン内で簡単に見つかる聖遺物こそが、俺たちの目的の物だという事だな?」

 俺たちは一旦野営地から遠く離れて、もう一度地図を覗き込む。
 三角に配置されたダンジョンが、闇の聖遺物によって目覚めたのだとすれば。
 その三方向に影響を及ぼしやすい位置に隠されているはず。つまりは三角の中心だ。
 
「三角の中心……? オルガくん、それは……安直じゃないかな?」

「いや、周囲に目立つ入り口が三ヵ所もあるからな。案外、気付かないものだろう。俺たちだって、リンネの助言がなければそのまま偽の入り口に向かうところだったんだ」

「……そう言われると、そうかも」

 聖遺物の所有権は最初に見つけた者に帰属される。いわば早い者勝ちだ。
 目の前にダンジョンがあればこぞって人が集まる。人が集まる場所には更に人が。
 ダンジョンが生み出す魔力と、人が生み出す魔力でカモフラージュされてしまうのだ。
  
「よくわかんないけど、早く行動した方がいいんじゃな~い?」

「まだ発見されていない入り口となると、微量な魔力の流れを読む必要がありますね!」 

 俺たちは急ぎ三角の中心へと向かう。鬱蒼とした木々が並ぶ視界の悪い場所だ。
 ガルムとサイロが微量な魔力の流れを探り、二匹揃って茂みの中を捜索していた。
 さて、大規模な調査隊が近場で魔力を放出している。相応に時間が掛かりそうだな。

「よいしょっと、ではさっそくこれの出番ですね!」

 マイトが持参した鞄から片眼鏡モノクルを取り出し、地面にへばりつく。
 
「その眼鏡はどうしたんだ? しばらく会わない間に目でも悪くしたのか?」

「いえ、こちらは雑貨屋の親父さんからお借りした魔力検知鏡です。低ランクでは触れる事すら叶わない最上級品ですので、壊したら借金地獄ですが。先輩のお役に立つ為に、土下座して借りてきました!」

 ですので、僕にお任せくださいと。マイトは意気込みを熱く語る。

「お、おお……。そ、そこまで無理する必要はなかったんだが……そうか、助かる」

「マイトちん気合入ってる」

「こ、壊したら駄目だよ……?」

 下手に接触して道具を壊すととんでもない事になるので、俺たちは離れてその雄姿を見守る。

「――――先輩、ありました! 隠された入り口を見つけました!」

「早いな!? まだ一〇分も経ってないぞ。よく見つけてくれた、偉いぞマイト!」

「えへへ。喜んでいただけて僕、嬉しいです!」

 片眼鏡を付けたまま、マイトは照れ臭そうに鼻を掻く。

「オルガ、マイトちんにだけやけに甘くない……?」

「そうか? 褒める時は褒めるのが当然だろう」

「私、褒められた覚えあんまりないけど……? いつも扱い雑だよね?」

「お前はマイナス要素が多すぎる」

 意図せずとも、偶然女性ばかりが揃ってしまったパーティで。
 同性のマイトの存在は癒しであった。そうでなくとも頑張り屋でいい子だし。

 贔屓になるは、仕方ないだろう。

「むむぅ……先を越されてしまいました。……無念です。がぶがぶ」
「うぅ、わうわんわうわう!」
「く~ん。わうぅ……」

 ガルムとサイロが悔しそうに吠えていた。リンネは遠くで袖を噛んでいる。
 賢いリンネは何でも学習してしまうので、最近は不可解な行動を取る事があった。
 影響を与えたとされるフェールが隣で一緒になって袖を噛んでいた。もう仲良しだな。
 
「オルガくん、早く……先に進もう? 暗くなる前に、終わらせないと」

 エレナは入り口を覗き込みながら、時間が押している事を伝えてくれる。

「エレナ先輩、待ってください。こういう密封されていた地下空洞は有毒ガスが発生している恐れがあるんです」

 すかさずマイトは鞄の中から透明の小瓶を取り出す。三つほど奥へと投げ込んでいた。
 しばらくして、白い煙がモクモクと浮かんでいく。ガルムとサイロは毛を逆立てて驚いていた。

「有毒性の大気に反応して変色する煙です。僅かに中和効果もあり、地下空間でも広範囲に届くよう調合されているんですよ!」

「まさか、これも最上級品とか言い出すんじゃないよな……?」

「こちらは親父さんの試作品でまだ非売品ですが、消耗品ですので、三つセットで大鉄貨五枚とお値打ち価格になる予定です! もし気に入っていただけたのでしたら、お店にお立ち寄りください。サービスしますよ!」

「そ、そうか。安心した。マイトは見ない間に商売上手になったな?」

「先輩と親父さんのおかげです!」

 胸を張って言い切るマイトは、俺の役に立とうとしてよく暴走するので心臓に悪い。
 こういう危なっかしさがほっとけないからこそ、これまで長い間、面倒を見てきた訳で。
 昔はそれに加えて自分に自信を持てない少年だったんだが。自立して一段と逞しくなっていた。
 
「オルガくん……優秀な後輩を持ったね?」

「そうだな、俺にはもったいないくらいだ」

 マイトの活躍を俺とエレナはしみじみと眺めていたのであった。
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