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12 後輩

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「駄目だ駄目だ。うちにGランクを三人も入れる余裕はねぇよ。帰ってくれ!」
「そうだなぁ。契約獣を手に入れたところで、肝心の実績が皆無ではなぁ、信用が足りん」
「ラングラルさんとの喧嘩はあくまで腕試しだって話だろ? 確かに実力はあるんだろうが、ダンジョン探索に必要なのは相手との信頼関係だ。せめて相応の報酬は払ってもらわないと、責任は持てないね」
 
 ……門前払いを食らうこと、これで五〇件目。パーティ探しは予想通り難航していた。
 ダンジョン探索は危険な仕事だ。パーティにもしもがあれば、責任を負うのはリーダーの役目。
 そんな中でGランクが入り込む余地はなく。実力も実績も信頼も、何もかもが足りなさ過ぎるのだ。 

「参ったな。三日前には調査隊も派遣されている。そろそろ聖遺物が発見されてもいい頃だ」 

 聖遺物はダンジョンの隠し部屋や、最奥に安置されているケースが多い。
 そう簡単に見つかるものではないが、今回の調査隊は五〇人規模だと聞いている。
 一階層だけなら人海戦術をとれば数日で調べ尽くせる。あまり猶予は残されていない。

「ぺろぺろ」

「ガルム、俺を慰めてくれているのか?」

「わうわん!」

 俺の足を舐めて、ガルムが身体を擦り付けてくる。
 実力不足を理由に断られ続けるのは精神的に辛いものだ。
 お前は必要ないと、突き付けられているのと同義なのだから。

 モフモフの暖かさが、心に染みる。リンネと同じで優しい子だ。

「オルガくん、ごめんね……全部、断られちゃった」

 そこへ別行動していた二人が戻ってくる。
 その表情からして、結果は芳しくないようで。

「途中、不埒な男たちがエレナ様を無理やり裏道へ連れ出そうとしたので、サイロで痛めつけて差し上げました。半日後にはお似合いのゴミ山で目を覚ます事でしょう。まったく、けしからん者たちです」

「あれは怖かった……。助けてくれて、ありがとう」

「主様のご友人様をお守りするのも我の役目ですから」
「う~わうわう! ごろごろごろ」

 活躍したサイロが褒めて褒めてと周りを回っている。
 エレナに抱きしめられて、とろけた表情を浮かべていた。

「エレナは小さくて可愛いし、同じ男として声を掛けたくなる気持ちはわからんでもないけど。無理やりはダメだよな。うむ、ゴミ山で深く反省すべきだ」

「ひぃやぁい! お、オルガくん何を……! かわいいって……?」

「ん? 事実だし、嘘を付くような話でもない。実際可愛いから声を掛けられたんだろ?」

「……いじわる。今日のオルガくんちょっといじわるだよ! って、きゃあっ!?」

「エレナ様!? お、おも……杖が重たいです……!」

 頬と耳を朱く染めて、背中から倒れそうになるエレナをリンネが必死の形相で支える。
 エレナはもっと自分に自信を持つべきだと思うが。魔法は精神力と結び付いているのだから。

 彼女はこうして隙が多いのと、弱点が広く知れ渡っているので、一人にするのは危うい。 
 悪人に血で脅されれば言いなりになってしまう。リンネに付き添ってもらって正解だった。

 エリュシオンは五年前に一般開放されたばかりの新大陸。港には商人、観光客も訪れる。
 それらを狙った犯罪も少なくない数報告されている。エステルはやや治安が悪い傾向にあるのだ。
 自警団も魔物以上に、人を相手にする機会の方があるとかで、有名観光地近辺で彼らとよくすれ違う。

 本来、そういった取り締まりは、冒険者ではなく国の騎士団の仕事であるのだが。 
 一国の資源独占を防ぐ為の面倒な取り決めがあるとかで、大々的に兵は送れないらしい。

「しかしこれで行き詰ったな……。このまま半年待つしか選択肢はないのだろうか」

 次の昇級試験に合格できるとも限らない。初っ端から躓いてしまった。
 俺はリンネの助けになりたいというのに、他に手立てはないのだろうか。

「――あ、あそこにいらっしゃるのはオルガ先輩です! フェールさん、寝惚けてないでこっちです、見つけましたよ! それにやっぱりエレナ先輩もご一緒です。よかった、まだ街を離れられていなかったんですね。お久しぶりです!」

「ふぁああ~。やほやほ~オルガ。私がいなくて寂しかった?」

「この声は……マイトに、フェールじゃないか! どうしたんだ、こんなところで!?」

 それは懐かしい顔ぶれだった。俺の可愛い後輩たちで、ずっと心残りだったものだ。
 【鍋底】を追い出された時には二人とも不在だったので、別れの挨拶すらできなかった。

「……っ! お、お久しぶり。ふ、二人とも……!」

 瞬間、人見知りが発動してエレナが固くなっている。相手は後輩だぞ。
 フェールが慣れた様子で彼女の肩を揉みしだき、緊張をほぐしていく。

「エレナちんも元気そうだね~。オルガと一緒で安心したよ」

「主様、こちらの方々は?」

「あとで説明するよ。そうだな、通行人の邪魔になるし場所を変えるか」

 休息も兼ねて、全員で近場の屋外カフェに入る。

「――グラディオ先輩は最低です。自分が気に入らないからって何の非もないお二人を追い出して、今度は書類整理に必要だから連れ戻して来いだなんて、身勝手極まりないです! 心から失望しました! それを止めない周囲の人たちにも、僕は、僕はもう怒っています!」

「マイトちん、さっきからこんな感じで一人いきり立っちゃって。若くて元気だよねぇ」

「……フェールちゃんも十分若いよ?」

 カフェで紅茶を飲みながら、後輩の愚痴を聞く。
 グラディオの横暴さに温厚なマイトも辟易しているようだ。
 いつもならここで俺が間に立つのだが、今の俺は部外者でしかない。

「はうっ、あ、あついです。息を吹いて冷まさねば……ふぅーふぅー」
「ぺろぺろぺろぺろ」
「べちょべちょべちょべちょ」

 湯気が出ているカップを慌てて戻し、リンネは舌を出して涙目になっていた。
 ガルムはホットミルクを堪能、今回は参加できたサイロも夢中で皿を舐めている。

「それにしても、オルガが契約獣を見つけるだなんて。あと五年は軽く掛かると思ったのに。おまけに獣人の女の子を隣に侍らして、やらしぃ~」

 フェールは足元で尻尾を振り続ける白い狼を眺めながら、紅茶をスプーンで飲んでいた。
 二人には今のところガルムたちが俺の契約獣で、リンネは知り合いの獣人だと説明してある。

 神獣であると告げるにはまだ、本人の許可を得られておらず。
 リンネは注意深く二人の人間性を確かめている最中であった。……今は紅茶に夢中だが。

「やらしいとはなんだ。俺は常に真面目に生きているぞ。あんまり調子に乗ると、今度から部屋の掃除を手伝わないからな? 油断するとお前、すぐ床にゴミの山を生み出すんだから。……まさか一ヵ月の間に、部屋を追い出されてはいないだろうな?」

「わーわー! 冗談だって、オルガゆるしてー! あと、掃除はまた手伝って欲しいかなぁ……?」

「フェールさん、まだ先輩に部屋の掃除をしてもらっていたんですね……」

「洗濯もだよ~」

「そこは女性として最低限の羞恥心を持ちましょうよ!?」

 コイツに女性らしさを感じたのは、出会って最初の一日目くらいだ。
 身体の大きな子供を相手にしているようなもので。年下のマイトの方が大人である。

「オルガくん、以前はお弁当も作ってあげていたよね……? どこまでお世話を焼いてたの……?」

「お弁当なら、僕も作ってもらっていました。いつも食費を切り詰めていたので、大助かりでした。というか【鍋底】で先輩のお世話になっていない後輩はいないかと。オルガ先輩が居なくなって、【鍋底】が一面埃塗れとなっていますから」

「もうオルガ、クランのお母さんじゃん」

「せめて父親と呼んでくれ……」

 自分の前世を考えると、笑えない。

「わふ。我が主様は昔から、誰かの為に動ける方だったのですね。以前と、変わりないです」
 
 リンネは楽しそうに俺たちの会話を聞いていた。
 純粋無垢なマイトも、だらしのないフェールも以前と変わらない。
 取り巻く環境が変わってしまった今だからこそ、大きな安心感を与えてくれる。
 
「……あ、そうだ。フェールちゃん、Fランクだったよね……? 去年辺り、試験に合格して」

 エレナはたった今、思い出したとばかりに声を上げる。

「そだよ。オルガに嫌々受けさせられて。Gランクの方がノルマがなくて気楽なのにね」

 元々Bランクはあったらしいが、ノルマを無視し続けて自動的にGまで落ちたんだったか。
 懐かしい。当日になってやる気を失った彼女を引っ張って、試験会場まで連れていったものだ。

「お前の才能を腐らせておくのは勿体ないんだ。お節介だとは思っていたが。そうか、今年は試験を受けてすらなかったのか。本当やる気さえあればな……宝の持ち腐れめ」

「ランクを上げると仕事が増えるしね。私はマイペースが一番なのさ」

「マイペースがすぎるんだよ」

「オルガが生き急ぎすぎなだけ。人には人の歩むペースがあるんだよ」

「よく言う。まっ、今も元気そうで何よりだ。見てない間に野垂れ死にしてないか心配だった」

「いひひ、オルガのせいで一度死に損なったからね。次の死に場所はもう決めてるから平気」

 フェールは恨み言のようにぼやく。表情は依然にやけ面のままで。
 彼女は実力だけで言えば、今でもFランクどころかAランクにまで届いている。
 ただ、とにかくやる気がないのだ。最初に出会った頃は生きる気力さえも失っていた。

 彼女は元殺し屋であり、とある理由から、暗殺者に追われ遠方の大陸からやってきた。
 血に染まる雨の中、瀕死の状態で彷徨っていた彼女を、偶然通りがかった俺が保護したのだ。

 そういえばマイトともちょうど同じ時期に出会ったな。
 病に苦しむ妹さんの為に故郷を飛び出し、薬を探していた心優しい少年だ。 
 しかしその薬が特殊なもので、冒険者でもないと安く手に入らない品物だった。

 二人を【鍋底】に誘って、生活がある程度安定するまでは面倒を見続けていた。
 そうだな。恩着せがましくなってしまうが、もはや俺たちが頼れるのは後輩だけだ。

「すまない、折り入って頼みがある。俺たちはこれからダンジョン探索に向かわなけばならない理由があるのだが。二人も知っての通り、Gランクでは探索許可が下りず。どうか、力を貸してくれないか?」

「えっ、つまりFランクの私にパーティを作れと? うーん、面倒だなぁ……」

「そこを何とか頼む! この通りだ!」

「ちょっと、そこまでする!?」

 俺が深く頭を下げてお願いすると、フェールが慌てて立ち上がる。
 桃色の髪を指で弄りながら、サイズが合わず無理に締めた服から胸元が出ている。
 彼女を拾った際に、質屋で安く買い揃えた古い異国の服だが、今も使ってくれているんだな。

「恩人のオルガに頼まれて、私が断れるはずがないよ。お願いだから、頭だけは下げないで!」

「……助かる。この恩はいつか必ず返すから。出世払いという事にしてくれないか?」

「も、もうっ。そんなの別に……いらないのにさ」

「僕にも是非、お手伝いをさせてください!」

 頼んでいるのはこちら側だというのに、何故か頭を下げてマイトが名乗り出てくれる。

「……マイトくんもいいの? 私を連れ戻しに来たのに。クランリーダー様の機嫌を損ねるよ……?」

「今すぐにとは言われましたが、明確な期限までは伺っていません。ですので、一ヵ月先だったとしても、グラディオ先輩に文句を言われる筋合いはありません! 僕、街の雑貨屋に住み込みで働かせてもらっているので、安く道具を仕入れてきますよ!」

「……それは心強いね。ありがとう」

 グラディオも人選を誤ったな。人材を手放しすぎただけかもしれんが。
 話を終えると、リンネは協力してくれる二人に対して、改めてお辞儀をした。

「皆様のご協力に深く感謝いたします。主様は慕われていらっしゃるのですね。我も誇らしいです」

「今では【鍋底】で俺を慕ってくれているのは、この二人くらいだが。信頼に数は関係ないよな」

 自分のこれまでの活動が決して無駄ではなかった。
 それがわかっただけでも、冒険者を続けて良かったと思える。
 頼りになる後輩二人のおかげで、パーティ問題は解決しそうだ。
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