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三話 地龍の少女
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ドクン、ドクンと波打つ赤い宝珠。
心臓のような得体の知れない物体を抱えた少女は、僕の姿に驚いた表情を見せる。
僕もまた声を出せずにいた。彼女は龍だ。人の姿をしているけど、小さい角が生えている。
先ほどの龍の亡骸と同じ種類の角だ。上級魔族は人に化けられると聞く。
黄土色の肩まで伸ばした短めの髪。薄着の痩せ細った身体はボロボロで酷い傷だ。
足元もおぼつかず、血で固まった右目はずっと閉じられている。
左腕も動かないのか、ぶら下がったままで揺れている。痛々しく直視するのが辛くなる。
「どうしてここに人間が……」
「ごめん、荒らすつもりはないんだ。偶々迷い込んでしまって……その、探索中に色々あって」
仲間だと思っていた連中に裏切られ、食われそうになるという。
色々で流すには酷過ぎる内容だけど。少女はそれだけで僕の状況を察してくれたのか。
悲しげな表情で「そうですか……」と呟いた。とりあえず悪い子ではなさそうだ。
「僕はリーン。冒険者をやっているんだ。君は?」
「フォン……です。その、地龍……です」
恐る恐るといった様子で彼女は答えてくれた。
何故だろう、龍である彼女の方が生物として優れているはずなのに。
人である僕を怖がっている。――いや、彼女が地龍だとすれば恐怖するのも当然か。
「えっと、フォンはここに住んでいるの?」
「はい……ずっと、隠れていました」
「すると、僕は招かれざる客ってことになるね」
「……リーンは、私を……討伐しに来たのでは?」
「まさか。さっきも言ったけど偶々入ってしまっただけだよ。やっぱり、人は信用できない?」
フォンは何も答えずにずっと僕を見ていた。
地龍は、龍族の中でも最弱とされるほど弱いことで有名だ。
頑丈な鱗に、巨大な体躯。太古では最強とされた能力も魔法の発展によって無意味となった。
足の遅さはそのまま数を減らす要因になり、空も飛べないので逃げる事も叶わない。
一時期、巷で龍装備が流行していたのもあって、見える範囲で狩り尽くされてしまったのだ。
しかも、地龍の素材で作られた龍装備が別の龍を狩る道具として使われる。
それが他の龍の怒りを買ったのか、仲間からも迫害されたとかで、絶滅したと考えられていた。
彼女が希少な地龍の生き残りだとすれば、さっきの亡骸はきっと――
――ぎゅるるる
「あっ……」
フォンのお腹から心地のいい音が響いた。同時に僕のお腹からも。
お互い食べる物に困っているらしい。外の食べ物は毒性のものばかりだし。
「好みに合うかわからないけど、これ食べる?」
袋から乾パンを取り出し、二つに割ってフォンに手渡す。
フォンは最初は戸惑っていたものの、やがてゆっくりと手を伸ばし受け取ってくれた。
冷たい地面に腰を下ろして、まずは僕が一口食べて安心させる。フォンもそれに続いた。
「こういう保存食ってあまり好きじゃなかったんだけど。今は何でも美味しいや」
パサパサして味も単調なのに、お腹を満たしてくれるだけでご馳走のように感じる。
残り少ない水も喉に流し込む。これで全部使い切った。カルロスから奪った袋は空っぽだ。
「どうして……私に優しくしてくれるのですか……? 人間なのに、魔族の私を……」
「ん? まぁ、酷い目にあったばかりでさ。裏切られて殺されかけて、そんなのがあったばかりだから。僕は目の前の弱者を虐めようだなんて、アイツらと同じことをしたくない。死んでもごめんだよ」
あとは絶望的な状況に陥って、逆に余裕が生まれたというか。
もう半分死んでいるようなものなので、怖いものがないのもある。
「だから僕は君に何もしないよ。安心して欲しい」
「……はい。その、助かります」
フォンはおずおずと頭を下げた。
彼女の怪我の原因はわからないけど。
龍の強靭な肉体を傷付けるほどの暴力を受けたのだろう。
血で汚れた身体を、怯えた瞳を見るだけで、胸が苦しくなる。
「そのままにするのは危険だ。ちょっとだけ僕を信じてくれないかな?」
「あっ……」
せめて潰れた片目だけでもなんとかしてあげようと、包帯を出す。
フォンは抵抗せずに受け入れてくれた。とりあえず今はこれが限界だ。
動かない左腕は、地上でなら治療できるかもしれない。右目よりは原型がある。
「……あの、大丈夫ですか? 貴重な道具だったのでは……? 私なんかに使って……」
「いいんだ。僕にはもう不要だから。君の役に立てて道具も喜んでいるよ」
心配してくれる優しい彼女に、僕はただ苦笑を返す。
正直、この小迷宮に食料がなかった時点で、僕の命運は尽きたに等しい。
今から急いで第一層を目指しても、飲まず食わずで魔物をやり過ごすのは厳しすぎる。
運が良ければ別の探索中の冒険者に出会えるだろうが。
食料を分けてもらえるとも限らないし、今は人を信用できる気がしない。
魔族である彼女は、別種族だからだろうか。そういうの抜きで考えられる。
だったら最期くらい、目の前の女の子にカッコつけるのもいいだろう。
非常食にだって選ぶ権利はある。どうせ食われるならカルロスよりフォンの方がいい。
よく見ると彼女は顔が血で汚れているけど、可愛いし。一度そう覚悟を決めると、肝が据わる。
「ふぅ、今日は疲れたよ。悪いけどフォン、ここで寝かせてもらってもいいかな?」
「えっ……? あっ、はい……どうぞ」
「ありがとう」
許可を貰って岩肌がごつごつした天井を見上げる。
肌寒さと腐敗臭も意識から遮断して目を閉じる。身体から力が抜けていく。
野宿が多い冒険者はどこでも眠れる訓練をしている。小迷宮内でもなんのそのだ。
「……不思議な人です。……おやすみなさい」
暗闇に包まれる直前に、フォンの優しげな声が耳をくすぐった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◇上級魔族
ユグドラシルに生息する魔族の大半が元々は地上で暮らしていた。
人間が地上世界を統べるようになってからは、新天地に迷宮異世界を選ぶ。
上級の冠を持つ魔族は人の姿に化ける事ができる。能力が衰えるものの魔力を温存できる。
若い上級魔族は常に人に化けており、成長と共に本来の姿で活動するようになる。
これは主に魔力を主食とする変異種や、人間などの外敵から身を守るための機能だとか。
心臓のような得体の知れない物体を抱えた少女は、僕の姿に驚いた表情を見せる。
僕もまた声を出せずにいた。彼女は龍だ。人の姿をしているけど、小さい角が生えている。
先ほどの龍の亡骸と同じ種類の角だ。上級魔族は人に化けられると聞く。
黄土色の肩まで伸ばした短めの髪。薄着の痩せ細った身体はボロボロで酷い傷だ。
足元もおぼつかず、血で固まった右目はずっと閉じられている。
左腕も動かないのか、ぶら下がったままで揺れている。痛々しく直視するのが辛くなる。
「どうしてここに人間が……」
「ごめん、荒らすつもりはないんだ。偶々迷い込んでしまって……その、探索中に色々あって」
仲間だと思っていた連中に裏切られ、食われそうになるという。
色々で流すには酷過ぎる内容だけど。少女はそれだけで僕の状況を察してくれたのか。
悲しげな表情で「そうですか……」と呟いた。とりあえず悪い子ではなさそうだ。
「僕はリーン。冒険者をやっているんだ。君は?」
「フォン……です。その、地龍……です」
恐る恐るといった様子で彼女は答えてくれた。
何故だろう、龍である彼女の方が生物として優れているはずなのに。
人である僕を怖がっている。――いや、彼女が地龍だとすれば恐怖するのも当然か。
「えっと、フォンはここに住んでいるの?」
「はい……ずっと、隠れていました」
「すると、僕は招かれざる客ってことになるね」
「……リーンは、私を……討伐しに来たのでは?」
「まさか。さっきも言ったけど偶々入ってしまっただけだよ。やっぱり、人は信用できない?」
フォンは何も答えずにずっと僕を見ていた。
地龍は、龍族の中でも最弱とされるほど弱いことで有名だ。
頑丈な鱗に、巨大な体躯。太古では最強とされた能力も魔法の発展によって無意味となった。
足の遅さはそのまま数を減らす要因になり、空も飛べないので逃げる事も叶わない。
一時期、巷で龍装備が流行していたのもあって、見える範囲で狩り尽くされてしまったのだ。
しかも、地龍の素材で作られた龍装備が別の龍を狩る道具として使われる。
それが他の龍の怒りを買ったのか、仲間からも迫害されたとかで、絶滅したと考えられていた。
彼女が希少な地龍の生き残りだとすれば、さっきの亡骸はきっと――
――ぎゅるるる
「あっ……」
フォンのお腹から心地のいい音が響いた。同時に僕のお腹からも。
お互い食べる物に困っているらしい。外の食べ物は毒性のものばかりだし。
「好みに合うかわからないけど、これ食べる?」
袋から乾パンを取り出し、二つに割ってフォンに手渡す。
フォンは最初は戸惑っていたものの、やがてゆっくりと手を伸ばし受け取ってくれた。
冷たい地面に腰を下ろして、まずは僕が一口食べて安心させる。フォンもそれに続いた。
「こういう保存食ってあまり好きじゃなかったんだけど。今は何でも美味しいや」
パサパサして味も単調なのに、お腹を満たしてくれるだけでご馳走のように感じる。
残り少ない水も喉に流し込む。これで全部使い切った。カルロスから奪った袋は空っぽだ。
「どうして……私に優しくしてくれるのですか……? 人間なのに、魔族の私を……」
「ん? まぁ、酷い目にあったばかりでさ。裏切られて殺されかけて、そんなのがあったばかりだから。僕は目の前の弱者を虐めようだなんて、アイツらと同じことをしたくない。死んでもごめんだよ」
あとは絶望的な状況に陥って、逆に余裕が生まれたというか。
もう半分死んでいるようなものなので、怖いものがないのもある。
「だから僕は君に何もしないよ。安心して欲しい」
「……はい。その、助かります」
フォンはおずおずと頭を下げた。
彼女の怪我の原因はわからないけど。
龍の強靭な肉体を傷付けるほどの暴力を受けたのだろう。
血で汚れた身体を、怯えた瞳を見るだけで、胸が苦しくなる。
「そのままにするのは危険だ。ちょっとだけ僕を信じてくれないかな?」
「あっ……」
せめて潰れた片目だけでもなんとかしてあげようと、包帯を出す。
フォンは抵抗せずに受け入れてくれた。とりあえず今はこれが限界だ。
動かない左腕は、地上でなら治療できるかもしれない。右目よりは原型がある。
「……あの、大丈夫ですか? 貴重な道具だったのでは……? 私なんかに使って……」
「いいんだ。僕にはもう不要だから。君の役に立てて道具も喜んでいるよ」
心配してくれる優しい彼女に、僕はただ苦笑を返す。
正直、この小迷宮に食料がなかった時点で、僕の命運は尽きたに等しい。
今から急いで第一層を目指しても、飲まず食わずで魔物をやり過ごすのは厳しすぎる。
運が良ければ別の探索中の冒険者に出会えるだろうが。
食料を分けてもらえるとも限らないし、今は人を信用できる気がしない。
魔族である彼女は、別種族だからだろうか。そういうの抜きで考えられる。
だったら最期くらい、目の前の女の子にカッコつけるのもいいだろう。
非常食にだって選ぶ権利はある。どうせ食われるならカルロスよりフォンの方がいい。
よく見ると彼女は顔が血で汚れているけど、可愛いし。一度そう覚悟を決めると、肝が据わる。
「ふぅ、今日は疲れたよ。悪いけどフォン、ここで寝かせてもらってもいいかな?」
「えっ……? あっ、はい……どうぞ」
「ありがとう」
許可を貰って岩肌がごつごつした天井を見上げる。
肌寒さと腐敗臭も意識から遮断して目を閉じる。身体から力が抜けていく。
野宿が多い冒険者はどこでも眠れる訓練をしている。小迷宮内でもなんのそのだ。
「……不思議な人です。……おやすみなさい」
暗闇に包まれる直前に、フォンの優しげな声が耳をくすぐった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◇上級魔族
ユグドラシルに生息する魔族の大半が元々は地上で暮らしていた。
人間が地上世界を統べるようになってからは、新天地に迷宮異世界を選ぶ。
上級の冠を持つ魔族は人の姿に化ける事ができる。能力が衰えるものの魔力を温存できる。
若い上級魔族は常に人に化けており、成長と共に本来の姿で活動するようになる。
これは主に魔力を主食とする変異種や、人間などの外敵から身を守るための機能だとか。
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