上 下
31 / 40

29 令嬢は魔女の弟子になった④

しおりを挟む
 シズさんの指示に従い、いくつかの魔導具で体や実力を測った後、彼は私に適した訓練メニューを考えると言って、用が済んだとばかりに、私は瞬く間もなく、その空間から元の店の部屋へと戻されてしまった。

 部屋は勿論、アリスティア様を見た時の豪華な装飾はなく、極普通な小さな個室だった。何年も放置されたこの部屋は、埃が厚く積もり、ほこりと蜘蛛の巣に覆われていた。
 家具もわずかに残っているだけで、壁には薄いピンクの花柄の壁紙が貼られているものの、所々に傷やひび割れが目立ち、一部にはカビまで生えていた。

「あ、ライラ!」

 ライラがまだあの空間に残されていることに気づき、どうしようかと不安に駆られ焦り始めた時、突然、空気を切り裂くような緑の光が再び現れた。
 ライラの体がまるで物のように光の中から、荒く投げ出され、直後、一匹小さな雀が飛んできて、倒れたライラの体の上に落ちている。

「シズだ、この雀はわたしのペット、名はスズ。彼を連絡役として、一時的に君の所に置く。出掛ける際には、必ず彼を側におくようにしなさい。訓練メニューが完成したら、彼を通じて連絡する。以上」

 赤い目をしている雀の口から、不思議なことにシズさんと同じ声が発された。
 そして用件を伝え終わると、雀はぱっと目を閉じ、再び目を開けた瞬間、目の色が黒に変わり、まるで普通の雀のように見えた。雰囲気もただの雀とほとんど変わらない、少し首を傾げたその姿は、どこか可愛らしさすら感じる。

 彼は私の姿を確認したかのように、私を上下に眺めた後、ふわりと私の肩に飛んできた。

「うわっ……あの、スズ、これからはよろしくお願いしますね」

 動物とはあまり親しみがなかった私は、肩に乗った小さな生き物に少しおそるおそると、挨拶をした。

 すると、スズはまるで私に返事したように、「チュンチュン」と愉快そうに鳴いた。


 ***
 ライラが目を覚ますまで、私は椅子に腰をかけ、燈花を大事に両手の上に載せて、店の外に通り過ぎる人々をぼんやりと見つめながら、心の中で考え事を整理している。

 幸い、ライラが投げ落とされた位置は、それほど高くなかった。秋服とマントも緩衝材として機能し、床にぶつかるところに傷は残っていない。すぐに意識を取り戻すだろう。

 預言の魔女アリスティア様に会った短いはずの時間が、時の流れは錯乱したように、長くも感じられた。その一方で、目眩く出来事は急流のように私を押し流し、万華鏡を覗き込んだかのような目眩く非日常な世界に翻弄された。

 正直なところ、初めて願いを尋ねられた時は、怖さはあったけれど、お母さんから頼まれた<神木の枝>ことを、魔女様にお願いしようという考えが一瞬浮かんでいた。
 しかし、過去に一度も親戚や周囲の噂から、お祖父様の家にそのような伝説な品が受け継げている話は聞いたことがないので、無闇むやみにばらす訳にはいかないとも思った。

 もし、もしも私が、いくら努力しても、自分のレベルを8まで上げられないなら……
 その可能性の方が高いわね。
 ならば、せめて公爵令嬢としての権力を利用して、慈善事業の一環として、信頼できる人を援助し、他人を上げるのも、手段の一つとして考えられるわ。
 しかし、そのためには、叔父様に断われないような言い訳を考えて、公衆の前で彼に直接に談判する必要があるので、考えるだけで胃がギシギシする。

 魔術の先生は見つかったので、冒険者ギルドに依頼する必要はもうないかもしれないけれど、やはり後で雑貨店には行こうかな。
 お金がないと、城下町では何もできないからね。それに、この店を専門の人に頼んで掃除してもらいたいから、その分の金を用意する必要があるわ。

 なんだか、この店は私の秘密基地のようで、少しドキドキしますね。

「ここは……?お嬢様、無事か?」

 背後から聞こえた焦ったライラの声に、私の彷徨っていた意識が戻り、すぐに立ち上がり、ライラの元へ駆け寄る。

「ライラ、私はここよ。具合はどうです?何もなかった?」
「お嬢様!……守れず、申し訳ありません」

 ライラは私の姿を見て、少しほっとして、すぐに悔しそうに唇をきつく噛み締めた。

 え?何故ライラが私に謝るでしょうか?
 むしろ、彼女を巻き込んだ私の方が、謝るべきではないの?

 やはり、彼女は責任感が強い人だな。

「気にしないで、ライラ。貴女は私の専属メイドであって、護衛ではないわ。それに、仕方なかったことよ、相手は相手だからね」
「あの不審物、本当に伝説な魔女なの?」

 ライラは疑う視線を私に向けた。

 どうやら、彼女もアリスティア様を怪しんでいるようだ。その視線に、私は少々気まずくなりながらも、目を泳がせ、おずおずと答えた。

「本物だと思うの……だから、私は彼女に頼んで、弟子入りさせて貰ったの」

 恩人にこれ以上誤解されたくないので、私が自ら弟子入りしたことに言い換えた。
 それに、もしかしたら、あの時、私の言葉が曖昧のせいで、アリスティア様に誤解を招いたかもしれないし、魔術の先生をお願いしたのも私だし。

「はぁー? アンタ、アホじゃないの!? あんな不審者、本物だとしても、近づきたい人なんていねぇだろう!」

 ライラの怒声が部屋中に響き渡った。
 突然の叫びに、私は驚いて一瞬固まったが、アリスティア様を庇おうと、言葉を続ける。

「本当に大丈夫ですよ。彼女は私に害意はないので」
「はぁ?」

 どの口でそれを言いますか、というような目で見つめられ、私は体を縮めた。
 被害者のライラの立場からすると、害意のある人しか見えないよね。

「ライラを大変な目に遭わせてしまって、ごめんね、巻き込んで……でも、私、どうしても魔女様に頼みたいことがあって、これからもお付き合いがありますの」

 私の声が段々小さくなり、ライラはしばらく黙って私を見つめていたが、やがて深い息をついて、いつもの落ち着いた表情に戻った。

「……分かったわ。お嬢様がそうおしゃるなら、私は黙って見守るだけです」
「理解してくれて、ありがとう、ライラ」

 また硬い口調に戻ったライラに、少し残念に思う一方で、心配してくれたことに嬉しくて、思わず笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端家族が溺愛してくるのはなぜですか??~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

転生生活をまったり過ごしたいのに、自作キャラたちが私に世界征服を進めてくる件について

ihana
ファンタジー
生き甲斐にしていたゲームの世界に転生した私はまったり旅行でもしながら過ごすと決意する。ところが、自作のNPCたちが暴走に暴走を繰り返し、配下は増えるわ、世界中に戦争を吹っかけるわでてんてこ舞い。でもそんなの無視して私はイベントを進めていきます。そしたらどういうわけか、一部の人に慕われてまた配下が増えました。

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します

もぐすけ
ファンタジー
 私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。  子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。  私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。  

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

処理中です...