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01 赤の他人な二人 その過去

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 逆ハーレムという言葉がある。

 女性が沢山の男性を侍らせている状態。語源は王の後宮ハレム。その男女が逆になったから、逆、ハーレム。

 クリスタ家の令嬢、アンジェは、その逆ハーレムを直に見た事がある。同年代のある令嬢、令息たちがその逆ハーレムを形成していたのだ。
「逆ハーレムだわ」
 アンジェのそんな呟きから徐々に周りのご令嬢たちに広まり、その言葉が周知されるようになるまで時間はかからなかった。誰もが、言い得て妙だ、と感じたからだ。
 とある可憐なご令嬢に、王子の側近候補たち、果ては護衛までも侍っていた。その異様な光景は今でも語り草だ。悪い意味で。
 しかし、そのご令嬢はそのまま王子と結婚。
 逆ハーレムは解散した、と思いきや。


「まあ。ユーリス殿は……ご子息は、まだ?」
「そうなの。どうして……ああなっちゃったのかしら……」
 年の離れた友人、ラミリス・ロンド夫人が、カップを置き重い溜息を吐いた。
 名前の挙がったユーリス・ロンドというのは、このラミリス夫人の息子。友人のアンジェと同じ歳。
「数人は目が覚めたと思ったんだけどねぇ。ウチのは駄目。4年間ずーっとあの女……王太子妃の逆ハーレムの一員よ」
 夫人は、かつてアンジェに教えてもらった非常に的確な表現で、息子を扱き下ろす。
「なんだったかしら? ああいう……」
「『相談女』ですか?」
「そうそう、それ。本当、的確よねぇ」
 アンジェは曖昧に笑った。この言葉はアンジェが生み出したものではないからだ。

 ふと、ラミリス夫人は冷めた目で、庭の遠くを見る。それに釣られてアンジェも目を向けた。
 そこには一人の男性。王宮から戻ってきたユーリス・ロンドだ。
「っ、クリスタ嬢、来られていたのか……」
「お邪魔しています。もうお暇しますので」
「い、いや、気にせず……」

 ユーリスは気まずそうに目を逸らし、ただ微笑んでいるだけのアンジェの顔を直視できない。
 向かい合っているだけで呑まれそうになる。
 プラチナブロンドで透き通るような水色の目をしたアンジェは、高貴な雰囲気と独特の空気感が備わっている。
 真っ直ぐに目を見られない原因はそれだけではない。

 ユーリスは、一度、アンジェに対しやらかしていたのだ。
 2年前――。



「王太子殿下の婚約者であるマリリアを嘲笑っていたようだな」
 王太子の側近候補や護衛候補が揃いも揃って、数人の令嬢を集め、糾弾した。彼ら彼女らは全て王太子の同年代であり名前が上がる者たちばかり。

「聞きました? 今、マリリア、と」
「王太子殿下の婚約者を、呼び捨て……」
「一人の女性を取り囲んで他の令嬢に無い牙を見せて……滑稽ですわね」
「『逆ハーレム要因』に成り下がって。まるで子供のような浅慮」
「お可哀想な方たち。決して選ばれはしないのに……」

 令息の声一つに、倍以上になって即座に帰ってくる令嬢たちの嘲り。
「黙れ! そうやってマリリア、嬢を陰湿に苛めて!」
 違う令息が、代わって声を荒げた。

「あら。あの方、言葉が通じないようですわ。通訳が必要みたい」
「今の事実の何処にマリリア嬢を陰湿に苛めた要素があるのかしら」
「何処を切り取っても彼らの事を言っているというのにね」
「どうにも曲解がお好きなようですわ」
「わたくしたち、ただの一度もマリリア嬢を悪く言った事などありませんのに」
 堂々と、令嬢たちは令息たちを真っ直ぐに見ている。

 彼女たちが常日頃口にしているのは、馬鹿な男たちの事。
「自覚があるからああやって憤慨するのね」
「少しは静かにお話しできないのかしら」
「声を荒げれば女は従うと思っているのでしょう」

 令嬢たちは最初から理解していた。彼らの中心であるマリリアに触れると怪我をする、と。
 触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。藪をつついて蛇を出さず。
 逃げるが勝ち、だ。

 だから、周りの馬鹿な令息たちをこぞって扱き下ろした。全てマリリアの居ない場で。
 彼らは図星だった。だから、自分たちが侍っているマリリアの悪口まで言われたような錯覚を起こしたのだ。

 悔しそうに、若干目が覚めたように、圧され引き腰に、令息たちの反応は様々だった。そんな中。
「アンジェ・クリスタ」
 今まで一切口を開かず、飄々としていたアンジェにお呼びがかかった。
 ざっ、と音が鳴りそうな登場の仕方で地を踏みしめながら姿勢よく前に出たのは、ユーリス・ロンド。
 青い髪と目が特徴的な雄々しくも美しい男。
 マリリアの特にお気に入り、と言われている令息である。

「ただの一度もマリリア様の悪口を言った事がない、君もそう言うのだな」
「ええ。記憶にある限り」
「記憶にある限りだと? なら、教えてやる。君がマリリア様の陰口を叩いているところを、俺は確かに目撃し、聞いた」
 ざわ、と僅かに空気が揺れた。令息たちは救世主が現れたような表情で。当のアンジェは。
 僅かに首を傾げ、じっと記憶を探るように目を伏せた。
「いつの事でしょうか」
「恍ける気か」
「いえ、ですから、いつの事かと、お聞きしました。あの、大丈夫ですか? 話、通じていますかしら?」
 本気で心配そうにユーリスを窺うアンジェは、本当に覚えていなかった。
「どこまで、馬鹿にして……」
「いえ、あなたではなく憶えていないわたくしが馬鹿なのです。だから、教えて下さいな」
 ここでやっと、本気で忘れているのだと、ユーリスは気付いた。
「っ、三日前、王妃殿下主催の夜会でだ!」
「三日前……」
 またアンジェはじっと記憶を探る。そして、ふるふると首を振る。
「申し訳ありません。全く記憶にございません」
「そうやって誤魔化すと思っていた。俺は一言一句覚えている。良く聞け」
 ユーリスは、一拍置いて、静かにその時の再現をした。

「『マリーという愛称、どうなのかしら。壊滅的に似合っていないわ。もっとこう、ごつごつした感じの方がいいと思うの』とな」
 仁王立ちで、まるで真実を突き付ける英雄のような佇まい。ユーリスは顎を僅かに引き、その立派な体格から威圧感を放っている。
 普通なら貴族の令嬢は恐れ、たじろぐような剣呑な雰囲気だ。
 普通、なら。

「ぷ、っ」
「ふふ……っ、どうなのかしら、って」
「ないわ。ですって」
 令嬢たちは一瞬唖然とした後、取り繕うのも忘れ思わず噴き出した。仮面を被る事に慣れた彼女たちですら、意思に反して込み上げるものがあったのだ。
 ユーリスはその発言元であるアンジェを笑っていると思い、鼻を鳴らした。
 しかし、で微かに吹き出す声を聴いて、ユーリスは徐々に、顔を染めた。
 まるで堂々と雄々しいユーリスの、女言葉。再現とはいえ彼の口からアンジェと思わしき女性の口調が出たからだ。

 ぽかんとするアンジェをはじめ、必死に堪えている令嬢たちにしっかりとその御尊顔を見られたユーリスは、更に羞恥に顔を染めた。
 この場にいる誰もが。
 令嬢たちを詰っていた令息たちまでも、あまりの衝撃に内容など全く頭に入ってこなかった。
 もう一回お願いします、とは言えなかった。

 しかしアンジェは、両手をパン、と叩き明るく言った。
「思い出しました! それは確かに言いましたわ。ねえ、殿下」
「っ……! それみたこと……は? 殿下?」
 ユーリスが真っ赤な顔のまま、アンジェが顔を向ける方を見た。

「演劇の練習でもしてるのか? 何の集まりだこれは」
 颯爽と現れたのは、鋭利な美貌を持つ王太子。話題の中心であるマリリア嬢の婚約者であるその人だった。
「アンジェ。何を言ったって?」
「ほら、あれです。この間の夜会で、マリー改めゴールドちゃんの愛称について話をしたではないですか」
「ああ、お前の侍女が実家で飼ってるキングエリマキトカゲの話か」

 察しの良い令嬢たちは、一瞬呆気にとられ、そして、またくすくすと笑い出す。勿論その矛先は。
「エ、エリマキ……? トカゲ……」
 ユーリスは混乱の極みにありながら、自分が的外れな事を言っている、と気付き出した。

「なんだ、結局ゴールドになったのか」
「ゴールドちゃん、です。どうしても可愛らしさをどこかに入れたいというのです。だから妥協して、ゴールド、ちゃん」
「……可愛らしさがあるかはともかく。あのワニ程もでかいトカゲには合ってるんじゃないか? ゴールドちゃん」
 気の置けない空気をかもす二人に、ユーリスはじめ令息たちの空気が慌ただしくなっていく。
 しかも脈絡的に、ユーリスが見たという現場に王太子もいたのは確実。

 絶句するユーリスに代わり、別の令息が王太子におずおずと尋ねる。
「で、殿下、その、アンジェ・クリスタとはどういう……」
「あ? こいつ、従姉妹」
「い、いとこ!?」
「ああ。公表もしてないが別に隠してもないぞ。調べれば分かる事だし親世代は当然知ってる」
 アンジェの親と王太子の親が兄弟なのだから当然だ。
 令息たちは知らなかったようだが、令嬢たちは半分以上は頷いている。
「つ、つまり、アン……その方、は王家、の」
「まあ、そうなるな。父の姪だから我が王族の血縁でもあるか」
 ちなみに母親も他国の王族だ。
 両親が王族だが、実際アンジェ自身は王族ではない。

 しかし令息たちは戦慄した。
 中でも、先頭に立つユーリスは、全てが真っ白の灰になったように見えた。
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