どうぞ、お召し上がりください。魔物の国のお食事係の奮闘記

りんくま

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「メルル様、本当にお一人大丈夫ですか?」
「キュッ」

 心配そうに覗き込んで様子を伺うアレスに、メルルは瞳を瞬かせコクンと頷いた。

 昨晩、いつものようにドーリンの部屋へ赴いた玲が、帰って来なかった。どんなに遅くなっても必ず日が変わる前にはメルルの元へ戻ってきていた玲が、帰ってこなかった。

 アレスを始め、玲の身に何か有ったのだと直感した。直ぐにでもドーリンの元に迎えに行くべきだとアレスは提案してきたが、メルルは首を横に振った。

「メルル様は、いつも通りに過ごすべきだとおっしゃるのですか?」
「キュー、キュキュ、キュー」
「アレスちゃん、私もメルルちゃんの意見に賛成よ。メルルちゃんは、サトシの生死は感知できるのでしょう?だったら、私たちが下手に動いて相手に警戒される事は避けるべきよ。そうでしょ?メルルちゃん」
「キュッ」

 白いフワフワの頭を縦に振り、ペルセポネーの言う通りだと肯定する。

 念のためメルルが、部屋で玲の帰りを待つ。アレスとペルセポネーは、孤児たちを使って、いつも通りに現場への配膳と炊き出しをして欲しいと指示を出す。

 二人を送り出した後、メルルはソファーの上で、小さく丸くなる。






 ざわり

 ソファーで寛ぐメルルの全身に、耐え難い悪寒が駆け巡る。この小さな身体のままでは耐えられないと獣化への擬態を解き、人型へと姿を変える。

 腰まで伸びたサラリと艶やかな白髪、黒目がちの瞳が紅く変化する。日に晒されたこともないであろう透き通るような白い肌。赤い果実のような唇が、ゆっくりと弧を描く。

「そう、そういうことね…」





◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇




「ドデモス様、ただいま戻りました」

 ドミニクは、ドデモスの前で膝をつき、頭を垂れて発言を待つ。右手に持ったグラスを煽り空にすると何も言わずに差し出した。

 扉前で控えていた側使いは、ドデモスのグラスに新しくワインを注ぎ、一礼すると扉の前まで下がり姿勢を正して待機する。

「ドミニク」
「ハッ!黒の神殿からの使いには、サトシに戻る意思が無いことを伝えてましたが、信じる事は出来ぬとの事。故に直接本人から話を聞かせて欲しいとの要請があります」

 ドミニクの報告を聞き、ドデモスは顎を撫でつつ目を閉じる。

「ククッ。黒の神殿の使いとあろう者が、慌てふためく様子が見える」

 ワイングラスをくるりと回し、その香りを愉しむとゆっくりと口に含み舌の上でその深みのあるコクを味わう。

 

「ドミニク、私に忠誠を示せ」

 言葉を発することなくドデモスの足元に膝をつき、革のブーツに両手を添え、そっと唇を落とす。その様子を見て、ドデモスの表情は醜く愉しそうに歪む。

「ドーリンは、天才だ。このドミニクさえも私に頭をを垂れる。この支配の魔術具を産み出した」

 かつて賢王と呼ばれたドミニクが、今は自分に抗うことなく悪事にも手を染める。

「さて、サトシを利用すれば、黒の巫女も私の手に落ちるかな?」

 レッドタウンは、既に私の手中。この赤き支配の魔術具が有れば、この街だけでなく世界をも意のままに出来る。

 元々、玲を取り込むつもりでいた。玲とドーリンが、計画外に交流を持ち始めた。ドデモスにただ従うだけだったドーリンが、自分の意思で玲との距離を縮め始めた。これ幸いとドーリンに捕獲を指示をしていた。

 支配の魔術具は、主を全てドデモスとしてある。本人たちの意思に削ぐわない指示を与えた場合、苦痛に満ちた表情や仕草を見せつつも、主の指示に必ず従う。ドミニクが、奥歯を噛み締め血を滴らせながら、自分の意思とは反対にドデモスに従う様は、至極快感を得ることが出来るのだった。

「その苦痛に満ちた顔が堪らない」

 ドデモスの革のブーツにギリリと奥歯を噛み締めながら口づけをするドミニクに、自分の身体を抱き締め快感に震えるドデモス。ドーリンを必死に守ろうとして抗い、澱んだ瞳で自身のブーツに口づけをした玲の姿を重ね合わせた。




「サトシ、ドーリンを労ってやれ」

 ドミニクが玲の足を縛っている縄を切ると、「かしこまりました」と玲は立ち上がった。身体を引きずりつつも腕を吊り下げられたドーリンの前まで近寄ると、汗と涙でドロドロになったドーリンをそっと抱き締める。ドーリンの頬、瞼、額と順番に唇を落とす玲にドーリンの涙は止まらない。

「叔父上……止めさせてください」
「おや?お前は、コレを望んでいたのではないのか?」

 ふるふると左右に首を振るドーリン。そんなドーリンに構うことなく玲はドーリンに抱きつき、頬を擦り寄せる。時折耳元で何かを囁いているが、支配の域で考えれば、睦言の類いであろう。絶望的な表情を浮かべたまま、がくりとドーリンは頭をを垂れた。

「お、叔父上……サトシの下げ渡しを望みます」

 ドーリンの背に腕を回し、ぎゅうっと抱きつき頭を擦り寄せる玲と対照的に、声を震わせ絶望の縁を彷徨うような状態でも玲を望むドーリン。

「飴も必要か……よかろう。下げ渡しを許可しよう。ただし、魔術具を外すことは許さぬ」
「……ありがとうございます」

 ドデモスは、顎を摩りながら従順な姿を見せるドーリンに満足気に笑みを浮かべる。

 その後、ドーリンは部屋に引き篭もり魔術具の創作に明け暮れる。




 ドデモスは、革のブーツに口づけをするドミニクの顔を蹴り上げる。カエルがひっくり返ったように、無様に腹を見せるドミニクを見て愉しそう目を細める。

「引き続き監視を頼むぞ、宰相様」
「……仰せのままに」

 親指で唇の端から流れる血を拭い、ドミニクは立ち上がり踵を返して部屋から退出した。

 レッドタウンの族長としてドーリンを立たせ、宰相としてドミニクを補佐につける。実際は、親衛隊隊長のドデモスが全てを掌握していた。何か有れば、全ての責任をドミニクに被せるために、自分の地位より高い位に二人を据え置いただけだった。










 




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