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 レッドタウンに正午を知らせる鐘が鳴る。坑夫たちが、振り上げていたツルハシを下ろし、作業を中断して顔を上げる。

 数日前まで胡乱だ瞳、落ち窪んだ目元、活力もなく声も出さない。気がつけばどこかで誰かが倒れている。そんな現場だったはずなのだが、玲たちが訪れてからというもの坑夫たちの表情が変わった。

「ドッチさーん!今日もお疲れ様!無理してない?ちゃんと休憩してる?」

 大量のお弁当と新しい水筒を坑夫たちに手渡ししていく玲は、一人一人に声をかける。

「サトシ君、いつも美味しい弁当をありがとう。アレから意識が朦朧とする事はなくなったよ。本当に感謝の言葉しかないわい」

 ドッチは、大きな身体を左右に揺らしながら笑った。玲から大きなお弁当を受け取り、ぺこり、ぺこりと何度もお辞儀をしながら去っていく。

 坑夫たちは配られた弁当をかき込むように平らげていく。蒸し暑い坑場でバテないように塩っぱい大きなおにぎりに酸っぱい梅干し、箸休めにもなる甘めの卵焼きと弁当に定番のウィンナー。デザートにビタミン豊富な蜜柑も大人気だ。ミネラルが豊富なよく冷えた麦茶で喉を潤し、午後からの作業に備える。

「麦茶のおかわりは、如何ですか?」

 玲は、一人一人声をかけながら、坑夫たちの食欲と体調を確認している。食欲不振な坑夫がいれば、監視係に休憩の延長を申し出る。

「チッ!ドーリン様に気に入られたからといって、場の秩序を乱すな!」
「ハァ?また倒れたりしたら、そっちの方が責任問題だろ!」

 玲に不満を露わにする監視係、アレスはゆっくりと玲の背後に近づくと、監視係をギロリと睨みつける。アレスの視線に気がついた監視係は、ぐっと息を呑んで「休憩の延長を許可する」と言い放ちその場から去った。

「サトシ、一人で何でも抱え込まないでください」
「ごめん……アレス」

 やり過ぎだと諌められ、しょぼんと肩を落とす玲に、アレスはそっと頭を撫でる。守りたい一心で理不尽に立ち向かう事は間違いではない、ただ全ての矢面に立つ必要はない。何でもかんでも直球勝負をしてしまう玲だから、最後に傷ついて欲しくないのだと伝えたかった。

 アレスと玲のやり取りを静かに見ていた坑夫たちは、お互いの顔を見合わせて頷き合う。「ちょっとよろしいか?」とアレスに声をかけると皆が一列に並んで頭を下げた。

「すまない。俺たちがサトシの好意に甘え過ぎていた」
「今までワイらは、搾取されるだけでお互いを支え合うということを考えたことがなかった」

 坑夫たちは、首に巻かれた赤い石のついたチョーカーをそっと撫でる。身体の大きい坑夫たちには、お世辞にでも似合わない可愛らしいデザイン。ドミニクや坑夫たち以外の者も同じデザインのチョーカーを首に巻いている。

「コレがあったとしても、俺たちはサトシの負担になるわけにはならない」
「ベ、別に負担とか思ってないよ」
「わかってる。だけど、俺たちのことでサトシが立場を悪くして欲しくないんだ」
「ワイらのことは、ワイらで解決せんとな」
「ドッチさん、ドードーさん………みんなもありがとう!」

 坑夫たちに飛びつき抱きついた。いっぱい汗をかいた酸っぱい匂い。「俺たちこそ感謝しかないわい」坑夫たちは、各々玲の頭を優しく撫でる。アレスは、苦い顔をして指で頬を掻いていた。

「サトシ様は、凄いですね」
「ほんと、コッチの気持ちも考えて欲しいんですけどね」
「心配なされるのも解ります」

 ドミニクは、自分の首に巻かれた赤い石のついたチョーカーをそっと触る。無意識のうちに触ってしまうのだろうか、存在感を誇張するチョーカーにずっと違和感を感じていた。

「ドミニク殿、なぜ、皆が皆、その装飾を首に巻いているのですか?」
「……しるしとでも言いましょうか」

 表情は変わらないが、少し震える声がただの装飾品ではないのだと確信をした。坑夫たちに囲まれてわしゃわしゃともみくちゃに撫でられている玲を、ドミニクは眩しいモノを見るかのように目を細める。

「装着している者と装着していない者との違いは?」

 ドミニクは、ゆっくりと左右に首を振った。隠すべき内容ではないが、自ら情報を開示するつもりはないということか?

「話すことがあるとすれば、この装飾品はドーリン様の手によって産み出された錬金アイテムだということだけです」
「そうか……ドーリンは、錬金術師なのか」

 ドワーフ族は、手先が器用な種族だ。体格もがっしりと逞しいため、鍛治師を生業とする者が多い。鉱石などを自身で採掘する者も多くいる。また、魔術に覚えがあれば手先の器用さを利用して錬金術師として名を馳せる者もいる。

「それだけ教えていただければ十分です」
「察していただき、助かります」

 アレスは、真っ直ぐに眩しそうに玲を見つめるドミニクに頭を下げる。彼の今までの行動を思い返し、幾つもの思いが込められていたのだと思い知らされたのだった。









 





 
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